「それは見据えていた」なんて少しかっこよく聞こえる言葉でもありますが、あなたは“見据える”という言葉を耳にしたことはありますか?

また、これまでの人生の中で「見据える」という言葉をたくさん使って喜多方もいらっしゃるかと思います。

この日本にはたくさんの言葉がありますが、そのなかでも特に「見据える」というような日常にあふれている言葉に対してでも、その言葉の意味を知らないままに使ってしまっていたり、反対にだれかが使っているのをきちんと理解せずに相手の会話を理解したつもりになっている人がとても多いものです。

言葉というのは、基本的なものであれば小学校、中学校、高校などで学ぶことができます。

しかし、日常会話で使われるだけのような言葉だとかあまり使われることのない言葉というのは、自発的に学習していかなければならないんですよね。

「見据える」という言葉は、中学校または高校の国語の授業で学んでいるはずですが、当時勉強が嫌いだとか国語の先生を極端に嫌っていた人は、その授業をきいていなかったことでしょう。

そうすると誰もが当たり前に知っているはずの言葉を知らないままに大人になってしまい、苦労することもあります。

今ではまだ「見据える」という言葉に対してなにかしらの問題を抱えたことがないかもしれません。

でもそれって今だけかもしれません。

これから先にあなたに対して「見据えるってどういう意味なの?」なんて言葉の意味を訪ねてくる人に出会うかもしれないからです。

そのときにさらりと相手にわかりやすく言葉の意味を伝えたいですよね。

そのために、この記事では「見据える」という言葉について特集しています。

「見据える」という言葉はどんな意味を持っているの?

「見据える」という言葉はどのように使っていけばいいの…?

などなど、この言葉に対して浮かんでくる疑問にお答えしています。

この記事を読めば「見据える」という言葉のマスターになれること間違いありません。

見据えるとは?

あなたは、これまでの人生の中で「見据える」という言葉を聞いたことはありますか?もしくは、この言葉を使った経験があるでしょうか。

筆者は「見据える」という言葉はよく見聞きするのですが、筆者自身がこの言葉を使うことはほぼありません。

それは使う機会がないからなんですよね…。

とはいっても、この記事を開いてくださったということはあなたはもしかしたら「見据える」という言葉の意味を知らないで困っているのかもしれません。

どこにでもありふれている言葉ほど、その本当の意味なんて知らないことが多いんですよね。

知らないことが多いとどうしてもそこに触れるのが怖くて、疑問を疑問のままにしてしまうなんてよくあることです。

あなたももしかしたら、そのような悪いパターンに陥っているかもしれません。

その悪いパターンからぬけるためにも、会話の中や書物・新聞などにおいて「見据える」という言葉が出てきたときにその意味をサクッと理解する為にもここで「見据える」という言葉の意味について学んでおきましょう!

じっと見つめる


まずひとつめの「見据える」という言葉の意味ですが、ずばり「じっと見つめる」という意味があります。

それはこの「見据える」という言葉を見ればわかることでしょう。

「据える」という漢字が含まれていますよね。

この漢字は「居る」という漢字が含まれているのを見ることができるかと思います。

「居る」という漢字は、その場所に居続けることをさしていることもあるので、何かを継続していることを示しています。

そこに「見る」という言葉を加えることによって、何か対象のものをじっとずっと見つめているという意味になります。

「あなたを見据えてきた」というと、「あなたをじっと見つめてきた」という意味になりますね。

また、この「見据える」という言葉の対象は、何かの物事でもあるということを頭に入れておきましょう。

本質・真相などを見定める

この世の中には本質がわからないもの、本質ではないのにあたかも本質であるかのようにふるまわれているものがありますね。

そのようなものを見分ける力というのは、数年前に比べてとても重要視されているものです。

ずばり、「見据える」という言葉には、対象とする物事や人に対して本質や真相を見定めるという意味があります。

あなたは、相手が発した言葉をそのまま信じますか?

それとも信じないで疑ってかかるタイプでしょうか。

後者であれば、常に相手の本質はなになのかについて疑っているはずなので問題ありません。

しかし、すぐに人を信じてしまう人というのは、もう少し見据える力をつけたほうがいいのかもしれないですね。

というのも、本質や真相を見定めることによって新しいものの見方をすることができたり、相手への印象を変えることができるからです。

物事を直視して本質を見定める

また、「見据える」という言葉には“物事を直視して本質を見定める”という意味もあります。

物事って直視しているように思えて、実際はなかなかきちんと直視できていないことが多いものです。

しかし、そこで自分のもやもやと闘いながらもその対象とするものの物事を直視することによって、本質を見定めることができるようになります。

本質を見定めることによって、その対象としてるものがどんなものなのかを知ることができますし、それにどのように対応していけばいいのか自分の出方を決めやすくもなるんですよね。

また、さきほどもお伝えしましたがだまされるような機会が減るのでよいことばかり。

「見据える」というのは、じっとその対象とする物事を見ることによって、本質を見定めていくという意味を持っているということになります。

見据えるの類語や関連語


これまでに「見据える」という言葉の意味について詳しくお伝えしてきましたね。

その言葉の意味をお伝えしても、まだ「見据える」という言葉の意味をなかなか心から納得して理解できていないという方も中にはいらっしゃるのではないでしょうか?

それだといつまでも「知ったふり」をすることになりますし、それで大きな恥をかいてしまうことになるかもしれません。

でもいったいどのようにして「見据える」という言葉の意味を心から理解することができるようになるというのでしょうか?

ここでは、そんな「見据える」という言葉の意味の“類語”と“関連語”をご紹介しています。

類語や関連語を知ることによって、「見据える」という言葉がどのようなニュアンスを持っている言葉なのかを知ることができるんです。

どんな類語や関連語があるというのでしょうか?さっそくそれらを確認していきましょう。

1.確かめて理解する、良い目を持つ

「見据える」というのは、じっと対象とするものを観察して、それがどんなものなのかを判断するというものでしたね。

そのため、「確かめて理解する」という意味やさらにそのような確かめる能力を持ったり、よいものを見分ける力を持つこととして「よい目を持つ」という意味までも含んでいます。

「見据える」には「じっと見る」という意味もありましたが、さらに踏み込んでじっと見ることによって正しい判断ができるようになること、もしくはそのような判断をすることをさしていることもあるというこです。

認識

「認識」とは、「知られたこと」または「多くの人に共通してしられていること」になります。

これは、まずこの言葉を構成している漢字に注目してみましょう。

この言葉は「認める」と「知識の“識”」という漢字でできていますね。

要するに「知識として認めること、あるいは認めていること」になります。

「広く認識が広がった」なんて言葉で使われることもありますが、この場合はこの言葉を説明するにはもってこいで「多くの人にその考えや知識を広めることができた(ひろまった)」という意味になります。

「見据える」という言葉にもこのように広い範囲に認められる内容が対象となるということなんですね。

観取

「観取」には、「見て理解すること」「それ(対象とするもの)を見てしること」の意味があります。

「見据える」という言葉には、じっと相手や対象物を鑑賞し、さらに見つめることによってその対象物の本質をしっていくような意味がありましたよね。

それと同じように、「見ることによってその相手がどんなものなのかを判断する」というニュアンスをもっているのが「観取」になります。

この点で、類語であることはお分かりいただけるでしょう。

また、「観取」という言葉は、「事情などを把握する、察知する、あらかじめ読み取ってあげる」という意味もあり、「見据える」と同様に言葉なくしても相手のことを知ることができる、もしくは知れるような心の目を持っているという意味も含んでいます。

2.連想される言葉

これまでに「類語」を見てきましたが、それでもまだ「見据える」という言葉の意味を理解できない!と感じている方はいらっしゃることでしょう。

そのような方は、ぜひとも「見据える」という言葉から連想される言葉を見て、それがどんな意味を示しているのかを確認していきましょう!

連想されるということは、同じような意味合いやニュアンスをもっているということになりますものね!

熟視する

「見据える」という言葉の意味を少しだけおさらいしましょう。

それには「じっと見つめる」という意味合いを含んでいましたね。

じっと見つめることによって、相手の本質を知ることもできるし、そのような力を養っていくという意味もありました。

そのように考えると、同じような言葉として「熟視する」という意味が連想されるのではないでしょうか。

「熟視する」というのは、目が熟してしまうほどに対象としているものをガン見しているという意味になります。

そのため、「見据える」と同じような意味合いをもっていますし、連想することができます。

目を光らす

「目を光らす」というのは、対象とするものに対して興味の気持ちを示しているということ、それにその対象のことを心から気にしているという意味合いを持っています。

あなたも目を光らせて物事をみたことがあるのではないでしょうか?

人って心から気になっているものを見ているときというのは、ほかのものを見つめている時とは違って目が光り輝いているものです。

「見据える」という言葉には、そのように目をキラキラさせているという意味はありませんが“気になっている対象物をみる”という点では同じ意味を持っているといえます。

そのため、「じっと見つめる」「興味心がある」という点において意味も共通しているんですよね。

それに興味のないものを見つめるのってつまらなくて、目がしんだようになってしまうのではありませんか?

監視

「監視」は、「対象とするものを警戒して見張ること」を意味しています。

「見据える」と同様に対象とするものをじっとみつめているところでは同じ意味合いになりますよね。

また、「見据える」という言葉にも対象とするものをじっと見つめることによって、相手の本質がどのようなものなのかを知るという意味も含まれていました。

そのように考えると「監視」と「見据える」は、似ている言葉になります。

しかし、「監視」には警戒するような少しネガティブな気持ちが含まれていますが、「見据える」には「監視」ほどマイナスなイメージは含まれていません。

凝視する

「凝視する」とは、「対象とするものをじっと見つめる」という意味を持っています。

まさに「見据える」とほぼ同じ、いや完全に同じ意味を持っているといえますね。

しかし、ひとつ違うのは「凝視する」という言葉には対象とするものを見つめるという意味しかないだけであり、「見据える」という言葉にはじっと対象とするものを見つめたあとにそのものがどんなものなのかを判断するという次のステップまでの意味が含まれているということです。

「凝視する」という感じは、「視線を凝らす」という言葉の略語でもあるので、その言葉をみればこの言葉の意味を簡単に理解できるのではないでしょうか。

目を凝らす

「目を凝らす」という言葉は、「凝視する」という言葉とおなじように「対象とするものをじっと見る」という意味を持っています。

「あの鳥をみるために目を凝らした」なんて使ったりします。

この文章の意味では、「あの鳥を見るためにガン見した、よく見つめた」という意味合いになります。

そのため、「凝視する」と同じく「目を凝らす」という言葉も「見据える」という言葉の意味とほとんど同じということになるわけですね。

つまり、「見据える」=「目を凝らす」=「凝視する」になるわけです。

こう考えると「見据える」という言葉もなんだか気月に日常生活の中で使えるような気がしてくるのではないでしょうか。

見守る

「見守る」とは、「対象としているものが最後まで無事でいられるように見つめること」もしくは「じっと見つめる」という意味を持っています。

前者の「対象としているものの無事を見ておく」というのも、やはり無事なのかどうかを確認するためにガン見したり、じっと見つめますよね。

後者の意味である「じっと見つめる」というのは、何もお伝えしなくても今回の記事のテーマともなっている「見据える」という言葉の意味に合致していることに気づくことでしょう。

つまり、「見守る」という言葉と「見据える」という言葉もほぼ同じような意味合いをもっているということになります。

ひとつ違う点としては、「見守る」は“愛情をもって相手のことを見つめる”というニュアンスを含んでいますが、「見据える」にはそのような“愛情”というのは含まれていません。

それどころか反対に冷淡な気持ち、相手を疑う気持ちのようなマイナス要素が少し強い傾向があります。

だからこそ「相手の本質を見抜くためにじっと見つめる」という意味があるんですね。

もしも相手に少しの疑念ももっていないのであれば、わざわざ相手のことを疑うようなしぐさをしたり、行動をしたり、そもそもそのような行動をしようと思う気持ちにもならないはずです。

見張る

「見張る」という言葉は、「目を大きく開いて対象としているものを見る」という意味があります。

また、それだけではなく「注意深く対象としているものを観察する」という意味も持っています。

前者は「見据える」という言葉の意味と同等ということはできませんが、後者の意味であれば「見据える」という言葉の意味と同じだと感じるのではないでしょうか。

はい。

たしかに「注意深く見ている」というところ、「観察している=じっと見つめている」という点において、「見張る」という言葉と「見据える」という言葉は同じ意味を持っているといえます。

また、注意深くなにか対象とするものを見つめているということは、その対象のことを心のどこかでは信頼していなかったり、さらには何か疑いの気持ちを持っているからそのようにしてしまいますよね。

ずばり、「見据える」という言葉と同じように「見張る」には多少の“マイナス要素”が含まれています。

そうするとなおさら「見据える」という言葉と同じ意味になりますよね。

凄みのある

「凄みのある」という言葉は、「凄み」という名詞を説明するために「ある」という助詞が使われている言葉になります。

「凄み」とは、「本当にすごい感じ、見ているだけで身もよだつようなぞっとしてしまう迫力がある」という意味を持っています。

この意味を踏まえると「凄みがある」という言葉には、「本当にすごい感じであるということ」もしくは「見ているだけでぞっとしてしまうもの」という意味を持つことになります。

「見据える」という言葉には、対象とするものを見ることによってその対象とするものがどんな質を持っているのかについて知ることができるという意味も持っていました。

また、知ることができるだけではなく、その対象とするものの本質を見抜くために“じっと見つめる”という行為をしていましたね。

そのように対象とするものを見つめることによって、相手の本質を知り、さらにその対象とするものの本質がぞっとするものだったり、思っていたよりもすごいものだったときには「見据える」という言葉は「凄みのある」という言葉とほぼ同等の意味で使うことができるということになります。

少しややこしいですが、「見据える」の対象となっているものが“すごい”と感じられるときには、「凄みがある」という言葉の意味とイコールになるというニュアンスで覚えておいてください。

いぬくような

「射貫く」という言葉には、「対象としているものを矢などで貫通させる」というような物理的な意味を持つこともあれば、「対象とするものに穴があいてしまうくらいにじっと見つめる」という意味があります。

「見据える」という言葉には、具体的に何か行動することを意味するものは含まれていないので「射貫く」の前者の意味はあてはまらないですね。

しかし、後者の意味は「じっと見つめる」という点において同じような意味を持っていることになります。

あなたのまわりには、たまにこんな人はいないでしょうか?

ずばり、一点をじっと見つめることによってその対象としているものに穴があいてしまうくらいの勢いを感じるときです。

そのようなのを“射貫く”という言葉で表現することができるんですよね。

まるで目からビームが出ているかのように感じる、それくらいにひとつをじっと見つめている様子を思い浮かべてください。

そのような点では、「見据える」という言葉とほぼ同じ意味を持っていると思うのではないでしょうか。

「見据える」という言葉にも「じっと対象のものを見る」という意味がありましたものね。

「射貫く」ほどに目力を使っているとは言えませんが、同じところをじっと見つめる様子であることには同じ意味といってもいいでしょう。

長期的視野をもつ

「長期的な視野をもつ」というのは、いまこの瞬間を見つめるだけではなく、将来までも見通して今なにをすればいいのか、これから何をしていけばいいのかなどを計画することをさしています。

あなたは、何か計画する時だとか何気なく暮らす毎日の中でも“長期的な視野”をもつことができているでしょうか。

例えばの話をしていきましょう。

あなたは、転職を考えているとしましょう。

転職をする際には、おそらくその会社のさまざまな条件を見るはずです。

給料はいくらなのか、休みはどれくらいもらえるのか、福利厚生はしっかりしているのか・・・なんて気になりだしたらきりがないですよね。

そこで「今この瞬間だけ」のことを考えたら、休みがなくても大丈夫だし、歩合制でやっていける!

とか、給料は少ないけど病気もしないだろうしまぁこの金額で妥協しよう…なんて決めてしまう人もいるかと思います。

確かに人は今この瞬間をいきていますし、100年時代といわれている現代でも100歳までいきるとは限らないですよね。

しかし、その“もしかしたら”というのは十分におこりうることなんです。

それを防ぐために、そして将来に何かが起こってしまったときにいやな思いをしたり、「あの時にああしておけばよかった」なんてことにならないように、あらかじめ今を含めた未来像をしっかりと想像しておくことが重要なんですよね。

それを“長期的な視野”といいます。

ずばり、そのような長期的な視野をもつということは、将来を見据えた考えをすることができるということになります。

あれれ、今回のテーマともなっている「見据える」という言葉で長期的な視野を説明することができました。

つまり、長期的な視野を持つということは、将来のことをじっくり考え(その点をみつめ)、今何ができるのかを考えるということになります。

対象とするものを見抜き、さらにその本質を見定め、今何をしていけばいいのかを説明するために「見据える」という言葉が使われるんですね。

少し前に使った言葉のように「長期的な視野で見据える」なんていって“長期的視野”という言葉と“見据える”という言葉はセットで使われることが多いことも頭に入れておくとより理解しやすくなるでしょう。

見据えるの例文

あなたは、「見据える」という言葉の意味を理解することができたでしょうか?

人は、新しく理解することのできた言葉ができるとどうしてその言葉を使ってしまいたくなるものです。

もしかしたら、あなたもそのような傾向があって今すぐにでも「見据える」という言葉を使ってしまいたいと考えているかもしれないですね。

これまでにさんざんに「見据える」という言葉の意味をお伝えしてきたので、その意味を理解できていることでしょう。

しかし、理解できているのとそれを正しく使うのとではまったくもってポイントが違うんですよね。

あなたはしっかりと意味を理解していても、間違った方法で「見据える」という言葉を使ってしまうかもしれません。

それでは、あなたが恥ずかしいだけ。

そうならないように、ここではすぐに使うことのできる例文を用いて「見据える」という言葉の使い方を簡単にレクチャーいたします!

もしも自分自身の言葉のなかに「見据える」という言葉を使うのが怖いとまだ思うのであれば、これからお伝えしていく例文をそのまま暗記して使うのもおすすめですよ!

口調とは違い、視線は目の奥を見据えていた

この文章はどのような意味を表しているでしょうか?少し想像してみてください。

ずばり「話している雰囲気とはちがっていて、その人の視線は相手の目の奥の本性を見抜こうとしていた」という意味になります。

よく「声は笑っているけれども顔が笑ってない!」なんて言葉をきいたことがあるのではないでしょうか。

そのような人って声では「あはは」なんて笑い上戸なんですが、目が死んでいるんですよね。

目はまったく別のことを考えていることを意味しているように感じるんです。

このような傾向と同じくこの文章の対象とされている人物はおそらく相手のことを信じているような話し方をしているはず。

それなのに目や視線というのは、「相手のことを信頼しておらず、相手の本当の気持ちを見抜こうとじっと瞳をみつめている」んですね。

あなただってこのようにして相手を見つめたことがあるのではないでしょうか?

人って言葉で言っていることと目の奥で訴えていることってちがいますし、あらかじめそれを知ることができたら後になっていやな思いをすることもないですよね。

このように「相手の本当の気持ちを探るため」に「見据える」という言葉が使われることがあります。

思いを込めて、彼女の顔を見据えた

この文章は「彼女への思いをこめて、伝わるように彼女の顔をじっと見つめていた」という意味になります。

まぁこの文章の話し手はその相手の女性に少なからずの恋心などを抱いているのでしょう。

その彼女への愛の気持ち、好きだという気持ちをあえて言葉で伝えずに“目線”で伝えようとしているんですね。

そんな気持ちを含んだ瞳で彼女を見つめているシーンを想像できることでしょう。

なんともまぁロマンチックなシーンですね。

このように「見据える」という言葉では、相手に自分の本当の気持ちを伝えたい、悟ってほしいときにじっと見つめるということにおいて使う言葉でもあります。

「目で何かを訴えている」なんていうものですが、まさにそのようなニュアンスをもった言葉でもあるということですね。

将来を見据えた計画を立てよう

この文章は、「将来のこともしっかり考えて計画をたてよう」という意味合いになります。

さきほど「長期的な視野をもつ」という言葉の意味をお伝えするところでも同じようなことをお話ししましたね。

「見据える」という言葉は、人を対象にするだけではなく目に見えない時間のようなものを対象とすることもあれば、未来のような不定かなものを対象とすることもあります。

この文章では、将来という見えないもののことまでもしっかり考えていこう、そのことについてしっかり見つめましょうという意味をもっています。

「見据える」という言葉は、人に対して使うだけではなく、見えないものまでも対象とすることができるということを忘れないようにしましょう。

見据えるという言葉を正しく使おう

今回は、意味を分かっていそうで実はわかっていない人の多い「見据える」という言葉について特集してきました。

「見据える」とは、何か対象とするものをじっとみつめること、そして見つめることによって対象とするものを見定めるという意味を持っていましたね。

それにその対象とするものは人であることもあれば、空気や時間・相手の気持ちなどの見えないものまでも対象となるとのことでした。

少し難しいように感じてしまう「見据える」という言葉ですが、その意味を理解し、どんな場面で使うのかをしっかり把握しておくことで間違った意味やシーンで使うことはなくなるでしょう。

ぜひとも、この記事を参考にして「見据える」という言葉を間違わずに使わないようにしましょう。