呈するという言葉の意味をご存知でしょうか。

知っていると思っていても、実は聞かれると答えられないということはよくあるのではないでしょうか。

呈するという言葉自体は「苦言を呈する」という意味で使われることがほとんどで、こちらの意味で覚えている方もいるかもしれません。

また、「苦言を呈する」のイメージや、身の回りにいる苦言を呈している人の特徴的な姿を思い浮かべてしまうかもしれませんね。

ここでは、呈するという言葉を中心に、一番メジャーな使われ方である「苦言を呈する」について詳しく見てみることにしましょう。

例えば「苦言を呈する」人にはどのような特徴があるのか、どうして「苦言を呈し」たい気持ちになってしまうのかなどを見ると、呈するという言葉の深い理解につながるかもしれません。

普段から目にしているようでありながら、実は自分自身ではあまり使わない表現である「呈する」について詳しく知り、自分の中の語彙の幅を広げることができると良いですね。

若者が理解しにくい「呈する」って何?

昔はかなり使われていたのに、今はあまり使われなくなってしまった堅い言葉がありますよね。

特にSNSなどが普及している現代では、硬い言葉はあまり使われることがなくなってしまいました。

そんな中で若い人に伝わりにくい単語も増えていますが、その中には「呈する」と言う言葉もあります。

普通に使うことができる人にとっては、「呈するの意味を知らないなんて!」と不思議に思ってしまうこともあるかもしれません。

ですが、少し考え直してみると、呈するの意味を正確に答えることができる人は少ないのではないでしょうか。

「苦言を呈する」のような形では見るものの、他の形ではあまりに見られなくなってしまった「呈する」について詳しく見てみることにしましょう。

意味を知っている方も確認のつもりでご覧くださいね。

呈するの意味


「呈する」という単語の意味は大きく分けると二つになります。

一つ目は「その状態であることを示す」と言う意味です。

もう一つの意味の方が有名で使われることが多いですが「差し上げる」「進呈する」という意味になります。

呈するという言葉の中で使われる「呈」の漢字は、呈示という言葉の中でも使われることがありますし、何かを相手の目の前に差し出すというイメージを持つと分かりやすいかもしれません。

一つ目の「その状態であることを示す」意味の方も、相手に対して「ある状態になっているもの」を見せるというイメージでとらえると、何となく呈するという単語の意味を掴みやすくなるかもしれませんね。

どういう時に使う?

「呈する」と言う言葉自体は単体で使われることはありません。

呈するという言葉は書き言葉の中でも話し言葉の中でも、それ単体で使われると言うわけではなく、何か「提示するべきもの」と一緒に使われることが普通なのです。

元々「呈する」という言葉自体に「差し上げる」「その状態になっていることを示す」と言う意味があるのですから、目的となる対象物がなければいけないということは想像がつきますよね。

もちろん、何にでも使うことができる単語ではありますが、熟語的に覚えてしまった方が使う頻度が高いかもしれません。

ここからは、いくつか有名な「呈する」の使い方をご紹介します。

いずれも、使う頻度が高いものですから、普段の生活の中でも耳にすることが多いのではないでしょうか。

一度確認してみましょう。

苦言を呈する

「呈する」と言う言葉を使うときに一番メジャーで人々が頭に思い浮かべやすいのが「苦言を呈する」と言う使い方です。

この場合の「呈する」は「差し上げる」の意味になります。

そのため、「苦言を呈する」の意味自体は「忠告をする」となります。

差し上げるという印象からすると目上の人に言うときに使うイメージになってしまうかもしれませんが、実は誰にでも使うことができるので便利ですよね。

ちなみに、この場合には、あげて喜ばれる忠告と言うわけではありません。

苦言を呈する場合には、「苦言」とわざわざ書いてあることから分かるように、もらった方にとっては苦い印象のある言葉でしょう。

もらってうれしくない言葉をわざわざ書けるのですから、相手の機嫌が悪くなることは想像できますので、苦言を呈するというのは、する方にとっても、される方にとっても嬉しくない行動ということになりますね。

意を呈する

「意を呈する」という使い方をされることもありますね。

この場合の意味は「自分の意思を表明する」というものになります。

こういった使い方をする場合には、悪い方向の印象ではありません。

ただ自分の意思をはっきりと述べるという意味になります。

呈するという硬い言葉を使っていることからも、自分自身の中にある動かない意見のようなものを述べる印象の強い言葉となっているのではないでしょうか。

カジュアルなミーティングでの意見表面と言うよりは、意志の宣告といった重々しいところで使われることの方が多そうですね。

活気を呈する

「活気を呈する」という言葉の場合にも、やはり「その状態であることを示す」と言う意味での使われ方になりますね。

活気のあるにぎやかな街の様子を表現するときに使うのが良いのではないでしょうか。

ただし、その街の様子を下記言葉で表現するのには良いかもしれませんが、あまり話し言葉で使われることはありません。

「この町は活気を呈しているな」と言うと、かなり硬くて不自然になってしまいます。

話し言葉では「この町は賑やかだ」程度にしておいて、下記言葉の中では「活気を呈する素敵な町だった」のように表現すると、文章自体が締まって良いかもしれません。

苦言を呈する人の12個の特徴を見てみよう


「呈する」と言う言葉の中で最もメジャーな使い方は「苦言を呈する」ですが、現実的に周りを見てみると、苦言を呈する人の姿を見つけることができますよね。

ですが、実際に自分で苦言を呈することができるかと聞かれると、意外と難しいことに気づくのではないでしょうか。

苦言を呈するのが正しいシチュエーションがあっても、勇気がなくてできないという人もいます。

また、苦言を呈することで周囲から嫌がられてしまうこともありますし、苦言を呈さなければいけないところで尻語彙してしまって後悔したという人もいます。

それでは、苦言を呈する人にはいったいどのような特徴があるのでしょうか。

どのような特徴があるから、勇気をもって苦言を呈することができるのかと言ところについて見てみることにしましょう。

周囲の人に当てはめてみれば納得できるところもあるかもしれません。

自分の判断や意見に自信がある

苦言を呈する人の特徴の一つ目は、自分の判断や意見に絶対的な自信を持っているというところでしょう。

苦言を呈するという行動の難しいところは、相手に対しての上から目線になってしまうところなのではないでしょうか。

相手への文句を表明できるということは、自分は文句を言われる隙を作っていないと言っているようなものだからです。

自分も隙だらけなのであれば、誰かの好きに文句を言うことはできません。

相手に反撃されて終わりになってしまいますよね。

だからこそ、誰に対してでも苦言を呈することができる人は、揺らがない自分への自信を持っていなければいけません。

誰かに文句を言える立場にあるという意識がなければ、苦言を呈するのは難しくなってしまいますよね。

また、きちんと自分自身の意見を持っている人も、その揺るがない意志を根拠に、誰かに苦言を呈することができるようになります。

総じて話し合いや会議に強い人間は、苦言を呈することも簡単にできるのではないでしょうか。

ひと言多い

苦言を呈する人は、一言多いという特徴もあるかもしれませんね。

「そこでやめておけばよいのに」「どうして最後の一言を言ったの」と思ってしまうような人は、絶対に世の中にいますよね。

他の人からから見ると、余計としか言いようがないようなことまで思わず口に出してしまうような特徴は、苦言を呈する人の特徴の中では特に欠点として数え挙げられるでしょう。

一言多いところは天然なので、本人としては悪気のないようなものばかりです。

相手の気持ちに鈍感なところがあるからこそ、言わなくても良い一言を言ってしまうのであって、空気を読めないような傾向があるとも言えますね。

だからこそ一言多くなってしまいますし、同じようなノリで苦言を呈するようなことまでしてしまうということでしょう。

何か言わないと気が済まない

一言多いような人、苦言を呈するような人と言うのは、何かを言わないと気が済まないような性格をしている人が多いようですね。

何かを言わなくても死なないはずで、相手との関係を考えると口にしない方が良いはずなのに、つい口にしてしまうのです。

相手に対してん何かを言わなければ落ち着かないということでしょう。

相手が嫌な思いをするかにうっすらとでも気づいているのか、全く気づいていないのかは人に依ります。

ですが、それでもやはり自分の中にあるモヤモヤしたものを吐き出してしまわなければいけないという信念のもとに動いているのが「苦言を呈する人」の特徴です。

普通は、相手との関係や相手の気持ちを考えて口にはしないように気を付けているようなことを、自分の気持ちを優先にして留めることができないというのは、悪癖のようにも感じてしまいますね。

人の揚げ足を取りたがる

苦言を呈するような人は、人の揚げ足を取ることも得意ですね。

人の言葉尻をいちいちとらえるような性格をしているということです。

普通の人なら流してくれそうな些細なミスでも、苦言を呈する人の前では隠すことができません。

必ず見つけ出して「これに関しては言ってやらなければ」と言う態度で苦言を呈してくるでしょう。

少し考えれば、特に忠告をする必要もなく直してくれるであろうようなことでも、人の揚げ足を取って絶対に注意をしてきます。

それくらいの勢いでなければ、毎日のように苦言を呈するようなことなどできるはずがありません。

苦言を呈して人の揚げ足を取るような傾向が多い人は、そもそも嫌味なところも多いですが。

それが特に大きくなっているバージョンが「苦言」であり、常に見張られているような息苦しさを感じることもあるかもしれませんね。

目立ちたがり

苦言を呈するような人の場合には、目立ち狩りやということもあるかもしれません。

苦言を呈するような行動は、誰にでも簡単にできるわけではありません。

特に目上の人に対して苦言を呈したり、文句を言うのは勇気が必要ですよね。

それをできるような人は目立ちますし、やはり注目を集めてしまうでしょう。

苦言を呈するような人は、そう言った尊敬交じりの視線が気持ち良いはずです。

ただし、続けているとあまり意味はなくなってしまいますが、それでも注目を集めようとして、誰の注目も集まっていないのに苦言を呈し続けるというような行為に出るのです。

人を見下しがち

苦言を呈するような人は、人を見下すような特徴も持っているでしょう。

そもそも、相手のことを尊重していれば、嫌がられるような苦言の停止方はしないはずです。

相手よりも自分の方が正しいと信じ込んでいるからこそ、相手に苦言と言う形での忠告をすることができるのです。

ナチュラルに周囲の人を見下しているような人であるのなら、「相手に対して上から目線のような形で忠告する」という行動に対するハードルはかなり低くなるのではないでしょうか。

そこの部分を乗り越えてしまえば、苦言を呈するという行動に対して、それほど困難さを感じることはないはずです。

正義感が強い

苦言を呈する人は、正義感が強い様なところもあるでしょう。

少しでも曲がったことがあると許すことができないのです。

苦言を呈する人の中でも尊敬されるタイプの人は、むやみに文句を言うようなことはしません。

必ず、相手の悪いところを直してほしくて口にするのです。

しかも、周囲の人間が思っていながらも口にできなかったようなことを口にします。

そのもとになっているのは正義感であり、この気持ちは尊敬に値しますよね。

ただし、苦言を呈する人の中にはただの文句をつけたいだけの人間というものもいますが、こういったタイプの方は尊敬されることはありません。

お節介焼き

苦言を呈する人は、おせっかい焼きなところもあるでしょう。

そもそも、人のことに興味がなければ、相手に苦言を呈する必要もなくなります。

相手と自分の人生は違うと考えられる人であれば、わざわざ相手から嫌われるようなことをして、相手の嫌なところを指摘する意味が分かりませんよね。

ですが、お節介焼きの人は、相手から嫌がられていても、相手のためを思うという大義名分を掲げて、相手の気持ちの中に入り込むことができます。

これは厄介ですが、お節介焼きで苦言を呈する人の多くは、自分でその気持ちを自覚していないことの方がほとんどです。

自分に甘い

苦言を呈する人の多くは、意外と自分に甘いところがあるのではないでしょうか。

そもそも、人に使うエネルギーがあるのなら、自分のことを磨いている方が自分にとって有益なはずなのです。

そのエネルギーを他の人に向けるということは、自分が完璧であるという自負があるからです。

ただしその自負は、ただ単に自分に対する甘さが露呈しているだけということもあるかもしれません。

自分に甘いから、自分のことが完璧に見えてしまうということです。

気が強い

人に苦言を呈することができる人は、間違いなく気が強いはずですよ。

気が弱い人はそもそも、自分のことを上手く伝えることすらできません。

まして、相手の悪いところを直してほしいと忠告するようなことをするのは、考えるだけで憂鬱になるはずです。

苦言を呈してばかりのような人は、小心者の人間とは対極の位置にあるのではないでしょうか。

かまってちゃん

苦言を呈するような人は、かまってちゃんなところもあるかもしれません。

他人にしつこく苦言を呈するような性格をしているからこそ、人に避けられてしまうのですが、本人はそれを気づいていません。

ただ、自分のことを見てほしくて、自分のことを頼りにしてほしくて、そのために相手の粗を探すような行動に出てしまうのです。

構ってもらうために相手の反応を伺いながら色々な行動をする人をかまってちゃんと言いますが、苦言を呈するような人は、一種のかまってちゃんとも言えるかもしれませんね。

ただし、苦言を呈される人にとっては、かまってちゃんのような行動と言うよりは、ただのウザイ人扱いされることの方が多いはずです。

翻せば寂しがり屋

苦言を呈するような人は、ただのさびしがり屋と解釈することも可能でしょう。

誰かにとっての重要な存在でいたいからこそ、相手のことを思って忠告しているような気持ちになっている人もいるかもしれません。

相手に忠告することで、相手の中での自分の価値を高めようとするのです。

あまりにも必死な寂しがり屋、と表現すると、苦言を呈する人のことを受け入れてあげなければいけないような気持ちになってしまいますね。

実際には、寂しがり屋とはいっても、かなり質の悪いタイプになりますので、それほどまでに自分の心を痛めるような必要は全くありません。

大げさに話す

苦言を呈する人は、何でも大袈裟に話すような特徴もあるかもしれません。

些細な物事を大きなことのように大袈裟に話してしまうのです。

もしくは、普段から相手のしていることを大袈裟に思う習慣がついているのかもしれませんね。

そもそも、苦言を呈してばかりと言うのは、シチュエーション的におかしいのです。

苦言と言うほどに相手に忠告をしなければいけないような状況は、そうそう簡単に訪れるわけがありません。

それが習慣のように色々な人に苦言を呈しているというのですから、それはつまり、物事を大袈裟にとらえて、大袈裟に話すような習慣がついてしまっているからだといえましょう。

協調性がない

苦言を呈する人は基本的に協調性がないと言われることが多いのではないでしょうか。

人の和を乱さないようにする鉄則の一つ目は、何よりも人間関係をギスギスさせないように余計なことを言わないというものです。

相手との協調を重視しているのなら、苦言を呈してばかりで疎まれるようなことはしません。

苦言を呈するというのは勇気がいる行動であり、周囲との軋轢を生む可能性を持っている行動でもあります。

そんな行動をできるということは、つまりは、協調性があまりないということにもなるでしょう。

特に、苦言を呈してばかりの人と言うのは、その傾向があります。

普段は協調性を大事にしているのだけど、たまりかねて苦言を呈するというのであれば、協調性はほとんど関係ありません。

ですが、普段から文句ばかりを口にしているというのは、周囲との人間関係を築く気がないという意思表示のようにもなってしまいます。

そんな人と一緒にいるのは苦痛ですし、周囲の人間も「この人は仲良くする気がないのだろう」とみてしまいますね。

苦言を呈する人は周囲からどう見られている?

苦言を呈する人は、正しい場面で苦言を呈していれば「勇者」のように見られるかもしれませんが、そうでない場合もたくさんあります。

あまりにも迷惑な人に対して苦言を呈することができるのなら良いかもしれませんが、毎日のように誰かに苦言を呈しているような人の場合には、ただの「文句をつけたい人」のように見られてしまうこともありますね。

本人にとっては苦言を呈することが良いことのように思えているのかもしれませんが、実は周囲の評価はそれほど高くないということもあるのです。

それでは、具体的には、周囲の人は「苦言を呈する人」のことをどのように見ているのでしょうか。

苦言を呈する人に対する意外と冷たい世間の意見についても見てみることにしましょう。

自分のことを棚に上げている

苦言を呈する人を見ている人の正直な感想の一つ目は、自分のことを棚に上げているのではないかというものではないでしょうか。

苦言を呈するというのは、ある程度自分のやっていることが正しくなければいけません。

だからこそ、普通の人は自分のやっていることに絶対的な自信を持つことができず、そう簡単に苦言を呈することができないのです。

ただ、苦言を呈してばかりの人というのは、意外とその基準を満たしていないことも確かでしょう。

周囲の苦言を呈することが好きな人のことを思い浮かべてみてください。

人にやたらと忠告はしているものの、自分の行動が成り立っていない人も多いのではないでしょうか。

誰かに苦言を呈することができるのは、自分の身を振り返っていないからであり、周囲の人間にとってはそれは丸わかりの事実となります。

そのため、周囲の人は苦言を呈する人を見ていて「自分のことは棚に上げて何を言っているんだ」と言う気持ちになるに違いありません。

刺激しないように近づかないようにしよう

苦言を呈する人を見ていると、取り敢えず刺激しないようにしようと思う人がたくさんいるのは間違いありません。

苦言を呈する人は、苦言を呈すること自体が趣味や生きがいのようになってしまっています。

息をするように、人が効きたくないような上から目線のアドバイスを寄越すのが苦言を呈する人の特徴ですよね。

こんなところを理解している周囲の人は、できる限りその人の「苦言を呈したい欲」を刺激しないように頑張るでしょう。

少しでも刺激してしまうと、欲しくもないアドバイスをもらったり、説教を受ける羽目になってしまいます。

小さな子どもですらお説教を避けるためには、親を刺激しないように気を付けるものですよね。

苦言を呈することが好きな人の周囲の人にとっては、毎日が色々な意味でドキドキの日々になってしまっているかもしれません。

運悪く捕まってしまった日などは「気を付けていたのに!」と自分の些細なミスを恨んでしまうのではないでしょうか。

腫物を触るようだ

苦言を呈する人を刺激しない用意扱っていると、いつの間にか腫物を触るような心境になってしまう人もいるかもしれません。

確かに、その相手の「苦言を呈したい欲」を刺激しないように生きていると、いつの間にか息をひそめるように生活をすることになってしまいます。

「苦言を呈する欲」の基準がどこにあるのか分からないうちは、特にそう言った空気が出来上がってしまっているかもしれません。

慣れてくれば自然に接することができるようになるかもしれませんが、最初の内はどうしても腫物扱いになってしまうのは仕方ありませんね。

反論しないようにしよう

苦言を呈する人の扱いに慣れている周囲の人は、取り敢えず相手に反論しないようにしようと思います。

苦言を呈する人が気持ちよく話し終えてくれれば、苦言は早く終わりますよね。

ただでもあまり聞きたくない言葉ばかりを言われるのに、その時間が長くなってしまってはたまりません。

捕まってしまったのならできる限り早く終わらせた方が精神的な苦痛はなくなります。

周囲の人にとっては、苦言を呈する人は厄介な者扱いです。

火に油を注いで面倒くさい想いをするくらいなら、受け入れたふりをしている方が楽に解放されるのです。

時折、自分の心の中に反発心が生まれてしまうかもしれませんが、ぐっとそれを押さえて「早めに終わらせた方がマシなはずだ」と思い込もうとするのが、苦言を呈する人の周囲の人間の大変なところかもしれませんね。

もちろん、こう決意していても反論してしまうことはあり、そのときには、反論してしまったことをひどく後悔するでしょう。

文句ばかり言って生きてて楽しいのかな?

苦言を呈してばかりの人を見ていると、周囲の人にとっては文句ばかり言って楽しいのかと言うところが疑問に感じてしまうかもしれませんね。

苦言を呈するということは、常に誰かの姿勢に対して嫌なものを感じているということになります。

また、ネガティブな指摘ばかりをしているので、気持ちが暗くなってしまうことは間違いありません。

苦言を呈するというのは、普通は苦言を呈する側にとっても辛いことなのです。

ですが、苦言を呈してばかりの人と言うのは、そう言ったネガティブな気持ちなど感じていないかのように、楽しそうに文句をつけていますよね。

そんなところを見ていると、本当に苦言を呈してばかりで楽しいのだろうかというところが疑問に感じてしまいます。

これは、苦言を呈してばかりの人がうざいという気持ちと並行して感じてしまうことのように思えます。

人を不快にさせて後で天罰が下るぞ

苦言を呈してばかりの人に対して本気で腹が立っている人は、心のどこかで「人を不愉快にさせてばかりでは、後から天罰が下るぞ」と考えてしまうかもしれません。

天罰ではなかったとしても、誰かを嫌な気持ちさせていると、その人からのネガティブな感情を受けることになるのですから、あまり良いことはないように感じますよね。

確かに「情けは人の為ならず」とも言いますが、苦言を呈する人は口を出しているだけですし、あまりにも度が過ぎているようなときには、人を不愉快にさせる文句ばかりを口にしている人のように思われてしまいます。

いつか罰が当たると思われるほどに人を不愉快にしているのなら、誰かから復習されてもおかしくないように思えますが、こういった人は大抵は人の感情に無関心です。

苦言を呈している相手がそんなことを考えていることなど思いもよらずに、苦言を呈することに夢中になっているでしょう。

そんな人に対して正面から文句を言うのも難しいですし、心の中で相手のことを呪うくらいは許されるのではないかと思いながら苦言を聞いている人は珍しくないでしょう。

まとめ

いかがでしたか?苦言を呈する人を想像することはできましたでしょうか。

呈するという言葉は、普段SNSなどで使われるものに比べれば、少し硬い印象のある単語ですよね。

ですが、苦言を呈するなどの形でたくさん使われていますので、ぜひ探してみてください。

苦言を呈する人は、他の言葉が似合わないくらいに「苦言を呈する」行動に命を懸けているように見えます。

固い言葉で表現されているからと言って、その人の行動が正しいと言うわけではありません。

苦言を呈している人に対する周囲の感情は意外と悪いものが多く、あまり好かれていないのだなということが想像できるのではないでしょうか。

それを考えると、「呈する」という言葉自体、あまりポジティブなシチュエーションで使われることがないのかもしれませんね。

職場や学校で自信満々に意見を述べてウザがられている人を見たときにも、遠慮なく「彼は苦言を呈することのできる人だ」のように使ってみてください。

その人のことを直接的に貶しているわけではないですし、便利に使うことができることに気づくはずですよ。