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踏ん切りがつかない原因と踏ん切りを...(続き2)

グレーゾーンのままにしておく方が、皆にとって過ごしやすいこともあるでしょう。

けれども時には、そうした曖昧な状況に踏ん切りをつけなければならないこともあります。

いざ踏ん切りをつければ、その後には驚くほど気持ちがスッキリできることは多いです。

けれどもその爽快感を味わうまでには至らず、踏ん切りがつけられずに悩んでしまう人はたくさんいます。

踏ん切りがつかない人は、未だに自分の心が悩み揺れている状態です。

その悩みを解決させなければ、踏ん切りがつけられないという人もいるでしょう。

踏ん切りをつけてしまえば、遅かれ早かれ悩みも解決することがありますが、「どうしようか」と悩んでいる状態の時には、なかなかそうした踏ん切りがつけられないことが多いのです。

踏ん切りをつけられない原因は?どうして踏ん切りをつけることができない?

人生を送っていれば、時には踏ん切りをつけなければならない場面があるでしょう。

そこで簡単に踏ん切りがつけられれば、思い悩むことなく快適に人生を送れることでしょう。

けれどもそう簡単に踏ん切りがつけられないからこそ、人生を思い悩む人は多いです。

人によって、さまざまな原因で物事の踏ん切りをつけられずにいます。

その原因にはどのようなものがあるのでしょうか?

どうして簡単に踏ん切りをつけることができないのか、その原因について考えられるものを以下に挙げていきます。

忘れられないことがあるから

人は忘れられないことがあると、それが原因で踏ん切りがつけられないことがあります。

例えば学生時代に地元の学校でいじめにあっていた人が、社会人になってからは他県に引っ越して生活を送っていたとします。

しかしある時、転勤で自分の地元に職場が移ってしまいました。

普通であれば地元に引っ越しをして、そこから会社に通勤することになるでしょう。

けれども地元ではいじめられた辛い経験があり、それが忘れられずにいることで、再び地元で生活を送ることに強い抵抗が生まれてしまっています。

地元に引っ越してそこから通勤する方が確実に便利なのに、地元で暮らすことに強い抵抗があるため、なかなか引っ越すことに踏ん切りがつかないという人がいます。

この例のように、自分にとって忘れられないことがあると、それが原因となって物事に踏ん切りがつかない人は多いです。

その忘れられないことというのは、他人から見ればたいしたことがないかもしれません。

けれども当人にとっては、いつまでも記憶からなくなってくれないほどに忘れられない出来事なのです。

それが原因でいつまでも踏ん切りをつけられない人はたくさんいるでしょう。

未練がある

未練とは、何らかの原因があって諦めきれないことや、原因に対していつまでも執着心を持ってしまっていることです。

例えば喧嘩別れになってしまった友達に対して、時間が経ってからも「何でこんな結果になってしまったんだろう」や「あの友達は今どうしているんだろうか」といつまでも喧嘩した時のことや友達のことを引きずってしまっている状態が、未練がある状態です。

そんな風に未練が残ってしまっている時には、思い切って喧嘩別れした友達の連絡先を消すこともできないでしょう。

連絡先を消すことで、その友達との関係を完全に断つことになります。

けれどもまだ喧嘩別れをしたことに未練があると、連絡先を消すという行為に踏ん切りがつかなくなってしまいます。

人は未練があることに対しては、いつまでもダラダラと情念や執着心が残ってしまいます。

恋愛での未練もそうですし、友人関係の未練も同じでしょう。

また、人間関係だけでなく、仕事や生活に対して未練を持っている人もいます。

お金持ちの生活から一変して貧困生活になってしまった人が、気持ちに踏ん切りをつけることができずに、いつまでも裕福だった頃の生活スタイルを変えられないのもまた、未練の表れでしょう。

恋愛


人間関係における踏ん切りの中でも、特に踏ん切りをつけるのが難しいのが恋愛です。

別れた恋人の存在や、昔好きだった人の存在がいつまでも未練として心に残り続けていると、気持ちに踏ん切りをつけて新しい恋愛へと進むことができなくなってしまいます。

元カレや元カノに関する未練は、こちらが一方的に未だに執着しているだけで、大抵の場合相手はもう新しい恋愛へと進んでいます。

自分が幸せになるためにも、関係の修復が不可能な恋愛には踏ん切りをつけて、とっとと次の恋を探した方がいいのに、なかなかそれができないという人は多いでしょう。