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呈するとはどういう意味?苦言を呈す...(続き3)

相手が嫌な思いをするかにうっすらとでも気づいているのか、全く気づいていないのかは人に依ります。

ですが、それでもやはり自分の中にあるモヤモヤしたものを吐き出してしまわなければいけないという信念のもとに動いているのが「苦言を呈する人」の特徴です。

普通は、相手との関係や相手の気持ちを考えて口にはしないように気を付けているようなことを、自分の気持ちを優先にして留めることができないというのは、悪癖のようにも感じてしまいますね。

人の揚げ足を取りたがる

苦言を呈するような人は、人の揚げ足を取ることも得意ですね。

人の言葉尻をいちいちとらえるような性格をしているということです。

普通の人なら流してくれそうな些細なミスでも、苦言を呈する人の前では隠すことができません。

必ず見つけ出して「これに関しては言ってやらなければ」と言う態度で苦言を呈してくるでしょう。

少し考えれば、特に忠告をする必要もなく直してくれるであろうようなことでも、人の揚げ足を取って絶対に注意をしてきます。

それくらいの勢いでなければ、毎日のように苦言を呈するようなことなどできるはずがありません。

苦言を呈して人の揚げ足を取るような傾向が多い人は、そもそも嫌味なところも多いですが。

それが特に大きくなっているバージョンが「苦言」であり、常に見張られているような息苦しさを感じることもあるかもしれませんね。

目立ちたがり

苦言を呈するような人の場合には、目立ち狩りやということもあるかもしれません。

苦言を呈するような行動は、誰にでも簡単にできるわけではありません。

特に目上の人に対して苦言を呈したり、文句を言うのは勇気が必要ですよね。

それをできるような人は目立ちますし、やはり注目を集めてしまうでしょう。

苦言を呈するような人は、そう言った尊敬交じりの視線が気持ち良いはずです。

ただし、続けているとあまり意味はなくなってしまいますが、それでも注目を集めようとして、誰の注目も集まっていないのに苦言を呈し続けるというような行為に出るのです。

人を見下しがち

苦言を呈するような人は、人を見下すような特徴も持っているでしょう。

そもそも、相手のことを尊重していれば、嫌がられるような苦言の停止方はしないはずです。

相手よりも自分の方が正しいと信じ込んでいるからこそ、相手に苦言と言う形での忠告をすることができるのです。

ナチュラルに周囲の人を見下しているような人であるのなら、「相手に対して上から目線のような形で忠告する」という行動に対するハードルはかなり低くなるのではないでしょうか。

そこの部分を乗り越えてしまえば、苦言を呈するという行動に対して、それほど困難さを感じることはないはずです。

正義感が強い

苦言を呈する人は、正義感が強い様なところもあるでしょう。

少しでも曲がったことがあると許すことができないのです。

苦言を呈する人の中でも尊敬されるタイプの人は、むやみに文句を言うようなことはしません。

必ず、相手の悪いところを直してほしくて口にするのです。

しかも、周囲の人間が思っていながらも口にできなかったようなことを口にします。

そのもとになっているのは正義感であり、この気持ちは尊敬に値しますよね。

ただし、苦言を呈する人の中にはただの文句をつけたいだけの人間というものもいますが、こういったタイプの方は尊敬されることはありません。

お節介焼き

苦言を呈する人は、おせっかい焼きなところもあるでしょう。

そもそも、人のことに興味がなければ、相手に苦言を呈する必要もなくなります。

相手と自分の人生は違うと考えられる人であれば、わざわざ相手から嫌われるようなことをして、相手の嫌なところを指摘する意味が分かりませんよね。

ですが、お節介焼きの人は、相手から嫌がられていても、相手のためを思うという大義名分を掲げて、相手の気持ちの中に入り込むことができます。

これは厄介ですが、お節介焼きで苦言を呈する人の多くは、自分でその気持ちを自覚していないことの方がほとんどです。

自分に甘い

苦言を呈する人の多くは、意外と自分に甘いところがあるのではないでしょうか。