「どうしてこんな生きにくい世の中になったのだろう」「昔は良かった」「人が心を失ってしまった」など、現代社会に対する嘆きの声を耳にすることがありますが、あなたもそのように感じられるでしょうか?

毎日のニュースで見聞きする血も涙も無いような事件や、悲惨な事故、職場や学校で感じるストレスやプレッシャー、家の中でさえ会話がなかったり、心が通じ合わないという寂しさなどによって、多くの人は生きにくさ、人情のなさや、冷え切った社会を感じるのでしょう。

皆が「幸せになりたい」「人を愛し、自分も愛されたい」と願い、小さな頃から「人には優しく、正直に」と教えられているのにもかかわらず、なぜこんなに現代社会は苦しみで満ちているのでしょうか?「闇」と表現される現代社会の問題点や矛盾点などを詳しく見ていきましょう。

現代の闇はどこまで深いのか?

「闇」とは、「暗いことや光のないこと、またその状態」「道理がわからない」という意味があります。

「闇夜」「暗闇に包まれる」などの使い方からも、一つの意味としては、物理的な暗がりをさしている意味だとわかりますね。

ただ、最近よく言われる「現代の闇」「闇が深い」などはどんな意味があるのでしょうか?これは、物理的な闇ではなく、人や団体や物事の性質を表す言葉として使われます。

闇とは、光のない状態、見えない状態であることから、「希望がない」とか、「裏で何を考えているかわからない」「表沙汰にしないことが多い」「思慮分別がない」「理性を失った状態」という意味で使われることもあります。

「あの企業の闇は深い」とか、「別れた彼氏の闇が深くて困る」という使い方をする場合がそうです。

このことを踏まえるなら、「現代社会の闇」いうなら、後半の意味の「見えない部分」「裏」という意味になります。

「自然体」や「ポジティブ」が表とするなら、その反対が「不自然」「作られた」ということになり、そしてそこからこぼれ落ちたものを「闇」と表現しているのかもしれません。

たいていのことには表と裏がありますし、人間にも、表面に出していることと、隠していることがあります。

残念ながら100%表しかないという人はいないでしょう。

ですから人は、闇が存在するのを受け入れることには抵抗がありませんが、「闇が深い」という時はどんな時でしょうか?社会に裏があるのは知っていたが、いざ自分の身に降りかかった時や、絶望した時に、どうしようもない気持ちや、モヤモヤした行き場のない感情を表現するために使われるようになったのではないかと言われています。

そして最近では、流行語のように「闇が深い」という表現が様々なジャンルで使われているので、それだけ世の中に絶望したり、はがゆさを感じている人が多いことと、社会の隙間から滑り落ちてしまっているどうしようもない事態が至る所で起きていることがわかります。

闇はあなたのすぐそばにあるかも知れない


「闇」という言葉をどのような意味で使っているかを考えた時に、決して自分と関係ないことではなく、自分のすぐ近くでも見られたり、自分も巻き込まれたり関係していることも多いかもしれません。

ツイッターなどでも、現代社会に潜む闇について呟かれていたり、街で見かけた闇についての投稿が特集されていることがありますが、スーパー、公共のトイレ、職場など、私たちが生活しているスペースでたくさんの闇を感じる物や張り紙、人などが挙げられています。

それだけ現代の闇はどこにでも存在しているということなのでしょう。

闇に関わっている人の特徴とは?

「この人、心に闇を抱えているのかな?」と思うことがありますが、どんなところでそれを判断しているのでしょうか。

かなずしも、明らかに見た目が怪しいとか、暗いということだけではありません。

例えば、ニコニコして明るく見える人や、ポジティブな発言を繰り返す人でも、ちょっとした瞬間にでる素の表情や、発言によって「この人、実は相当な闇を持っている」とわかることがあります。

例を挙げると、数年前に行われた、心に闇を抱えていそうな芸能人ランキングで、タレントのベッキーが1位になっていましたが、当時のベッキーといえば、「元気印」「明るい」「優等生」などのイメージでした。

有吉さんがつけたあだ名も”元気の押し売り”というものでした。

そんな中でも、目が笑っていない、元気キャラで無理しているなどと見る人が感じる部分があったようです。

その後、彼女がミュージシャンとの不倫事件で、表面には現れない裏の顔が現れたと、世の中が一斉に反応したことからも、一見明るそうだったり、誠実そうなイメージの人でも闇を抱えていることがわかります。

ではこれから、闇を抱えている人や、闇に関わっている人の特徴を見ていきましょう。

1. 正義感を失っている


正義感とは、正義を尊び、不正なことに義憤を感じること定義されています。

ですから、正義感がある人は、道徳的な心情を優先して、絶対に嘘をつかなかったり、圧力を前にしても、自分の義を譲らないという特徴があります。

特に正義感が強いと言われる人もいますが、どんな人でも生まれながらに「良心」と呼ばれる、義を愛する気持ちを持って生まれます。

しかし、成長する過程で、世の中の低い基準に慣れてしまったり、自分だけ義を行なっても無駄であると諦めてしまうようになります。

周りとうまくやるためには、妥協しなくては、多少正義を崩すことは仕方のないことだと考えるようになってしまうのです。

そのような経験を小さい時から多く重ねている人は、正義感を失ってしまうことがあります。

裏切られたり、不公正な扱いを受けたり、義ではなく悪が常に勝利を納めているように見える環境に嫌気がさして、自分の良心を殺してしまうのです。

そうすると、正しいことを行おうという意欲がなくなり、闇の道を歩みはじめてしまうのです。

2. 人生の幸せを失っている

「幸せ」という感情は、人に良いことを行うエネルギーを与えます。

自分が幸せなら、他の人を思いやったり、必要な助けを与える余裕もありますし、人の幸せを一緒に喜んだり、みんなも幸せになることを願うものです。

しかし、自分の人生に幸せを感じていないと、自暴自棄になり、どうせ何をしたって無駄と、自分を大切にすることも、人を思いやることもなくなります。

さらに悪いことに、幸せな人を見て、妬みや復讐心を抱くようになり、不幸になることを願ったり、人の幸せを自らの手で壊したくなることもあります。

まさに心が希望のない状態になっている、「闇」を抱えているといえます。

3. 他人を軽視している

暖かい人間関係の基本は、「愛と敬意」です。

ですから、他の人に対して敬意を抱かないで、自分より下に見たり、軽視したりするなら、当然人間関係は悪くなります。

誰も、自分を尊重してくれない人と一緒にいたいとは思いませんし、そのように、人を蔑視したりする人のことを快く思わなくなります。

他人を軽視する見方は、昔から社会の根深い問題を生み出してきた、差別を生みます。

ある特定の人種より自分たちが優れていると考えるなら、軽視いている人種の人の尊厳を無視し、奴隷のように扱ったり、相手に嫌悪感を感じるようになったり、憎しみの感情を正当化するようになるということを、私たちは歴史を通して知っています。

人権が叫ばれるようになった現代でも、国籍、肌の色、出身地、職種などによって様々な差別が残っています。

そして知らず知らずに、自分と違う人を軽視するという思考が染み付いてしまっているかもしれません。

その考え方がいつのまにか自分の考え方に影響を与えて、社会の闇に関わってしまうかもしれないのです。

4. 人生や人の命を軽く見ている

本当なら命は何よりも大切なもので、尊重し、守るべきものと考えますが、そうでないなら、生きる希望がなく、無思慮で分別のない命の使い方をしてしまいます。

非常に暗い闇である虐待行為も、人の命や、人生の重みや、尊さを全く無視した考え方から生まれます。

虐待に関係する人は、自尊心が低く、自分自身の価値を見いだせない人が多いと言われています。

自分を大切に思えないので、人を大切にすることもできないのです。

または、非常に利己的かつ暴力的で、他の人を痛めつけることによって、自分の優位性を確認する人もいます。

恋人や夫婦に見られるDV、幼児虐待などのニュースを聞くと、正常な良心を持っている人は、やるせない気持ちになり、胸が締め付けられるように感じますよね。

関わらずに生きていこう

愛の反対は、憎しみではなく無関心であると言われていますが、「人のことや自分に益にならないことには、関わらずに生きていこう」という考え方も、現代社会では広く見られています。

お年寄りが道で倒れていても、助けの手を差し伸べる人は少なく、ただ横目で見ながら通り過ぎる人が多いです。

それは「面倒に関わりたくない」という意識が働いてのことだと思います。

また、誰かが酔っ払いに絡まれていても、見て見ぬ振りをするのも、「自分が巻き込まれないために仕方がない」と、どこか自分で正当化してしまうかもしれません。

弱い人や困っている人を助けることは、人情であり、日本でも徳として教えられてきました。

頭ではわかっていても、いざ自分の目の前にそのような状況が飛び込んでくると、心では「かわいそう」「誰か助けてあげて」と思いながらも、自分では何もしないというのは、人間の汚さ、普段は隠している裏側と言えるでしょう。

気付かない振りも大事

気付かないのではなく、気付かない”振り”というのに闇を感じます。

本当は、見たり聞いたりしたことなのに、自分の都合の悪いことは”なかったことにしよう”というのは、安全な人生を選ぶ能力なのかもしれませんが、この考え方は、人を絶望に陥れることがあります。

例えば、クラスや職場でいじめがあった場合、自分はいじめている側でないけれども、いじめが行われているのをただ黙って見ていたり、知らないふりをしたというのは罪にならないか、という疑問がよく討論されてきましたが、やはり、直接助けることは難しくても、何かしらの救済の手を差し伸べることはできるはずです。

いじめられている人は、周りの関心でどれほど救われるかわかりません。

ですから、自分の保身のために、何事も気付かない振りをするのがベストな方法だと結論づけて生きるなら、世の中の闇を黙認し、助長することになってしまうので、気をつけたいですね。

しかもそんな生き方をすると、自分に嘘をつくことになるので、自分の心を暗闇へ陥れることになりかねません。

現代社会の闇だと思う13個のこと

これまで闇を生み出す考え方や、闇に関わっている人の特徴を見てきましたが、実際に「闇」だと思うのはどんなことでしょうか?こんなにも多くの人が、生きにくさを感じたり、闇が増えていると考えているわけですから、きっと私たちの身近なところにたくさんあるのでしょう。

では早速、多くの人が闇と感じるいくつかのことを見ていきましょう。

1. メンタルクリニックの増加

ストレスの多い現代は、心の不調を感じたり、精神的なバランスを崩す人が増えています。

一昔前まで、うつ病や精神疾患というと、奇異な目で見られ、病気に対する情報も、治療方法も少なく、スペシャリンストも限られていました。

しかし、健康とは、心身ともに健康のことを意味するという理解のもと、心のケアにも力が入れられるようになったり、メンタルを整えることの重要さが認識されるようになって専門的な治療を行なってくれる、心療内科やメンタルクリニックが急増しました。

心の病に対する偏見がなくなったり、適切な処置が受けれるという点ではクリニックの増加は嬉しいのですが、それほどまでに心の治療を必要としている人がいるというのは、悲しくもなりますね。

2. 政治家の汚職

国を本当に良くしようと願い、献身的に働く政治家はもういないのではないかと思えるほど、自分の私利私欲のために権力を手に入れ、そして、それを活用して自分の利己的な願い通りに世の中を動かしている貪欲な政治家のニュースを聞きますね。

賄賂、献金、横流し、不正など汚職にまみれた政治家に嫌気がさしてきます。

しかし、そんな悪いことをしている彼らのことを、先生と崇める世の中にも嫌気がさしてしまうのではないでしょうか。

3. 薬物乱用事件の増加

「学校でコカインが売買される時代になった」と言われているので、薬物使用者が増えているのも残念ながら納得できます。

薬物乱用とは、薬物依存症まではいかないが、繰り返し薬物を使用していることにより、精神的にも身体的にも著しく有害な結果が生じていることをさします。

合法ドラックであろうがハーブであろうが、どんなものでも薬物は人を廃人にしていきます。

それが社会でも声高に叫ばれているのに、薬物に手を出す人もあとを絶ちませんし、薬物乱用事件も増加しています。

薬物を使うことによる高揚感や開放感を、なぜこれほど多くの人が必要とするのでしょうか?正常な状態でいることや、自分や他の人を傷つけないことよりも、ドラックを使用することによってみる幻覚や幻聴の方を好むのは何故なのでしょうか?闇を感じます。

4. 学校や会社でのいじめ

肉体的、精神的、立場的に自分よりも弱い人を、暴力や差別や嫌がらせによって、一方的に苦しめることを「いじめ」と言いますが、悲しいことに学校でも会社でも良く見られます。

しかも現代のいじめの特徴としては、いじめる側もいじめられる側も固定されておらず、短期間で入れ替わったり、次々といじめに関係する人が変わっていくという傾向があります。

また、ある特別なことや、際立った特徴があるわけでもなく、本当に些細な出来事や、ちょっとしたことがきっかけでいじめが始まってしまうのです。

学校や会社など、ある一定の人数が集まり、すぐには抜け出せない状況、しかも閉鎖的な環境は、集団心理が生まれ、集団特有のノリががエスカレートしていじめになる場合もあるそうです。

しかし、いじめは相手を傷つける目的で行われるので、当然受けた方には深い傷を与えることになります。

5. 少子高齢化

日本では、急速に少子高齢化が進んでおり、人口の4人に1人は65歳以上の高齢者です。

そもそも結婚する人も減っていますし、結婚したとしても、経済的な不安や、子育ての環境の厳しさ、キャリア重視のため子供を持たないという選択をする夫婦も増えています。

一方、昔は若い人を手伝ったり、適切な助言を与える存在だったお年寄りの多くが、暴走老人などと言われる、理不尽でわがままな態度をしたり、偉そうに振る舞う人になってきてしまっています。

これからますます少子高齢化が進んでいく日本は、一体どうなるのだろうと危惧している人も多いのも仕方がないですね。

将来の光が見えない、年金問題、待機児童問題、保険外治療問題など、少子高齢化の元になっている問題が山積みですので、少しでも人々が明るい気持ちになれるような解決が速やかにされることを祈るばかりです。

6. 格差社会

格差社会とは、主に資金面で改装が分断された社会のことです。

中間層がなく、富裕層と貧困層のさが広がった社会とも言えます。

の本国民の過半数は会社員で、その会社員は中間層とされてきましたが、日本経済の低迷とともに、会社員の給料が下がり、中間層から貧困層に低下してしまったのと同時に、富裕層は、インターネットの普及などにより、ビジネスが行いやすくなり、より収入がアップしたことが原因で格差が広がったと言われています。

ですから、リスクも伴うが、自分で事業をおこなったり、新しいことにチャレンジしたり、自分にしかできないことというのがないと、誰でもいいような仕事や、替えのきく人材のままだと、世の中の経済が厳しくなると、収入も減理、瞬く間に貧困層に落ちてしまうのです。

戦後の復興を成し遂げたと感じていた頃の日本は、貧困がなくなり、国民全体の平均的な暮らしが守られたと感じていましたが、残念ながら現代では、必死で働いても食べることもままならないワーキングプアや、生活保護に頼らざるをえない人が増えているのです。

7. アダルトチルドレンの増加

自我がなく、周りの人の顔色を伺い、自分を犠牲にすることでしか自分の価値を認識できない傾向を持つ人を「アダルトチルドレン」といいますが、そもそもアダルトチルドレンになるのは、小さな頃の家庭環境が原因です。

虐待されたり、過保護すぎたり、親が子供よりも自分の幸せを重視する場合、子供なのに、自分の気持ちを受け止めてもらったり、甘えることができずに育つので、大人になってから、自分自身や親と向き合う苦しい戦いを強いられるのです。

アダルトチルドレンと自覚できるようになるのは、20代〜40代前半にかけてと言われています。

つまり社会人になってからですが、現代のストレスフルで、オーバーワークが求められる社会で、心身ともに疲弊し、社会的知見も広がった時に「今までの自分の環境はおかしかったのではないか」と考え始めるようになり、カウンセリングに通いだす人が大半です。

アダルトチルドレンが増えているということは、社会の一番小さな単位である家庭環境が崩壊しているということになり、それが連鎖していくわけですから、闇を感じざるをえませんね。

8. 生活保護受給者の増加

2017年8月の時点で、生活保護受給世帯は1,639,558で、先月より2,153世帯多くなっています。

このように驚異的なスピードで、生活必需品を賄うために、政府と自治体による経済的支援を必要とする世帯が増えているのです。

しかも、受給世帯の内訳を見ると、高齢者世帯が860,960と、全体の52.8%を占めている状況です。

さらにそのうちの9割は、一人暮らしの単身世帯ということですから、まさに現代日本の深刻な問題である、高齢化社会、核家族、孤独老人が浮き彫りになっています。

生活保護は「全ての国民は、健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」という憲法25条に基づいて設けられていますが、日本国民の50人に一人が、最低限の生活費を自分で賄えない、しかもその数は増加し続けているという先の見えない問題に直面しているのです。

9. 介護職員不足

日本は、高齢化と少子化が進んでいますが、その問題点は介護される人が増えるのに、介護できる人は減るという問題とも繋がります。

厚生労働省は、2025年度には253万人の介護職員が必要になるのに対して、供給の見込みは215万人ほどしかなく、このままでは約38万人の介護職員が不足すると発表しました。

これは深刻な状況ですね。

介護触診不足の問題は、少子高齢化によって働く人口そのものが減少していることに加え、労働に見合わない低賃金、複雑な人間関係、ハードな職場環境などの理由で介護職の離職率が高いことも挙げられます。

常に人手不足で「低賃金・重労働」とイメージも悪く、若い人が就職を希望することも少ないです。

ですから、離職を防止し定着を促すための、労働環境の改善が急務であることがわかります。

10. 生涯未婚率の増加

生涯未婚率とは、50歳まで一度も結婚をしたことがない人の割合を示すものですが、2015年度の国税調査で、男性23.37%、女性14.06%で、1980年と比べると、男性は役10倍、女性は役3倍に増加していることが判明しました。

特に男性の未婚率が目立って増えていますが、バブル崩壊後、経済的な不安が大きく、結婚をためらう人が増えたと言われています。

一方で、女性の未婚率はそれほど大きく増加しているわけではなく、男性の再婚率は上がっているので、不安定な非正規社員などの人は、一度も結婚しないのに、経済力のある男性は、未婚の女性と再婚するという格差社会の問題も関係していることがわかります。

便利な現代では独身であっても、不自由なく生活できるようになっているとはいえ、将来高齢になった時にどうなっているのだろうという不安が募ります。

【未婚率が上昇している原因は、こちらの記事もチェック!】

11. SNS依存

「眠れないとすぐにSNSを見る」「毎朝、フェイスブック、インスタグラム、ツイッター、ミクシィの全てに目を通す」「SNS上で元の恋人や誰かのストーキングをしている」「誰かといる時にSNSをチェックして注意されたことがある」「数分お空き時間でもSNSを開く」これらのどれか一つでも思い当たるところがあれば、あなたもSNS依存症担っている可能性があります。

もちろんSNSは便利ですし、人生を楽しくしてくれます。

しかし本来はツールであるものに、依存したり支配されてしまうなら、距離を考え直す必要があるでしょう。

インターネット上にプライベートな情報を載せることや、書き込みをすることに伴うリスクを本当に理解しているでしょうか?ネット上の反応に振り回されていないでしょうか?私たちが生きているのは、ネットの世界ではなくリアルな世界です。

ネット上だけで充実しても、現実社会が虚しくなるだけですから、SNSを使わない時間を意図的に作って、目の前にいる人との時間を大切にして、リアルな世界でも幸せを感じられるようにしましょう。

12. コンピューターウィルスの拡散

誰でも一度は聞いたことがあるコンピューターウィルス、ウィルスという名の通り、感染、潜伏、発症のサイクルを持つコンピュータープログラムのことです。

世界最初のコンピューターウィルスは、1982年にアメリカの高校生が作った、アップル社の製品にのみ感染する「エルク・クローナー」だと言われています。

その後1990年代に入り、インターネットの普及とともに、新たなウィルスが世界中で作られるようになり、被害も拡大してきました。

代表的なウィルスとしては、インターネットの中を虫のように這い回って、別のパソコンに感染していく「ワーム」や、正体を偽ってコンピューターに侵入してデーターの消去やファイルの流出などを行う「トロイの木馬」などがあります。

感染すると、動作が遅くなったり、画面上の表示が崩れたり、勝手にメールが送られたり様々な症状がでますが、被害は深刻です。

面白半分で人を困らせることから始まったコンピューターウィルスが、瞬く間に世界も広がり、情報社会をコントロールする危機までもたらしていることを考えると、なぜ便利なものを悪用するのか人の中にある闇の部分を感じます。

13. ひきこもり

「引きこもり」とは病名ではなく、不登校や就労の失敗をきっかけに、何年も自宅に閉じこもり続ける状態を表す言葉です。

多くの場合、学校や仕事場だけにいけないというのではなく、どこであってもほとんど外出しない状態や、自室からもでてこない状態が何年も続くそうです。

日本では1970年代から引きこもりが見られるようになり、その数は年々増加し、2009年には、行政としても「引きこもり支援センター」などを設置し、本格的に取り組まなければならないほどに増えてきました。

引きこもりになるきっかけは、いじめ、成績の低下などが多いそうですが、何もなかったのに急に自宅から出れなくなることもあるそうです。

それは引きこもりになる人の傾向として、元々不安を強く感じたり、愛情を人一倍必要とするというものがあると言われています。

幼い頃から自分を押し殺して、ストレスを溜め込んできている場合も多いです。

そのように不安定な精神状態が続くことによって、物事をネガティヴに考えるようになり、人にとっては普通のことでも、その人にとってはショックが大きく外に出るのが怖くなってしまうそうです。

このことからも、自分に自信が持てず、安心できる環境をなかなか見つけられないという社会の問題点が見えてきますね。

現代の闇はすぐそこ

いくつかの闇を感じる項目を考えてきましたが、どれもテレビや新聞で頻繁に取り上げられている話題ですよね。

一人一人は一生懸命幸せに、豊かに暮らそうと努力しているのに、社会全体で見ると、こんなにも生きにくくなってきていることに虚しさを感じられる方も多いのではないでしょうか。

また、健全な人を育む一番大切な環境である家庭が壊れてきていることが、様々な問題の根本をなしているようにも感じます。

自尊心が持てなかったり、他の人に愛情を示せなかったり、積極的な考え方ができないことは、子供の時の環境が大きいですよね。

多くの親は、必死で子育てをし、子供のためにたくさんの犠牲を払ってきていますが、一体何が足りないのでしょう。

また、政府も問題が起きるたびに、改善策を考え、実際に対処するためにサポートセンターや、制度を設けますが、やはり力不足は否めません。

これらを「闇」という言葉で片付けていいのだろうかという疑問も湧いてきます。

一人一人ができることには限界がありますが、「闇」と言われるものに向き合って、なぜなのか、どうしてなのか、何ができるのか必死で考えることが必要な時代なのでしょう。

「自分だけよければ良い」と考えることはもはやできません。

なぜなら、この現代に生きる人全ては、今日考えたような「闇」と呼ばれる問題点に関わっているからです。