人の性格や性質を表わす言葉として使われる“ナイーブ”。

「あの人ナイーブだよね」とか「ナイーブな所がある人だから…」なんて言い方で、よく耳にしていると思います。

だけど、「実は“ナイーブ”の意味を、よく知らない」という人も多いのではないでしょうか。

筆者も、そんなひとりです。

これまで、ナイーブという言葉が使われるシーンや、ナイーブだと言われる人の性格や人柄を見て、なんとな~くで理解してきました。

だけどこのように、なんとなくの理解で言葉の意味を捉えていると、間違った使い方をしてしまい、恥ずかしい思いをしたりもするんですよね。

さらには、その間違った意味で言葉を使うことによって、間違った意味のまま、言葉が広まっていってしまったりもするのです。

そうならないためにも、大人としては、正しい言葉の使い方をしておきたいものですよね。

さて、今回のテーマである“ナイーブ”も、意味が曖昧な状態で広まっている言葉のひとつ。

特に、「ナイーブな人」と似た雰囲気を持つ言葉に「デリケートな人」が挙げられ…このナイーブとデリケートで、意味がごちゃごちゃになって使われていたりするんですよね。

本来デリケートな人と言われるべき人が「ナイーブな人」と言われていたり、ナイーブな人と表現されるべき人が、「デリケートな人」だと言われていたり…。

もちろん筆者も、これまでナイーブとデリケートについて深く考えたことがなく、同じような意味だと思っていました。

ですが、よくよく考えれば、違うんですよね。

そこで今回は、ナイーブな人の特徴をまとめ、ナイーブな人とはどんな人なのかを的確に捉えていきたい!と思います。

ですが…ナイーブな人の特徴をまとめてみたところ、もうすでに、デリケートな人などの特徴が、ナイーブな人の特徴として紹介されていることが多いのです。

意味がごちゃごちゃになり、曖昧なまま広まり、それがナイーブな人の特徴として、定着してしまってもいるんですよね。

だけどできれば、表現方法は正しく使いたいものです。

せめて自分が人を表現する時は、的確な言葉で言い表したいですよね。

ですので改めて、ナイーブな人と言われている特徴が、ナイーブと言うに相応しいかどうかも考えながら、ナイーブな人の特徴についてまとめていきたいと思います。

ナイーブな人の16個の特徴

というわけで今回は、ナイーブな人とはどういう人の事をいうのか、その特徴をご紹介していきます。

しかし先ほどもお話したように、曖昧な使われ方をしていくうちに、「その特徴は、ナイーブという言葉で表現するのはしっくりこない」と思われるような特徴も、ナイーブな人の特徴だと言われるようになっています。

ですのでここからご紹介していく特徴は、ナイーブの本来の意味から、ナイーブな人と言い表わすにふさわしい特徴と、広まっていく中で定着していった特徴とを考えながら、ご紹介していきます。

では、特徴をご紹介していく前に、まずはナイーブの意味を確認していきましょう。

ナイーブの語源はフランス語にあるnaiveで、「生まれたままの」。

そこから、「素直な」「無邪気な」「素朴」「純真」「うぶ」などの、生まれたてで穢れが無い様子を表わす良い意味として使われるようになり、さらに発展して「単純」「世間知らず」「鈍感」などの悪い意味としても使われるようになったようです。

どんな人柄でも、ある側面から見れば長所、また違う側面から見れば短所になることがあるのと同じで、言葉も、良い意味と悪い意味とが存在することが多いんですよね。

ナイーブも、そんな表裏がある言葉のひとつなのです。

素直なのは悪いことじゃないけど、「素直すぎて冗談が通じない」とか、「世間知らずすぎて、騙されやすいとか」…ナイーブな人というと、長所である一方で、「機転がきかず危なっかしい」というような印象を持たれているということにもなるんです。

英語で使われる場合も、どちらかというと、この悪い意味として使われることの方が多いようです。

「単純すぎる馬鹿」みたいな意味として…。

一方日本ではどうでしょうか。

日本ではナイーブな人というと、「繊細な人」や「純粋で傷つきやすい人」などを表わす時に使ったりします。

本来の意味から考えると、遠くはないけれども、大分意味は変わってきてしまっています。

至る所で解説されていいるナイーブの意味「繊細な人」ですが、本当は、それをいうなら「デリケートな人」のほうがしっくりくるんですよね。

デリケートの意味は、「感受性が強く、繊細なさま」「微妙で、細心の注意を要するさま」「精巧でこわれやすいさま」等です。

日本でナイーブな人の特徴として挙げられているのは、どちらかというとデリケートな人の特徴だと思われるものが多いのです。

ですので、日本で使われる場合と、本来の意味とはちょっとズレがあり、日本で使う以上、日本人の多くが思っている「繊細な人」をナイーブな人の正解とすべきかどうか、迷う所ですよね…。

ですがやはり、もっと的確に表現する言葉があるなら、そちらを使うべきだと筆者は思うので、それを踏まえながら、ナイーブな人の特徴について解説していきたいと思います。

感受性が強い


ナイーブな人の特徴とされている、「感受性が強い」という特徴。

これこそまさしく、デリケートな人の特徴ですよね。

感受性が強い人がナイーブな人の特徴だと言われるようになったのは…なぜなのでしょう?生まれたての人がみな、感受性が強いとは限りません。

純粋であることと、感受性が強いことは、また別の性質です。

そう考えるとやはり、デリケートな人との意味の混合によって、感受性が強い人が、ナイーブな人の特徴になったのだと思われます。

因みに感受性とは、「外界の刺激・印象を受け入れる能力」「物を感じ取る能力」だと解説されています。

ちょっと難しいですが、些細な変化や空気の変化に気付きやすく、それに影響されやすい人が、感受性が強い人ですよね。

ですので、もし、人の性質を正しく表現したいのなら、感受性が強い人は「デリケートな人」だと言うべきなんですよね。

ただ、生まれたての赤ちゃんを、ナイーブと表現するのなら間違ってもいないのかもしれません。

赤ちゃんは感受性が豊かですから、生まれたての赤ちゃんのように感受性が豊かで、純真無垢のような人なら、良い意味としてナイーブな人とも言えるのでしょう。

【感受性については、こちらの記事もチェック!】

  • 感受性が豊かな人の10個の特徴

繊細な心を持っている

ナイーブな人の特徴としては、「繊細な心を持っている」ことも挙げられています。

ですがこれも、どちらかと言えば、デリケートな人の特徴だと言えるのではないでしょうか。

デリケートの意味には、「繊細なさま」がありますから、本来繊細な人を表現するのなら、「デリケートな人」と表現する方が正しいですよね。

繊細な心を持っている人が、ナイーブな人だと言われるのも、デリケートと意味が混合してしまったからなのかもしれません。

ただ…ナイーブの本来の意味である「生まれたまま」の人といって想像するのは、赤ちゃんですよね。

赤ちゃんの肌は刺激に弱く、デリケートです。

そんな連想から、ナイーブな人はデリケートであるとされ、日本では次第に、繊細な心を持っている人は「ナイーブな人」であると、言われるようになったのだと思います。

繊細の意味は、「かぼそく優美なさま」また、「微妙で感じやすいこと」と解説されています。

もっとも弱い存在である赤ちゃんの様子が、まさに繊細であり、傷つけてしまわないようにと誰もが気を配り、大事にする存在となっています。

そんな赤ちゃんの弱さと、生まれたままのようなナイーブな人を重ね合わせ、デリケートとナイーブは同じ意味化のように使われるようになったのでしょう。

とはいえ、繊細な心を持っている人が、生まれたての赤ちゃんのようであるかと言えば、違いますよね。

繊細な心を持っている人をきちんと表現するならば、やはり「デリケートな人」になると思います。

傷つきやすい


「傷つきやすい」ことも、ナイーブな人の特徴として言われていますが…これもどちらかと言えば、デリケートな人の特徴でしょうね。

繊細で精巧。

壊れやすく細心の注意を払わなければならない。

つまり傷つきやすい様子であるのが、デリケートです。

ですので、傷つきやすいという特徴を人柄で表すなら、「デリケートな人」と言った方が、的確にその人を表現することになるでしょう。

これもやはり、連想していくことによって意味が混合されていったのでしょうね。

ナイーブな人は、生まれたままのように無邪気で純真な人。

免疫が少ない分傷つきやすいだろうという勝手な解釈によって、デリケートの意味がナイーブの意味としても使われるようになっていったのだと思います。

微妙なニュアンスでは有りますが、ナイーブな人は、生まれたままかのような精神性を持つ人の事を表わしているのであり、それが傷つきやすいことと同一とは限らないんですよね。

確かに、ナイーブだからこそ傷つきやすく、デリケートな人も多いかと思います。

でも、素直だと傷つきやすいでしょうか?無邪気だから傷つきやすいでしょうか?そう考えると、ちょっと違いますよね。

素直で無邪気なナイーブな大人は、人とは違う感性の持ち主です。

それゆえ、デリケートな人なら傷ついてしまうような場合にも、「傷つくこと」だということにすら気付かない。

というのが、素直でうぶで世間知らずな、ナイーブな人なんだと思います。

純粋さがある

ナイーブな人は、「純粋さがある」ことが特徴であると言われています。

これこそ、ナイーブな人の特徴だと言っていいでしょうね。

純粋とは、「まじりけがないこと」や「邪念が全くないこと」などを言います。

それはまさに、生まれたての状態を表わしていますよね。

生まれたての赤ちゃんは、純粋そのものです。

打算や駆け引きをすることなく、純粋に人を愛し、求め、考えることなく生きようとします。

赤ちゃんの頃は誰だってナイーブで、成長していくにつれて様々な思考が生まれ、人と駆け引きをするようになったり、人の顔色を伺うようになったりしていくのです。

そういった人との関わり、人の顔色伺いの感覚が強く研ぎ澄まされていくと、感受性が強くてデリケートな人にもなっていくのではないでしょうか。

純粋な人は、大人になってもまじりけがなく、邪念がないことが珍しいのであり、貴重な存在なのです。

それは、生まれたままのような純粋さを持ち続けているという良い意味でもあり、一方で大人になるまでに経験が足りず、世間知らずすぎて、上手に世の中を渡り歩いていけない。

という短所でもあるんですよね。

空気を読む感覚を身につけすぎて、デリケートになってしまうのも生きづらいですが、全く純粋なままでも、世の中を渡り歩いていけません。

ナイーブな人が、ナイーブと言われる場合、良い意味として言われていることもあるかもしれません。

ですがそのほとんどは、「悪いことではないんだけど…(ちょっと問題)」と、問題視されるほど、純粋すぎる人に「ナイーブな人」と表現していると思います。

つまり、周囲の人は、その純粋さにちょっと、扱いに困っているということですよね。

ナイーブなのは、長所にも短所にも成りうる特徴で、使い分けられればもっと上手に世の中を渡っていける、強みにもなるでしょう。

だけどナイーブだと言われるような人は、その邪念の無い純粋さから、使い分けなんてことも出来ないような人なのです。

素直

ナイーブな人の「素直」という特徴。

これも、ナイーブな人を的確に表した特徴と言えそうですね。

素直とは、「ひがんだところが無く、人に逆らわないこと」「心の純粋さを失っていないこと」です。

成長していく中で、余計な価値観に惑わされることなく、穢されることなく育ってきた、まさにナイーブな人だと言えると思います。

素直であることも、良い面と悪い面との両面がある特徴ですよね。

基本的には好かれることが多いですが、素直ゆえに冗談が通じなかったり、素直すぎるからこそ人に騙されやすかったりすることもあるでしょう。

それは、周りの人から見ると、危なっかしくて見ていられない人だったりします。

素直なのは良いことですが、素直すぎると生きて生きづらい世の中でもあり、周囲の人を心配させてしまう存在だったりもするんですよね。

そんなところが、デリケートにも感じられ…ナイーブな人が、デリケートな人の特徴と混合されてしまう原因だったりもするのでしょう。

とても優しい

ナイーブな人には、「とても優しい」という特徴があるとも言われています。

「とても優しい人=ナイーブな人」にはならないと思いますが、ナイーブな人には、優しい人が多いことは言えるのでしょうね。

それが何故かというと、ナイーブな人が純粋だからです。

混じりけがなく、邪念のない、生まれたままのような心を持ったナイーブな人は、人に対して悪意をいだくことも無いはずです。

その純粋な心で人を見ることが出来るし、人を愛することが出来るのです。

邪念が無ければ人を警戒することもなく、素直なままであれば、人を怖れることもないでしょう。

自分が人を求めるように、人にも素直に、優しさを向けることが出来るんですよね。

ナイーブな人なら、優しさによって見返りを求めようという計算もないので、周囲の人からとても愛される人柄にもなっていると思います。

ナイーブな人の優しさに触れると癒される…良さが発揮されれば、周囲の人の邪念をも洗い流してくれるような、そんな存在になるのです。

思いやりがある

「思いやりがある」というのも、ナイーブな人の特徴だと言われています。

優しさがあるという特徴とも似ている、思いやり…ですが、正確に言うと、ナイーブな人の特徴としては、的確ではないようにも思えますね。

思いやりの意味は、「その人の身になって考えること」「察して気を使うこと」です。

それ以外に「思いめぐらすこと」や「想像」等の意味もあります。

この意味と、ナイーブな人の思いやり行動を照らし合わせてみると、遠からずとも…当たらずと言ったところのように感じます。

ナイーブな人には、確かに思いやりがある人が多いとは思います。

ですが、「思いやり」という言葉で説明してしまえないほどにもっと、純粋な心から来る行動なのだと、筆者は思うのです。

それが、周囲の人から見ると、思いやりがある行動をしているように見えるのでしょうね。

ナイーブな人が人のために行う親切な行動や言動は、その人の身になって考えることや、察することなんかすっ飛ばして、ごく自然に、当たり前にその人の立場に自分を置き換えているものだと思います。

気を使うのではなく、当然の行為なのです。

もちろん、思いやりによって何か得を得ようなんて、これっぽっちも考えていないはずです。

純粋な心のままに他人に寄り添える。

ナイーブな人はそれが、思いやり行動となって表われるんですよね。

ですのでナイーブな人は、その思いやりを褒められても、いまいちピンとこない…そんな反応になるはずです。

素直なので褒められることには喜んでも、「思いやり」を人とは違う感覚で行っており、褒められていることの真意は分かっていない。

それが、ナイーブな人なのだと思います。

小さな変化に気づく

ナイーブな人は「小さな変化に気付く」特徴があると言われています。

…が、これもどちらかと言えば、デリケートな人の特徴と言った方が良さそうですね。

ナイーブな人も、ある意味ではその純粋さで、人と違うものの見方をするので、人が気付かない所に気付いたりすることもあるでしょう。

でもそれは、見ている側面が違ったりするからです。

物事の小さな変化に気付くことが出来るのは、純粋だからではなく繊細だからですよね。

つまり、デリケートな人こそ、小さな変化に気付く人なのです。

小さな変化に気付くことが、ナイーブな人だと言われるのは、まさしくデリケートな人とナイーブな人の特徴が混合された結果なのでしょうね。

ナイーブな人が生まれたままのような人であるならば、むしろ小さな変化に気付くほどの神経質さは無いのではないでしょうか。

人の顔色を伺う

そして、「人の顔色を伺う」という特徴も、デリケートな人の特徴と言った方がいいでしょうね。

これこそ、感受性が強くて繊細な人が行う行動だと言えます。

生まれたままのように純粋でうぶなナイーブな人なら、人の顔色を伺って行動をしたりはしないはずです。

もっと純粋に人を信じ、愛しているナイーブな人なら、人の顔色を伺う必要なんてないのですから。

人の顔色を伺う目的は、「人に嫌われたくない」「怒らせたくない」といった気持ちがあるからですよね。

ちょっとでも嫌われたり、怒られたりしたら壊れてしまうほど、心がデリケートだということです。

デリケートな心が傷ついてしまわぬよう、人の顔色を伺い、最新の注意を払わなければならないのです。

これは、純粋なナイーブな人には、あまり無い特徴だと思われます。

「人に嫌われる」ことも「怒られることも」想像もしておらず、もっと純真無垢な人が、ナイーブな人であるはずなのです。

ただ、そんな人柄ゆえ、思いもよらず人に嫌われてしまうことや、怒らせてしまうことは多いでしょう。

そんな時、嫌われればショックを受けるし、怒られれば落ち込むのです。

でもこれは、誰でも同じですよね。

デリケートな人のように、最初から嫌われることを恐れ顔色を伺うような性質とは、やはり違うのです。

むしろ周囲の人が、ナイーブな人だけに傷つけてしまったんじゃないかと怖れ、純粋な物を穢してしまったんじゃないかと不安になる。

それが、デリケートな人への感情と同じになり、ナイーブな人は傷つきやすいから、人の顔色を伺うのではないかと、勝手に思っているだけだと思うんですよね。

人の顔色を伺うのは、ナイーブな人ではなく、デリケートな人なのです。

人の表情で察する

人の顔色を伺うのがデリケートな人の特徴だとするなら、「人の表情で察する」のも、ナイーブな人ではなく、デリケートな人の特徴と言えますよね。

もちろん、ナイーブな人でも、人の表情で察することが得意な人も居るかもしれません。

だけど本来、素直でうぶなナイーブな人は、察するというよりは、相手の表情を素直に受け止めるといった感じになるはずです。

ですので、相手が泣いているなら、持ち前の素直さで一緒に悲しむことが出来るし、楽しそうにしていれば一緒に楽しめちゃう。

それが、混じりけのない素直さがなせる行動なのだと思います。

人の表情を見て、あれこれと相手の考えていることを想像して察するというようなことは、むしろ感受性の強い、デリケートな人の方が得意でしょう。

人の気持ちに敏感

この流れで行くと、「人の気持ちに敏感」という特徴も、ナイーブではなくデリケートな人の特徴だということが、もう分かりますよね。

ナイーブな人の特徴は、これだけ、デリケートな人の特徴と一緒にされてしまっているんですよね。

ナイーブな人は、本来の「生まれたまま」の意味から考えれば、デリケートな人の特徴までを含めるのは、飛躍し過ぎだと思います。

私たちが想像で、こねくり回した結果、ナイーブな人はデリケートであると勝手に決めてしまったんですよね。

それこそ、人の気持ちに敏感である人が、ナイーブな人柄から気持ちを想像し、デリケートなのだろうと思ったことが、意味が混合される原因になっているのかもしれません。

そもそも、ナイーブな人を繊細な人…つまりデリケートな人だとしているのは、日本独自の意味づけです。

これって、日本人のデリケートさを、よく表わしているとも思うんですよね。

日本人は、人の気持ちに敏感で、人の顔色を伺う控えめな性格の人が多いです。

純粋な人が、繊細で傷つきやすい人だと思うのも、デリケートな人の価値観と言えます。

人の気持ちに敏感なのも、本来ナイーブな人の特徴とは言えません。

デリケートな人の特徴です。

ナイーブな人は、どちらかといえば“天然”の意味に近いものがあると、筆者は思います。

気遣いができる

ナイーブな人の特徴とされる「気遣いができる」ところ。

これも、「思いやりがある」特徴と似た特徴だと捉えることが出来ます。

そう考えれば、ナイーブな人が気遣いのある行動をしているのだとしたら、それは純粋な気持ちで、当たり前に行っている行動が、周囲から見て気遣いがあるように見えるだけのことでしょう。

人に気を遣うという点で考えれば、どちらかというと、デリケートな人の特徴と言った方がしっくりきます。

ナイーブな人の気遣いは、気を遣っているのではなく、素直さがなせる業。

吐出した特徴としては、ちょっとズレているように思います。

細かいところもこだわる

「細かいところもこだわる」という特徴も、ナイーブな人の特徴というよりは、デリケートな人の特徴ですよね。

だけど、ナイーブな人の特徴だと、日本人は理解していたりするのです。

純粋で素直なナイーブな人は、自分の心の向くままに、興味のあることにこだわるようなところもあるかもしれません。

だけどそれは、細かいところにこだわっているのではなく、純粋な気持ちのままに熱中していると言った方が、的確なのではないでしょうか。

細かいところが気になり、こだわってしまうのだとしたら、それは繊細な心の持ち主である、デリケートな人なのです。

デリケートな人は、ある意味神経質な人でもありますよね。

それは、ナイーブな人とは言えないでしょう。

自分より人を優先する

ナイーブな人には、「自分より人を優先する」特徴があるとも言われています。

これは、ナイーブな人にも、デリケートな人にも、どちらにもある特徴だと言えるかもしれませんね。

ただ、自分より人を優先する時の動機が、ナイーブな人とデリケートな人では違ってくるのだと思います。

ナイーブな人は、その純粋で素直な所から、人が先を行きたいと言えば素直に譲る。

そこに、過剰な遠慮や引け目はないはずです。

「先を行きたそうだから譲った」だけのことなんですよね。

ごく自然で、当たり前のことなんだと思います。

ですので、どんな状況でも人を優先するということではないんですよね。

「先にどうぞ」と言われれば素直に応じることもあるでしょう。

一方でデリケートな人は、気遣いから、自分より人を優先するのだと思います。

人に嫌われるのが怖く、優先順位を譲らないことで争いになることを避けたい…そんな気持ちが、人を優先する行動の動機となるでしょう。

繊細で壊れやすい心の持ち主ですから、人を優先することの方が、自分の心を傷つけないでいられることを知っているのです。

もちろん、そこには優しさもあることでしょう。

だけど、深層心理的には、人を恐れる気持ちが発端となっているはずです。

ですので、デリケートな人なら、どんな状況であれ、自分より人を優先することを選ぶのです。

それが、正しいことだと信じているからこその行動なのです。

落ち込みやすい

ナイーブな人は「落ち込みやすい」ことも、特徴と言われています。

ですがこれも、どちらかと言えばデリケートな人の特徴と言った方が、しっくりきますよね。

でも確かに、ナイーブな人にも落ち込みやすいところはあり、ナイーブな人の特徴とも言えるのでしょう。

純真無垢、うぶで単純な心の持ち主だけに、物事を真っ直ぐに受け止めてしまいます。

デリケートな人の、壊れやすい心とはまた違った意味で、真正面から落ち込むような出来事を捉えてしまうので、うけるダメージも大きくなりがちです。

落ち込むときはとことん…となってしまいがちなのも、ナイーブな人なのでしょう。

その辺りは周囲から見ると、「なぜもっと警戒しないのか」「なぜもっと賢く生きようとしないのか」と、その純粋すぎるさまにイライラもしてしまうのだと思います。

それゆえに、「ナイーブだからな…」と、飽きれ気味に言われてしまうのでしょうね。

一方で、デリケートな人の場合は、繊細で傷つきやすいがゆえに、落ち込みやすいという特徴があるでしょう。

似て非なるのが、ナイーブな人とデリケートな人なのです。

芸術的センスがある

ちょっと変わった特徴としては、「芸術的センスがある」のがナイーブな人だとも言われています。

ナイーブな人は、まじりけがなく、邪念がないまま大人になった人なので、生まれ持ったセンスがあれば、他の大人たちが想像もしないような、芸術的センスを発揮することもあるのです。

子供のように無邪気な心で、自由奔放に行動することで、何かと余計なことを考えてしまう大人には無い発想が生まれるのです。

芸能界で、芸術的センスを生かしている人には、こういった純真無垢の子供のような人が多いですよね。

例えば、香取慎吾さん。

また、とんねるずの木梨憲武さんなんかは、まさに子供のような無邪気さのある大人。

純粋さをもったナイーブな人であり、芸術的センスも発揮されています。

お二人とも、精細な絵というよりは、自由度の高い絵を描かれています。

興味の向くまま、好奇心のままに…まさにナイーブな人だからこそ描ける絵なんですよね。