もうこれで失敗は怖くない!

恥ずかしい失敗をしたときの効果的な対処法をお教えいたします!

恥ずかしい失敗をしたときの8個の対処法!開き直ることも大切です

誰にでも失敗というものはあります。

しかし失敗するというのは嫌なものです。

特に恥ずかしい失敗をしてしまった時というのは何とも言えない気分になります。

そんな恥ずかしい失敗の対処法ですが、失敗を防ぐ努力をしたとしても100%失敗が起こらないとは限りません。

失敗をしてしまった時にどう対処するかが大切なのです。

その時の基本となる考え方は「開き直る」ということになります。

人間、いかに開き直って生きることが大切かを、恥ずかしい失敗は教えてくれます。

1.開き直る

開き直ると簡単に言いますが、なかなか実際に開き直って生きることは難しいです。

家族や友達、恋人、同僚などの人間関係の中で人間は生きているので、自分のやりたいように気ままに自由奔放に振る舞える人などごく少数しかいないのが現実でしょう。

そういったしがらみの中にいるから、失敗をすることが恥ずかしい、恥だと感じてしまうのだと思います。

そこをもう一度考え直して「開き直る」ことができるかどうかだと思います。

この時に考えるべきことは人の目など気にすることなどないということでしょう。

どうしても人の目が気になって開き直ることができないという人は多いと思いますが、人からどう思われようと関係ありません。

これはあなたの問題でありあなたの人生なのですから。

そう考えることで始めて力みがなくなって開き直ることができるのです。

人生の中で他の人よりもそういった意識をもって生活することができれば余裕をもって世の中が見えるようになってくると思います。

要は客観的に世の中を見ることができるということです。

視野が狭く近視眼になっている人が多い中で、全体を客観的、俯瞰的に見ることができる人間が抜け出すのです。

開き直ることも時には重要

毎回同じ失敗を繰り返しているのに反省もせず、改善しようともせずただ開き直っているというのはいけませんが、時には開き直りの精神でやることも重要なのです。

開き直ることの意図というのは、失敗を恐れるあまり行動が萎縮して小さくならないようにするためです。

失敗を恐れてばかりでは無難な言動しかできませんし、クリエイティブな発想がなくなってしまいます。

開き直ることでリラックスして伸び伸びとやるということが重要なのです。

2.堂々とした態度を取る

これだけたくさんの人間がいる世界で、誰が正しくて誰が間違っているかを全部わかるはずがありません。

ですから、私たちが人間を判断する基準というのは、その人が醸し出してる雰囲気みたいなもので判断していることが意外と多いのです。

ものすごく自信ありげで堂々としている人を見ると、それだけでこの人はできる人なのではないかという印象を抱きます。

逆に目線が定まらず、おどおどした人を見るとどこか頼りない感じがして弱い人間という印象を受けます。

ですからできる限り堂々とした態度を常にとっておくほうがいいのです。

それによって周りから軽くみられることはなくなると思いますし、一目置かれる存在になることができると思います。

失敗をしても堂々としていれば恥ずかしくない!

ある大御所の落語家の独演会があり、話もクライマックスに来ていよいよオチを言って終わりという直前に少し言葉を噛んでしまいました。

観客は一瞬、「間違えた」と思ったのですが、その落語家は間違ったそぶりなど微塵も見せずに堂々と舞台を降りていきました。

また、巨匠と呼ばれるピアニストがコンサートでミスタッチをしてもあまりにも堂々としているものだから、ミスも含めてその人の味と見られて称賛されていることもあります。

要は何が言いたいかというと、失敗をしても堂々としているべきだということです。

私たちも普段何かしら小さな失敗をすることがあると思います。

そういった時にいかに冷静に、堂々としていられるかどうかで決まるのです。

3.迅速に修正をする

一番いけないのがミスをほったらかしにして傷口を大きくしてしまい、大事になるということです。

できる限り失敗したときには迅速に対応、修正することが何より大切です。

すぐに失敗を修正できたら何の問題も起こりませんし、恥をかくこともありません。

うやむやにしてしまうからおかしなことに発展してしまうのです。

直ぐに修正できるものは修正をする

失敗にもいろんな失敗があります。

小さなものから大きなものまで。

ちょっと対処ができないような大きな失敗をしてしまった時には、一度落ち着いて客観的に解決策を考えたほうが賢明だと思います。

しかし、直ぐに修正できるような小さな失敗というのは、できるだけスピーディーに処理をするべきです。

修正するスピードが早ければ周囲に気づかれる可能性も減りますし、誰もあなたを咎めることはないでしょう。

小さなミスを犯したときにはいかに早くリカバリーできるかにかかっているのです。

4.知らぬフリをする


長い人生を渡り歩いていくためには、時は賢く立ち回ったほうが自分にも周りにとっても良いということは多々あります。

例えば大勢に影響がないような取るに足らないミスがあったとしても、そこを大げさに取り上げるよりも、ここは知らぬふりをしておいたほうがいいという場合もあります。

小さなこと一つ一つを拾い上げてそれを真面目に深刻に考えるということをしているとメンタル的にもたないと思います。

ですから小さなミスに関してはスルー、知らぬフリをするというのが一番いいのです。

恥ずかしい失敗をしていないと考える

とり方によっては自分の恥ずべき失敗だと思われるケースでも、自分には非はなく自分は失敗などしていないと考えるのです。

そうすることによって動揺することもありませんし、周りも自分の振る舞いは失敗ではないと考えてくれると思います。

明らかな自分の失敗は仕方がありませんが、どっちか微妙なケースは全て自分に非がないものとしてカウントしましょう。

できる限り自分は失敗していないと考えるのが賢明だと思います。

責任感の強い人は全てを背負いこんでしまう傾向にありますが、こういう人は疲れてしまって途中で挫折してしまう人も少なくありません。

自分の失敗と捉えないことが無責任ということではなくて、長く自分を保って社会で活躍していくために必要な術であると考えます。

5.言い訳をしない

恥ずかしい失敗とはどういう失敗でしょうか?

失敗というのは誰にでも起こることですから仕方がないと言えばそうなります。

問題は失敗が起こった後の対応のまずさにあるんだろうと思います。

一番カッコ悪い、恥ずかしいのは失敗の後に言い訳をするということです。

確かに自分の非を認めたくない気持ちは誰にでもあるでしょう。

自分以外に責任転嫁して自分の失敗としたくないのでしょうが、その行為が一番恥ずかしいという認識を持っておくべきです。

明らかに自分の失敗のくせに、それを認めず長々と言い訳をすることほどみっともないことはありません。

言い訳をしまうことは余計に恥ずかしさを出してしまう

「恥の上塗り」という言葉がありますが、失敗に対して言い訳をすることはまさに恥の上塗りと言える行為だと思います。

誰がどう考えても明らかに自分の失敗なのに言い訳をするのは失敗の上に失敗を重ねているのと同じです。

言い訳をすること自体が恥ずかしいことであるということを肝に銘じておく必要があると思います。

6.誰かに助けを求める

失敗をした時にはどう反応し、どう対処するかが大切であるということは上述の通りですが、失敗をしてしまった時にいかに開き直れるかということがまず基本にあって、自分でその失敗を抱え込まないというのも方策の一つです。

失敗してしまった時には隠さず公に公言して、助けを求めればいいのです。

そうすると大抵の場合誰かが手を差し伸べてくれるでしょう。

誰かに助けを求めるということをしたことがない人は、そこまでのハードルが異常に高く、全てを自分の中に溜め込んでしまうことがよくあります。

それがストレス過多を起こしてうつ病に発展したりするのです。

身近な人に助けを求めることもできる

失敗したからといって深刻に考える必要など何もないのです。

一人で思い悩むくらいなら、まずは家族など身近な人に相談してみるのがいいと思います。

身近な人にアドバイスを求めることで一気に解決できることも多いです。

一人で抱え込んでしまうとどうしても視野が狭くなり、自分の凝り固まった考えに固執してしまうことになります。

そうすると簡単で単純だった問題が複雑になり、解決が難しくなっていくのです。

7.後で反省会をする

人間である以上失敗というものは避けては通れないものです。

ですが、同じ過ちを繰り返さないよう学習することはできるはずです。

失敗したなら、その都度反省会をして、二度と同じ過ちを繰り返さないような対策をとることが何よりも大事です。

失敗して痛い思い、恥ずかしい思いをすることで、二度とこんな目にあいたくないと感じたならば、同じ失敗を繰り返さないよに気をつけるはずです。

失敗の後の反省、これが非常に大事です。

これをちゃんとやっている人と、何もやっていない人とでは後々大きな差となって表れることでしょう。

何もやっていないと必ずまた同じ過ちを繰り返すのが人間です。

必ず繰り返します。

いや、自分はそんなまぬけではないから同じ失敗は繰り返さないと考えていても繰り返してしまうのが人間なのです。

人類の歴史を見れば一目瞭然で、悲惨な戦争を起こしても、数年後にはまた同じ歴史を繰り返す、それが人間なのです。

自分に対して自信を持ち自分を信頼することは非常に大切ですが、失敗をしてしまった時には一度立ち止まって冷静にその失敗を分析し、自分のメカニズムからいかにそれを二度と引き起こさないようにするかを考えるべきです。

どういう思いをしたのか

同じ過ちを繰り返さないためには、失敗した時の自分の感情を心に記憶しておく必要があります。

恥ずかしくて心が痛いような思い、こんな思いは二度としたくないと思ったはずです。

失敗したとき自分がどういう思いをしたのかというのを忘れてはいけません。

忘れてしまうならまた同じ過ちを何度も何度も繰り返すことになるでしょう。

悲しいかな人間とはそういう弱い生き物なのです。

強く頭に、心に感情を記憶しておかなくては、簡単に変わることなどできません。

文字で書くのは簡単ですが、人間が変わるのは簡単ではないのです。

本当に難しいことなのです。

ですから本当に変わるためには、痛み、悔しさ、恥ずかしさというものをちゃんと覚えておくしかありません。

自分は二度とこんな思いはしたくないと自分で自覚しておくのです。

今後気をつけるべきことは何か

失敗を後悔し、反省する。

これは必ずすべきことですが、それだけではいけません。

今後同じことを繰り返さないためにどうするかの改善策をちゃんと自分の中で持っておかないことにはいけません。

今までよりもさらにタスクのチェックを徹底するだとか、自分目線ではなく常に客観的に全体を見るといったことに気をつけたほうがよいでしょう。

仕事は大部分がチームで行うものなので、自己中心的なものの考え方だけではうまくはいかないというのは感覚的にわかってくるだろうと思います。

なるべくシンプルにかつ、具体的に今後の行動について決めごとをしておくのがよいと思います。

例えば、浪費癖があっていつも大事なお金を使い込んでしまう人がいたとします。

何も決めずに今度からはちゃんと節約しようとあいまいな目標を立てていたら、必ずまたお金を使い込んでしまうことは間違いありません。

例えば、具体的に給料の一部を残して他は全て定期預金に入れて使えなくするとか、身内に手渡してその中から小遣いとしてもらうようにしておくとか、より具体的に変える行動をとらなければ同じことを繰り返してしまうでしょう。

それくらい人間というものは弱いものなのです。

楽なほう楽なほうへと流されていくのです。

それを止めるためには分かりやすく具体的な解決策、行動を決めておくということです。

8.メモをしておく


人間というのは忘れる生き物です。

自分の身に起きた様々な出来事を忘れることで、また新たなことを自分の中で消化することができるのだろうと思います。

記憶はどんどんと新しいものへと書き変わっていくので、大切なことはメモをするなどして記録しておかなければ忘れ去ってしまいます。

自分がした失敗についてもそうです。

何もしていないと脳は失敗を忘れ去ろうとしてしまうので、メモをとることをお勧めします。

それによって後で読み返した時に記憶が蘇ってくるのです。

仕事ができる人というのは往々にしてメモをよくとります。

それは失敗も含め、大切なことを忘れずにおこうという気持ちがあるから、メモをとるという行為にいたっていることを意味しているのです。

全てをメモすることは記憶することを放棄するから良くないという人もいます。

確かにそれはあるかもしれませんが、やはりメモは積極的にとっていくべきです。

非常に大切なことはメモをとってもとらなくても憶えているものです。

それよりももっと小さなことというのは記憶から消えていきます。

実はその中に重要なヒントが隠されていることが多いのです。

アイデアの断片であったり、誰かのちょっとした発言だったりが成功につながることも多いのです。

メモをとっている時というのは、こんなことをメモしておいても意味があるのだろうかと思うものですが、後で読み返すとわかることであったり、他のメモと合わせることによって意味のでてくるものなどがあるのです。

どんな恥ずかしい失敗をしたのかをメモ

恥ずかしい失敗をした時は特に、メモに残すことや日記、ブログに残すなどしておくことをお勧めします。

後で読み返したとき、この日自分が犯したミスを思い出して反省し、二度と同じ過ちを犯すまいという気持ちになると思います。

恥ずかしいとか、嫌だった気持ちというのは記憶にいつまでも残るものです。

いいことがあった時よりも憶えている確率は高いと思います。

その苦い記憶を鮮明に憶えておくためにメモをとっておくことは決して悪い事ではありません。

同じ失敗を繰り返さないための教訓にもなりますし、もし将来同じようなシチュエーションになった時への対処法を考えられると思います。

人生とは経験です。

何事も経験することで次回への対処の仕方がわかってくるものですから、恥ずかしい失敗も貴重な経験の一つとして自分の中にデータ化しておくことが必要なのです。

何年後かにそのメモなり日記などを読み返してみるといいでしょう。

「ああ、この時は自分はまだまだ未熟で力がなかったんだな」と思って読み返せるなら自分は成長できていると考えることができると思います。

日記を読み返しても何も感じないなら、多分あなたはそこからまだ成長できず立ち止まったままなのかもしれません。

そういった感じで以前のメモや日記を読むことで今の自分のが、その時から成長できているのか、目標に近づいているのかを知ることができます。

是非恥ずかしい失敗をした時には鮮明にメモをとっておくといいでしょう。

この様なことが無いようにとビリビリ破いて捨ててスッキリ!

恥ずかしい失敗に自分の人生を縛られないようにするには、自己暗示というのも大切です。

過去にやらかした失敗についてのメモを読み、もう二度とこういった過ちを繰り返さないと誓ったら、失敗を書き留めたメモを勢いよくビリビリと破いて、過去を断ち切る儀式をすべきです。

そうやってメモを破いた後はスッキリとした気持ちになっているでしょう。

これで今日から自分はリセットされたと考えて新しい気持ちで生きていくことができると思います。

恥ずかしい失敗は誰にでもある!

振り返ると赤面してしまうような恥ずかしい失敗というものは、誰にでも一度や二度はあるものです。

それを恥と思わず人生の勲章くらいに考えておきましょう。

失敗のない人生なんて面白くもなんともありません。

失敗があるからこそその先の成功がとてつもなく嬉しいのです。

ですから恥ずかしい失敗というのは、成功のために必要不可欠なものであるという解釈をしておいたほうがよいと思います。

恥ずかしい失敗は経験済み?

長い人生の中で私たちはどれほども恥ずかしい失敗を経験してくるのでしょうか?自分の人生を振り返ってみてください。

そういったシーンがいくつか思い浮かぶと思います。

その瞬間があなたにとっての貴重な経験であると言えると思います。

恥ずかしい失敗を隠すのではなく堂々と公言するくらいの気概が必要なのではないでしょうか?人間は誰しもプライドというものがあります。

それが大きい人もいれば小さい人もいます。

プライドの大きさによって恥ずかしいと考えることも変わってくると思います。

誰にでも恥ずかしい過去がある

子供の頃を含め、自分の人生の中で1つも恥ずかしい失敗がないという人はいないでしょう。

それくらい大小様々な恥ずかしい失敗というものは誰もがするのです。

うまくいった、成功したことに関しては、大きな成功は長く心の記憶としても残るでしょうが、小さな成功体験まで憶えているという人は少数だと思います。

しかし、失敗に関しては小さな失敗までいつまでも鮮明にの記憶に残っているものです。

それはやはり失敗をした時の恥ずかしい気持ちや悔しい気持ちというものは、成功体験よりもより深く心に刻まれるからだと思います。

小学生の時に先生に叱られた時のことは大人になっても忘れはしないものなのです。

今となっては良い経験と思う人も

失敗したその時は顔から火が出るくらいに恥ずかしい思いをして落ち込んだりしたかもしれませんが、時がたってみると、それがとても良い経験になったということは多々あります。

病気と同じで、恥に対しても免疫ができれば少々のことでは怖気ずくことはなくなります。

ですから恥ずかしい失敗をしてもクヨクヨすることなどないのです。

日本刀を作る作業というのは窯で焼いた刀を何度も鉄で打ち叩いて鍛えることによって強くしなやかで美しい日本刀が出来上がります。

人間にもそれと同じことが言えるのではないでしょうか。

恥ずかしい失敗を何度もすることで免疫ができて人間として鍛えられて強くなる。

そして少しずつ成長していくのではないかと思います。

当時はとても恥ずかしい思いをした

過去に起こした恥ずかしい失敗というものを振り返ると苦笑いしてしまう人も多いのではないでしょうか。

若さから、未熟さからつまらない恥ずかしい失敗をしてしまったと。

しかし失敗した当時というものは非常に恥ずかしくやるせない気持ちになっていたことと思います。

それも時がたてばいい思い出になりますし、その失敗をバネにして頑張ってきたという人もいると思います。

恥ずかしい失敗をおこす原因とは?

ではなぜ恥ずかしい失敗を起こしてしまうのでしょうか?それにはいくつかの原因があります。

その主な原因について検証していきましょう。

緊張しすぎて

失敗したくない、失敗してはいけないという気持ちは過度な緊張を引き起こします。

過度な緊張状態にあると、普段では楽にできていた簡単なことをミスしてしまったりします。

そんな経験をした人は多くいると思います。

小さいころに習い事でやっていたピアノ、練習の時には上手に弾けていたのに、いざ発表会の本番になると緊張でミスを連発して大恥をかいたというような失敗をおした人もいるでしょう。

それくらい過度の緊張というのは普段では考えられないようなミスを起こすのです。

緊張しすぎはよくないですが、全く緊張していなのも同じく良い事ではありません。

それでは責任感や集中力が生まれないので、一番いいのは適度な緊張感をもって物事にあたるということです。

仕事もプライベートも全てにおいてこれは当てはまると思います。

適度な緊張感を持っていなと締まりのないメリハリのない中途半端なものになってしまうでしょう。

無意識

人間の行動の多くは無意識下で行われていると言われます。

朝起きて顔を洗い、歯を磨きといった一連のルーティンは長年繰り返してきたことによって無意識に行われています。

何かを意識的に行おうとすれば、そこには普段とは違う意識的な考えが働きます。

失敗しないためにはミスの出るような所で意識を持つということが不可欠ですが、それを怠っていると自分では無意識のうちにミスをしてしまうことが往々にして起こります。

悪気はなかったんだけど、なぜか無意識のうちに罪を犯してしまったような事件もよく耳にします。

これが人間の怖いところではないでしょうか。

自分には何の意図もないのに、無意識の行動によって失敗してしまうということは非常に多いのです。

ですからいかにして自分の行動に意識を持って行うか、特に仕事など多くの人が絡んでいる事柄については無意識で行動するのは危険です。

日頃の疲れから

毎日の仕事、労働によって自分では気がつかなくても心身ともに疲れが溜まっている場合があります。

日頃の疲れは体調に影響を及ぼすだけでなく判断力や集中力にも多大な影響を与えるのです。

ですから普段元気な時には何でもないようなことを思い切り失敗してしまったりすることはよくあることです。

失敗の多くはやはり集中力の欠如から起こるものが多いので、疲れによる注意散漫というのは失敗を呼び起こす最大の原因となります。

疲れていると感じている時には普段よりも倍くらいの注意と慎重さを持って物事に取り組んだほうがよいでしょう。

一時の疲れからくる注意散漫によって今まで一生懸命やってきたことが台無しになるというようなことはよくあります。

そんなことで自分のやってきたことがダメになってしまったらショックは大きいと思います。

考えていたことと違うことをしている

人が何か行動をするときというのは頭で考え、それを体に伝達して行動が起こります。

しかし毎日のルーティンとなっている事柄などは頭でいちいち考えなくても体が反応で行動をしているということもあります。

こういったことからも頭で考えていることとは違う行動をとるということは起こりうることなのです。

失敗に関してもそうです。

誰も失敗をしようと思っていてする人はいないと思います。

失敗をしてはいけない、ここは注意しなければいけないとわかっていながら、体は違う行動をとって失敗を起こしてしまうのです。

ここが難しいところで、人間というものは体調や心の状態などによって頭と体が違った動きを見せることがあるということです。

恥ずかしい失敗をしても大丈夫ですよ!

人間というものは失敗によって何かに気づき成長していく生き物です。

失敗することは、その瞬間は恥ずかしいと感じるかもしれませんが、その経験が後の糧となるのです。

恥ずかしい思いをしたくないがために失敗を恐れて萎縮した行動になってしまうと人生に楽しさなど見出すことはできないでしょう。

どんどん失敗してください。

そして失敗に対する免疫を早くつけるのです。

そうすればチャレンジすることが怖くなくなってどんどん新しい経験を積むことができるでしょう。

客観的に見て今の若い日本人は、例えば戦後世代の人や団塊の世代人々等と比べて総合的に弱くなってしまった印象があります。

弱くなったというより小さく小ぶりになってしまったと言うべきでしょうか。

ある種の豪快さを持った人が非常に少なくなっている印象です。

芸能界などを見ても顕著で、昔のような私生活は豪快でというような人も見なくなりました。

原因としてはネット社会、SNS等の発達で何をやっても監視され批判される時代であるということです。

何か一つでも失敗すれば四方八方から叩かれるわけですから次第に大胆な行動をとるのをやめて、無難な行動に終始する人間が多くなるのも当然のことではないかと考えられます。

しかし、そんな生きにくい、閉塞的な社会になってしまったので、恥ずかしい失敗というものを自分も他人も許容できる余裕が少なくなっているというのは現実であると思います。

この状況を変えていかなければ、様々な状況に柔軟に対応できる強い人間は生まれてこないのではないでしょうか。

現実を見てみると、多くの職場、多くの学校でメンタルの病気によって休職、休学している人が後を絶ちません。

この原因として、そういった恥ずかしい失敗を受け入れない社会というものがあると思います。

こうした人々は職場や学校で何か恥ずかしい失敗をして、それから立ち直ることができずに、そのまま休んでしまったという人もtくさんいると思います。

これからの日本を担う強い人材を作っていくためにも、今一度、失敗に対する意識改革を皆がしていかなければならないと思います。

恥ずかしい失敗をしても笑ってやり過ごせるくらいの度量が身につけられれば、あなたの人生は大丈夫だと思いますし、他人の恥ずかしい失敗を許容してあげられる余裕を心に持つということが何よりも大切なのではないでしょうか。