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懺悔をすると気持ちが安らぐ10個の理由(続き2)

まるで物語の登場人物の人物像、歩んできた人生や、時々の心境をくまなく説明してくので、頭の中で考えていた時とは違った視点で己を知ることができるのです。

こうした中で、自分自身でも気づいていなかった新しい一面が見つかったりすることもあります。

一人で抱えていては知ることの出来なかった部分や、事の本質を理解し、受け止め直してこそ、意味を持った懺悔となるのです。

3.気持ちが落ち着くから

懺悔はただ過ちを悔いるだけでなく、許しを得られてこそのものです。

自分の中の葛藤や後悔に終止符を打つことで心を入れ替えて新しい将来を見据えることができるでしょう。

ずっと落ち着きなく、浮き沈みの多かった精神面にも落ち着きを取り戻せるようになり、穏やかな気持ちになれるはず。

改心して心の底から自分自身に納得した上で、豊かに過ごせる人生というのは見えてくる景色や拓ける視野も全く違います。

4.心に余裕ができるから

罪を抱えている人の心には、いつでも薄暗く重たい感情が渦巻いています。

鉛を飲み込んだかのように重たく感じて、息苦しいものです。

余裕なんて微塵も感じられないでしょう。

心に余裕が持てない理由が自分自身だとすれば、解消できるのも自分自身だけです。

余裕のない人は、日々の行動や言動にもどこか落ち着きがなく、人生に辟易とした印象さえも感じます。

それは周りにも伝わり、どことなく遠巻きにされているというケースも少なくありません。

人の持つオーラは、心の内側からにじみ出るものです。

どんなに表面上で取り繕って隠していても、本質的な部分が変わらなければどうしようもありません。

懺悔して罪の意識を取り除くことができたあかつきには、数々のジレンマから解き放たれ、陰りがなくなるので本来の輝きを取り戻すでしょう。

5.懺悔の気持ちを伝えられたから

懺悔した人の気持ちが穏やかになる理由の一つは、ずっと人に言えずに隠していた思いを外に吐き出すことができるというのが大きいでしょう。

秘めているのが懺悔をしようと思うような内容ですから、そう簡単に人に言える様な軽々しいものではなかったはず。

それこそ、人に知られてしまったら、軽蔑されるかもしれない、失望されるかもしれないという恐怖と隣り合わせの生活だったのかもしれません。

でも、秘密や隠し事というのは容量が大きければ大きいほど一人で抱えておくのがとても辛いものです。

ですから、懺悔することで、誰かにその気持ちを打ち明けられるというキッカケを作れたことはその人にとって少なからず良い状況に近づいている証。

世の中には、罪を犯していてもその重大さに気付かずにのうのうと暮らしている人も沢山います。

そんな中、自ら懺悔しようと思えるようになることは、決してマイナスにはならないことです。

大きい小さいに関わらず自分の中で過ちだと感じる部分が少しでもあるのであれば、心のどこかで許されたがっている気持ちがあるのだと思います。

隠しておくよりも、一度心を決めて懺悔することで清々しくきよらかな気持ちになれるでしょう。

6.周りに優しくなれるから

懺悔することで気持ちを入れ替えた人は、それまでの辛かった日々から好転し、毎日がとても満ち満ちているような気分でしょう。

自分のことばかりになっていた人も、余裕を取り戻すことで優しい気持ちが生まれるようになり、人間性にも変化を与えてくれます。

後悔の念や懺悔したいことの大きさが大きければそれだけ解消された後は心身ともに軽やかになるはずですから。

懺悔するに至った自分の過ちを埋め合わせるように、周囲の人や社会に対して貢献する前向きな意欲で日々を全うする人も大勢います。

懺悔した時の気持ち、懺悔するまでの気持ちをいつまでも忘れないようにしましょう。

7.罪悪感が消えるから

懺悔とは、結果的に罪の浄化を目的としたものです。

罪の意識…すなわち罪悪感というものを全て吐露することで心を入れ替える儀式ですから、懺悔を終えた後は罪悪感も昇華されます。

罪を犯した自覚、悪いことをしたという自覚があるからこそ感じるのが罪悪感です。

罪悪感というのは手放したくても、そう簡単に切り離せるものではありません。