くどい」というと、良いイメージはあまり持たない言葉ではないでしょうか。

くどい人というと、どんな人を思い浮かべますか?

わかったと言っているのに何度も同じことを繰り返し言ってくるような人、つまらないギャグを何度も使ってくるような人も、「くどい」と感じるのではないでしょうか。

見た目に対してく「くどい」という言葉を使うケースもあるようです。

今回は、「くどい」人の特徴について考えていきたいと思います。

くどい人周りにいる?それなら要注意!


あなたの周りにくどい人はいるでしょうか。

話し方がしつこい人でしょうか。

年下や同年代の人に対してよりも、年上の人、それもかなり年の離れた年配の人に「くどい」という印象を抱くことが多いようです。

なぜそのような傾向があるのでしょうか。

くどいってなに?

そもそも、「くどい」というのはどういう意味の言葉なのでしょうか。

「しゃべり方がくどいよね」「あの人見た目がくどいんだよな」「ちょっとこのデザインくどくない?」など、日常生活では時々聞く言葉ですよね。

具体的にはどんな意味なのか、調べてみましょう。

意味

「くどい」とは、ひらがなで書いたり、カタカナで「クドイ」「クドい」と書いたりすることが多いのではないでしょうか。

しかしながら、漢字表記ももちろんあります。

漢字で書いた場合は「諄い」という表記になります。

言葉をあらわすごんべんに、右側つくりである『享』には「心がこもっている」という意味合いがあるのです。

心をこめて話す、諭すという意味だったんですね。

もともとは心を込めて丁寧に話すという、どちらかというと良いイメージのある言葉でした。

心を込めて丁寧にしようとしすぎて回りくどくなることも残念ながらあるもので、そうしたところから転じて「くどい」という言葉がネガティブな意味合いで使われることが増えていったようですよ。

同じことを何度も繰り返して言うのがわずらわしく感じられる、話がしつこいこと。

食べ物の味付けが濃すぎる、しつこいこと。

色合いや模様などが派手に感じる、どぎつく見える、というような意味があります。

使い方

くどい話、くどい調子、くどい表現、くどい説明、くどい人、というように、名詞にあわせて使われることが多いです。

小説などでしつこいほど丁寧に描写しているときに「くどいまで書いた」と表現したり、自分が何度も同じことを言うときにエクスキューズとして始めに「くどいようだけれど」といったりすることもあります。

子供が帰ってきたとき、ご飯のあと、お風呂の前にもいったけれどやっている様子がないので、もう一度「宿題はやったの?」というときに、「くどいようだけれど宿題はやった?」という感じです。

類義語

類義語には、「あくどい」「派手」「どきつい」などがあります。

どれも基本的には褒め言葉で使われない言葉ばかりですよね。

くどい人の特徴


これでくどいという言葉の意味は理解していただけたのではないかと思います。

それでは、くどい人というのは、どうしてくどくなってしまうのでしょうか。

実は共通点が見られることがあり、これらの特徴が要因となってくどい人になってしまうことがあるようなのです。

では特徴を順を追って見ていきましょう。

自信がない

くどくなるのが何故かと言えば、同じ言葉や話を繰り返してしまうことが原因になりがちです。

そうなってしまう理由のひとつに、自信が無いという点があげられます。

自分の話に自信がある人は、だらだらと話をせず要点と理由をすぱっと説明します。

自信がない人は、自信がないからこそいろいろな理由付けや言い訳をしてだから自分が言っていることは正しいのだと自分で思い込みつつ、人にも思わせようとします。

だから無駄なことを話してしまい、要点を得ない長話をすることになっていまって、結局説得力があるどころか「くどい」と周りから思われてしまうのです。

自信がある人は、うまい話し方というのもある程度わかっています。

笑わせたり考えさせたり、聞いている人を飽きさせない工夫があります。

相手に合わせた話し方をして、それが合っているときには結論から先に話し始めるなど臨機応変に動くことができます。

どうすれば相手が興味を持つのかを理解しており、相手の希望に沿って話す能力があるから自信も持てるわけです。

インパクトを与え、かつ完結に話ができるので無意味に長々と話す必要がありません。

意識せずとも話は短くなります。

宴会で乾杯の音頭をとるときにいつまでも話していてもうビールの泡が消えちゃったよ、なんていうことが時々ありますが、あれも挨拶がくどいのが原因ですよね。

自信がないだけでなく話をまとめる能力がない、センスがないなど様々な要因が考えられます。

自信があればくどくどと話さなくても「みんな今年一年ありがとう、乾杯!」でも十分みんなに自分の気持ちが伝わると思えるので、一言で終えられてしまうわけです。

自信がないと話も下手になりがちです。

こんな自分の話を興味深く聞く人なんているのだろうかなんて内心思いながら話しているようなことすらあるでしょうね。

自信がないから、自分がどのような話をすれば良いのか、どのような話し方をすれば相手が喜ぶのか、惹きつけられて飽きずに話を聞いてくれるのか、といったようなことがわからないわけです。

わからないから取り敢えずなんでも話そうと思って要点をまとめられずに、ついつい長い話になってしまいます。

自信がないと相手の様子を見る余裕がなくなりがちなのも理由として考えられますね。

他人とのコミュニケーションを取るのがそもそも下手だというわけです。

だから、ちょうどよい距離感や話し方、話の長さがわからなくなってしまうのです。

結論がなくてただ同じことを繰り返して話していて、本人はたくさん話したから相手にも伝わっただろうと思って満足して話すのをやめてしまうのです。

でも、聞いていた方としては、「で、つまりは何が言いたかったの?」とまったく伝わっていないなんていうこともありがちです。

自信を持っている人というのは、話をしようとするときに自分でまず調べます。

得た情報を自分で理解した上で、噛み砕き、相手に伝わりやすいようにうまくまとめてから話します。

自信がない人はそのような事前準備をしないままで話すので、実は自分が一番よくわかっていない、なんていう状態にもなりがちです。

考えすぎる

くどくなってしまいがちな人の心理として、相手のことを考え過ぎてしまうというところがあります。

相手がどう考えているか、どう感じているかなど、相手の気持ちを考えてあげるのはとてもよいことで、優し人です。

しかし、度がすぎてしまって、恐る恐る話をしたり、自分の結論を言わずに相手がどのように受け止めて結論を出すか様子を見たりしてしまいます。

自分の話を結論まで含めてズバッと話すことができずに、なんだかむにゃむにゃと結論のない話で、回りくどいことばかり説明して終わってしまうのです。

気の弱い人が相手に苦言を申し立てようというときに、はっきり言うことがなかなかできません。

こういうときにも相手がどう反応するかなどを考えすぎて、言いたいことを言わずにうにゃうにゃしている内にかえって相手が「だから何を言いたいのかはっきりしてよ」と怒ってしまうことだってありえます。

本人にとっては、相手を傷つけたくないし自分も傷つきたくないと思っているのに、はっきりと言わないでくどくど話してしまったことで相手が傷つき怒って自分も結局傷ついてしまうという、残念ながら誰も幸せになれないパターンです。

相手のことを考えればこそ、思い切ってはっきり伝えることも時には必要ですよね。

まとめるのが下手

先程も少しご説明しましたが、話をうまくまとめられない人も、話がくどくなります。

頭の中でまとめて話すことができないのです。

自分でも理解していないまま話し始めてしまうので、結論にたどりつけません。

話している本人がよくわかっていないのですから、聞いている方はもっとよくわからないですよね。

わからないまま説明しようとするという方向性の間違った努力の結果、本論とは関係ないことをいつまでも何度も話して話が終わらないので、「くどい」と思われてしまうわけです。

思いつきでとりとめもない話をだらだらしているという場合とは少し違って、一応言いたいことは本人の中にあって話し始めているわけです。

でも、本人なりの言いたいことにうまくたどりつけないので、何度もいつまでも出口の見えないまま話を続けてしまうことでくどくなります。

話をまとめるのがうまい人は、自分が話したいこと、伝えたいことというのが明確になっていますし、伝えるためにはどのような話し方をすればよいかというのもきちんと考えています。

誰かに話す前に自分の頭の中で一度まとめて、話の構成などを簡単に考えるなどの予行演習をします。

だからわかりやすく簡潔に話せるのです。

それに比べて明確になっていないけれど一応伝えたいことはあるという見切り発車でスタートし、自分でもよくわからないまま思いついたことを話すというやり方では、どうしても話は無駄に長くなってきちんとした結論を出して伝えることができないというのも当たり前ですよね。

頭の中でまとめるようなこともせず感情の赴くままにペラペラと話してしまう人は、くどいと言われることはあまりないでしょう。

読んでいた本の話をしていたのに突然「お腹が減った」「今日暑くない?」などと言い出すのは思ったことがすぐ口に出てしまうタイプです・今この話をするのは突拍子もないな、などということは深く考えずに、思いついた橋から言葉にしていきます。

話題は飛んでしまいますが、同じ事を何度も繰り返すのとは違い、しつこいとは言われないでしょうね。

感情のままに話すタイプの中でも、伝えたいことはあるけれど、どう伝えていいのかがわからないタイプの人が話をまとめないでとりあえず話してしまうのが回りくどくなってしまいがちなのです。

誰かに何かを聞かれた時にも明確に答えを出すことができません。

「明日は仕事を休むから」というので、「どうかしたの?体調でも悪いの?」と聞いたとしたら、要するにはいかいいえの回答があれば良いわけです。

「うん。ちょっと体調が悪くて」もしくは、「ううん、用事があるの」というような答えをすれば、質問した相手を満足するのです。

それにもかかわらず、なぜだかくどい人というのは「最近仕事が忙しかったからそろそろ休んでも文句を言われないよね」「あした天気になるといいな」と、ちょっととんちんかんなことを言い出したりします。

「私は生理痛がとても重い方で。これって母親譲りで、お母さんも相当なんだよね。母方譲りって言うか母方の親族の女の人がみんなそうらしくって。だから私とっても生理になるとお腹が痛くなっちゃうの。」

などと、必要以上な情報をもってみたり、同じ言葉を繰り返したりして長々と話してしまうといつのまにか話がループしてくどくなってしまうのです。

相手をうたがってる

相手をうたがっている場合も、話がくどくなりがちです。

なにかひとつのことを相手に問いただすときに、長時間かけてしまうのが「くどい人」。

仕事でミスをした部下に、「どうしてこのようなことが起きたのか」と問いただすのは上司として当然の務めです。

たとえばプロジェクトをかけもちして寝ていなかったため、という理由が明らかになったなら、そんな無茶をさせていたチームリーダーの責任を問います。

無理のないスケジュールが組めるように人を雇ったり別のチームにヘルプを頼んだり、顧客に交渉してスケジュールを変えさせてもらったりといった対処をする必要があります。

だからこそ、問いただします。

闇雲にただ、「なんで失敗したんだ」「どうして失敗したんだ」「こんな失敗をするようでは困るんだ」「おれの責任問題になるじゃないか。

どうしてくれるんだ」などと怒ったり愚痴を言ったりするようでは、上司としては失格ですよね。

プロジェクトを掛け持ちしていて余裕がなかったという理由を部下が話しても、じゃあどうしたら良いのかという話には進まず、「なんでもっと前に言わないの」「こんなことになっちゃって。

本当にこまるんだよね」なんてくどくど言うのが『くどい人』のパターンなわけです。

本人の単純ミスで本人も反省しているというようなケースでも、いつまでもくどくどとしつこく言い続けます。

もう話が終わったかと思えばまた最初に戻って繰り返しミスを指摘され、周りで聞いている人も「またそこから?!」なんて思っていることもありますよね。

内心ではすっかり呆れてしまっていることでしょう。

また、同じ相手をうたがっているでもこれとは少し違うパターンが、「相手の理解力をうたがっている」というもの。

同じ話を繰り替えされると、聞いている方としては「その話はさっきも聞いたよ」と感じますし、しつこいな、くどいなと思ってしまいます。

いい加減にしろよ、うざったいなぁと嫌悪感を抱いてしまうこともあるでしょう。

ただ話している側としてはそれがわかっていません。

基本的には、相手を不愉快にさせたくて何度も同じ話を繰り返しているわけではないのです。

自分が頭の中で話がまとまっていないせいで何度も同じことを話しているというケースももちろんありますが、相手をうたがっている場合というのは、相手が理解していないのではないかと思っているわけですね。

だから、なんども同じことを話して、繰り返すことで理解させようと思っています。

普通なら一度聞いたらわかるのですが、この人はわからないのではないか、と思っているのです。

自分が一度聞いたくらいでは理解できないから相手も同じだと思っていて、何度も繰り返すということもあるでしょう。

上司と部下の関係であれば、新入社員だった当時に一度だけ同じことを何度も訊いてしまい説明させてしまった過去があり、上司は「こいつは一度言っただけではわからないやつだ」という印象を持ってしまってそこから変わらないので、何度も言ってしまうという場合もあります。

新入社員のときは緊張していただけで本当はそんなことはないのに、今はどうかなと立ち返って見てもらえていないとこうなりがちです。

ちなみにこのようなケースでは、しつこく何度も同じ話を繰り返されたときにいらだったり、「はいはい」と聞き流してしまったりすると、「やっぱりこいつはちゃんと聞いていない」と思われて逆効果になってしまいます。

そうではなくて、一度言われたときに「わかりました。

このようにすればよいのですね」と相手の言った内容を繰り返して確認してあげると、「あ、ちゃんと聞いていたんだ。

伝わっているんだ」と安心してもう繰り返さなくなるかもしれないので、試してみてください。

相手が理解能力が高い人だと思っている場合は、普段くどくどと話すような人でも「この人は一回言えば大丈夫だろう。

分かってくれているだろう」と思って、初めから一度しか言わないという場合もあるのです。

同じようなことは職場だけではなくて家庭でもあります。

親が子供に何か注意をする時、くどくなりがちです。

「宿題はやったの?やっぱりまだやってないじゃない。何度言えばわかるの?あなたっていう子は先週だってそうだったじゃない」と過去の話にも飛び火して同じ事を何度も言いがちではないでしょうか。

「分かったよ」「わかってるよ」「ちゃんと聞いてるよ」と子供が言ったところで、親は納得しないのではないでしょうか。

「そんなこと言ったって現にやってないじゃない」と言ってまた話が最初に戻ってしまうということもあるあるですよね。

もちろん親にしてみれば、前も同じことがあった、今日も同じ事をやった、次も同じことをやるだろうという考えからついくどくどと言ってしまうのです。

ただそれを聞いている子供としては、このテレビ番組を見たらやるつもりだったのに、そんなことを言われたらやる気がなくなってしまう。

もうわかったから部屋に行かせて欲しい。

いつまでもお説教が続いたら宿題をやる時間がなくなっちゃうのに。

なんて感じてしまいますよね。

親は自分の子供がきちんとしていない、一度言ったくらいでは理解していない、というように、悪気はなくても下に見ているから話がくどくなってしまうのです。

優位性がほしい

優位性が欲しくてつい話がくどくなってしまう人というのもいます。

自分が相手よりも優位であると感じていたいがために、自分の自慢話を何度も繰り返して話すというようなパターンです。

年配の人が、自分より年下の人に対して説教するのが好きだというのもこのパターンと同じです。

自分より知識がない人に対してその人が知らない、そしてその人が知らないことを自分は知っている。

それを確認したいがために、何度も何度も同じ話を繰り返すのです。

説教をすることにより、自分が知っていることを何も知らない相手に教えてあげている気持ちになり、本人としてはとても良いことをしているつもりでもあります。

自分が相手よりも偉いという認識をすることができるので、本人にとってはとても気持ちがいいものです。

だからこそ相手がうんざりしていても、いつまでたっても同じ自慢話や説教話を続けてしまうというわけなのです。

聞かされる方はたまったものではありません。

めんどくさそうな顔をしていても、相手はそれに気がつかなかったり、気がついていても知らないふりをしたり。

「なんだその態度は。

真面目に聞けよ」と、うんざりしている様子に対しても説教を始めるということすらあります。

そんな人は自分が入っていることを相手が「そうですね」「わかりました」と相槌を打ったところで全く納得はしてくれません。

自分の言っていることを本当に理解してくれたと思うまで、いつまででも何度でも同じ話をし続けるので困ったものです。

「しつこい」とはっきり言ってやりたいものですが、相手が先輩だったり上司だったりすると、それもなかなか難しいものです。

我慢をして相手の自慢話に付き合いながら、相槌を打ったりお礼を言ったりしなくてはならないのは辛いですね。

一番良いのはそんな自分の優位性を示すためにくどくどと話をするような人とは距離を置くことです。

例えば会社の飲み会であれば、その人とは違うテーブルへ座るようにしたり、できるだけ席を離れたり、その人が嫌いっている上の人間と近い席に座って仲良く話してみたり、色々な方法が考えられるので、少しでもくだらない話を聞かされる時間を短くするために気をつけてみましょう。

自己満足したい

優位性が欲しいというのと近いものがありますが、自分が満足するために話しているのがくどくなってしまうというケースもありえるわけです。

自分の話をするのが好きな人が、誰かと一緒に話していて自分の話題を話し始めたら、他の人に話題がいってしまうのが嫌で延々と自分の話をし続けるのです。

カラオケに行って歌うのが好きだからといって、マイクを離さないでずっと歌いたがる人と同じようなものです。

「その話はさっきも聞いたよ」と言われてもへこたれず、話し続けるのです。

自分のことを話すのが楽しいので、それを聞いた相手がどう思うかと言ったことはどうでもいいわけです。

そうなれば相手が飽きないような工夫や新しい話題などを出す必要もなく、同じ事を何度も話してしまうということになるのですね。

自慢話を人にするのが好きというのも、自己満足をしたいから話すわけです。

相手が楽しむことや勉強になることなどを目的としていないので、話題を変えたり話し方を変えたり、相手が興味のありそうなことを話したり、というような気は使えません。

とにかく自分が話していて気持ちいいと言うのが大事なのです。

「俺の時代はパソコンなんてなかったから全部手で計算していたんだぞ」というように苦労話を自慢話に変えて話すこともよくありますよね。

単純に自分たちがいかに効率が悪い仕事の仕方をしていたかというだけの話なのに、手で書きながら地道にやっていることが偉いと勘違いしているようなタイプの人達です。

「へーそうなんですかすごいですね」「それは大変そうですね」というような相槌を打ってもらえたら、嬉しくて気持ちが良くなってしまいます。

「そうなんだよ、本当に大変だったんだから。君たちはいいよね、あの頃をしなくて済むんだから。羨ましいよ」と、不必要に若者や現代の文化をけなしたり。

自分の方が大変だった、大変なことをやってきたのだから自分達はとっても偉いのだと思っており、それをアピールする時間は楽しくて仕方がないわけです。

いつまでも自分の自慢話をしていたいぐらいですから出来るだけ長く自分の話を続けようとすることでしょう。

心配性

心配性の人も、くどくなりがちです。

心配だからついつい何度も同じ話を繰り返してしまうわけです。

相手が聞いているかどうか、伝わっているかどうかはもちろんのこと、自分自身も不安で心配なのです。

自分が知らないことが不安になり、知っている人に「これでいいんだよね?」「本当にいいんだよね?」「間違ってないよね?」「駄目になったりしないよね?」と何度も確認してうざがられたりします。

何か連絡事項があった時に、会社のポータルサイトにある掲示板に連絡事項を書き込めば本来であればそれでいいわけです。

でもそれだけでは心配です。

全員にメールでも送ります。

それだけでは心配なので、さらに口頭で一人ずつに連絡しないと気が済まない。

そんな対応されると、掲示板に新規の書き込みがあったという連絡メールを見ていて、掲示板も見ているのに、メールでも連絡が来たのにさらに話しかけられてしまうと言う、良かれと思ってやっているのでしょうがとても迷惑なことになりかねません。

普段からきちんとポータルサイトの掲示板を見ない人が多いと言うのであればまだわからなくもありません。

新規投稿の通知もメールで届くのに、全員にメールで別途送信をして同じ内容連絡するというのは無駄でしかありません。

でもくどいと言われる人にとっては、みんながきちんと掲示板を見てくれるかわからないし、メールを見たところで内容を勘違いしてしまうかもしれないと不安になってしまうのです。

口頭で確認をしてみんながきちんと連絡内容を知ってくれたことが分かっても、今度は別の不安が頭をもたげてきます。

今度のお花見の待ち合わせ時間と場所を連絡したとして、その日程が近づくにつれてまたみんなに「あと三日だよ」「明日だよ」「今日だよ」と、ちゃんとみんな覚えているだろうかというのが心配になってきてしまうのです。

責任感が強いといえば聞こえは良いですが、やはり何事も限度があります。

あんまり何度も言われると、お花見に参加すること自体が憂鬱になってしまうかもしれません。

考えがない

自分の考えがきちんとしていない場合は、話がくどくなりがちです。

話をまとめることができない、というのと似ているものがあります。

自分が話したいことがよくわからないのにとりあえず何か話し始めてしまう。

相手の意見に対して何か言いたいけれど、言いたいだけで自分の考えというものは特にない。

というような場合に、それでもとりあえず何か言おうとすると話は堂々巡りし、結論もないのにダラダラと話してくどくなってしまうのです。

くどい人は嫌われる?実際どう?

では、くどい人というのは実際には嫌われるものでしょうか。

あなたの周りにいるくどい人は嫌われていますか?

中には微笑ましいという程度で治っている人もいるかもしれませんが、くどいとはっきり言われるということは少なからず嫌われているのではないでしょうか。

相手のエネルギーを奪う

なぜくどい人が嫌われるのかと言うと、相手のエネルギーを奪ってしまうというところが挙げられます。

同じ話を聞かされるのは疲れてしまうものです。

それが自慢話だったり説教話だったりして、話を聞いている人にとっては何の得もないような内容であればなおさらです。

時間が無駄になりますし、話を聞くことを強制されたり、本当は聞きたくないのに聞いているふりをしなければならなかったりする場合、相手は本当にうんざりしてしまいます。

つまらない話は嫌な話を耳にするだけでも精神的には疲れてしまうものです。

それに加えて相手の話を聞いて感想を言ったり、相槌を打ったりしなくてはならないとなると、余計なエネルギーを使ってしまいます。

この人と一緒にいると疲れる、この人と話すのめんどくさいと思われてしまい、嫌われる原因になるでしょう。

疲れる

上の相手のエネルギーを奪うというのと同じで、くどい人といると疲れてしまいます。

また同じ話をしていると思うと疲れますし、せっかく会っていても話を聞かされるばかりで自分の話は全くさせてもらえないと面倒になりますよね。

しかも聞かされる話はつまらないことで同じことを何度も繰り返されるだけときては、うんざりしてしまうのも仕方ありません。