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「神のみぞ知る」とはどういう意味?...(続き2)

合格か不合格か、その答えは分かりません。

結果発表の当日になるまで分かりません。

だからこそ、この言葉が生きてくるのです。

「神のみぞ知る」を使う場面

それではここからは「神のみぞ知る」という言葉を使う場面を紹介していきましょう。

自分では知り得ない答え

「神のみぞ知る」という言葉は「自分では知りえない答え」が求められる場面において使われることが多いです。

スポーツなど試合の結果

スポーツなどの試合の結果は誰にも分かりません。

スポーツは真剣勝負の醍醐味があるから面白いのです。

結果が最初から分かっていたら、それはスポーツとは言えません。

結果が分からないからこそ、人々はスポーツの醍醐味を味わえるのです。

就職試験での面接の結果

就職試験における面接の結果も最後まで分かりません。

1次、2次選考を通過してやっとたどり着いた面接試験。

いわゆる最終試験です。

この結果は最初から分かるはずがありません。

いわゆる「神のみぞ知る」という言葉が相応しい世界なのです。

計画が成功するかどうか

何かのイベントの計画が成功するかどうかについても誰も分かりません。

やってみなければ答えは出ません。

当然ながらその結果は「神のみぞ知る」、という世界になるのです。

ただ、その計画があまりにもずさんで、最初から成功する見込みのないようなものも時として存在します。

そのような時は参加者もある程度、結果を想定できるので誰も「神のみぞ知る」という心境にならないでしょう。

「神のみぞ知る」という心境になるときは真剣勝負の時だけなのです。

この恋愛がうまくいくか

恋愛というものの成り行きは当事者には勿論、周囲の者にも全く先行きが見通せません。

よって恋愛は「神のみぞ知る」という境地の権化ということになります。

恋愛には様々なアクションやイレギュラーな結果が待ち受けます。

それほど男女の仲というのは神さえも介入できないという難しい領域なのです。

テストが何点だったのか

テストの結果というのは誰もが気にかけるものでしょう。

ある程度、自己採点で何点取れたのかは把握もできるでしょうが、1発勝負のテストの結果というのは自分の判断ではどうしようもなく分からない部分もあり得ます。

よって、テストの点数というものは半永久的に「神のみぞ知る」領域から逸脱できないのです。

叶えられない願望

叶えられない願望というものにも「神のみぞ知る」が用いられます。

叶えられない願望とは自分だけの力では到底かなわない願いです。

未来の自分を知りたい

未来の自分がどうなっているのか。

そのような願望は人間の誰もが夢見る願望です。

しかし、未来を予知できる能力など人間には備わっていません。

そういった夢を叶える機械も商品もいまだに開発されません。

未来のことを知ることができるなどということは、SF映画に出てくるような夢物語だからです。

よって、このような願望は「神のみぞ知る」という領域になるでしょう。

過去のことを確かめたい

過去のことを確かめたい。

すなわちそれは自身の数年前の出来事の確認などという範囲ではなく、遠く100年以上前の過去の話に遡るのです。

そのような歴史的な過去を確かめにいく方法は今のところありません。