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厨二病男子の8個の特徴!こんな人と...(続き6)

まさに思春期の典型的なパターンはこれで、他人への意味のない嫉妬が怒りを呼び、家庭内で乱暴になる、学校でグレるなどの行為に走るのです。

思春期のどうしようもなく精神が不安定な状態というのは、この嫉妬心が大きく関係していると思います。

自分の体が大きく成長する一方で、心は未熟なままで、大きくなった自分ができると思っていたことができないいらだちや焦り、そういった感情が渦巻いているのだと思います。

ちょっとしたことですぐ焼きもちをやく

交際している異性がいる厨二病男子は、気の休まることがありません。

付き合っているい女子が少しでも他の男子と話しているだけで、焼きもちをやきます。

普通、男子よりも女子のほうが精神的にも大人になるのが早いので、女子からすると誰とでも普通にコミュニケーションをとっているつもりなのですが、男子はそうは考えられず、自分以外の男と話をするなんて許せない!というふうに焼きもちをやくのです。

中学生時代に実際恋人ができて付き合う男女というのはどのくらいいるのでしょうか?昔と今とでは状況は変わってきているとはいえ、少数派だと思います。

中学時代はほとんどが片思いで終わる、もしくは告白してもフラれるということが多いような気がします。

淡い恋心の中にある嫉妬や焼きもちなどかわいいものだと思います。

8.SNSが詩のよう

厨二病男子は自分に陶酔している傾向があり、それが顕著に垣間見えるのがSNS上の書き込みです。

まるで何かを自分は悟った人間であるかのように人生について語り始めたり、たわいもない内容の文章を詩のようにしてみたりします。

ツイッターで非常によく見られるのは、何かのニュースを取り上げて、それに返信する形で自分の意見を述べるのですが、あたかも自分は世間をよくわかっていて立派な人間なんだ的な上から目線の物言いです。

それでいて、どういうことをしている人間なのかはあいまいで、匿名のアカウントだったりします。

ポエム調で発信する

厨二病男子のSNS発信ほど面倒臭いものはなく、まるでポエムでも書いた気になって自分に酔っているようです。

ツイッターは文字数が140字と制限さえているので、この140字というのがちょうど短い詩のような文章を書くのにちょうどいいのかもしれません。

毎回くだらない詩を読まされるフォロワーはうんざりするでしょうが。

こういった厨二病の7疑いのある人間が夜中などに自分に酔って、わけのわからないポエム調の人生論などを多投し始めると、フォロワーはしんどくなります。

いいねをつける気などさらさらないし、かといってリツイートする気もないので、大抵の人は完全無視という方向にいくでしょう。

「人生での成功は~~だ。」などと書いていて、よくよく考えてみると、この人って何かで成功してたっけ?となるわけです。

客観的に観察しよう

思春期の男子の心の葛藤や、言動などから「厨二病」というものはできたのですが、意外に大人になっても厨二病を発症する男性は多いです。

中年のサラリーマンにもそういった人はちらほら見られるというのが現状です。

女性としては、こういう男性と交際するのは避けたほうがいいでしょう。

疲れるだけでなく自分も白い目で見られるかもしれません。

なぜ、今この厨二病男子が増えているのかの背景には、ゆとり教育なども関係があるのかもしれません。

ゆとり世代くらいから、とにかく子供に強制したり叱ることが悪とされ、自由奔放に育てられることが正しいという雰囲気ができました。

そういった環境で育つと、自分だけがよければいいんだという考えの人間に育ちやすく、自分が常に正しいんだと思ってしまうのでしょう。

社会に出ても自分勝手な考えは変わらず、上司や同僚の気遣いもおかまいなしでマイペースな社員となり、立場もわきまえずに自分は特別な人間だと思い込んでいます。

ですから、少しでも自分のやりたくない仕事をさせられたりすると、すぐに会社を辞めてしまったり、何の計画もないくせに独立起業する人が後を絶ちません。

こういう厨二病の人は自分の見方でしか世の中を見ることができないので視野が狭い考え方しかできません。

もっと客観的になって、世の中を俯瞰で見るように変えていくことが、厨二病を治す第一歩ではないでしょうか。

今多くの企業では会社の同僚たちとうまくやっていく「協調性」という資質も大変重要視されています。

ですから自分勝手で自分のことしか考えていないような社員は使えないとされているのです。

厨二病の疑いがある人は、もっと自分だけではなく周りの状況も冷静に見れるようにしていくことが大切でしょう。

中学生の思春期のじだいならば許されても、社会に出てから厨二病を発症しても誰も許してはくれないし、つまはじきにされるでしょう。

もっと自分を客観的に見ることを習慣づけたいものです。