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不義理なことをしがちな人の15個の特徴(続き2)

思考や判断などの展開の順序と説明することもできます。

さらに、物事の道理ということもできるでしょう。

つまり、道理にあった考え方とか物事の行い方ということを指していると言えます。

人として守るべき正しい道

さらに、人として守るべき正しい道、を意味しているようです。

では、人として正し道とはいったい何??と考えてしまうかもしれません。

人として何が正しくて、何が間違っているのかというのは、その人それぞれの価値観によって違ってくることでもありますよね?

しかし、社会生活を営むうえで、守るべき道理や、筋を通すべきところがあるのです。

それで、対人関係においての礼儀正しいさ問いうものをさして「義理」と言ったりします。

先ほどの「物事の正しい道筋」という意味として「義理」という言葉が使われていたのは、今昔物語集などの平安時代です。

しかし、中世の末期ごろには、この意味に礼儀正しさや律儀さという意味が加わりました。

そして、近世社会になってからは「義理」という言葉は、対人関係において守り実践するべき道義を意味するようになりました。

例えば、昔村には相互関係を守るために、村社会における「義理」というものが定められていたそうです。

それは、冠婚葬祭の時や田植えや家の新式などの時には、村の人たちがお互いに協力することが含まれていまいた。

さらに、冠婚葬祭の時に贈り物を受け取ったなら、それに対して必ず返礼をするということも、一般に義理として必要とされていますよね。

それで、今では「義理」というのは、特に人間関係において、立場上必要とされる行為を指しているということになります。

つまり不義理なこととは

それで、不義理なことというのは、社会生活を営む上で、立場上務めるべき行為をしないということになります。

付き合い上、他の人に対して返礼をしたり、何かの労力を惜しまずに提供することが道義とされている場合、それを達成することが「義理」です。

しかし、それをしないということは、「不義理」ということになります。

なので、「義理」には必ずしも自分の感情が乗らないこともあるし、めんどくさいなと思うこともあるでしょう。

しかし、それでも「義理」というのは、道理やすじを通すための行為であり、人間関係を築くうえで必要とされる行為、務め、守るべき道理なので、それをしないと「義理に外れた人」とか「義理に外れた行為」として非難されたり、相手に不快な思いをさせてしまうことがあるのです。

不義理なことをしがちな人の15個の特徴

「義理」というのは、人が人と付き合う上で、守るべき正しい道理であったり、社会生活の中で守るべき道義であることがわかりました。

それで、不義理な人というのは、そのような道義を欠いた行動が目立つ人ということになります。

この人間社会や対人関係の中で守るべき道義、ということですが、なかなかそれを箇条書きにして定めるというのは難しいことでしょう。

それぞれ、価値観や物事の考え方が違うので、何が道義に合っていて、何が必要のないことを考えるかは変わってきます。

何を「義理」として意識しているか、ということが違えば、他の人のことを自分勝手に「不義理な人」と判断することもあれば、他の人から自分が「不義理な人」と思われていることもあるでしょう。

相手が「これをやるのは人としての道理でしょ!」って思うことがあるなら、それをしないと不義理な人と見られるということです。

しかし、一般に対人関係を築くときに持つべき相手への礼儀や、相手への配慮というものは必要ですよね。

では、「不義理な人」と言われてしまう人の特徴とはいったいどんなものなのでしょうか??

1.感謝の気持ちがない


まず、感謝の気持ちがない人は「不義理な人」と見られます。

これは、多分大多数の人がうなづく点ではないでしょうか?

何かもらったなら、お返しをするということが基本です。

日本人は、古来から「恩義」という観念があるそうです。

「恩義」というのは、義理のある恩を感じることであり、報いなければならないと思う気持ちです。

何かをしてもらったことへの感謝の気持ちがあるからこそ、恩を感じて、相手に報いるということを意識します。

しかし、何かしてもらった、贈り物をしてもらったというのに、あとでお礼もせずに何もしないという人はたくさんいます。

つまり、相手が自分に示してくれた気遣いや、かけてくれた労力や時間やお金というものに対する、ありがたい、という感謝の気持ちがないんですね。