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大正ロマンの服装や髪型の9個の特徴を男女別に紹介


時代が変化するにつれて、当然ながら様々なものが変化をしていくようになります。

例えば、私たちの周りに存在しているものなどに関しても、時代の流れとともに様々な変化があるはずです。

それは流行りも同じであり、その時々の時代によって流行っているものなどは変化します。

日常生活に欠かせないアイテムであったり、利便性が高いもの、身を包むファッション、髪型などなど…その時代によって大きな変化を迎えてきました。

そして、いま現代において、昔の流行りが再びブームとなり、たくさんの方に注目されているといえます。

流行は繰り返されるといいますが、その通りいままさに昔のファッションや髪型などが大きく注目されており、ますますそのブームは大きくなっています。

そこで、今回は今巻き起こっている昔のブームである大正ロマンをテーマにして、大正ロマンの服装や髪型などの特徴を男女別にご紹介します。

この機会に大正ロマンとはどういうものなのか、そして今大正ロマンで流行っている服装や髪型などはどのようなものなのかチェックしてみてください。

この記事の目次

大正ロマンのトレンドをチェック!

昔流行っていた存在のものが今再び流行っているということをお伝えいたしました。

しかしこれは珍しいことではなく、先ほどご紹介したように流行は繰り返されるという言葉が存在しています。

この言葉の通り、過去に流行ったものが再びブームになったりすることは珍しいことでもなく過去に何度も巻き起こっています。

そして現在も同じような状況が生まれており、現在は大正時代の流行っていたファッションや髪型などが流行しています。

それを抜きにしても今現在はレトロブームが到来していると言われており、少し懐かしさを感じるようなものなどが流行りの中心に存在しています。

しかしながら、流行に疎い方などはそもそも大正ロマンという言葉自体がよくわからないと感じる方もいると思います。

そこで、大正ロマンの髪型やファッションなどをご紹介する前に、まずは大正ロマンという言葉がどのような意味を持ってるのか触れていきます。

大正ロマンという言葉が持っている意味を正しく理解し、今現在のブームと照らし合わせながらチェックしてみてください。

大正ロマンとは?

大正ロマンとはどのような意味を持っている言葉なのかと言うと「大正時代の雰囲気を伝える思潮や文化事象を指して呼ぶ言葉」という意味があります。

つまり簡単に言えば大正時代に流行っていたものなどのことを意味してる言葉ということになります。

大正ロマンという言葉は、漢字に直すと大正浪漫という漢字に直すことができ、この浪漫という漢字は夏目漱石がつけたということで有名です。

元々大正ロマンとは19世紀を中心にヨーロッパで展開した精神運動であるロマン主義の影響を受けている存在だと言われています。

少し難しい言葉が飛び出してきているので、よくわからないと感じる方も多いと思います。

そもそもロマン主義とはどういうものなのかと言うと、非常に簡単に言えば自分自身の個性や自我の自由な表現を尊重した考え方ということです。

理性よりも想像力を、形式よりも内容を重んじるような考え方の一つとされています。

このロマン主義に触発されたものが大正ロマンであるといえるのです。

歴史的背景


大正ロマンという言葉に関して簡単に意味をご紹介していきました。

しかしながら、なぜ大正ロマンと呼ばれるような思想が世の中に広まったのか不思議に感じる方も多いと思います。

これに関しては様々な状況が積み重なったものによると言えますが、その具体的な状況についていくつかご紹介します。

元々明治維新以降西洋文化が流れ込んできたことに加えて、その当時は日清戦争や日露戦争といった様々な戦争が存在していました。

しかしながら日本はこのどちらの戦争においても戦勝することができたので、非常に大きな高揚感が日本を包んでいたと言えます。

そして、その高揚感に伴って都市部の人々の間では自分自身の考え、つまり思想などが自由化し、経済的成功を達成する新時代への夢を抱くようになります。

また、それと同時に第1次世界大戦後の恐慌や、関東大震災による経済的な影響などもあり、新時代の夢と同時にこれから先への不安などを併せ持つようになります。

それでも様々な感情が入り乱れた時代であり、さらに社会主義や共産主義などの影響を受けて芸術に触れる機会が爆発的に増えていきました。

これらの影響が文芸や芸術面において顕著に現れるようになり、それが大正ロマンを形づけたと言われています。

それまで受け継がれてきた伝統や、新しく入る情報の波に揉まれた、まさに激動の時代であったと言われています。

ポイントは和洋折衷

大正ロマンを語る上で非常に重要なポイントとして「和洋折衷」という言葉が存在しています。

聞いたことがある方もとても多いと思いますが、それと同時によく意味がわからないと感じている方も多いと思います。

和洋折衷という言葉の意味は「日本風と西洋風の様式を共に取り入れること」を意味しています。

つまり、和風の要素と洋風の要素などを掛け合わせたようなものなのに対して用いられる言葉であるということです。

例えば現在においてはよく和風の要素を残しながら洋風の素材を使ったりするようなデザートなどを見かけたりすることがありますよね。

その反対に洋風の様子を残しながら和風の素材を使ったものも見受けられます。

これらに関してはまさに和洋折衷のデザートという言葉で表現することができます。

なぜ和洋折衷という言葉が大正ロマンを語る上で重要なポイントなのかと言いますと、先ほどご紹介した時代背景が関係しています。

大正時代はこれまで受け継がれてきた日本の伝統だけではなく、外から様々な情報を入手、取り入れることができるようになった時代でもあります。

例えば服装にしかり、髪型にしかり、思想にしかり、西洋の様々な影響が日本になだれ込んできた時代だといえます。

これこそ大正ロマンの一つの大きな特徴であり、大正ロマンを形作った存在であるといえます。

大正ロマンを実際に体験した人は今何歳?

大正ロマンに関する基礎的な知識をご紹介していきましたが、ここで気になるのが大正ロマンを経験した人たちのことだと言えます。

つまり、大正ロマンを実際に体験した人達は今何歳なのかということがとても気になると思います。

元々大正ロマンという言葉で表現されている時代としては、当然明治と昭和の間に挟まれた期間であり、その年数は15年だと言われています。

なので、非常に短い期間でありそれを体験した人たちはごくごく限られた人達であると考えることができます。

では、改めて大正ロマンを経験した人たちが今何歳なのかということについて触れていきます。

まず大正時代が1912年から1926年の間になるので、この期間に生きていた人ということになります。

そして、これを現代から逆算して考えた場合、最低でも92歳以上を迎えている人達が体験している人達に当たると考えられます。

しかしながら、その時代に生まれたばかりでは記憶も定かではないかもしれませんので、それ以上の年齢の人でなければ内容などはわからないかもしれません。

つまり、大正ロマンを経験した人たちはすでに大勢の人がこの世を去っている可能性が高いと考えられています。

洋装は「ハイカラ」と呼ばれた


大正ロマンを考えた時に、それと同じくらい代表的な言葉としてハイカラという言葉を考えることができます。

ハイカラという言葉を聞いたことがある人はとても多いと思いますが、明確に意味を理解できていない方も多いと思います。

ハイカラとは英語がもとになっている言葉であり「highcollar」という言葉の意味があります。

これはどういう意味なのかというと、英語は「高襟」という言葉の意味で、ワイシャツなどにつける丈の高い襟のことを意味しています。

なぜこの言葉が大正ロマンと関係しているのかと考えた時に、このハイカラが大正ロマンを物語っている一つの要因だと言えるからです。

先ほどお伝えしたように大正ロマンとは西洋の文化などが取り入れられたことも一つの要因であるとお伝えしました。

そして、丈の高い襟に関しては西洋の文化であり西洋の人たちが身につけているファッションの一つとして当時認知されていました。

つまり、高い襟を好んで着用するような男性は西洋の文化を取り入れている男性であり、このような西洋の文化を取り入れている人をハイカラと呼んでいたのです。

なので、ハイカラという言葉に関しては「西洋風の身なりや生活様式をする様、人物、事物」などを意味している言葉なのです。

ハイカラという言葉は、大正ロマンにおける一つの重要な要素であり、その時代を意味する言葉として存在しているということになります。

ハイカラという言葉は現代においても用いられており、今でも西洋風の身なりなどをしている人の事をハイカラという言葉で表現しています。

また、服装だけに限らず、西洋風のおしゃれな建物などに関しても、ハイカラな建物と表現したりすることもできます。

男性は「モボ」、女性は「モガ」

西洋風の身なりや生活様式を取り入れてる人をハイカラという言葉で表現するとお伝えしました。

しかし、ハイカラという言葉以外にも、当時用いられた言葉としてモボという言葉やモガという言葉が存在しています。

これらの言葉はどのような意味なのかと言いますと、モボとはモダンボーイの略であり、モガはモダンガールの略称です。

これらの言葉に関してもほぼハイカラという言葉と同じような意味合いで用いられていました。

西洋文化の影響を受けて新しい風俗や流行現象に現れた、先端的な若い男女のことを意味しており、ハイカラとの違いとしては若者かどうかという点です。

現代の若い人たちに関しても様々な流行などを取り入れてオシャレなファッションに身を包んでいますよね。

それと同じように昔もその当時若者を中心に流行った流行などが存在しており、それを取り入れてる人たちモボ、モガなどと表現していたということです。

モボ、モガ、それぞれの流行のアイテムなどに関しては、後程詳しくご紹介していきたいと思います。

朝ドラなどの影響で見る機会も多い

流行は再び繰り返されるとお伝えしましたが、そもそもなぜ大正時代の文化がまた流行になっているのか不思議に思っている方も多いはずです。

その理由は様々なきっかけが存在していますが、一つの大きな理由としては朝ドラの影響などがあると言えます。

2013年に放送された「ごちそうさん」というドラマであったり「マッサン」「ひよっこ」「半分、青い」などの影響が考えられます。

これらのドラマに旬の女優さんが出演し、その当時の時代背景などを見かけたりすることも現在は圧倒的に多くなっています。

これらの影響によってその当時の時代背景などを知り、その時に流行ったものなどが再び注目を浴びていると考えることができるのです。

大正ロマンファッションは現代でも通用する?

大正時代のファッションは、さすがに現代では通用しないのではないかと考える人も多いと思います。

確かに一般的に考えると大正時代とはかなり前の時代という印象があり、現在のファッションとは似ても似つかないようなものだと思われがちです。

しかしながら、上手に工夫することによって過去に流行ったファッションなども現代風にアレンジをしたりすることができます。

昔のアイテムを今の時代にそのまま着るのではなく、あくまで一部分取り入れたりすることがポイントだといえます。

そのまま着てしまうとどうしても古臭い印象になってしまいますが、うまく一部分それを取り入れることによって上手に全体をまとめることができます。

そうすることで昔懐かしい印象を与えながらも、今風の流行りを抑えたファッションとしてまとめることができるようになるということです。

つまり、それなりのファッションセンスが求められるということであり、よく考えてコーディネートしないと古臭い印象になってしまうという注意点があります。

大正ロマンの服装や髪型の特徴9個

ここまでは大正ロマンに関連した基礎的な内容をいくつかご紹介してきました。

ある程度大正ロマンという言葉に対して全体的なイメージを想像できるようになったと思います。

その上で、ここからは大正ロマンの服装や髪型の特徴などに関して詳しくご紹介していきたいと思います。

先ほどもお伝えした通り、大正ロマンの服装や髪型などに関しては男性と女性で大きく異なるようになります。

当然、男性と女性では身につけるアイテムも違いますし、髪型も全く異なりますので、違うのが当たり前ですよね。

では、男性はどのようなアイテムが取り入れられ、反対に女性はどのようなアイテムだったのか、ということを詳しくご紹介していきます。

男性編

まずは大正ロマンにおける、男性の身に着けていたアイテムや髪型などをご紹介していきます。

大正ロマンが始まったことによってこれまでの伝統なのは一気に変化したと言っても過言ではありません。

それまでの日本と大正ロマンが始まってからの日本とでは全くファッションや髪型などは異なり、どちらかといえば現代に近くなったといえます。

そして、大正ロマンの特徴などが現代においても一部流行として用いられています。

これからご紹介するものなどが、現代のファッションにおいて取り入れられていることも多いので、その点も考慮した上でチェックしてみましょう。

着物からスーツへ

大正ロマンにおける男性の服装の変化として「着物からスーツへ」ということが挙げられます。

これはどういうことかと言いますと、それまでの日本の伝統としては男性は着物を着る事が一つも習わしでした。

現代においても歴史的なドラマなどで男性の昔の格好などを見たりすることがありますが、昔は着物が一般的な服装です。

しかし、大正時代になり大正ロマンを迎えてからは、男性の服装は大きく変化をするようになります。

それは西洋からの文化などが入ったことによって着物からスーツで服装などが変わっていったということです。

大正時代の初めの頃はまだまだこれまでの全統との葛藤があったので、スーツなどを取り入れてる人たちが少し色眼鏡で見られていました。

しかし、大正時代の中期になってからはこの服装が一般的になり誰もがスーツを着るようになっていきました。

清潔感もあり、きちんとした正装というような印象も与えることができるのでたくさんの男性が好んで着始めたのも理由だといえます。

今では当たり前に着用されているスーツも、元々大正ロマンから導入されたものであり、同時においては大正ロマンの一つの象徴だったと言えます。

吊りバンド

次にご紹介する大正ロマンにおける男性の服装の変化として「吊りバンド」が挙げられます。

そもそも吊りバンドとは何かというと、ズボンを固定するベルトとして用いられている道具です。

つまり別の言葉で言い換えるとサスペンダーという言葉で表現することができます。

現代ではあまり多くは見かけませんが、時々サスペンダーを着用しているような方も見受けたりすることがあります。

このサスペンダーの大正ロマンの際に取り入れられたものであり、大正ロマンを象徴している道具の一つでもあるといえます。

それまで男性は着物を着ることが一般的だったので、当然サスペンダーなどの道具を用いる必要性がありませんでした。

しかし、スーツが取り入れられ、ズボンなどをはく機会が増えるとサスペンダーなども次第に需要が高いものへと変化していきました。

そして、いつしかたくさんの人が利用するようになっていき、大正ロマンを語るうえで必要不可欠な道具になったといえます。

現在ではあまり見かけませんが、当時はスーツに吊りバンドを合わせるという格好が魅力的とされており、たくさんの人が行っていました。

昔の映画やドラマだと見かけたりした時もこのようなファッションを取り入れてる男性を映していることがよくあります。

なので大正ロマンにおける男性の服装の変化として吊りバンドが存在しており、当時は非常に大きな需要の中にあったといえます。

七三分け

次にご紹介する大正ロマンにおける男性の髪型の変化として「七三分け」が挙げられます。

大正時代になって変化したのは服装だけではありません、髪型に関しても非常に大きな変化が伴ったと言えます。

元々日本人男性は短く刈り上げてる髪の毛が多く、丸刈りや八分刈り、五分刈りなど、髪を短くしている人がとても多かったといえます。

しかしながら、時代の変化とともに髪型などもおしゃれなものへ変化していき、最終的に大正ロマンの影響で七三分けが多くなりました。

七三分けにすることで、おしゃれな印象なども与えながら、それでいて清潔感を与えることもできるようになっています。

また、スーツとの相性なども非常に良かったので、たくさんの人がこの髪型などを取り入れ始めたといえます。

また、髪の毛を整えるためにポマードなどを使用したりすることもここから始まり、髪型に対する多くの影響を与えた時代だといえます。

ちなみに、現在においてもこの七三分けなどは髪型として大きく流行しています。

まさしく流行が繰り返されていると言っても過言ではなく、多くの男性がこの髪型を取り入れています。

現代風にアレンジするとすれば、横の髪の毛を刈り上げたツーブロックの状態で七三分けに髪の毛を流したりしている人が多いです。

こうすることで、現代風の格好良さを維持しながら、なおかつ昔懐かしい魅力的な髪型になっているといえます。

丸眼鏡

次にご紹介する大正ロマンにおける男性の服装の変化として「丸眼鏡」が挙げられます。

丸眼鏡は、その名前の通りメガネの枠が丸いメガネのことを意味しており、今大きく流行っているアイテムのひとつです。

元々眼鏡が使用された歴史を考えてみると、13世紀のイタリアでメガネという道具が生まれたとされています。

そこから様々な改良などが行われ、最終的に大多数の人が使用するようになっていきました。

そして、大正時代になると西洋の文化を取り入れるようになったので、丸眼鏡に関しても同様に取り入れだしたといえます。

そこからはたくさんの人が丸眼鏡を身につけるようになり、スーツと合わせたりすることも一つのファッションとされていました。

現代においても若者があえて丸眼鏡を取り入れたりしている姿を見かけることが多いです。

芸能人なども積極的に丸眼鏡を着用しており、モダンでレトロなイメージで、昔懐かしい印象の中にもおしゃれさを取り入れているといえます。

ハット

次にご紹介する大正ロマンにおける男性の服装の変化として「ハット」が挙げられます。

もともと私たち日本人にとって帽子といえば、昔から親しまれていたものは烏帽子や頭巾などが一般的でした。

しかし、時代の変化とともに帽子もその形を変えていき、大正ロマンの際にはハットが導入されるようになっていきました。

そしてそこからはたくさんの人が西洋の文化を取り入れ出したので、スーツなどと一緒にハットも取り入れる人が続出したといえます。

スーツとハットを組み合わせている人は一つのステータスであり、当時のファッションの中ではかなり注目されていたファッションだといえます。

現代の私たちで言えば、流行りのファッションに身をまとっていたり、高級ブランドに身を包んでいる人といえば印象が近いかもしれません。

そこからは、スーツなどが一般化されていき、ハットも同様に一般化されていったと考えられます。

現代においてもハットなどを着用している人は多く、一つのファッションアイテムとして馴染んでいるといえます。

女性編

ここまでは大正ロマンにおける男性の特徴についてご紹介していきました。

大正ロマンを迎えたことによって男性がどのように変化していったのかということがおわかりいただけたと思います。

その上で、ここからは大正ロマンにおける女性の特徴の変化についてご紹介しています。

大正ロマンを迎えたことで当然女性もファッションや髪型などにおいて様々な変化が取り入れられました。

その変化が今の私たちを作っていると言っても過言ではありませんし、今再びその時の変化がブームになっていると言えます。

現代においてどのようなブームがあり、実際に大正ロマンではどのような変化があったのかということを重ねながらチェックしてみてください。

派手な柄でカラフルな着物

まず初めにご紹介する大正ロマンにおける女性の特徴の変化として「派手な柄でカラフルな着物」ということが挙げられます。

これはどういうことかと言いますと、その当時の時代背景が大きく関係していると言えます。

時代が変化するとともに日本では絹の製紙工場が多く建設されており、絹の生産量などが一段と高まっていました。

そして、絹の大量生産に伴い、絹の商品があまり高価なものではなくなったことと、染色技術などの発達に伴い色鮮やかな色が用いられるようになりました。

大正ロマンを迎えたことによって西洋の文化が入り、洋服なども多く取り入れられていましたが、最初のころはまだ一般的ではありませんでした。

なので、庶民は洋服がまだ高価だったことや、それ以前の生活様式があったことから着物をまだまだ着用していました。

そして、着物の絹の技術の発達や染色技術の向上などの背景からカラフルな着物が生み出されていったとされています。

直接的な西洋の文化というわけでもありませんが、大正ロマンを代表するひとつの特徴であると考えることができます。

今では様々な色が取り入れられている着物も、昔は一般的ではなかったということが分かるはずです。

ショートカットヘア

次にご紹介する大正ロマンにおける女性の特徴の変化として「ショートカットヘア」ということが挙げられます。

元々大正ロマンを迎える前の時代の考え方としては、女は女らしくしなければいけないという考え方が存在していました。

そして、女らしいという特徴の一つとして長い黒髪が存在しており、たくさんの女性がそれまで長い黒髪のヘアスタイルだったといえます。

しかし、それも時代の変化とともに考え方が変わり、大正ロマンを迎えてからは様々な髪型にする女性が続出しました。

そして、その際に多くの女性が憧れていたのがショートカットヘアです。

現代でいうボブやおかっぱの髪型などがそれらにあたりますが、当時はそれでもとても新鮮なものだったと言われています。

モダンガールと呼ばれるような女性達は、総じてこのようなショートカットヘアにしていたので、大正ロマンの一つの特徴であると考えることができます。

次にご紹介する大正ロマンにおける女性の特徴の変化として「袴」ということが挙げられます。

元々袴の歴史はとても古く、遡れば古墳時代から着用されていたと言われています。

そして平安時代になると宮廷などで高い身分の女性達が袴を履くようになり、一部の女性に限られた服装として知られていました。

しかし、江戸時代になると武士の礼服として着用されるようになり、一般的な女性は着用することを禁じられるようになりました。

しかし明治時代になると次第にその考え方も変化していき、着物に帯のスタイルは帯や裾が乱れやすいことから袴の着用が可能になりました。

そして、大正時代になると股に仕切りがない袴が一般的になり、袴姿で自転車に乗ったりする人なども多く見受けられるようになりました。

今では少し異様な光景かもしれませんが、その当時は袴姿に自転車というのが一つのステータスとして考えられていました。

なので、大正ロマンにおいて、袴は非常に重要なものであり、大正ロマンを語るうえで欠かせない変化のひとつであるといえます。

フィンガーウェーブ

次にご紹介する大正ロマンにおける女性の特徴の変化として「フィンガーウェーブ」ということが挙げられます。

フィンガーウェーブとは何かというと、ヘアスタイルの一つであり、テクニックであるともいえます。

現代においては太めのヘアアイロンでしっかりと巻いた後に、コームなどを使って一定の感覚でウェーブを出していくスタイルです。

多くの芸能人などがそのヘアスタイルを取り入れたりしていますが、これは大正時代に流行った髪型でもあります。

その当時はヘアアイロンなどはなかったので、昔は指などでこのウェーブを出していたとされています。

なので、フィンガーウェーブという名前がついており、フィンガーウェーブを取り入れた髪型が最新のヘアスタイルとしてみなされていました。

たくさんの女性がフィンガーウェーブに挑戦し、おしゃれなヘアスタイルを取り入れていた背景があるのです。

したがって、大正時代の大きな特徴の変化として、フィンガーウェーブが挙げられるということです。

まとめ

今回は大正ロマンをテーマにして、大正ロマンの意味や大正ロマンの特徴の変化などをご紹介していきました。

今では当たり前に思われているようなファッションも、様々な背景があって取り入れられたということがおわかりいただけたと思います。

そして、当時流行に乗っていたものが今現在の流行になっている非常に面白い事態に発展しているとも言えます。

今回ご紹介した大正時代に流行っていたものを、是非現代において取り入れ、現代風にアレンジしてみてください。

きっと周りの人から一目を浴びるようなおしゃれなファッションに身を包めるはずですよ。

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