恋も愛も、相手に対する好きな気持ちや、一緒にいたいという気持ちは同じです。

だから、どこまでが恋で、どこからが愛なのか、その明確な違いについて分からないという人も多いでしょう。

恋も愛も、どちらも個人的な感覚の違いですので、誰かに「それは恋だよ」「あなたの気持ちは愛だ」と言われても、それが正しいとは限らないでしょう。

かといって、自分で恋と愛を勘違いしてしまうこともあるでしょう。

恋と愛の違いはなにか、また恋を愛に育てるためにはどうすればいいのか、その方法をご紹介します!

恋を愛に育てる方法

あなたはどんな気持ちが恋で、どんな気持ちが愛だと思いますか?

一般的に、「一方的なのが恋で、相互に与え合うのが愛」や「恋は一時のもので、愛は永遠のもの」などと恋と愛の定義については昔からさまざまな考え方があります。

試しに恋と愛を辞書で引いてみると、恋は「特定の人に強く心惹かれること」とあり、また愛は「特定の人を愛しいと思う気持ち。

互いに相手を慕う情のこと」とあります。

すなわち、一方的に自分が想いを寄せるのが恋で、互いに想い合うことが愛です。

だからこそ、好きな人と両想いになった時には「恋愛」という言葉を用います。

恋も愛も、どちらの感情も混ざり合っているからです。

けれども両想いになったからといって、すぐにそれが恋から愛に変わることはありません。

もしもあなたの周りで、中高生のカップルが「自分たちは愛し合っている」とのろけていたら、ちょっと安っぽく聞こえてしまいませんか?本人たちはいたって真剣かもしれませんが、やはり愛とは恋に比べて、そう短期間で簡単に生まれる感情ではないでしょう。

ではどうすれば、恋を愛に育てることができるのでしょうか?その方法を以下にご紹介していきます。

与えることを大切に


恋をしている時、あなたはその相手に何を求めますか?

「相手にも自分が向けるように強く好きでいてほしい」「いつでも自分だけを見ていてほしい」と望むことはありませんか?

それはわがままでも何でもなく、恋をする人であれば誰もが当たり前に抱く感情です。

けれどもその感情の多くは、こちらが相手に対して求めているものです。

「相手に〇〇してほしい」という気持ちは、悪く言えば自分勝手な思いを相手にぶつけていることになります。

その度が過ぎてしまうと、相手はうんざりしてしまったり、気持ちが重たく感じたりして、いずれは別れの原因となってしまうかもしれません。

一方で、愛とはこちらが相手に対して求めるものではなく、こちらが相手に対して与えるものです。

強く愛する相手ほど、自分が求める以上に相手に与えようとするでしょう。

また、気遣いや思い遣りもそれと同様です。

例えば恋の場合、「次の連休にはデートがしたいから時間を空けてほしい。」という気持ちを相手に持ちますが、これが愛になると、「デートをしたいけど、相手の都合のいい時期に合わせよう。」となります。

要するに、自分の都合ではなく、相手の都合や気持ちを第一に考えて行動できるようになります。

この与える気持ちを大切にすることで、次第に恋は愛に変わっていくでしょう。

見返りを求めずに相手に何かを与えよう

例えばあなたが献身的な性格なら、恋人のために何でもしてあげようとするでしょう。

けれども何かをしたのなら、心の奥底では相手に対してその見返りを求めてはいませんか?金銭や物質的な見返りではなく、「自分を好きな気持ち」をもっと欲しいと思うだけでも、それはすでに見返りを要求していることになります。

もちろん自分が尽くした分、相手に自分のことを大切に想ってほしいという気持ちは生まれるでしょう。

けれども、この見返りの気持ちがある内は、あなたが相手に対して抱く感情は恋のままでしょう。

これが、「相手はどう思っていても構わないけど、自分は相手のためにしてあげたい」という気持ちになると、恋ではなく愛に変わってきていると言えるでしょう。

相手の幸せを考える

好きな人とこの先も一緒にいたい、結婚したいという気持ちは誰でも抱きます。

しかしそれを、相手の気持ちや都合を二の次にして、自分の「結婚したい」という気持ちを優先的に押してしまうと、それは愛ではなく、一方的な自分都合の恋の感情になってしまいます。

自分は結婚したい気持ちが強くあっても、相手が「まだ待ってほしい」というのならその気持ちを優先したり、相手の都合を考えたりできる人は、相手に対する思いやりの愛情を持っていると言えるでしょう。

とはいえ、いつまでも待ち続けることも不安や苦痛がありますので、ある程度まで相手に譲り、それでも我慢ができない時には、その相手とはご縁がなかったと見切りをつける必要もあります。

愛とは、自分の幸せはもちろんですが、それ以上に相手の幸せを考えることができることです。

相手は幸せではないかもしれないのに、自分が幸せならばそれで満足だという人は、相手のことを愛しているとは言えないでしょう。

反対に、相手の幸せを心から考えることができる人は、その相手を愛することもできるでしょう。

相手が笑顔になるために自分に何が出来るか考えよう

恋も愛も、好きな人には笑っていてほしいと望むものです。

恋をしている時には、自分が相手に笑顔にしてもらうことの方が多いかもしれません。

また、自分が相手に「笑顔にしてほしい」と望むこともあるでしょう。

一方で、相手のことを愛している人は、常に相手が笑顔でいるために、自分に何ができるのかを考えています。

例えば相手が不機嫌そうだったらおどけた発言をして笑わせたり、落ち込んでいるなら慰めて励まして、一緒になって笑顔を作ったりと、相手を笑顔にさせることを一番に考えています。

その一途でひたむきな思いは、恋よりも愛の方が相応しいでしょう。

あなたが今の恋を愛に変えたいと思うのなら、いつも相手の幸せを考えたり、相手を笑顔にするためにはどうすればいいのかを考えるように意識しましょう。

2人の将来を想像する


恋と愛の明確な違いの一つに、将来のことを考えているかどうかが挙げられます。

一般的に恋だけを楽しみたい人は、恋愛特有のドキドキ時にハラハラを満喫するのが好きなので、将来のことや結婚のことなどは考えていないことが多いです。

恋を目的にしている人は、結婚すると今のような自由がなくなってしまうと感じていたり、好きなことが満足にできなくなったり、責任を取らなければならなくなったりと、将来についてネガティブなイメージを持っているため、それ以上先の関係に進もうとはしません。

付き合っている恋人が、もしもいつまで経っても結婚に消極的なら、その恋人は恋愛を楽しみたいだけなのかもしれません。

一方で愛とは、2人の将来についてしっかりと想像し、考えることです。

この先も一緒にいるためにはどうすればいいのか、現実的に考えて2人で話し合いをすることに積極的な姿勢を示します。

そのため、一方的ではなく2人で将来について想像し始めたなら、互いに恋が愛に変わってきているのかもしれませんね。

相手のどんなところも受け入れる

恋をしている内は、相手に対して自分の理想像を少なからず押し付けていることがあります。

例えば「げっぷやおならをしない」「食事の作法がきちんとしている」「いつもきちんと綺麗にしていること」など、相手に求めることが多いです。

時々、「相手のこんなところが嫌だ~」と愚痴を零す人がいますが、相手の欠点や気に入らない部分をただ否定して嫌がっている内は、自分の「こうあってほしい」という理想像を、相手に押し付けているだけの状態と言えるでしょう。

もちろん度を越えた非常識やモラルに欠けた行為は注意して然るべきでしょう。

けれども、それ以外の部分で相手の受け入れられない部分を拒否したり、一方的に改善を求めたりしていると、なかなかそこから恋が愛に変わるのは難しいでしょう。

相手に対して完璧を求めずに妥協・許してみよう

あなた自身、至らないところというのはあるでしょう。

それと同じように、相手にも欠点や至らない部分はあります。

それに幻滅して気持ちが冷めたり、相手にばかり改善を求めたりすれば、当然関係は上手くいかないでしょう。

恋を愛に変えたいのなら、相手のどんな部分も受け入れようとする気持ちを持たなければなりません。

例えばおならやげっぷなどを欲しくないのなら、せめて人前ではしないようにお願いをして、行為そのものは自然現象として受け入れるなど、相手にお願いをするのなら必ず自分もある程度妥協をする必要があります。

自分が妥協したり、受け入れたりする姿勢を見せれば、相手も同じように妥協や許容をしてくれるでしょう。

相手に対して自分の理想や完璧を求めることなく、相手の欠点も自然に受け入れられるようになれば、恋が愛に変わる日も近いでしょう。

自分のこともさらけだす

付き合い始めの頃を思い出してみればよく分かると思いますが、恋をしている内は自分の欠点やみっともない姿を頑なに相手に見せまいとします。

それは少しでも相手に自分をよく見せたいという気持ちと、嫌われたくない、幻滅されたくないという気持ちからですが、それをこの先も何十年と維持し続けるのは難しいでしょう。

付き合っている内は、お泊りをした時にスッピンを見せずに過ごすこともありますが、同棲生活を始めてしまうと、いずれは相手にスッピンを見せる時が来るでしょう。

それが我慢ならないという人は、スッピンを見せたくないストレスや、もしくは見たくないストレスから、関係が上手くいかなくなってしまうことが多いです。

一方で、「スッピンは酷いけど、それを相手も受け入れてくれてるからいいや」と思えれば気持ちがとても楽になりますし、スッピンの自分でも受け入れてくれていることに、相手からの愛情をしっかりと感じられるでしょう。

自分のことをさらけ出せない内は、それは愛とは言えません。

恋を愛に変えたければ、勇気を出して自分をさらけ出しましょう。

自分の悪い癖なども隠さずにさらけ出してみよう

足で扉を開ける、運転中につい乱暴な言葉遣いになってしまうなど、自分の持つ悪い癖はいくら隠そうと思っても、いずれはボロが出てしまいます。

何十年と隠し続けて、後になってそれが相手にバレて関係が悪化してしまうよりは、早い段階から自分の悪い癖などを隠さずにさらけ出しておけば、その先何十年と安心して好きな人と一緒に過ごすことができるでしょう。

自分の悪い癖を長年隠し続けようとすれば、それは自分の本音や本当の姿を相手に見せずにいることになりますので、自分にとってストレスですし、相手もそれを不満に感じてしまうでしょう。

「さらけ出したら嫌われるかもしれない」という気持ちが強く、なかなかさらけ出せないかもしれません。

しかし、言い換えればその程度で幻滅して離れてしまうような相手であれば、結局は恋から愛に変わることはなかったでしょう。

それどころか、もしも幻滅せずに自分を受け入れてくれたなら、あなたは早々に自分を愛してくれる存在と一緒になれたことになります。

相手の愛を確かめるためにも、自分の悪い癖などをさらけ出すことは大切なのです。

焦らずに育てる

「恋をしている内は子ども!本気で好きな相手なら直ぐにでも気持ちを愛に変えないと!」という考えを持った人が時々います。

また、「愛し合ってこそ本物!」という考えを持った人も、付き合ってまだ間もない内から「愛してる」や「愛し合っている」といった言葉を使いたがる傾向があります。

愛を求めること自体は悪いことではありません。

しかし、あまりに性急すぎると恋を愛に変える前に、相手に「気持ちが重たすぎる」「一方的だ」と逃げられてしまうかもしれません。

愛とは、直ぐに育てられるものではありません。

それこそ付き合って半年や一年そこらで得られるものでもないでしょう。

愛とは時間をかけて、ゆっくりと育てていくものです。

例えどんなに恋を愛に変えるための努力に励んだとしても、それなりの時間の経過がなければ愛を育てることはできません。

ましてや自分は愛を育むことができたとしても、相手もこちらに合わせて愛を育んでくれるとは限らないため、お互いの気持ちに擦れ違いが生じないためにも、ゆっくりと時間をかけて愛を育てていきましょう。

愛は2人でゆっくりと時間をかけて育てていくもの、ということを忘れない

一方的に愛を育てようと思っても、それは恋をしていることと変わりありません。

一方的という時点で、それは既に愛ではないからです。

愛は2人でゆっくりと時間をかけて育てていくもの、ということを忘れないようにしましょう。

愛を育てるには、穏やかで何も問題のない日々を送っていればいいかというと、そういうわけではありません。

時には喧嘩をし、互いの価値観をぶつけ合うことも大切です。

そうしてお互いの気持ちや考え、また良い面や悪い面もすべてさらけ出した上で、それでも2人でこの先も一緒に過ごしていきたいと思えれば、その気持ちは恋ではなく、愛が育っているのでしょう。

恋と愛の違いってなに?

そもそも、恋と愛の違いとはなんでしょうか?

どちらもお互いを好きな気持ちには変わりありませんし、尽くすタイプの人や優しい性格の人は、恋をしている時から相手のことを優先的に考えたり、気遣いや思い遣りを持って接したりするでしょう。

自分が大好きな人でもない限りは、大抵自分よりも好きな人のことを優先的に考えるものです。

しかしそう簡単にそれを「愛」だと断言する人はいないでしょう。

恋は簡単に落ちるものというイメージがありますが、一方の愛はそんな簡単に得られるものではないというイメージが強いです。

何故そのようなイメージになってしまうのでしょうか?

一般的に考えられている、恋と愛の違いについてご紹介していきます。

1人か2人か

恋は1人でもできますが、愛は2人で育むものです。

好きな人ができた時、相手の気持ちがこちらに向いている、いないに関係なく、恋という気持ちは成立しています。

そのため恋は自分1人だけでもできるでしょう。

しかし一方の愛は、基本的に2人で育むものです。

時々どちらか一方は相手を愛しているものの、もう一方はそこまで愛していないということがあります。

それが最初からなのか、それとも片方に気持ちの変化があったのかはカップルによってそれぞれですが、片方からしか向かわなくなった時点で、その愛の概念は酷く脆いものになってしまうでしょう。

何せどんなに愛したところで相手にはその想いが届くことはないのです。

それはつまり、それ以上愛を育むことはできないということです。

愛は時間をかけて2人で育てれば、それだけ強く深い絆を結ぶことができます。

しかし一方的な想いや恋では、そこまで気持ちを育てることはできません。

そのため基本的には1人でも成立するのが恋、2人で成立するのが愛だとされています。

条件を重視しているかどうか

あなたは今好きな人、もしくは付き合っている人を、どのような理由で好きになりましたか?

顔が良いから、スタイルが良いから、性格が良いからなど、人によってさまざまな理由があるでしょう。

人を好きになるきっかけは十人十色ですし、好きになったきっかけが例えどんなに不純な動機や適当な理由であっても、それがいずれ愛に変わるのであれば、理由などたいした問題にもならないでしょう。

しかし、人を好きになること自体に条件を課しているような人の場合、惚れた腫れたで相手を好きになるのとはまた少し感覚が違いますので、その恋が愛に変わるのは難しい場合があります。

例えば付き合う相手に高収入を求めている人の場合、相手の収入が安定している間は交際も順調ですが、もしも相手が仕事をクビになったり、転職して収入が減少したりしたなら、相手への気持ちが冷めてきてしまうでしょう。

恋人や結婚相手への条件を重視してしまっている人は、いってもせいぜい恋愛止まりで、どんな相手でも受け入れられるような愛には至らないことが多いです。

自分が中心か相手が中心か

恋とは基本的に自分が中心であり、愛とは相手が中心です。

どんなに相手に尽くすタイプの人であっても、自分が気持ちを捧げて尽くした分だけ、内心では相手にも同じように想ってもらいたいと思うものです。

それ自体は何もおかしなことではありませんが、根底に自分に対して相手に何か求める気持ちがある内は、愛ではなく恋であることが多いです。

一方で、相手にとくに見返りを求める気持ちはなくても相手のために尽くそうとしたり、相手の気持ちや都合を当たり前のように優先して考えたり行動したりできるのが愛です。

恋「自分を幸せにしてほしい」・愛「相手を幸せにしたい」

恋も愛も、相手のことを大事に思う気持ちには変わりありません。

その上で、恋とは「自分を幸せにしてほしい」という気持ちが強く、また愛は「相手を幸せにしたい」という気持ちが強いです。

例えば女性の場合、自分よりも力や経済的な面で強い男性に守って欲しいと思ったり、幸せにしてほしいと思ったりすることがあるでしょう。

しかしただ自分が一方的に「幸せにしてほしい」と望むだけで、自分も同じくらいに相手を「幸せにしたい」と思われなければ、それは愛ではなく、恋止まりの感情や、自己愛が強いだけでしょう。

男性に幸せにしてもらいながらも、同時に自分も相手のことを幸せにしたいと思い行動するのが愛です。

それは男性から女性への気持ちでも同じことが言えるでしょう。

気持ちが安定しているか

恋をしている時は、気持ちがいつもドキドキしたり、ワクワクしたり、ハラハラしたりします。

恋人が他の異性と仲良くしている姿を見たら胸がモヤモヤして嫌な気持ちになりますし、離れている間は心配事も増えます。

どんなに浮気の心配のない相手であっても、喧嘩をすればそれが原因で相手を嫌いになってしまうこともありますし、相手の欠点を許せなければ、気持ちが冷めてしまうこともあるでしょう。

恋とはそれだけ感情の起伏が激しいものでもあり、気持ちが不安定なものでもあります。

一方で愛は、恋のように感情が激しく揺れ動くことがありません。

一喜一憂、さまざまなトラブルや経験を経た上で愛とは芽生えるものですので、荒れ狂う嵐のような時期はとうに通り越してしまっています。

そのため愛は基本的に気持ちが安らかで、離れている間も安心して相手のことを信じていることができます。

恋を経験する間に互いの考えや価値観なども理解し合っていますので、少しくらい喧嘩したところで仲直りの方法も心得ていますし、付き合いの年数が長いほど、阿吽の呼吸や暗黙の了解で互いの気持ちが理解できるでしょう。

信頼しあっているか

恋をしている内は、どんなに相手のことを信じたいと思っても、ふとしたことで疑う気持ちが生まれてしまいます。

恋人が他の異性がいる飲み会に参加したり、遊びに行ったりすると、どんなに恋人を信用したくても、どうしても不安な気持ちが生まれてしまいますよね。

自分に自信がない人は、ちょっと自分よりも容姿や性格が優れた同性が現れると、恋人の気持ちがそちらに移ってしまわないかと心配になってしまうでしょう。

恋をしている間は、どうあっても互いを心底から信頼し合うのは難しいです。

その一方で愛は、互いへの信頼が揺るぎないものになっています。

そのため例え他の異性と出かけることがあっても、「自分への気持ちが変わることはない」と大きく構えていることができますし、いちいち小さなことで不安を覚えたり、疑ったりすることもないでしょう。

恋「相手を疑う」・愛「どんな時も相手を信じる」

恋は些細なことでも相手を疑ってしまうことがありますが、愛があるからといって不安をまったく覚えないというわけではありません。

どんなに相手のことを理解しているつもりでも、しょせんは他人同士ですので、相手の本心までを理解仕切ることは難しいでしょう。

それでも愛がある人は、どんなに不安になっても相手を信じることを止めません。

「あの人ならきっと大丈夫」と強く信じているからこそ、不安になってもそれを表に出すことなく、胸の内で不安な感情を抑えておくことができるのです。

また、愛を育み合っている者同士は、不安に感じることがあれば、直ぐにそれを相手に伝えて、気持ちの確認をし合います。

「嫌われたくないから」と黙って不安を抱えているだけでは、いつか爆発して相手と大喧嘩になってしまうでしょう。

恋ではしばしばみられることですが、愛の場合にはそうなる前にきちんと相手に自分の気持ちを伝えます。

そしてお互いに不安を解消し合うからこそ、お互いのことを心から信じて愛を育むことができるのでしょう。

持続するか

よく、「恋は一時のもの、愛は永遠のもの」と言われます。

その言葉の通りで、恋とはあくまでも一時的なものです。

長年ひっそりと忍ぶ恋をし続ける人もいますが、大抵はその途中で恋に破れたり、または恋から愛へと関係を進展させたりします。

恋の期間は人それぞれですが、大抵は1年~3年程度と言われています。

とくに恋の盛んな学生時代には、入学から卒業までの3年間で恋愛をしたり、恋に破れたりするでしょう。

そのため、恋の期間は一般的に長くても3年程度だと言われています。

もちろんそう決まっているわけではありませんが、同じ恋だけで何十年と保ち続けることはそうあることではないでしょう。

一方で、愛は永遠のものだと言われています。

生涯を共にしたいと思える相手と一緒になり、その相手だけを一途に死ぬまで愛し続けるため、愛は永遠だと言われています。

途中でその愛がなくなってしまうこともありますが、上手く続けば本当に一生のものになるでしょう。

責任があるかどうか

恋と愛とでは、責任の有無の違いがあります。

恋は刹那的なもので、期間も一時だけです。

そのため恋愛が成立しても、いつそれがダメになってしまうかは分かりません。

恋を大切に育てることで愛に変わっていきますが、恋には責任がありませんので、簡単に次の恋へと乗り換えてしまうこともできます。

極端な話、例えば恋愛をする過程で女性に新しい命を授かったとしても、結婚という愛を形にしたもので結ばれていない限り、男性はそれを放棄して女性の元から逃げてしまうことだってあります。

もしも2人が既に結婚していたのなら、そんな悲劇的な結末には決してならないでしょう。

一方で愛の場合には、遅かれ早かれ結婚して家庭を築くことになりますので、互いに責任を負うことになるでしょう。

責任と聞くとずっしりと重たいもののように思えますが、お互いにお互いのことに対しての責任を負いますので、それは重たい枷ではなく、むしろこの先も一生一緒に過ごすという誓いの証でもあるでしょう。

互いに愛し合っている関係であれば、責任を重たく感じてしまうことはないでしょう。

恋「お互いのことに責任はない」・愛「お互いの責任を負う」

恋をしている内は、相手に例え何か起きたとしても、それで自分が責任を背負うことはないでしょう。

もしも恋人の親戚が結婚式を挙げることになっても、自分まで一緒に参列をする義務はありませんし、また恋人が多額の借金を背負ってしまっても、自分も一緒になってそれを支払う義務はありません。

恋人である内は、相手のことで自分も一緒に責任を負う必要はどこにもないのです。

そのため、その気楽さが心地よくて、いつまでも恋愛だけを楽しもうとする人もいます。

一方愛情を育んだもの同士は、いずれ結婚という形で結ばれるでしょう。

そうなれば互いのことはもはや他人同士ではなく、同じ家族の一員となりますので、お互いにお互いの責任を負うことになります。

夫が借金をしたのなら妻もその責任を負いますし、また妻が仕事を辞めたら夫は妻の分まで家計を支えなければなりません。

それはとても大変なことですが、愛情があるからこそできることでもあるでしょう。

相手を思いやる気持ちが愛に変わる

恋と愛は別物ですが、恋を育てれば次第に愛になり、愛を育めば2人はより強い絆で結ばれます。

愛は恋とは違い、一方的に相手に求めるものではありません。

また、一方的に相手を想うものでもありません。

自分の気持ちを相手に押し付けている内は、恋が愛へ変わることはないでしょう。

愛とは、相手を思いやる気持ちから生まれるものです。

相手への気遣いや思い遣り、いつでも相手の幸福を願う気持ちが、恋から愛に育っていきます。

とはいえ、いつでも相手の都合ばかり優先すればいいということではありませんし、また自分の気持ちを殺してまで相手の気持ちに付き合う必要もありません。

自分の気持ちはきちんと大切にしなければなりませんが、その上でさらに自分以上に誰かのために気持ちを動かせるのなら、それは恋ではなく愛と言えるでしょう。

愛を育みたいという人は、まずは恋から愛へと育てていきましょう。