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懺悔したい事15選!彼氏や家族や友人へ「今まで言えなくてごめんなさい」な出来事まとめ


どんなに周りから良い人に思われている人であっても、今まで一つも悪いことをしたことがないという人はほぼ確実にいません。

それだけではなく、もしかしたら過去に悪いことをしてしまったからこそ、それを後悔して今はとても良い人になっているのかもしれません。

では、そんな懺悔したい出来事にはどのようなものがあるのでしょうか。

ここでは、多くの人が心の中にそっと閉まっている懺悔したい出来事を15個紹介していきます。

懺悔したい相手は彼氏や家族や友達など色々な人がいますが、誰もが抱えがちな後悔を読んで共感してみるのも良いのではないでしょうか。

また、懺悔をするだけではなくそれからの自分の行動を変えることで、もしかしたらあなたも周りの人から「悪いことなんてしたことがなさそうな良い人」と思ってもらえるかもしれません。

そんな自分になるためにはどうすれば良いのか、懺悔の方法も一緒に確認していきましょう。

この記事の目次

懺悔とは

ドラマなどでは「懺悔」や「懺悔室」といった言葉を耳にすることもあるでしょう。

しかし、実生活で実際に「懺悔」や「懺悔室に行く」や「懺悔したいことがある」という言い回しを使ったことがある人はそれほど多くはないのではないでしょうか。

「懺悔」はそもそも「自分の過去の行動が悪い行動であることを自覚し、それを自らの宗教の神の前で告白すること」という意味を持つ言葉です。

最近では「ざんげ」という読み方が一般的にはなっていますが、本来は「さんげ」と読む言葉として知られていました。

日常的にも「悪いことをしたから謝りたい」という「懺悔したい」という言い回しが使われることがあります。

しかし実は、仏教とキリスト教では同じ言葉でも持つ意味が違っていると言われています。

仏教の場合

仏教において「懺悔」は「さんげ」と読みます。

元々懺悔には「神や仏の前で自分の悪行を告白する」という意味がありますが、仏教の場合の懺悔は仏や菩薩だけではなく自分の師に対して告白することも懺悔に含まれます。

さらに僧侶同士がお互いに自分の罪を告白し合うこともあり、「懺悔文」という物も存在しています。

過去の行いを告白するだけではなく、修験道においては懺悔は修行の一環であるとも考えられています。

また、12世紀の中頃には宮中行事としても定期的に行われていたほど日本においては歴史の深い文化の一つです。

キリスト教の場合

キリスト教の場合は「懺悔」を「ざんげ」と読み、現在「さんげ」ではなく「ざんげ」という読み方が広まっているのはキリスト教における懺悔が有名になったからだという説があります。

ただしキリスト教でも全ての教派で日常的に懺悔という言葉が使われるわけではなく、カトリックでは「ゆるしの秘跡」、プロテスタントでは「罪の告白」というように表現されています。

ドラマなどでは懺悔というと一対一で行われる行為のように描かれることが多いですが、そういった個人懺悔ではなく共同で罪を悔いて告白する共同懺悔も存在しています。

いずれの宗派でも「許されるためには必須のもの」と考えられている場合も少なくはありません。

後悔との違い

懺悔と似た意味を持つ言葉として、「後悔」を思い浮かべる人も多いでしょう。

では、懺悔と後悔にはどのような意味の違いがあるのでしょうか。

既に紹介した通り、懺悔は「自分の過去の行いが誤っていたことを自覚して、告白すること」という意味を持ちます。

それに対して後悔は「自分の過去の行いに関して悔やむこと」という意味を持ちます。

すなわち、周りに対して悪い行いをしたことを公表する懺悔と違い、後悔は自分の中でずっと考え続けているだけでも成立します。

確かに意味は似ていますが、行動は大きく違うので違いを覚えておくと良いでしょう。

懺悔したいこと15選

今までに一度も悪い行いをしたことがないという人はほとんどいません。

子どもの頃にしてしまった悪いことが今でも心の中でずっと気になっているという人もいるでしょうし、子どもの頃に限らずつい最近の自分の行動を懺悔したい気持ちになっている人もいるでしょう。

懺悔をすることで相手と和解できて楽になれることもありますし、既に自分の行いによって相手との縁が切れてしまい懺悔すらできないこともあるかもしれません。

また、もしかしたら懺悔をしても自分の気持ちが楽になるだけで相手は辛い思いをするだけだからと、懺悔を我慢している人もいるのではないでしょうか。

ここでは、そんな懺悔したいこととして多くの人が感じていることを15個紹介していきます。

1.嘘をついた

出来心で嘘をついてしまい、それが今でも気になっているという人もいるでしょう。

誰かを傷つけようとして悪意を持って嘘をついたこともあるでしょうし、自分を守るためについた嘘で結果的に誰かをひどく傷つけてしまった経験を持っている人もいるかもしれません。

小学校の頃は友達が離れていかないように「○○ちゃんは××ちゃんと話したくないって言ってた」のような嘘をついてしまう子も多くいます。

しかし、どんな嘘であってもそれが原因で誰かを傷つけてしまったりするといつまでも気になってしまいがちです。

軽い気持ちで嘘をついた場合でもずっと忘れられずに懺悔したいと思っている人は決して少なくありません。

2.ひどい言葉で傷つけた

嫌いな人に対してはひどい言葉を投げかけたくなることもあるでしょう。

しかし、あまりにもひどい言葉を投げつけすぎると、いくら嫌いな人であっても後から自分の良心が傷んでしまうこともあります。

また、嫌いな人相手ではなくちょっと機嫌が悪い時に本心とは全く異なることを言ってしまったり、子どもの頃に親に対してひどい言葉を放ってしまい、自分が親の立場になってからそのひどさに気付くということもあります。

どんな状況であっても、たとえ本心じゃなくても言ってしまった言葉は元に戻らないので懺悔と考える人も多いでしょう。