「慈しみ」という言葉を聞いたことはありますか?

「慈しみ」というのは連用形であり「慈しむ」という言葉が元になっています。

よく使い方を間違える人もいるかもしれません。

今回はそんな「慈しみ」という言葉の意味について解説していきたいと思います。

この記事の目次

️慈しみってどういうこと?

「慈しみ」とはどういうことなのでしょうか。

慈しみというのは連用形になっており、元は「慈しむ」という言葉からきている言葉です。

この慈しむの意味を知らないと、「慈しみ」という言葉を理解するのは難しいでしょう。

「慈しむ」というのは簡単に言うと「愛情がある」ということです。

要は「愛する」ということなのです。

他にも、「可愛がる」、「大切にする」というような意味もあります。

慈しみの意味


では「慈しみ」の意味についてです。

この言葉は、「相手を気遣い思いやる気持ちを持つ」というような意味合いを持ちます。

恋愛においての愛とは少し違い、「子供を愛する」「家族を愛する」と言ったときに使う言葉です。

例えば「どんな事があっても、子供を愛する」というのはこの「慈しみ」とに当てはまります。

「子供を守ってあげたい」、「わが子が幸せになってほしい」という“無償の愛”のようなものです。

他にも「恵み」という意味や「慈愛」という意味があります。

慈しむこと

「慈しむ」には、「可愛がる、愛でる」「愛情を持って大切にする」といった意味があります。

基本的には赤ちゃんや子供、下の人達に対して使う言葉であるとされており、目上の人などには基本的に使用しません。

「目上の人を可愛がる」とは使わないように、「目上の人を慈しむ」とはならないのです。

仮にその様な状態になった時は慈しむのではなく、愛するという言葉に近くなるのではないでしょうか。

仮に使ってしまっているという人がいれば注意をするようにしましょう。

慈しむというのは愛するという意味もありますが、基本的には「我が子を慈しむ」というような意味で使うのです。

慈しむの連用形


慈しむの連用形であるのが「慈しみ」です。

まず連用形というのは、用言が連なるということです。

具体的に言うと、動詞と形容詞のことを言います。

例えば「遅く歩く」という言葉があるとします。

この時の「歩く」という言葉は動詞になります。

そしてこの後ろの「遅く」というのが連なっているので、「歩く」という言葉が連用形になるということです。

これを「慈しみ」に例えて説明をすると、「深い慈しみ」となった時に「慈しみ」という言葉が連用形になるということです。

「深い」という用言が連なっているので「慈しみ」が連用形になるのです。

少し難しいとは思いますが、慈しみというのは基本的に連用形だということを覚えておきましょう。

恵み

慈しみは、恵みという意味でもあります。

よく名前などでも「恵」という言葉がありますよね。

恵みという言葉は愛おしい、可愛いという意味からきたものです。

例えば「天からの恵みだ!」という表現がよくあると思います。

この様な表現は何かの送り物という形で捉えることが多いですよね。

「自然の恵み」という表現でも使われることが多いと思います。

自然のパワー、自然そのもの、ということで使うことが多いです。

「恵み」という言葉は慈しみということも入っているのを忘れないようにしましょう。

慈愛

慈愛の心を持つという言葉もよく聞くのではないでしょうか。

慈愛というのは、可愛がるということ、深い愛情を持つというような表現をする時に使う言葉です。

慈しむの意味

では、慈しむという意味を具体的に見ていきたいと思います。

目下の者や弱い者に愛情を注ぐ

慈しむには、目下の者や弱い者に愛情を注ぐという意味があります。

目下の者や弱い者とは、子供や赤ちゃんなどが対象になるでしょう。

包むような愛情というのを想像すればよりわかりやすいです。

母親の愛情は、この様な愛情表現をすることが多いと思います。

それは普通に愛しているというのではなく、包み込むような愛情というのが精一杯こめられているからでしょう。

ここでの目下の者や弱い者に愛情を注ぐというのは、決して皮肉や差別を使ったという意味ではないのです。

慈しむという言葉はとても良い言葉ということを覚えておくようにしましょう。

可愛がって大事にする

慈しむには、「可愛がって大事にする」という意味もあります。

これは人や動物などに対して使います。

意味は通じど、物などに対して「深い慈しみを感じる」というような表現はしませんよね?

どちらかと言えば「深い愛情を感じる」という言い方の方がしっくりきませんか?

動物や自然の慈しみというのはありますが、物などにはその様な表現を使わないことが多いでしょう。

平安時代の”うつくしむ”の変化

この慈しむという言葉はもとは平安時代から使われている「うつくしむ」の変化であることはご存知でしょうか?

もともと「うつくし」には「可愛らしい」という意味があり、それの動詞が「うつくしむ」にあたるのです。

よく枕草子などで書かれていることが多いかもしれません。

学校の授業で習った人もいるでしょう。

「うつくしむ」というのは元々その「可愛らしい」という古語だったのですが、現代になるにつれて「慈しむ」という形に変化をしていった言葉になるのです。

慈しみの読み方

「慈しみ」この読み方がわからないという人もいるでしょう。

学校では中高学年当たりで習うのではないかと思います。

基本的に漢字というものは由来があり、その由来から読み方が決まってくるのです。

「慈しみ」という言葉をパッと見て少し悲しそうなイメージがあると感じる人もいるのではないでしょうか。

「慈」と「悲」という漢字はとてもよく似ています。

似ているからこの様な意味に捉えてしまうという人も多いかもしれませんね。

ですがこの意味では逆のことになってしまいます。

「悲」という字は、何かが起きたときに悲しいという気持ちに使いますが、「慈」という字は、愛情という意味がこめられているのです。

“いつくしみ”と読む

この「慈しみ」というのは、「いつくしみ」という読み方をします。

よく「かなしみ」と読んでしまう人もいますが、「かなしみ」の場合は「悲しみ」というように少し字が違うので覚えておきましょう。

️慈しみの使い方

慈しみの意味や由来などを理解しました。

次は、慈しみの使い方を解説していきます。

基本的には人に関することが多く、その時の気持ちを表したり、その気持ちを受けたりとする時にこの「慈しみ」という言葉を使います。

小説などではよく使われていたりすることがあるので、実際に使われている文章を見たことがある人も多いかもしれませんね。

またこの言葉には類語もたくさんあるのです。

例えば、「可愛がる」という言葉は、慈しみの類語の代表的な言葉といってもいいでしょう。

同じ意味でも類語がたくさんあるので、使い方によっては雰囲気を感じさせるものもありますし、または強く表現をする時に使うという言葉もあるのです。

ではどの様な使い方をするのか具体的に見ていきましょう。

子どもへの慈しみ

慈しみは、「子供への慈しみ」という意味で使われます。

これはどういう状況かと言うと、親が子供に対して使うことが多いです。

“子供への愛情を注ぐ”という意味です。

これは親が子供のことをとても愛おしく思うという時に使う表現です。

気持ちというのは相手のことを考えますが、自分のことも考えてしまいます。

ですがこの様な状況の時は、相手のことを第一に考えるという状態になるのです。

子供への慈しみというのはどの家庭の親にもあるものです。

今子供がいるという人も子供への慈しみを大きく出して、愛情表現をしてみてはいかがでしょうか?

親の深い慈しみ

「親の深い慈しみを感じる」という時にもこの表現を使います。

この場合は親の立場ではなく、慈しみを受け取る「自分」ということになりますね。

この親の深い慈しみというのは、親からの深い愛情を感じるということでもあります。

成長をしたとしても親と子という関係は変わることがありません。

それはどんな事があってもです。

子供の頃から大切に育ててきた人というのは、成長をしても変わらずに大切に思うのです。

親の深い慈しみを感じることが多いと思いますが、ちゃんと恩返しなどをするようにしましょうね。

慈しみを覚える

「慈しみを覚える」というのは愛情を感じ取って、それが今でも残っているという意味でもあります。

基本的には愛情というのはとても温かいものであり、それを受け取るというのはそれほど大事に育ててこられたということになると思うのです。

この慈しみを覚えるというのは、親からの気持ちというのもありますが、他の表現でも使われることがあります。

例えば「自然の慈しみを覚える」という表現をすることもあります。

ですがこれだとわかり辛いと思いませんか?

「自然を大切にする、愛する」という表現の方がより伝わると思うのです。

表現を変えると意味は通じても少し違和感を感じることが多いと思います。

慈しみを覚えるという表現は他の事にも使えますが、違和感を感じる表現だと思う時は、何か別の意味に例えると良いでしょう。

お互いに慈しみ合う

「お互いを慈しみ合う」という表現もあると思います。

このお互いに慈しみ合うというのは“お互いに愛する”ということでもあります。

カップルや夫婦などで使われることが多い表現です。

「お互いのことを愛し合っている」というより、「お互いに慈しみ合っている」という表現の方がより強い愛情で愛し合っているという風に捉えることもできるのではないでしょうか。

表現というのは1つ変えるだけで、その印象を変えることもできるのです。

お互いに慈しみ合うというのはお互いを大切にするという意味もあるので、この場合は上下関係はなく、2人の関係性を重視することになると思います。

慈しみの目で見る

「慈しみの目で見る」というのは、その愛情を遠くから見守るという意味で使うことが多いと思います。

慈しみの目というのは別の言い方をすると、「愛する目」とも捉えられることができるでしょう。

例えば子供が遊んでいる時に親は遠くから見守ったりすると思います。

何かがあると真っ先にかけつけるというようなことになりますよね。

その時は常に子供のことを見ていると思うので、慈しみの目で見るというのは、愛する子供を見るということでも使われることがあるのです。

遠くから見守るという表現でも良いでしょう。

愛おしい、可愛がるという似たような類語がありますが、「愛おしい目」という表現は良いでしょう。

「可愛がる目」になると少しおかしいので、基本的に類義語からこの「慈しみ」という表現に変えるときは、少し文章がおかしく感じることが多いです。

この「慈しみ」というのは連用形なので、逆から見るとおかしな表現になってしまうことが多いということに注意をするようにしましょう。

慈しみに満ちた

「慈しみに満ちた」という表現もあります。

これは愛情に満ちているという表現をすることができます。

愛情というのは様々なものがあり、時には辛いこともあるでしょう。

ですが慈しみに満ちるということは、深い愛情を受け取っているということになるのです。

それがいっぱいいっぱいになり、とても愛されると感じるのです。

慈しみに満ちたという表現は、別の使い方をすると、「愛情でいっぱいになる」という使い方もできそうですね。

慈しみ深い気持ち

「慈しみ深い気持ち」という表現もあります。

これは慈しみたいという深い気持ちであり、親が子供などに対して使う言葉でしょう。

例えば「深く愛したい気持ち」という表現をすれば通じるのではないでしょうか。

子供を愛したくてたまらないという人は多いはずです。

その様な人達に向けての言葉だと思います。

慈しみ深い気持ちという表現はあまり聞かないと思いますが、この様な使い方もするということを覚えておくようにしましょう。

️慈しみの類語

「慈しみ」というのは、可愛がるといったような意味がありますが、たくさんの類語があります。

よく皆が使う言葉で言うのであれば、先ほど言った「可愛がる」という言葉もそうですし、「愛情」というのも慈しみの類語になります。

またLOVEという英語もこの慈しみの意味になります。

これはLOVEの意味が愛するということでもあるため、類語になるということなのです。

この「慈しみ」という言葉は、いろいろな似たような表現をする別の単語が多くあり、類語も多く存在します。

ではどの様な類語があるのか見てみたいと思います。

可愛がる

先ほどからよく出てくると思いますが、「可愛がる」というのも類語の1つです。

よく「動物を可愛がる」という表現で使ったり、とても馴染みのある言葉だと思います。

ですが普段使用しているこの「可愛がる」という言葉を「慈しみ」に変えてしまうと少し難しいと思うかもしれません。

基本的には「何かを」というのがつくのがこの「可愛がる」です。

「慈しみ」の場合も「何か」というものがつきますが、この何かというのがだいたい決まっています。

親や上の立場から「慈しみ」は使われるからです。

ですが普通に「可愛がる」の場合は、この様なことを気にせずに使うことができます。

例え相手が目上の人だろうとこの言葉を使うことができるのです。

「親を可愛がる」という表現も通ってしまいます。

あまり聞かないとは思いますが、この様な表現もできたりします。

「慈しみ」の代表的でもある類語になるのが、この「可愛がる」と言っても良いでしょう。

覚えておいて損はないと思います。

愛情

愛情というのも「慈しみ」の意味と似ています。

愛情というのは「愛する感情」ということですよね。

「慈しみ」も「愛する心」という意味が込められています。

この言葉はとてもよく似ていると思いませんか?

これも類語の代表的な1つです。

愛情というのは、深く愛するということもあるので、「慈しみ」とほとんど同じ意味を持っています。

この愛情と慈しみはイコールの関係でもあるのではないかと思いますよね。

基本的にはどちらも似たような意味が書かれていることが多いです。

その差というのは相手が何なのかということくらいでしょうか。

必ず1度は目にする言葉ですが、この愛情があるからこそ人というのは結婚などをして、夫婦として頑張って生活をするのです。

そして「慈しみ」の心が生まれます。

これは赤ちゃんができた時がそれに当たります。

愛情と慈しみは少し意味が違うけれど、いずれなる果てのものだと思っていても良いでしょう。

愛情の先には慈しみがあるという考えを持てるので、その様な考えでも良いのではないかと思います。

人により愛情という捉え方が違いますが、いずれは「慈しみ」という感情に誰もがなるものでしょう。

LOVE

「LOVE」という表現も愛情という意味が込められています。

これは英語ですが、英語にも「慈しみ」と同じような表現があるということになりますね。

日本語で「うつくしむ」ということから始まりましたが、それが英語になると「LOVE」に最終的に辿りつくことになるのです。

こちらでは「いつくしみ」という読み方になりましたが、英語では「LOVE」と読むようになるということです。

英語と日本語の違いというのは、その文化によるので、当時の海外などがどの様になっているのかということはわらない状態ですね。

歴史を調べてみるともしかしたら語源がわかるようになるのかもしれません。

LOVEはもともと英語の言葉ではない?

この「LOVE」という言葉は語源を調べると元々は英語ではないのです。

実は英語圏に入ってきた際に別の意味の言葉だったとも言われています。

様々な本では「LOVE」という語源についていろいろな表現の仕方をしています。

ヨーロッパ地域の「lof」という言葉が元になっているというようなことも書かれているので、語源が気になるという方は一度調べてみてはどうでしょうか?

敬愛

敬愛という言葉も類語にあたります。

この言葉の意味はもともと「親しむ心を持つ」という意味で使われることが多いです。

お互いのことを尊敬しあうということでもあります。

ではこれと「慈しみ」というのはどの接点があるのかというと、「大切にする」というところが類語になるわけです。

よく敬愛という言葉は聞くと思います。

基本的にはこの敬愛という言葉で「慈しみ」という言葉に置き換えるのは少し難しいと思いますが、類語としてはこの敬愛という言葉も当てはまるようになるのです。

愛心

これは「あいしん」と読みます。

「慈しんで愛する心」という意味でもあり、まさに「慈しみ」という類語になるのです。

愛心という言葉を使うというときは文章に入れるのが難しいので、「慈しみ」というように別の表現で使うということが多い類語です。

愛心というのは相手のことを愛する心を持つということで、漢字をそのままの意味にしたような意味も持っています。

仁愛

「仁愛」という言葉も「慈しみ」の類語になります。

「じんあい」と読みますが、この単語は深く思いやるという意味が強く、愛情を注ぐという意味も込められています。

基本的には「仁愛の心」という言葉で使われることが多いですよね。

同じ仲間同士「仁愛の心」で接するようにするというような表現をすると思います。

この言葉も相手のことを思う気持ちというものが入っているので、人に関するようなことなのです。

愛着

愛着というのは少し「慈しみ」から意味が離れてしまいますが、類語でもあります。

愛着というのは人などもそうですが、物に対しても言うことができるからです。

例えば「愛着の心で大事にする」という表現があるとして、これは人にも言えることですが、物に対しても言うことができます。

慈しみは基本的に「下の人達に対しての愛情」という意味がありますが、こちらの愛着というのは「どんな物に対しても離れたくないという気持ちがある」ということになるのです。

愛着がわいてしまったという表現を聞いたことはありませんか?

これも「慈しみ」の類語の1つになるのです。

この言葉はよく使われると思いますが、皆さんも愛着が湧くという物はありますか?

愛しみ

「愛しみ」という言葉も類語の1つになるのです。

「愛おしい」という意味がありますが、別の漢字でも「いとしみ」と読むものがありますよね。

そちらの意味の場合になると、「悲しい」という意味になってしまうので注意が必要です。

そしてこの「愛しみ」というのは「愛しむ」という言葉の連用形なので、「慈しみ」と同じような表現になっています。

️慈しみの意味を正しく使おう

「慈しみ」の意味について理解することができましたか?

まだ難しいと思う人もいるかもしれません。

ですがこの意味を正しく使うことで、文章なども理解することができるようになり、強調したいところや、どの様な意味なのかを理解することができるようになると思います。

「慈しみ」というのは多くの類語があるので、解らないという場合はそちらの類語からまず覚えて、「慈しみ」という言葉に置き換えてみてはいかがでしょうか?

その様に考えることでこの言葉の意味もより深く理解できるようになり、正しく使うことができるのではないかと思います。