実際に医療の場面では処置という言葉を使う機会がとても多いです。
そのため、「処置=医療用語」と思っている人も中にはいるかもしれませんね。
本来処置の意味は、「その場の状況に応じた判断をし、手立てを講じて物事に始末をつけること」という意味があります。
この他に「傷や病気の手当てをすること」という意味もありますので、後者の意味で覚えている人は医療シーンを想像することでしょう。
医療シーン以外では前者の意味として用いられています。
その場の状況に応じた判断をして、手当を講じて物事に始末をつけるということから、「善処」同様に、ビジネスシーンで用いられることが多いです。
例えば取引先の会社から急に納期の変更があった場合に、直ぐに現状を確認して、それから変更後の納期までに間に合わせることが出来るようにスケジュールを組み直して仕事に取り組むことを、「処置する」と表現します。
善処同様に、自分に対しても相手に対しても使うことが出来る言葉です。
また、処置の場合には、実際に行動することが決定したか、もしくは限りなく決定に近い形で使われるのが一般的です。
状況が未定で、どうなるか分からないような場面ではあまり使われることはないでしょう。
検討します
「検討」には、「よく調べて考えること」の意味があります。
どんな物事でも、それについて自分がよく知らないままで受け入れたり、行動したりするとその結果後悔してしまうことは多いです。
自分の選択したことで後悔しないためにも、大抵の場合は自分で予めその物事について調べます。
物事についてよく調べて、それが自分にとって良いかどうか、有益かどうかなどを考えた上で行動したのであれば、その結果例え失敗しても、また残念なことになってしまっても、そこまで後悔の感情は大きくならないでしょう。
慎重な性格の人ほどこうした事前によく調べる行動を怠りません。
検討は、そうした事前の調べや考えるといった一連の行動を指しています。
そのため、もし検討した結果が良くなかった場合には、行動するのを止めたり、拒否したりすることも少なくありません。
例えば友達からお金を貸してほしいと頼まれた場合に、その友達の金銭感覚やお金に関する価値観、使い方などをよく観察し、友達の金銭感覚が普通ではないと判断したのなら当然お金を貸す人はいないでしょう。
この検討をせずに、「友達だから」とよく考えずにお金を渡してしまえば、後になって後悔するのも損をするのも自分自身になってしまうでしょう。
検討することは自分自身のためでもあります。
また、「処置」とは違い、その後の行動が未定の場合や不確定な場合に使うことが多いため、すでに行動が決定している状態では検討を使うことはありません。
努めます
「努める」とは、「力を尽くしてあることをする」「努力する」などの意味があります。
もっと簡単に表現するなら、「頑張る」といった意味でしょう。
同じ発音で「勤める」「務める」などがありますが、どれも意味が違っており、力を尽くしてあることを頑張る際には「努める」の漢字を用います。
努めることは一生懸命に努力することですが、だからといってその結果が必ずしも良いものであるとは限りません。
例えば志望校に合格するように勉学に努めても、その結果が不合格の場合もあります。
また、仕事で取引先の会社の希望に沿うように努めても、精一杯尽力した結果希望に沿えないこともあります。
結果に確実性はないけれども、上手くいくように一生懸命に尽力する際に「努めます」と言葉を使うことがあります。
また、実際に努めたのであれば、その結果が例え良くなかったとしても、それを責める人はそう多くはないでしょう。
結果のみを重視する人からは厳しいことを言われるかもしれませんが、きちんと努力の過程も踏まえて見ている人からはその頑張りを認めてもらえやすいですし、評価もされやすいです。
努めるという言葉はビジネスシーンのみでなく、あらゆる場面で用いられます。
プライベートでもかしこまった場面や、真面目な場面では時々使われています。
対義語
「善処」とは、適切に処置をすることです。
その場の状況に合わせて、もっとも良いと判断される行動を取ることを表わす言葉ですが、この善処とは反対の意味を持つ言葉はあるのでしょうか?
明確な対義語はありませんが、善処の意味を考えると、対義語になるべき言葉の意味は適切に処置をしないことや、その場の状況に合わせた判断や行動をしないことになります。
これらを踏まえると、対義語は「なおざり」や「適当」「いい加減」などの言葉が考えられます。
なおざりは「いい加減に対処する」といった意味があり、何もせずに物事をおろそかにしたり、成り行き任せにしたりする際にはこの言葉を用いることがあります。