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素直になりたいならやるべき13個のこと(続き3)

6、本音で話せる友人を見つける

友人は、自分にないものを与えてくれる大切な存在です。

友人と一緒にいることで、自分でも知らなかった自分に気づくことも出来ます。

しかしそれは、あくまでも友人に対して自分が本音で話せる場合に限ります。

自分の本音を隠して友人と付き合っている人は、友人だけでなく、自分自身の気持ちにまで見ない振りをしてしまいがちです。

友人に本音を隠すことは、自分にも本音を隠すことになりますし、友人を騙していることは、自分自身をも騙していることになります。

一方で、友人に本音で話せる人は、同時に自分の気持ちにも素直になれています。

人に話すという行為で、「自分がこう感じている」のだと再認識することも出来るため、今自分が感じていることや考えていることを、素直に自分の中に受け入れることが出来ます。

それは自分に素直になれている状態でもありますので、友人を作る時には上辺の関係ではなく、自分が本音で話せる友人を見つけましょう。

7、感謝の言葉を伝えてみる

人は誰でも、感謝の気持ちを持っています。

どんなに傲慢な人でも、生まれてからこれまでの人生を、傲慢に送り続けてきたという人はいないでしょう。

今の自分を形成している環境によって、人は優しかったり傲慢だったりしますが、誰でも持ち合わせている感謝の気持ちを、時に言葉にして相手に伝えることで、その感謝の気持ちを自分の中にも素直に受け入れることが出来るでしょう。

8、物事をよく観察してみること

自分の気持ちに素直になれない人は、冷静に周りを見ることが出来ていないかもしれません。

例えば友人が本当に自分のためを思って忠告してくれていることに対して、友人の気持ちを察することが出来ずに、その忠告を邪険にしてしまうことがあります。

また、その場の状況だけで思い込んでしまい、自分の本心を無理矢理に抑え込んでしまうこともありますので、常に自分の周りの状況や物事についてよく観察するように努めましょう。

物事をよく観察出来るようになると、冷静にその場の状況を判断することが出来ますので、誤解を避け、自分の気持ちに素直になりやすくなるでしょう。

9、我慢しないこと

日頃から自分の気持ちを溜め込みやすい人は、それだけ自分に我慢を強いてしまっているかもしれません。

子どもの頃は誰でも自己主張が激しく、素直に自分の感情を隠さずに表しますが、大人になると誰でも自分の感情をセーブすることを覚えます。

時と場合に合わせて自分の本心や主張を抑えることは必要ですが、それも度が過ぎてしまうと自分の気持ちに我慢をさせ過ぎて、心が疲れてしまうでしょう。

自分の中の喜怒哀楽の感情に我慢をさせる癖がついてしまっている人は、他の人よりもストレスを感じやすく、悪いものを溜め込みやすくなってしまいます。

そのストレスを発散させる方法がある人はまだ問題にはなりませんが、ストレス発散も上手く出来ない人は、我慢し過ぎた結果、精神的な病気になってしまうおそれもあります。

我慢もし過ぎると体に毒になりますので、適度にストレス発散をさせて、自分の心を解放してあげましょう。

怒りたいときは怒る、泣きたい時は泣く

社会人になると、悔しい思いをしても人前で怒ることを避けたり、悲しいことがあっても泣くのを我慢したりする人が大半です。

多くの人は、「いい大人になって感情のままに怒ったり泣いたりするのはみっともない」と考えており、そうしたレッテルが全ての人にも貼られてしまっています。

そのため、誰かが人前で怒りを露にしたり泣いたりしていると、それを見た人は白い眼を向けることもよくあります。

確かに時と場合によっては、自分の感情を抑えなければならないこともあるでしょう。

けれども、その我慢を四六時中してしまっていると、感情を解き放たなければならない場面でも心のままに振舞えなくなってしまいます。

怒りや悲しみのような負の感情は、とくに自分の中に溜め込んでしまうと、行き場がなくなって大きなストレスになってしまいます。

また、人間は機械ではないので、時には感情のままに振舞うのも大切なことです。

怒りたい時に感情を爆発させ、泣きたい時には思い切り泣きましょう。

そうすることで同時にストレス発散が出来ますし、自分の素直な気持ちを受け入れ、また相手にも気持ちを伝えやすくなるでしょう。

10、好きな本や映画を見て参考にする

自己啓発本や心理学の本など、自分が素直になるための方法を教えてくれるものはたくさんあります。

とはいえいくら役に立つことが書いてある本でも、興味がなければなかなか読む気にはなれないでしょう。

そこで、自分が興味を持てる本や、好きな本から素直になるため方法を学ぶことも出来ます。

どんな内容の本でも、大抵は教訓が隠されています。