人は人生の最期を迎えるにあたって、さまざまなことを振り返ります。

楽しかった思い出や幸せだった日々、辛かったこともあるでしょうが、最期のときにはその辛さも自然と和らいでいるものです。

そしてまた、後悔のない人生を送った人もいれば、後悔を残した状態になってしまう人もいます。

最期のときに人がどんなことを後悔するのか、またどんなことを「やって良かった」と感じるのかについてご紹介していきます。

️人が必ず迎える最期のとき

人は生まれたら、最期には必ず死を迎えます。

最期を迎えるまでの長さは人によって違いますが、「死」そのものは必ず誰にでも訪れます。

それは人間だけでなく、生きとし生ける命あるものはみな同じように生まれては死んでいきます。

その絶対的で、かつ不変的な死を乗り越えようとする人は、今も昔もたくさん存在しています。

かつて古代中国の始皇帝は、不老不死の薬を求めたと言われていますし、西洋でも不老不死を求めた話はたくさんあります。

そしてまた、不老不死に関する伝承や神話、物語も数多く記されています。

日本では人魚の肉を食べて不老不死になった八尾比丘尼(やおびくに)の話が有名ですので、一度は耳にしたことがある人も多いでしょう。

しかし、どんなにたくさんの物語や伝承が残されていても、実際に不老不死になったという人の話を聞くことはありません。

現代でも、「不老不死になりたい」と考えている人は少なからずいるでしょうが、未だかつて死を乗り越えて不老不死になる方法を見つけた人はいないのです。

それほどまでに死とは人間が恐れ、乗り越えようとして、どうしても克服することの出来ない大きな存在なのです。

最期の時までの生き方


人が死を迎えることを止めることは出来ません。

そのため、人が生まれてから死ぬまでの間を、どのように過ごすのかということが何よりも重要です。

人は周りの環境によって大きく左右されます。

子どもの頃に育った家庭環境によって、明るく朗らかで人懐っこい性格になる人もいれば、反対に内気で人とのコミュニケーションを取ることが苦手な性格の人もいます。

しかし、子どもの頃の家庭環境が、その人のその後の人生の全てを決めてしまうというわけではありません。

内気な人でも、大人になるにつれて一緒に過ごす人たちや周囲の環境によっては、明るく活動的な性格に変わることが出来ます。

それほど人は、自分の周りの環境によって常に変化し続けます。

そして良い環境の中で人生を送る人ほど、最期のときまでの生き方をより充実した良いものにすることが出来るでしょう。

後悔しない人生のために

「善い人生を送りたい」「死ぬまでに後悔のない過ごし方をしたい」このように考えて毎日を過ごしている人は、そう多くはないでしょう。

死という存在を身近に感じている人であれば、きっと毎日をなるべく後悔のないように過ごそうと心がけることでしょう。

しかし、死がまだまだ遠くに感じられる人は、毎日をとくべつ意識することなくただ過ごしているだけかもしれません。

そしてある日ふと、死というものを意識したときに、これまでとは違った人生に対する考え方になることでしょう。

しかし、それで良いのです。

毎日死を考えながら生きていると、暗い気持ちになってしまうこともあります。

先のことを考えて落ち込んでしまうこともあるかもしれません。

そうなるくらいなら、とくべつ意識せずに毎日を過ごした方が良いでしょう。

「死ぬときに後悔しないために」という考え方ではなく、「自分が充実した毎日を送るために」「自分が幸せになるために」という考え方をしていれば、自然と毎日を後悔しないように過ごすことが出来ます。

️最期を迎えるときに後悔する10個のこと


どんなに幸せで、充実した毎日を送れていたとしても、人が最期を迎えるときには、誰でも何かしらの悔いは残るものです。

例えば「もっと親孝行をしておけば良かった」「もっと家族とゆっくり時間を過ごせば良かった」など、どんなに気をつけて毎日を過ごしていても、最期の瞬間には「もっと」と思ってしまうものです。

しかし、それは何らおかしいことではありません。

とくに悔いが残ってしまうような出来事があれば余計に「ああしておけばよかった」と思ってしまうものです。

では、人は最期を迎えるときに、どのようなことで後悔するのでしょうか?以下に具体例を挙げていきます。

素直になればよかった

恥ずかしがり屋な性格の人や、意地っ張りな人、または怒りやすい人など、素直でない性格の人は、最期のときにはそんな自分の性格を後悔することがあります。

本音で話すことが出来なかったために誤解させてしまった友人や、突き放してしまった家族、親しい人などに対して、「もっと素直になっておけばよかった」と悔やむことがあるかもしれません。

最後に素直になって相手と話が出来れば良いのですが、話をする機会がなければ悔いが残ったままで人生を終えてしまうことになるでしょう。

そうならないためには普段から素直になることを心がけた方がもちろん良いのですが、むきになりやすい人や素直になれない性格の人では、中々自分自身で「死」を意識しない限りは本音で話すことは出来ないのです。

また、意地っ張りが強い人ほど、最期のときになって後悔してもなお、口からは素直な言葉が出せないこともあります。

働きすぎなければよかった

現代では女性も男性並みにバリバリと働く時代になりましたが、それでもまだ男性の方が仕事に人生を費やすことが多いです。

男性が育ってきた家庭環境によっては、「男は会社で必死に働いて家族を支えるもの」「昇進して高い地位に就くこと」を当たり前に考えている人もいるでしょう。

そうした人の場合はまず仕事を第一に考えている傾向があります。

また、家庭を大切にしながらも、真面目な性格の人では会社で頼りにされる機会が多く、仕事に費やす時間の方が増えてしまうこともあります。

そうしたさまざまな理由から働くことを優先した人生を送ってきた人は、最期を迎えるときになって、「こんなに働き過ぎずに、もっと家族や自分の時間をゆっくりと楽しめば良かった」と後悔することがあります。

また、働き過ぎた結果過労で倒れてしまい、死期を早めてしまう人がいますが、その場合にはさらに後悔の想いが強く残ってしまうでしょう。

一方で、女性の場合にも、必死になって仕事に打ち込んできた結果、最期のときには後悔する人がいます。

例えばシングルマザーで自分が働いて子どもを育てるために一生懸命に仕事に取り組んできた結果病気になってしまった人では、「もっとちゃんと子どもとの時間を大切にしてあげれば良かった」と後悔することもあるでしょう。

男性であれ女性であれ、人生を送る上で働くことは必要なことですが、それだけに費やすと最期のときには仕事以外にも十分に時間を使わなかったことを後悔しやすいです。

友人を大切にすればよかった

友人の存在は、自分の人生を彩る大切なものであり、また時には自分の人生を最高に輝かせてくれる宝物でもあります。

たった一人だけで送る人生よりも、楽しみや悲しみを分かち合える友人がいる人生の方が、何倍も充実したものになります。

しかし、仲の良い友人だからこそ、時にはぶつかり合い、喧嘩をすることもあるでしょう。

また、長年自分と付き合ってくれている友人だからこそ、側にいるのが当たり前になってしまい、その存在をいつしかないがしろにしてしまっていることもあるかもしれません。

そうした無意識の行動は、友人が自分から離れてしまわない限り、気付くことは中々難しいです。

また、もし友人が離れなかったとしても、自分が最期を迎えるときになって、その存在の大切に改めて気付くことがあるのです。

そうして「友人をもっと大切にすればよかった」と後悔することがあります。

最期のときに友人が自分の側にいてくれるのなら、そこで謝罪をして、素直な気持ちを伝えて後悔を失くすことが出来るかもしれません。

しかし友人が側にいなければ、やはり後悔の気持ちでいっぱいになってしまうことでしょう。

恋人に謝りたかった

愛し合う恋人同士でも、時には誤解や些細な擦れ違いから喧嘩になってしまうことがあります。

お互いに対する愛情が強いほど、ついカッとなることや、揉めごとも起きてしまいますが、喧嘩をしたままで永遠の別れになってしまうことも時にはあり得るのです。

例えば口喧嘩からその日は互いに別れてしまい、謝る前に恋人が不慮の事故で亡くなってしまうことだってあります。

そんな時には亡くなってしまう側も、また残される側も悔いが残ってしまうでしょう。

また、本当はまだ好きなのに素直になれずに喧嘩別れをしてしまい、会えないままで永遠の別れになってしまうこともあります。

人は最期の瞬間にはあれこれと後悔することを思い浮かべますが、恋人との確執や喧嘩など、まだ解決していないことがあれば、それが一番に頭に浮かんで悔いが残ってしまうでしょう。

あの景色を見てみたかった

長年憧れているけれど、まだ一度も行ったことのない場所や、強い思い入れがある場所がある人では、最期のときになって「あの場所に行きたかったなぁ」「あの景色を見てみたかったなぁ」と後悔することがあります。

例えば高齢で亡くなる前に、夫や妻と一緒に出掛けた場所や思い出の場所に、最期にもう一度行きたかったと思う人もいるでしょう。

また、一度でいいから行ってみたかった場所がある人は、写真や絵を眺めながら、「一度でいいから行ってみたかったなぁ」と悔いが残ることもあるでしょう。

とくに旅行に出かけることが好きな人や、景色を見ることが好きな人は、このような悔いが残ることが多いです。

ただ景色が見たかったという人よりも、何かの理由から強くその場所に思い入れがある人や、幸せだった・楽しかった思い出がある人ほど後悔の念は残りやすいです。

孫の顔が見たかった

人生の過ごし方をどのようにするのか、そしてまた人生の何に重きをおくのかは人によって違います。

もし自分だけでなく、自分の家族や周りの人たちとの繋がりをとくに大切にする人の場合には、最期に孫の顔が見たいという理由から悔いが残ることもあります。

平凡な人生であれ、波乱万丈な人生であれ、孫の存在というのは自分に子どもがいることが前提です。

また孫の存在は、自分の子どもが成長して大人になり、立派に家庭を持ち、子育てをしているという証でもあるのです。

それは孫を持つ身の人にとってはとても誇らしいことでしょう。

しかし、自分が亡くなるその瞬間に孫が側にいるとは限りません。

もし孫がいないときに最期を迎える人では、「最期に孫の顔が見たかった」と後悔する人もいるでしょう。

一方で、最初から孫がいない人で、本当は自分の子どもに孫を産んで欲しかったという気持ちがある人も、亡くなる前にせめて孫の顔を一目見ておきたかったという悔いが残ることがあります。

その悔いは口にしてしまえば、子どももまた「孫を産んでおけばよかった」と後悔することになりかねないでしょう。

勇気を持てばよかった

自分に自信がない人は、最期のときになって、自分がこれまでやろうかと悩みながらも結局はやれなかったことに対して、「あの時勇気を出してやっておけば良かった」と後悔することがあります。

例えば本当はチャンレジしてみたい仕事があったのに、収入の安定さを優先させて別の仕事に勤めていた人は、最期のときになって「どうせなら勇気を出してあの仕事にチャレンジしてみれば良かったなぁ」と後悔することがあります。

また、例えば当時好きな人がいたけれど、勇気が出なくて告白出来ないままで終わってしまった人は、最期のときになって「こんなことならあの時ダメ元で告白しておけば良かった」と後悔することもあるでしょう。

人は最期のときになると、些細なことから重要なことまでさまざまなことを思い出して後悔するものです。

ほんの幼い頃に、いじめられていた子を勇気を出して庇ってあげることが出来なかったことを何十年も経ってから後悔する人もいます。

思い起こせばたくさんの、「勇気を出せば良かった」という出来事が走馬灯のように蘇り、それを思い返しては後悔することがあります。

チャレンジすればよかった

勇気が出せなくて後悔することもあれば、チャンレジ出来なくて後悔することもあります。

本当は行きたかった学校があるのに、親や教師の意見を優先させてチャレンジ出来なかったことや、就職したかった仕事先があったのに、他の理由からチャレンジ出来なかったこと。

友人と一緒に登山や海外旅行に行きたいという話をしていたのに、時間やお金などの理由をつけてチャレンジ出来なかったことなど、人によってたくさんのやらなかったことがあります。

それが最期のときになって、「チャレンジすれば良かったなぁ」と後悔することがあるのです。

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健康を大事にすればよかった

健康に問題がない時には、食生活や生活習慣などにそこまで気を遣うことはないかもしれません。

仕事があったり忙しかったりすると睡眠不足に陥りやすいですし、休みの日には「寝だめ」をするつもりで何時間も眠りこけてしまう人も少なくはないでしょう。

また、子どもの頃は「好き嫌いせずに何でも食べなさい」と言われていた人も、大人になれば自分の好きなものばかりを食べたり、外食が多かったりと食生活に偏りが出てやすくなります。

それでも健康に問題がなければ自分の生活習慣を省みることはあまりありませんが、いざ病気になってしまうと、その時になってようやく自分自身の生活を振り返ることになるのです。

また、食生活や生活習慣だけでなく、タバコやお酒、ストレスなども病気の原因になりますが、病気で余命いくばくもない状態や、最期のときになると、自分自身の不摂生を後悔する人は決して少なくはないでしょう。

「もっと健康に気を遣って生活すれば良かった」「お酒の飲み過ぎや喫煙を止めておけばよかった」などと、最期のときになって後悔してももう遅いのです。

自分をもっと幸せにしてあげたかった

あなたは日頃、自分自身の幸せを考えて生活出来ていますか?人から頼られやすい人や、困っている人を放っておけない人は、つい自分のことよりも他人を優先して、自分の幸せは二の次にしてしまう傾向があります。

また、家族を持っている人は、自分の家族の幸せを何よりも優先するあまり、自分自身の趣味や好きな時間を犠牲にしてしまっていることもあるでしょう。

もちろん自分にとって大切な人を優先するのは良い事ですし、中々出来ることではありませんが、それが過ぎてしまうと最期のときになって、「もっと自分自身を幸せにしてあげれば良かったなぁ」と後悔してしまうことになります。

自分の趣味や好きなこと、やりたかったことを満足に出来なかった人ほど、そうした後悔を抱えたまま最期のときを迎えることが多いです。

️最期のときまでにやってよかった7個のこと

これまで、最期のときに「やっておけばよかった」と後悔することをご紹介してきました。

もし、「そういえば自分も当てはまることがあるから、最期には後悔するかもしれない」と思う人がいれば、今日からでも後悔しないような生き方に変えていく必要があるでしょう。

ここからは、後悔ではなく、「やってよかった」と最期のときに思えるようなことについてご紹介していきます。

「何をすれば最期のときに後悔しないか」が分からないという人は、ぜひ以下を参考にしてみて下さい。

終活

人が最も最期のときに後悔しやすいのは、「自分の人生の終わりをまったく想定していなかった状態での最期を迎えるとき」です。

要するに、全く人生の最期を予期せずに、何の準備もしていなかった状態で不慮の死を迎えるとき、人は大きな後悔をしやすいのです。

もちろんだからといって、毎日「もしかしたら自分が死ぬかもしれない」などと物騒なことを考えながら生活を送るのは精神的に疲れてしまいますよね。

しかし、現実に死というものはいつ訪れるのかも分からないものです。

ですから、毎日自分の最期について考えていなくても、「万一自分に何かあったら」という時のことを想定して、予め終活を行っておく必要はあるかもしれません。

終活と聞くと高齢者を想像する人が大半ですが、若い人でも突然の不幸は訪れるものです。

ですから、年齢に関係なく終活は行っておいた方がいいでしょう。

人生の終わりのための活動

終活とは、人生の終わりのための活動のことです。

死という言葉を聞くとネガティブな想像をしてしまいがちですが、死そのものは誰にでも訪れる当たり前のことであり、生命の必然です。

そのため、人生の最期を後悔で終えることなく、前向きに周りの人たちにも見送ってもらえるためにも、終活はしておくべきことなのです。

しかし終活といっても、どのようなことを行っておけばいいのでしょうか?終活を行う上で必要なことを以下にご紹介します。

物の整理

亡くなった後で故人のものを整理することを遺品整理といいますが、終活の場合には予め身の回りのものを自分自身で整理しておきましょう。

不要なものは処分しておき、今必要なものは自分が亡くなった後でどう処分するかをメモに残しておくと、いざ最期を迎えた後で家族が整理しやすくなります。

例えば思い入れがあり、葬儀の際には一緒に棺に入れて欲しいものがあればそれをメモに残し、また形見分けにしたいものや、リサイクルショップで処分してもいいものなども整理しておくと安心です。

また、他人に見られたくないもの(例えば日記やパソコン・スマホ内のデータなど)はどう処分してもらいたいかということもメモしておきましょう。

物の整理は終活に関係なく、年に一度はしておくと身の回りがスッキリするのでおすすめです。

人間関係の整理

終活をするにあたり、人間関係の整理もしておくことが重要です。

今も連絡を取っている人や全く取っていない人、とくに親しくないけれどアドレス帳には載っている人や、本当に親しい人などは、当人でなければ分かりません。

もしごちゃごちゃとたくさんのアドレスが残してあったら、万一不幸があった時に家族が誰に知らせればいいのかが分からずに困惑してしまいます。

そのため、人間関係も出来るだけ分かりやすく整理しておきましょう。

スマホにまとめておくのも良いですし、データやメモ書きで残しておくのも良いでしょう。

会社の関係者や友人など、いざ自分に何かあった時に連絡をして欲しい人たちの連絡先を残しておきましょう。

さらには、もう何年も連絡を取っていない人については、いっそ連絡先を削除してしまっても良いでしょう。

本当に縁がある人であれば、例えこちらが連絡先を削除してしまったとしても、向こうから連絡をしてくるものです。

「断捨離」の気持ちで人間関係を整理しましょう。

葬儀や埋葬取り決め

まだ若い人であれば、自分に何かあった時には両親や兄弟、親戚が葬儀を執り仕切ってくれるのでそこまで深く考えなくてもいいでしょう。

しかし、ある程度年齢を経た人の場合は、葬儀や埋葬についてどのようにしてもらいたいか、細かく希望する場合もあります。

その場合には、自分に何かあった時にはどの葬儀会社に依頼したいか、葬儀の内容や埋葬の取り決めに関することなどを出来るだけ具体的にメモを残しておきましょう。

よほどのことがない限りは、亡くなった後の葬儀は故人の遺志が尊重されます。

どうしても不安だという人は、遺言状という形で残しておくと良いでしょう。

遺産の取り決め

よくテレビのドラマなどで、遺産相続で揉めるシーンを目にすることがありますよね。

故人が遺言状を残す、残さないに関わらず、ドラマの中では遺族による熾烈な遺産相続争いが起こっています。

流石にドラマでしか見られないような泥沼な展開も多いですが、資産のある家ほど実際に遺産相続では揉めることが多いです。

厳かな葬儀の空気の中で、遺産について揉めるようなことは、故人も望まないことでしょう。

そこで、予め遺産の取り決めをどうするか決めておくと良いでしょう。

自身の家や土地、貯金などをどうするのか、誰にどれだけ分配するのかなど、細かい希望があれば具体的にメモを残しておきましょう。

最期のときが近いと感じれば、メモではなく遺言状として残し、弁護士に依頼しておくのも良いでしょう。

エンディングノート

エンディングノートとは、自分に万一のことがあった時のために残しておく終活のノートのことです。

治療や介護、葬儀に関しての自分の希望や、家族への伝言、連絡して欲しい人のリストなどを書き連ねることが出来ます。

ノートにはそれらが書きやすいように内容がまとまっていますので、自分でメモを残すよりも、エンディングノートに書く方が本人も読む人も分かりやすいでしょう。

エンディングノートはお年寄りが記入することが多いですが、若い人でも万一に備えて書いておいても良いでしょう。

先にも挙げたように、自分が亡くなった後のことを考えることは、決してネガティブなことではありません。

いわば、後に残される人たちへの気遣いのようなものですので、エンディングノートを書くからといって落ち込んだ気持ちになる必要はないのです。

遺言

遺言は、亡くなる前に家族に自分が亡くなった後のことを伝えておくことです。

葬儀はどのように進めて欲しいか、墓はどうするかなどを伝えますが、場合によっては一人に伝えただけでは、その後で希望通りに葬儀が行われるとは限りません。

また、例え遺言を受け取った人がその通りに進めようと思っても、証拠がないため他の家族が別のやり方で進めようとしてしまうことも考えられます。

そのため、遺言を残す場合には録音して肉声を残しておくと良いでしょう。

また、遺言状の形で残しておくとより分かりやすいでしょう。

行ってみたいところへ旅行に行く

自分が行ってみたいと思うところがあれば、積極的に行っておいた方が良いでしょう。

行きたい行きたいと思いながらも結局は行かずに人生の最期を迎えることになると、少なからずそれを後悔してしまうでしょう。

しかし、行きたいという願望を叶えておくと、それに関する後悔の気持ちはなく、逆に楽しかったことを思い出して穏やかな気持ちで最期を迎えられるかもしれません。

近い場所への旅行であれば、旅費も時間もそこまで気にすることなく、思い付いた時に時間を作って行くべきです。

また、遠い場所への旅行でも、「いつまでに旅行に行く!」と自分で目標を決めておけば、それに向けて充実した日々を送ることが出来るでしょう。

あれこれと理由をつけて行きたい場所へ行かずに最期に後悔するよりは、多少無理をしてでも自分の願いを叶えた方が、最期はあなた自身のためになるのです。

やってみたいことに挑戦する

今やってみたいと思うことがあれば、積極的にそれに挑戦しましょう。

旅行でも登山でもダイビングでも、どんなことでも挑戦することで人生は充実しますし、最期に後悔も残りません。

やってみたいことがある内は人生にも活力が沸いてきますし、十分にそれを楽しんだ後には良い思い出としていつまでも心の中に残ります。

自分の最期だけでなく、今生きている人生を楽しむためにも、どんどん挑戦していきましょう!

昔の恋人と会う

もしもかつての恋人に対してまだ未練があったり、喧嘩別れなどで心残りがあったりするのなら、時期を見て一度連絡を取り合い、会って話をするのも良いでしょう。

今恋人や配偶者がいる場合にはもちろんパートナーの許可を取る必要がありますが、この先も後悔の気持ちを残さないためにも、折を見て話しをし、気持ちをスッキリとさせておくと良いかもしれませんね。

周りの人に感謝を伝える

最期のときになって自分の周りの人たちに感謝の気持ちを伝えることは大切なことです。

しかし、最期のときにはすでにまともに話が出来ない状態になっているかもしれません。

そのため、最期のときだけとは言わず、日頃から周りの人たちへ感謝の言葉を伝えておくと良いでしょう。

「一緒に過ごしてくれてありがとう」「自分を愛してくれてありがとう」「大切にしてくれてありがとう」など、機会を見つけて感謝を伝えておくと、いざという時に「感謝の言葉をきちんと伝えられてなかった」と後悔せずに済みます。

また、周りの人たちにもあなたの気持ちがちゃんと伝わりますので、恥ずかしい気持ちを押し隠してでも言葉や文章で伝えるように心がけましょう。

自分に素直になる

自分に素直になることは大切です。

自分が何をどうしたいのか、何が好きなのかという気持ちや衝動を押し殺してしまうと、最期のときになって自分自身を大切にしてあげられなかったと後悔してしまいます。

また、素直でないと意地っ張りになりやすいので、家族や友人、恋人など大切な人に対しても心無い態度を取ってしまうことがあります。

しかし、その状態のままで最期のときを迎えてしまうと、「もっと素直に自分の気持ちを伝えておけばよかった」ときっと後悔することでしょう。

そんな後悔の気持ちを抱いてしまわないためにも、自分に素直になるように言い聞かせて毎日を送りましょう。

自分を愛する

自分が嫌いな人っていますよね。

素直になれない、自信がないなどの理由から自分のことを嫌いになってしまいがちですが、自分のことを好きになれない人が、他人のことをきちんと愛せるでしょうか?また、他人から自分を愛してもらえるでしょうか?どんな人でも一人ぼっちは寂しいものです。

できれば愛し愛される関係の相手と巡り合いたいと思うものです。

しかし、あなたがまず自分のことを愛してあげないと、相手も安心してあなたのことを愛することは出来ません。

それどころか、自分を愛せない、嫌いだという人は、相手の自分に対する好意すらも否定してしまっていることになるのです。

例えば周りの誰もがあなたを愛してくれなかったとしたら、あなたを愛せるのはあなた自身でしかありませんよね。

あなたを誰よりも愛せるのはあなた自身でしかないように、あなたを一番大切に出来るのもまた、あなた自身でしかありません。

ですから、きちんと自分自身を愛してあげられるようになりましょう。

もしも誰からも愛されなくても、あなたがあなた自身を愛してあげていれば、それだけで最期のときに後悔は少なくなるのです。

️最期のときまでに生き方を考えよう

人は生まれたら必ずいつかは死ぬものです。

ですから、人生を送る上で最も重要なことは、人生をどう生きるかということです。

人は死ぬまで学び続けることが出来るように、生き方もまた、考え続け変え続けていくことが出来ます。

誰だって最期を迎えるときに後悔なんてしたくはないはずです。

自分が後悔する最期を迎えなくて済むように、今からでも自分の生き方について考えてみましょう。

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