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たしなめるとはどういう意味?使い方や類語を詳しく解説


部下や友達が良くないことをした時に、それを注意するという意味合いで「〇〇をたしなめる」と使うことがあります。

あまり普段使いをされることがない言葉なので、「たしなめる」という言葉の詳しい意味や使い方をよく知らないという人もいるでしょう。

うっかり誤った使い方をしてしまわないためにも、「たしなめる」の意味や正しい使い方についてマスターしておきましょう!

わかりにくい言葉「たしなめる」

「たしなめる」という言葉を、普段から耳にする機会はそう多くはないでしょう。

「たしなめる」のように、いかにも音の響きが畏まった言葉は、あまり日常使いには向いていないからです。

代わりに、その言葉に近い意味のもっと馴染みやすい言葉が使われることが多いです。

「普段使いされていないのなら、わざわざ知っておく必要はないのでは?」と思うかもしれません。

しかし、普段使いこそされないものの、「たしなめる」という言葉そのものは、文章としてはよく見かけることがあります。

よく目にするということは、何かの折にふれて自分でもその言葉を使うときが来るかもしれません。

そのときになって正しい使い方を知らなければ、「いい歳をして、知らないの?」と恥をかいてしまうことになります。

そうならないためにも、この機会に「たしなめる」の正しい意味や使い方について学んでおきましょう。

普段使いされないからこそいまいち分かりにくい「たしなめる」について、詳しくご紹介していきます。

「たしなめる」の意味


「たしなめる」という言葉には、非礼や不作法を軽く叱ることや、苦しめる、悩ますといった意味があります。

私たちが「たしなめる」を使うときには、主に誰かの良くない部分に対して注意するという意味で使うことが多いです。

そのため、「たしなめる」を「注意する」という意味で認識している人も多いかもしれません。

しかし、「たしなめる」という言葉自体には、誰かを苦しめたり悩ませたりするという意味もありますので、前者の意味しか知らないと、同じ「たしなめる」でも人によって意味の解釈が異なってしまいます。

あなたが誰かに苦しめられているときに、それを「たしなめられている」と言葉で訴えても、それを聞いた人が「注意」の意味で捉えてしまうと、あなたを助けてはくれないでしょう。

それどころか、一緒になってその人にも辛く当たられてしまうかもしれません。

言葉は意味をはき違えてしまうと人間関係に悪影響を及ぼしてしまう可能性もあります。

悪意はなくとも対人関係を壊してしまうこともありますので、言葉の意味はきちんと理解しておくことが大切です。

良くない部分を注意すること

「たしなめる」には、相手の良くない部分を注意すること、という意味があります。

例えば友達が街を歩きながらゴミのポイ捨てをしたら、良識ある人ならばそれを注意するでしょう。

「ゴミのポイ捨ては良くないよ。ちゃんとゴミ箱に捨てよう。」と友達を注意する行為を、「友達の行動をたしなめる」などと使うことがあります。

誰しも良くない部分は持っていますので、それを目の当たりにしたときには注意をすることもあります。

ただし「たしなめる」には、「年下や目下の立場の人を注意する」という意味がありますので、友達を注意するならばまだしも、上司や先輩に対して注意をする場合には、「たしなめる」ではなく「いさめる」という言葉を用いる必要があります。

非礼や無作法を軽く叱ること

「たしなめる」には、非礼や不作法を軽く叱ること、という意味もあります。

礼儀知らずの人や、作法を軽視する人に対しては、誰でも見ていて不快感を覚えますよね。

誰も見ていないところでならばまだしも、人目につくところで非礼や不作法を働く人に対しては、我慢ならずに一言注意したくなることがあるでしょう。

そうした非礼や不作法を働く人を軽く叱ったり、注意したりすることも「たしなめる」と表現します。

例えば電車のような公共交通機関で、周りの迷惑を考えずに騒いでいる若者を大人が軽く注意したり、ライターをいじろうとしている子どもに「危ない」と注意するために親が叱ったりと、たしなめるシチュエーションは日常のどこにでもあります。

優しく説教や注意をすること

「たしなめる」は、優しく説教や注意をすること、という意味があります。

基本的には「優しく」「軽く」注意をしますので、大声で怒鳴ったり、厳しく叱りつけたりするときには「たしなめる」と使うことはありません。

厳しく誰かを叱りつけるような場合には、「叱責する」や「糾弾する」などのもっと注意として強い意味を持つ言葉を用います。

「たしなめる」を用いる際には、「ダメだよ」と優しい口調で注意をしたり、「それは良くないよ」と注意しつつも語感はきつくない言葉で注意したりすることが多いです。

子どもに対して、大人が笑顔で注意を促すような場合には、この「たしなめる」という表現がピッタリと当てはまるでしょう。

優しく説教をすることからも、「たしなめる」には、相手に何がどう悪いのかを諭すという意味合いも含まれていると考えられます。

いずれにせよ、「たしなめる」は大人が子どもに、また教師が学生に対して使うイメージが強いかもしれませんね。

苦しめたり悩ませたりすること

相手を苦しめたり、悩ませたりするという意味で「たしなめる」と使う機会は、それほど多くはないでしょう。

だからこそ、「たしなめる」を単に「注意する」という意味でしか把握していない人も多いです。

説教や注意するという意味と比較すると、相手を苦しめたり悩ませたりするというのは、同じ言葉でもまったく意味が異なるように感じられます。

しかし、例えば説教する側が相手のためを思って叱ったとしても、叱られた相手が、何故自分が怒られたのか分からずに苦悩してしまったときには、「たしなめる」は相手を苦しめる、という意味で使われたことになります。

叱る側は思いやりを持って説教しているつもりでも、叱られた側がそれを理解できなければ、説教されることは当人にとっては単なる苦しみでしかありませんよね。

そうした意味として、時には「たしなめる」ことが苦しみや悩みに当てはまってしまうこともあるのです。