“ハイカラ”という言葉。

最近ではあまり耳にしなくなった言葉ですが、皆さんはご存知でしょうか?

筆者は、ハイカラという言葉はもちろん聞いたことがあるし、今聞くとなんだか懐かしいような、そんな印象も受けます。

頭の片隅にあった言葉を引っ張りだされたような…そんな感じもしちゃいますね。

筆者の場合、ハイカラという言葉を聞いて思い出されるのが、『はいからさんが通る』なんですよね。

今の若い人は、知らない人が圧倒的に多いかな?笑
『はいからさんが通る』はマンガなのですが、筆者が覚えているのは南野陽子さん主演で放映された映画なんです。

小さい頃の事なので記憶は曖昧で、内容もあまり覚えていません。

でも、ハイカラという言葉を聞いて連想されるのがこれってくらい、題名だけはとても記憶に残っています。

今調べてみたら、映画の公開は1987年。

筆者が7歳の頃でした。

テレビアニメにもなっていたり、単発ドラマとして何度か放送されているようで、2002年にはモーニング娘。

の皆さんが演じる形でもドラマ化されたよう。

もしかしたら、それを知っている!という人も多いかもしれませんね。

筆者としては『はいからさんが通る』といえば南野陽子さんなんですけどね(笑)

そんな懐かしい記憶を呼び覚ます“ハイカラ”ですが、そもそも、この意味はよく分かっていませんでした。

南野陽子さんが演じた“はいからさん”が、活発な女の子のイメージだったので、そういう人をいうのかな?って。

また、なんとなく色鮮やかな服装などをハイカラっていうのかな?って…その程度。

そんなわけで今回は、知っているようで知らない“ハイカラ”の意味を、スッキリさせていきたいなと思います♪

因みに今『はいからさんが通る』を調べてみたら、2017年にアニメーション映画として新たに公開される予定なのだそう。

2017年11月に前編、2018年に後編が放映されるそうですよ!
そんな意味でも今また、“ハイカラ”という言葉にスポットが当てられているのかもしれません。

この機会にぜひ皆さんも、ハイカラについてお勉強しておきませんか?

️ハイカラの意味って?

最近ではあまり聞かないし、知らない人も多いのではないかと思うハイカラという言葉。

まずは、この言葉の意味から確認していきましょう。

辞書を調べてみるとハイカラは、“西洋風なこと”を言うのだそうです。

西洋風を気取ったりしている人やその様を、ハイカラと表現するということですね。

また、流行を追ったり、目新しいものを好んだりする人やその様に対してもハイカラという言葉が使われるようです。

この意味で言えば、今でも流行の服を着ていたりする人をハイカラだと言えそうですが…今はそんな言い方はしませんよね。

先ほどもご紹介した『はいからさんが通る』では、主人公の女の子が“はいからさん”と呼ばれています。

筆者が記憶にある映画が放映されたのは1987年だったわけですが、原作であるマンガは、1975年からマンガ雑誌に連載されていたそうで、筆者が生まれる前のこと。

その当時はまだ、流行のことをハイカラと言っていたのかもしれませんね。

でも、そもそもこのマンガの舞台は大正時代。

この時代背景に、ハイカラという言葉が生まれたヒントも隠されているみたいですよ。

️ハイカラの由来

ハイカラの意味は、“西洋風のことや流行のこと”となるわけですが、この言葉の由来を調べてみると、なかなか興味深いものがあります。

その由来を知ると、今の時代に西洋風なことや流行のことに対してハイカラを使うのは、やはりちょっとズレているのかもしれないなって思います。

だからこそ、今は使われなくなったのだろうなって…。

その時代だからこそ生まれた言葉であって、その時代だからこそぴったり当てはまる言葉ってありますもんね。

つまりハイカラも、時代背景が大きく関係している言葉だということです。

ハイカラという言葉は、言葉の意味だけを知っておくよりも、由来を知ることの方が重要になるようです。

そのほうが、ハイカラという言葉の意味も的確に捉えることが出来そうですよ。

それでは早速、ハイカラの由来を勉強していきましょう♪

明治時代に誕生

ハイカラという言葉が生まれたのは明治時代のこと。

明治時代は、「幕末・明治」とも言われ、日本の歴史上においても大きく流れが変わった、時代の転換期なんですよね。

長く政権を握ってきた江戸幕府が政権返上をし、天皇を中心とした新しい体制が築かれて始まったのが明治時代。

西洋文化がどんどん日本に入ってきて、近代化が加速していった時代でもあります。

因みに…皆さんは、映画『ラストサムライ』はご覧になりましたか?この映画は、明治初頭、ちょうどこの時代の転換期が舞台になったお話でしたよね。

時代に取り残されている侍達と、近代化を進めようとする日本が描かれていて…この映画をイメージすると、ハイカラという言葉が生まれた背景も、分かりやすく見えてくるような気がします。

日本文化と西洋文化が入り乱れていく日本。

その中で、ハイカラという言葉も生まれていったのです。

石川半山がつくった

ハイカラという言葉にも生みの親がいるそうで、それが石川半山(本名:石川安二郎)という人。

石川半山は、明治大正時代に生きた、ジャーナリストであり代議士だった人のようです。

筆者は全く存じ上げなかった人ですが…。

石川半山がハイカラという言葉を発信したのは、毎日新聞の紙面の『当世人物評』の中。

“ハイカラア派”や“ハイ、カラア党”などとして使ったのが、始まりなのだそうです。

今でいうと、「メガネ派コンタクト派」「甘党辛党」のように、傾向や流儀を表わす言葉としてハイカラという表現方法を発明したのだそうですよ。

最初は“ハイカラア”だったんですね!
傾向や流儀を表わす言葉として、ハイカラア派・党と言ったからには、その対比となる言葉もあったわけで、それが“チヨム髷党”。

つまり、ちょんまげのことです。

石川半山は『当世人物評』の中で、保守主義者を“チヨム髷党”、開国主義者等を“ハイカラア党”などと表現して、冷評する際に使ったそうです。

明治時代という時代背景、そして保守主義者をちょんまげで表現していることを想像すると、開国主義者の“ハイカラア”が何を意味しているのか…勘のいい人は分かったかもしれませんね!

その頃流行した高襟=high collarから

そう!ハイカラアはその当時男性に流行したハイカラー(高襟)のことだったんです。

ハイカラーが省略されて、ハイカラになっていったという訳ですね!
明治時代、西洋風の文化が入ってきて、着る服も洋装へと変化していきました。

その時に流行った高襟が特徴的で、西洋風の象徴として捉えられていたんですね。

もちろん対比するちょんまげも、西洋文化から見たらとても特徴的なもの。

今でこそ洋装中心となり、ちょんまげの人がいたら逆に違和感を感じますけど、当時はまだその狭間にいたということが、よく分かりますよね。

石川半山が書いていた『当世人物評』は辛口な文章だったそうで、つまりハイカラア党もチヨン髷党も、揶揄表現として生み出されたのだそうです。

ハイカラという言葉は広がりを見せる中で、後に“近代的”や“華麗なさま”など、肯定的な意味合いとして使われていくようになっていくのですが、最初はどちらかというと、負のイメージだったんですね。

筆者が記憶にある『はいからさんが通る』は、明治の後、大正時代が舞台となっていますから、この物語の中ではすでに、肯定的な意味合いとしてハイカラが使われていたのだと思いますし、筆者もそう記憶しています。

そもそも筆者は、ハイカラを『はいからさんが通る』の主人公のイメージからも、活発とか明るいとかの意味だと思っていて、ハイカラのカラーは、なんとなく“色”の意味だと思っていたんです。

そしてハイテンションなどの“ハイ”のイメージから、明るくてカラフルな服装とか、そういう服装をした明るくて元気な女の子とか…そう思っていたのです。

でも、カラーは襟のことだったんだって(笑)しかも、主に男性を表現する言葉だったんだって思うと、ハイカラの意味を全然分かっていなかったんだなぁって、自分の無知さ加減に恥ずかしくなっちゃいます。

誕生当初のハイカラの意味

ここまでもお話してきたように、ハイカラは日本古来の文化と西洋文化が入り混じっていく最中に生まれた言葉。

今、ハイカラの意味は“西洋風のこと”という、どちらかというとオシャレなイメージでとらえられていますが、当初はむしろ逆のニュアンスの言葉だったんです。

先ほどもお話したように、ハイカラという言葉を発明した石川半山は、ハイカラを揶揄表現として使っていたわけで、褒め言葉でも何でもなかったんですよね。

言葉って、時代の変化と共に意味合いが変わっていくことも大いにあります。

特に時代を反映させた言葉は、その時代が過ぎれば使われなくなっていくこともある。

それに、使われ方が変化していったりもするんですよね。

このハイカラという言葉が生まれた時代背景を考えても、今の時代に生まれた私たちの感覚では思いもよらないような、様々な意味合いが込められていることが分かります。

それに、ハイカラという言葉の使われ方の変化と共に、人々の価値観が変化していったことも、ハイカラという言葉ひとつから想像出来てしまいますよね。

皮肉っぽい意味だった

ハイカラという言葉が誕生した当初は、揶揄表現のひとつ。

つまり、皮肉を込めた言葉でした。

今、辞書を調べれば“西洋風なこと”と解説されていますが、当初と今とでは“西洋風”の受け取り方も全く違います。

明治時代は、時代が入れ替わっていく中で、西洋帰りの人や西洋文化の服装を好む人が、少しずつ増えていきました。

でも当然、その姿を受け入れられない人も大勢いたんですよね。

だって、それまでの日本は着物が主流、少し前までちょんまげ姿の侍がいた時代だったのですから。

そういった西洋文化やその考え方を受け入れられない人にとっては、海外の文化に侵されていくことへの反発心や、目新しいものへの怖れなんかもあったのでしょうね。

そんな気持ちの人達にとっては、自国の文化を捨てて西洋文化に洗脳されていく人達を、冷ややかな視線で見ていたはずです。

その心理が、ハイカラという皮肉を込めた表現が生まれるキッカケにもなっていったのだと思います。

日本人なのにハイカラーのワイシャツなんか着て、すっかり西洋風を気取っている輩達だと…。

西洋かぶれ

つまり、「西洋かぶれ」だという皮肉を込めた表現が、当初のハイカラの意味だったんです。

「すっかり西洋風にかぶれちゃって」と、冷ややかな視線を送っている人の方が、最初は多かったということですよね。

一方西洋にかぶれていたハイカラな人たちは、きっと時代の最先端を行っているんだって、自慢げに思っていたのではないでしょうか。

この気持ちも分からなくはないですよね。

今ではすっかり洋服が主流になった日本ですが、それでもまだまだ、海外の文化への憧れの気持ちを持つ人がいますよね?自国の文化よりも、海外の人気モデルやセレブのファッションやライフスタイルを真似る方がオシャレ!なんて感覚を持っている人が多いと思います。

今でいう海外文化に憧れている人たちが、明治時代で言えばハイカラな人だったのでしょう。

ただ当時は、目新しいものをどんどん取り入れる人たちのほうが少数派。

今でこそ形勢逆転して、日本古来の文化を守ろうとする人たちのほうが苦労していますが、当初は変化を嫌う人のほうが多かったわけです。

今の日本でももしかしたら、日本古来の文化を守っている人たちは、すっかり西洋風に取り込まれた私たちを、冷ややかな目で見ているのかも?しれませんよね。

キザったらしい

そして西洋かぶれの人たちは、キザッたらしい人達とも思われていたようです。

ハイカラは、そんな意味としても使われていたわけです。

「西洋風を気取っちゃって、キザッたらしい!」と…。

キザというのは、その気取った態度や言動が不快感を与える場合に使われる言葉です。

キザな人は今でも嫌われますが、ハイカラという言葉が生まれた当時は、西洋かぶれの人達が総じて、不快に思われていたということです。

このことからもやはり、明治時代当初は、西洋風なことを受け入れられない人が多かったということが分かりますよね。

また、キザというのは男性に使われる言葉ですから、ハイカラは元々は男性に使われる言葉だったということも分かります。