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いじられキャラな人の20個の特徴。...(続き6)

ご自身がいじっている方の自覚があるなら尚更です。

では、「いじり」と「いじめ」の違いとはどういうことでしょうか?

愛を感じるのはいじり

いじることに関して、悪意があればそれは100%イジメになります。

注意しなければならないのは、こちらが愛のあるいじりをしたとしても、相手がそれを悪意と取ってしまえば、いじりではなくなります。

いじっているのか、いじめているのかは、いじる側ではなくいじられる側が決めるのです。

そこに愛を感じるのはあくまでも、いじられる側です。

ですから、逆に言いますとこちらが悪意のあるいじり、つまりいじめのつもりで接していても、相手がそれを「愛を感じるいじり」と取ればいじめでなくいじりになりますよね。

いじられているのかいじめるのか、愛があるのか愛が無いのか、決めるのはいじる側ではありません。

いじられる側が決めるのです。

相手も楽しめるのはいじり

いじるということは、基本的にはそれによってその場にいるみんなが楽しい雰囲気になることを言います。

その場にいるみんなというのは、もちろんいじる側もいじられる側も楽しくなければ成立しません。

ですので、相手も楽しめてはじめて「いじり」と言えるのです。

相手を傷つけてしまえばそれはいじりではなく、いじめになってしまいます。

悪意を感じるのはいじめ

当たり前ですが、「いじり」に悪意が存在する時点で、それは「いじめ」です。

また、こちらにその意図はなくても相手が悪意と取ってしまえばいじられているのではなく、いじめにあっていると捉えてしまいます。

いじりに悪意が存在することはまずありえません。

いじられキャラの人は、普段いじられ慣れていますので、いじられる際に悪意があるかどうかはすぐに見抜くことができます。

辛くて嫌なのはいじめ

いじられキャラな人が、人にいじられるたびに辛い思いをしたり、悲しい思いをするのは完全にいじめです。

ですので、これはいじる側がやりすぎだと言えるでしょう。

特にいじられる側が、自分はいじられキャラとして認識されるのが嫌だと思っている場合は、どんなに愛情をもったいじりでも、それはとても辛い仕打ちになるのです。

もし嫌ならハッキリした態度で!

これは、いじられキャラな人にお伝えしたいことなのですが、もしいじられることが嫌なのであれば「そういうことを言われるのは辛い」「そういうことは冗談に取れないから辞めてほしい」と相手にはっきりと言いましょう。

ご自身がいじられキャラを演じているわけでなく、いじられキャラであること自体が辛いのであればそれを相手に伝えなければ、いじられ続けます。

というのは、いじっている相手はあなたが嫌だと言わなければ、あなたが嫌がっていることに気づかないからです。

もし、それでもいじりを辞めないようでしたら、それは完全に嫌がらせですので、しかるべきところに相談することも考えて下さい。

特に上司など目上の人からいじられていて、それが嫌な場合はセクハラ・モラハラとして訴えることも可能です。

我慢せずに、きちんと嫌だと言いましょう。

NOと言える勇気を持とう!

これも同じことが言えるのですが、あなたがもしいじられキャラで、「自分さえ我慢すればいい」と自虐的になっているのでしたら、それは我慢することはありません。

まずはNOと言える勇気を持ちましょう。

言いにくければ、信頼できる人に相談しても構いません。

人が人をいじるのは、場の雰囲気を楽しくするために誰かが始めたことであり、それはかなり高度な技でもあります。

何故かと言うと、その場にいる全ての人が全員楽しくなければならないからです。

そこにいる、全ての人がみんな楽しく幸せになれるなんて、なかなかできることではありません。

いじる側といじられる側が了承していたとしても、それを見ている周りが不愉快だなと思ってしまえば、人に対する「いじり」は成立しなくなることを忘れないでください。

いじられキャラは天性の才能!


いじられキャラの特徴でも述べたように、いじられキャラは天性の才能とも言えます。