「自分には物欲がない」と思っている人、ときどきいますよね。

しかし、なぜ物欲がないのか、その理由まで考えたことはありますか?

人によって、「どうせ手に入らないから欲しくない」「買うまでの過程が面倒臭い」など、実はさまざまな理由があります。

しかし、それらの理由のままに物を欲しがらない癖がついてしまうと、ちょっと危険かもしれません。

欲しいものがない人に共通する特徴や、そんな人へのアドバイスをご紹介していきます。

欲しいものがない人に共通する心理的特徴

欲しいものがない人には、その人によって「なぜ欲しくないのか」の理由があります。

全員が必ずしも同じ理由というわけではありませんが、大抵いくつかの共通点が見られます。

昔からの諦め癖や、物質ではなく精神的なものを求めているなど、具体的な心理的特徴を以下に挙げていきます。

もしもあなたが物欲のない人の場合、当てはまるものはないかチェックしてみて下さい。

「ない」に意識が傾いてる

欲しいものがない人の中には、ものを「欲しくない」と意識的に考えるようにしている人がいます。

最近は、よく「断捨離」という言葉を耳にしますよね。

断捨離とは、「不要なものを減らして、生活に調和をもたらそうとする思想」のことをいいます。

山下英子さんの著書の中でも紹介されており、断捨離という言葉を知ってから、自分の持ち物を減らそうとする人も随分と増えました。

たくさんある衣装の中から、「これは着る機会がほとんどないな」と思うものをフリマやリサイクルに出す、

室内をごちゃごちゃと飾っていた雑貨の品々を処分して、本当に実用品のあるものだけを置くなど、家の中や持ち物を整理する人も多いです。

その行為自体は、自分にとって本当に必要なものを見極める良い機会なので、物が捨てられない人は一度試るのも良いと思います。

しかし、断捨離が癖になって、何でもかんでも周りのものを処分してしまい、

「どうせまた処分するだろうから」と頑なに何も欲しがらないようになるのは、あまり良いこととは言えません。

物欲は、人間にとってある程度必要なものです。

「あれが欲しい」「これが良い」と思うからこそ、人は行動的になりますし、頑張ろうとする原動力にもなっているのです。

何もかも「欲しいと思わない」と自分の心を決めつけてしまうと、いざという時の原動力が出せなくなってしまいます。

時々の断捨離ならば良いですが、日頃からものを欲しがらないように自分の心を抑えつけるのは止めておきましょう。

本当に欲しいものを欲しがってない

物欲が強い人は、少しでも気に入ったものを見つけると「あれも欲しい、これも欲しい」となって、そのまま衝動的に購入してしまう人が多いです。

しかし、日頃から物を欲しがらない人の中には、自分が「本当に欲しいものを欲しがっていない」人もいます。

その場合の多くは、欲しいけれども何らかの理由があって手に入らないから、結果的に「いらない、欲しくない」となってしまうのです。

例えばあなたが本当に欲しいと思うものがあるとします。

しかし、他の誰かがそれを欲しいと言い出した場合に、あなたの方が相手に譲ったとしたら、それも「本当に欲しいものが手に入らない状態」となりますよね。

相手に譲る気持ちが強かったり、周囲との協調性を大切にする人ほど、欲しいものを我慢したり、自分の欲求を抑える傾向があります。

また、別のタイプでは、「欲しいものはあるけど、失った時のことを考えると怖いから欲しくない」と考える人もいます。

この場合は、主に人間関係や恋愛においてよく見られます。

本当は好きな人がいるけれど、仮に付き合えたとしても、「いつか別れが来るかもしれない」と思うと怖くなり、相手を欲しがらない、求めようとしないのです。

後者の場合は不安や臆病といった気持ちの強い人が多いです。

行動しない

このタイプの人は、仮に欲しいと思うものが出来ても、さまざまな理由から行動しません。

先に挙げたように誰かに譲る気持ちが強かったり、後で失うことを考えて行動しない(出来ない)ほかに、「欲しいけど面倒だから行動しない」という人もいます。

例えばある人に欲しい家具があったとします。

家具は欲しいけれど、それを手に入れるにはまずお店に家具があるかを見に行かなければなりません。

そこで在庫があるかを店員に確認し、もしなければその日は予約をして、後日また店に取りに来る形になるでしょう。

その日に購入出来ても、家に持って帰ったら家具を設置するために、家の中をあれこれと配置換えしなければなりません。

組み立て式の家具であれば、組み立てて設置をして、そこでようやく一息つけます。

欲しい家具を手に入れるために、これらの行動をしなければなりませんが、行動しない人はその手に入れるまでの過程を「面倒くさい、だるい」と思ってしまいます。

インターネットで購入すれば手順は大分省けますが、それでも受け取るために家で待機することや、受け取る際の流れ、

そして組み立てることを考えたらやっぱり面倒になって行動しないのです。

このタイプの人の多くは、「欲しい」と思った後で、実際にそれを手に入れるまでのシミュレーションを頭の中で行います。

その時点で面倒になってしまい、行動しないことがほとんどです。

すべてを我慢してきた


子どもの頃からあらゆることを我慢してきた人は、大人になっても無意識に自分の欲求を抑え込んで我慢する傾向があります。

物に限らず、人に対しても、周囲の出来事やあらゆる物事に対してもそうです。

欲しいと思うものがあっても、親に「ダメだ、我慢しなさい」と言われ続けて育った人や、周囲から抑圧されてきた人、

または周りに対して遠慮したり、気を遣わなければならない状態が多かった人は、何か欲しいと思っても直ぐに我慢してしまいます。

そうして我慢することが癖になってしまった人は、大人になって自由にものが買えるようになっても、誰に止められたわけでもないのに欲しいものを直ぐに諦めてしまうのです。

このタイプの人は、誰かに「欲しがってもいいんだよ」と言ってもらうか、一度自分で思い切って欲しいものを手に入れて気持ちを解放させる必要があります。

自分自身に「何かを欲しがってもいい」と言い聞かせることで、少しずつ物欲が出せるようになってきます。

物欲に限りない

欲しいものというのは、何も物欲に限ったことではありません。

例えば恋愛において、誰かを好きになってその人が「欲しい」と思った時。

また、社会的な立場や、地位や名誉が欲しいと思う時など、人が「欲しい」と願う対象はさまざまです。

そして人によってさまざまな理由や事情から、それを「欲しくない(または諦めよう)」と考えることがあります。

どんな理由であれ、それが一度や二度であれば誰にでもあることです。

しかし、欲しがらない・欲しくないと思う人は毎回のようにそれを欲しがることを止めてしまうのです。

ひとつのことに夢中


物欲がない人の中には、すでにひとつのことに夢中になっていて、他のものには全く目もくれない、興味がないから欲しくないという人もいます。

その手のタイプの人は、周りの人から見ると一見「何に対しても興味がなく、欲しがらない人」と思われていることが多いです。

例えば会社の同僚で、役職の地位にも業績にもさして興味がなさそうで、

周囲の人たちの「あそこの〇〇ってお店行きたいねー」や「あの〇〇が欲しいんだよね」という話にも全く乗ってこず、

何か欲しいものがあるかと聞いても「とくにない」と答えるような人、時々いませんか?

そんな人は、すでに自分が夢中になることがあるから他のことに興味がない、という可能性があります。

そしてそういう人の場合は、周囲には内緒の趣味があったり、こっそりと一人で夢中になっていることが多いです。

だからこそ、一見すると「何事にも対して興味がなく欲しがりもしない」と思われやすいです。

物質ではなくて、精神的なものがほしい

何か欲しいものがあるかと聞いても、とくにないと答えたり、言いよどむ人によっては、物質を求めているわけではなく、精神的なものが欲しいと考えている人もいます。

精神的なものというのは、例えれば「愛」だったり、「安心」など、自分の気持ちを高めたり、落ち着かせてくれたりするものが多いです。

愛情を他者に求めることが多い人は、自身が十分な愛情を受けて育っていない可能性があるか、

周囲から愛情を与えられることが当たり前だったため他者にもそれを求めている可能性があります。

また、他者に愛されることによって自分を確立できる人もいれば、他者が自分を求めることを心の拠り所とする人もいます。

このように、物質的なものを欲しがらない人の中には、それ以上に精神的なものを求めている場合も少なくありません。

精神的なものの欲求が強い

精神的なものの欲求が強い人ほど、周りの人に何かをして欲しいと望んだり、周囲に対する不満があったりします。

「こんなに努力しているのだから、自分を認めて欲しい」「物じゃなくて、相手からの愛情が欲しい」など、

目に見える功績を望む人もいれば、目に見えない精神的な安心を望む人も多いです。

具体的になにが欲しい、などの物欲の場合は単純ですが、精神的なものの欲求に関しては、相手が望むものを与えてくれない限りは満たされることがありません。

そのため、物欲に比べて満足出来る人と満足出来ない人との差が大きいです。

欲しいものがない・・・

「何か欲しいものはない?」と聞かれても、直ぐには何も浮かんでこない、もしくはいつも特別に欲しいものがないという人もいると思います。

時々、自分が本当に気になったものだけが欲しいと思う人や、物質的なものでなく、精神的なものを求める人の場合は、自分の中に欲求がきちんと存在しています。

しかし、どんな時にもたいして欲しいものがない、という人の場合、それが無意識に欲求を制御しているのか、

それとも本心で何も欲しくないと思っているのかによって大分変わってきます。

欲しいものがない人必見!こう思ったら危険かも

たいして欲しいものがない、という人の中でも、単純に面倒だから行動しない人や、誰かに譲る、

また協調性の強さから欲しいものを我慢する人など、さまざまなタイプに分かれます。

しかしその中でも、以下のことに当てはまり、ものが欲しい気にならない人は、少々注意が必要かもしれません。

欲しいものがあっても諦めている

「欲しいものがない」というよりは、欲しいものがあっても「どうせ手に入らない」と思って、最初から諦めている、そんなことはありませんか?

例えばその欲しいものが、「一億円」や「超高級車」、「芸能人と結婚する」など、一見途方もない望みであれば、諦めても仕方がないかもしれません。

しかし、少し努力して手を伸ばせば手に入れることが出来るかもしれないものに対してまで、そんな風に最初から諦めてしまっていては、

この先もし、自分が心底から欲しいと思うものに出会っても、努力して手に入れることは出来ないでしょう。

一度諦め癖をつけてしまうと、何に対しても直ぐに投げ出して、「どうせ手に入らないから」「どうせ出来ないから」と簡単に諦めてしまいます。

途中で妥協をして、適当なものを手に入れて一見満足したように思えても、心の奥底では不満となってずっと残ります。

人は何かを望むからこそ懸命に努力をしますし、また行動の原動力となります。

それを自ら直ぐに諦める人は、いつまで経っても本当に欲しいものを手に入れることは出来ないのです。

結局何も手に入らない

諦め癖のある人は、自分が本当に欲しいものは決して手に入れることは出来ません。

それどころか、欲求を押し込めることによって行動力もなくなるため、心底欲しいわけではなく、ちょっと「良いな」と思うものに対しても、手に入れることは難しくなります。

例え自分なりに努力をしてみたとしても、手に入れるまでの道のりが困難そうだなと感じれば、「どうせ〇〇だから」と自分に言い訳をして直ぐに諦めてしまいます。

その回数が増えれば増えるほどに、結局は何を望んだどころで何ひとつ手に入らない結果を迎えてしまうのです。

大げさに聞こえるかもしれませんが、諦め癖というのはそれほどまでに厄介なものです。

誰かに強く指摘をされたり、自分で「これではいけない」と思い直さない限りは、この癖は中々なくなることはありません。

気力がなくて疲れ切っている

いつもだったらいいものを見つければ欲しいと思うのに、最近はまったく欲しいものがなく、また良さそうなものを見つけても欲しいとまでは思わない・・

こんな人は、気力がなく、疲れ切った状態なのかもしれません。

人は心身ともに疲れきってしまうと、ぐったりとして何事にも関心が持てなくなってしまいます。

真新しいものや自分がそれまで好きだったもの、興味があるものにも何の関心もなくなってしまい、無気力な状態になってしまいます。

そんな状態で欲しいものなど何も見つかるはずはなく、結果として「何も欲しいものがない」ということになるのです。

気力がなく、疲れ切ってしまっている人は、今は何かが欲しいと思う心の余裕がないだけで、元々はちゃんとした物欲も欲求もある人がほとんどです。

心身ともに疲れを感じるときには、ゆっくりと休養をとるようにしましょう。

自分を無価値だと思っている


自分のことを「なんの価値もない存在だ」などと思っている人は、自分には価値がないゆえに、物を欲しがる権利などないと思い込んでいることが多いです。

これはネガティブな思考の人や、精神的に落ち込んでいる状態の人、または鬱病のように精神疾患のある人に特に多くみられます。

「自分は物を与えられるようなたいした人間ではない。

そんな無価値な自分が何かを欲しがることなど許されない」こんな風に考えてしまい、自分から何かを求めることが出来なくなっているのです。

このようなタイプの人は、物欲に限らず、あらゆることで自分の権利を否定します。

例えば食事をする権利や、誰かに頼み事をする権利、社会の中で認められる権利など、本心では求めているのに自分でそれらを否定してしまうのです。

そもそも、自分自身で何かをしたい、食べたい、頼りたい、頼られたいという気持ちに一々「権利」などは必要ありません。

自分の心のままに行動すべきことを、「権利」と名づけることによって、自分には出来ないことと区切って否定をしてしまうのです。

罪悪感がある場合もある

ものを欲しがらない人の中には、欲しがることに対して罪の意識を感じてしまうことがあります。

そのような人の多くは、自分に厳しく、社会の規律や決まり事をきちっと守る、誠実で厳粛な性格をしています。