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パラパラとは何?流行した理由と有名...(続き3)

そのような条件で誕生したダンスももちろんありますが、パラパラはそうではありません。

実は、大学生によって作り出されたダンスです。
1980年代において、明治学院大学では1年生の体育の授業で必ずある体操を覚えなければいけませんでした。

その体操というのは、腕をシンクロさせないもの。

少し難しそうですよね。

そのダンスを大学2年になってまでも踊っていた当時の学生(法律学部の方)がいたんです。

その方がツバキハウスというディスコで踊っていたところ、周りの人から「それいいじゃん!」と受け入れられたんですよね。

そしてそのツバキハウスにいる人達はみんな、そのダンスを踊るようになりました。

そして、これはのちにパラパラと呼ばれるようになるまで成長します。

というのも、1980年代にダンスがなかったというわけではないんですよね。

ダンスはありましたが、パラパラのように腕を動かすというダンスがなかったためにすぐに若者たちがトリコになったんです。

いつの時代になっても、人間というのは新しいもの好きなんですね。

第一次ブーム

パラパラはあらゆる時代でブームを巻き起こしてきました。

そのブームは、3つに別れています。

その中でも1つ目のブームは、1980年代、まさにパラパラが発祥してスグに起こりました。

当時は、大人の楽しめるダンスとして高級ディスコなどで踊られていたんです。

そのため、まだ一部の人しかしらないダンスとしての扱いになっていました。

その時代には有名だったディスコのある六本木、麻布十番のお店において女性客を集客する仕事をしていた黒服さんたちが踊っていたダンスだったんです。

そのダンスは高級ディスコやクラブの常連女性の気持ちを惹き、あらゆる場所に広まっていきます。

年代とブームの由来

今ではダンスをちょっと知りたければ、Youtubeなどで検索することですぐにでも知ることが出来ますよね。

しかし、1980年代ではそのような画期的なものはありませんでした。

そのため、パラパラを学ぶためにはその高級ディスコの黒服さんのダンスを見るしかなかったんです。

そのダンスを知るためにディスコに通う人は増えたと言われるほどに、パラパラブームに火はついていました。

要するに第一ブームの火付け役となったのは、黒服さんだったわけです。

第二次ブーム

第二次ブームでは、第一次ブームの頃とは異なり、エイベックスなどがパラパラビデオをリリースすることによって、ディスコに通わなくてもパラパラを踊れるようになりました。

年代とブームの由来

とはいっても、第二次ブームの起きた1994年では、高度経済成長が崩壊したもののディスコやクラブに通う人はたくさんおり、そこでパラパラを学ぶ人も多くいました。

そのためかディスコやクラブでパラパラを踊る人がたくさんいたわけなんです。

また、エイベックスは一般人がパラパラを踊っている風景を写真にして専用の雑誌に掲載するなんていうこともありました。

その雑誌に載りたいがために、パラパラを極めようとする人も続出しました。

第三次ブーム

第三次ブームは、SMAPの木村拓哉さんがとある番組のおいてパラパラを踊ったことで始まりました。

当時、SMAPはとても人気だったのでその番組を見ている人がとても多かったんですよね。

年代とブームの由来

第三次ブームは、1998年代後半からおこり始めました。

その時代というと、一つ前の項目でもお伝えしましたがSMAPは全盛期を迎えているころ。

そのため、それらのメンバーがパラパラを取り入れたことによって多くの人の心にパラパラの火をつけたのです。

その後

第三次ブームが起きた後はなかなかブームは起きていません。

しかし、第四次ブームを起こそうとしたような会社もあります。

それはエイベックスです。

パラパラの全国ツアーの開催、そしてHINOIチームというパラパラのユニットの結成などが行われました。

しかし、その甲斐なくパラパラブームの火付けとはならなかったんですよね。

その後のパラパラの動き

その後の2005年には、O-ZONEというグループや某お笑い芸人によってパラパラが話題にのぼるもブームになることはありませんでした。

なかなか次のパラパラブームは起きていないんですよね。

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