皆さんは決められたルールをきちんと守るタイプの方ですか?

やはり世の中にはいろいろなルールが定められています。

例えばですが、車の運転に関しては交通ルールなるものが定められています。

赤信号では止まり、青信号で進むと言うものがあり、幼少期から叩き込まれているルールですので、皆さんもご存じでしょう。

なぜそのようなルールが定められているのかと言うと、それを守りさえすれば安全に通行できることから、そのようなルールが定められています。

例えば会社上で就業上のルールがあることもあるでしょう。

それはそのルールを守れば会社の運営がスムーズにいくことから定められているところがあります。

確かに、昔定められたルールで、現在は機能していないなんて話もよく聞かれます。

ですが、ルールはたいていはスムーズに物事を運ぶことを願って定められているものが多いです。

ですが、そのルールを守らない人も一定数います。

ではそのルールを守らない人がなぜそのようなことをするのかや、そのようなことをする人への対処法などを見ていきましょう。

ルールを守らない人の9個の心理

いろいろな集団生活の中では、やはり一定数そのようなルールを守らない人はいます。

例えば皆さんも経験してきた身近な例で言うと、学校生活などがそうでしょう。

一定数、不良グループのような人たちはいませんでしたか?

そのようにルールを守らない人が一定数出てくるのも、その集団数が多くなるほどによくあることです。

ルールを守らない人の心理について見ていきましょう。

自分は特別な存在だ

やはり、ルールと言うのは皆が同じ行動するように定めているものが多いです。

そのようにすることで秩序を保つことができるので、ルールはそのためにあると言っても良いでしょう。

ですので、そのルールを破る人は非常に目立ちます。

自分が特別な存在だと思っているからこそそのようなルールを破ることが平然とできると言ってもいいかもしれません。

先ほどにあげた学校生活での不良グループは自分を特別視している人が非常に多いです。

そしてそのようなグループは非常に目立つところがありました。

多くの人は冷静にそのような人を見ていますが、中にはそのような人に憧れるなんて人もいます。

中学生位だと、このような不良っぽい人が好きなんて言う女子もいる位です。

このように、自分が特別だからルールを破っても問題がないと思っている人は、むしろそうする自分がかっこいいと思っていることがよくあります。

ルールを守る奴なんでバカだ


そして、ルールを守る人を少々見下しているところがあります。

確かにルールを守ってそのレールの上を歩いていれば大きく失敗するリスクはまずありません。

だけど、そのようなルールからはみ出してでもリスクを犯す考え方が正しいと思っているような人だと、そのように律儀にルールを守る人を馬鹿にするようなところがあります。

確かに、大きく成功する人はルールばかりに捉えられていない人も多いのが特徴です。

ですが交通安全など、安全に関わること重大なことに関してはルールをきちんと守らない人は迷惑でしかありません。

自分の意思がない弱い奴だ

そのような人は、たいてい「ルールに縛られていてそれで納得がいっているのか?納得がいかないことをルールだからと守っているなんて、自分の意思のない弱い奴だ。」と考えている人もいます。

やはり、そのように尖る人は、そのような風に思っているところがあります。

型にはまりたくない

またそのような人の型にはまることをひどく嫌っています。

確かに最近は没個性などと言われているところがあります。

特に日本はそのような傾向が顕著ですね。

よく日本の教育がそのような個性を殺すような教育をしており、アメリカなどの欧米では個性を生かす教育がされていると言われています。

このような言い方をすると、アメリカの教育等のほうがいいだと思ってしまいますよね。

ただ、犯罪率の高さは有名ですね。

やはり自由は素晴らしいのですが、自由と勝手気ままにやることをはき違えている人が多いのです。

ですので、個性を生かす教育が確かに素晴らしいのですが、だからそれが正しく、形に当てはめるような教育は正しくないっていうのも一概には言えないところがあります。

また、そのように貧富の差が激しいところが基本的に治安が悪くなりがちです。

ですが、日本は治安が良いですね。

確かに、そのような格差を生活保護等で埋めているところはあるにはありますが、日本のルールを律儀に守ると言う性格によるところもあるのではないかと思われるのです。

ルールからは新しいものは何も生まれない

確かに、古い制度ばかりではなく新しいものを取り入れることが大切です。

ですが、ルールというのはそもそもなかったがばかりに困ったことに関してルールが設定されていることが多いです。

例えば身近な例でいくと、うちには小学生の子供がいるので子供会などもありますが、子ども会は様々な規定がされています。

(妻が冊子をもらってくるので、目を通しています。)

やはり、しっかりとルールを定めていることによって、いろいろな事情を抱えている家庭や、いろいろな考え方をする保護者を1つに束ねるというところがあるのです。

ただ、やはりルールは歴史とともにだんだんと固定化してきます。

そうすると、だんだんと「なんでこんなルールがあるんだろう?」と思うようなところが出てくるのです。

具体例を挙げると、日本でも津波があるところもあります。

つい数年前も被害がありました。

確かに未曽有の災害ではありましたが、全くそのような過去がなかったわけではありません。

そのような地域では、明治時代に津波被害があった時に「この石碑より下に家を建ててはならない」と書かれている石碑を設置しました。

このようなルールを設定することで、津波から未来の世代の人を守ろうとしたのです。

ですが、やはり歴史は繰り返すもので、平成の世の中になってもそのような昔建てられた石碑より下に家を建てられたところが被害にありました。

やはり時代の経過とともにだんだんとそのルールの意味がわからなくなってくるところはあります。

ですので、やはりルールが固定化してくると、だんだんと新しい物が生まれないからと反発するような考えを持つと言うのはよくあることです。

人の目なんか気にしてもしょうがない

最近は先ほども触れたように日本は没個性と言われています。

人の目を気にしすぎる事を嫌う人も増えてきています。

例えば、日本においても田舎などにおいては人の目を非常に気にするものです。

やはりそれほどに人口も少ないですしお年寄りも多いので、人の目はあるのです。

「思ったより人は自分を見ていない」なんて言われますが、田舎では通用しません。

例えば、基本的に田舎は車社会なのですが、車を持たず歩いている人でさえ目立つと言うような感じです。

ですので田舎であるところは必然的に人目を気にするところがあります。

ただ、都心部に出ると人が非常に多いですので、だんだんとそのような人の目がなくなってきます。

そうすると人の目を気にしてもしょうがないという気持ちになり、ルールをそこまで守らなくなるところがあります。

ですので曲を言うと、田舎ほどルールが顕著に守られているところがあります。

そう言うと、田舎はいいと思ってしまいますが、意外にも田舎においてはその権力者が全てであることがあり、必ずしも田舎のルールが正しいとは限らないところがあります。

やはり、そのようにだんだんと下の女が希薄になってきたところもあり、人目を気にしても仕方がないとルールを守らない人も出てくるのは自然な流れなのかもしれません。

良い人ぶるのは嫌いだ

例えば中高生等は、少々人より尖っていたいと言うような気持ちがある人も多いでしょう。

その頃はちょうど反抗期でもあります。

ですので、「ルールをきちんと守る人=いい人ぶっている偽善者」と捉えるところがあり、そのような人は嫌いだという理由でルールを守らないところがあります。

ただ、そのような思考は多くの場合は年齢と共に落ち着いてそれを黒歴史としてとらえる人が増える一方で、成人後もそのような考えを持ってしまう人がいます。

やはり、精神年齢は身体的な年齢と比例していかないところがあるあるのです。

ちょっと悪ぶりたい

やはり、若い人ほどちょっと悪ぶりたい気持ちが出てくるところもあります。

なんだかいい人でいることが恥ずかしいと思ってしまうところもあるようです。

例えば幼少期はしっかりと挨拶をするように教育されている子が多く、小学校の低学年位の子だと、すれ違うと元気に挨拶をしてくれる子も多いです。

ですが、やはりだんだんと高学年になっていくにつれて、たとえこちらが挨拶してみても、恥ずかしそうに小声で挨拶したり、ともすれば無視をすることもあると妻が話していました。

やはりだんだんと難しい年頃になっていくと言っていましたね。

この高学年の子は、元気に挨拶をする事はちょっと恥ずかしいなんて言う感情が出てくることもよくある話です。

ちょっとその昔のしつけとは違うことをやりたい、ちょっと悪ぶりたいと言うようなところがそのような年代から徐々に出てくるようです。

その気持ちはずっと続くような人もいて、中には20歳を過ぎてもそのように考えてしまう人もいるようですね。

ルールを破って目立ちたい

やはり、ルールを破る人は非常に目立ちます。

こちらはルール破りでは無いのですが、妻が展示会に行くような仕事をしていたのですが、彼女は男性陣が普通の水色のハッピを切る中、ショッキングピンクのハッピを着せられていたそうです。

やはり、ショッキングピンクのハッピを切る人はそんなにおらず、必然的に目立つ形になり、何かにつけ話しかけられることが多かったようです。

皆が同じ色を着ている中、1人で違う色を切るっていうのは大変目立つものです。

ルール破りについてもそれに近いものがあります。

ルールに従って動いている人の中で、ルールを破って違う動きをするというのは大変目立つものです。

中学時代などによく入る不良グループはまさしくそのような感じで、目立とうとしているところがあるのです。

それは中学生だけではありません。

高校生でもそれ以上の人でも、ルールを破って目指したいような目立ちたがり屋は一定数います。

人に迷惑をかけなければ何をしても良い


よく、子供の教育においても人に迷惑をかけなければ何をしても良いと言うような人思いますね。

ただ、「人に迷惑をかけない」の概念が少々ぼんやりとしていることから、中にはそのように勘違いしてしまう人もいるのかもしれません。

ルールは守らないで迷惑をかけない事はそんなにありません。

確かに機能していないルールであればそんなに問題は無いのかもしれませんが、具体例を挙げると交通安全等は安全に通行するために絶対に必要なルールです。

ですので、そのルールを破る事は危険にさらす事ですので、決して良いことではありません。

もっと顕著な例で言うと田舎であることに、例えば選挙において「必ずこの人に投票するように」と言うことを言われることもあり、妙なルールがあることがあります。

そして人口が少ないところだと、どの人に入れたかっていうのがばれて、それでルール破りが発覚すると言うものです。

(なぜ発覚するかは人口が少ないので票数等でバレるケースが多いようです。)

基本的に、日本において誰に投票するかは投票する自由があります。

ただ田舎においては、そのような政治家に投票すると言うルールを破る事は、その田舎の秩序を乱すと言うことで、迷惑をかけてしまうということと同じなのです。

ですので、「人に迷惑をかけなければ」というのがどこまでなのかというのは非常に重要です。

ルールは社会生活の基本!

先ほども何度も触れているように、ルールと言うのはなぜあるのでしょうか?

それは、社会生活のにおいてこのルールさえ守っていれば円滑に社会生活を送るということができる基本を定めていることが多いです。

では、ルールについてもう少し掘り下げて見ていきましょう。

ルールは何のためにあるの?

そもそもルールは何のためにあるのか言うと、円滑に生活をするためにあると言われています。

何度も触れているように、最近は飲酒運転等について厳しく定められていますね。

昔は飲酒運転はそこまで厳しい罰則はありませんでした。

ですが、飲酒運転により被害に合う方が多いがためにあそこまで飲酒運転が厳罰化されることになったのです。

最近とある元アイドルの方が交通ルールを大きく逸脱したということで裁判になっており問題になっています。

この方は、交通ルールを様々な点で破っていることで大きな問題になっているのです。

まず飲酒運転もそうですが、彼女は信号無視をして人をはね、介助することなくそのまま逃げています。

様々なルールを破っている状態です。

このように、ルールを破ると言うのは人を危険にさらしたり、円滑な生活を阻害するものとなってしまうのです。