チキンレースと言う言葉。

皆さんも一度は聞いたことがあるのでは?と思いますが、この意味をご存知でしょうか?

筆者も聞いたことはあるし、なんとなくの意味は知っていますが、なぜチキンレースと呼ばれるようになったのかは知りません。

それに、聞いたことはあっても、日ごろからよく耳にする言葉ってわけでもないし、あまりイメージの良い言葉では無いという感覚もあります。

それに、ちょっと昔の言葉という感覚もあるのですが…もしかしたら、今でもチキンレースという言葉が頻繁に使われている場所もあるのかもしれませんね。

だとしたら、一応意味を理解しておかないと、話についていけなくなってしまいます。

というわけで今回は、“チキンレース”の意味について、皆さんと一緒に理解を深めていきたいと思います。

️チキンレースってなんだろう?

もしかしたら、全く聞いたことが無い人もいるかもしれない“チキンレース”。

この言葉が初耳だと言う人は、「チキンレースってなんだろう?」って思いますよね!
チキンのレースだから、ニワトリが競争するのかな?って、馬がレースをする競馬みたいに、ニワトリがレースする大会があるのかな?…って思う人もきっといるはずです。

もしかしたら、そんなレースもどこかでは行われているかもしれないし、ニワトリがレースしているのを想像すると、ちょっと可愛い(笑)
でも、今回話題にしているチキンレースは、ニワトリが競争するという意味ではありません。

一般的にチキンレースと言う言葉が使われている場合、これは比喩的な表現です。

チキン…つまりニワトリに持たれるイメージから、チキンレースには、特殊な意味付けがされているんです。

️チキンレースとは

では、チキンレースとは一体どんな意味なのでしょうか。

ここからは早速、チキンレースの意味を解説していきたいと思います。

度胸試し・根比べのこと

チキンレースは一般的に、“度胸試し”や“根比べ”の意味で使われています。

ニワトリのレースではなく、人間世界での話なんですよね。

つまり、チキンは人間を比喩的に表現していて、実際は人間同士のレースなんです。

その中でも特に、度胸を試すような競争、根比べや我慢比べをするような競争をする時に使われるのがチキンレースです。

もし「チキンレースしようぜ!」なんて言われたら、「どっちが度胸があるか試そうぜ!」と誘われているも同然ってことです。

こういうのって、特に男性同士の間で行われそうなことですよね。

もしかしたら今でも、男性間ではチキンレースが行われていることもあるのかも?筆者は女性なので、チキンレースという言葉自体あまり耳にしませんが、男性は案外よく聞く言葉だったりするのかもしれませんね。

度胸試しや根比べをして勝ったら、それは男性としての強さを証明できるわけですし、負けてしまえば、女々しいヤツというレッテルを貼られてしまうのです。

チキンレースはゲーム感覚で行う一種の遊びのようなものだったりもするわけですが、これも度を越すとちょっと危険だったり、チキンレースをキッカケにいじめに繋がる可能性も秘めているんですよね。

筆者が、チキンレースにあまり良いイメージを持っていないのは、この辺りが理由になっています。

チキンは臆病者のこと

だけどなぜ、度胸試しや根比べがチキンレースになるの?
そんな疑問もありますよね。

これは、チキンの言葉の意味に理由があります。

チキンは、英語ではchicken。

日本語訳はニワトリ、または鶏肉となるわけですが、英語圏ではどちらかというと“ひよこ”のほうを指すのだそうです。

そしてこのチキンにはもうひとつ、“臆病者”という意味があります。

これこそが、チキンレースのチキンの指し示すところなんです。

「チキン野郎!」なんて言葉を聞いたことがありませんか?これも臆病者の意味を表わしていて、人をさげすんだ言葉。

この場合は、日本語で表現すると「この腰抜けが!」みたいな感じになるでしょう。

でも、なぜチキンが臆病者を表わすのかというと…チキンのイメージに、人間の臆病者の特徴が当てはまるから。

なのですが、「チキン=臆病者」になったのには諸説あるようで、これも後々解説できたらと思います。

このチキンの意味から、つまりチキンレースは臆病者のレースということになりますよね。

だけど臆病者同士が競い合うレースというよりは、“臆病者を決めるレース”という解釈が一般的になっていると思います。

チキンレースには、度胸試しの意味があり、そこには“どちらが度胸があるかを決める”という意味があると同時に、“どちらが臆病者がを決める”という意味もはらんでいるのです。

勝負する人をチキンレーサーという

そして、チキンレースを行う人のことは、“チキンレーサー”と呼ばれるようです。

筆者はこの言い回しは知りませんでしたけど、レースをする人がレーサーと呼ばれるのはどんなレースでも同じなんですね。

因みに“チキンレーサー”という言葉は、日本では別の発展も遂げているようです。

本来は、度胸試しの競い合いや、誰が一番臆病者かを決めるレースがチキンレースで、その参加者がチキンレーサーとなりますよね。

だけど日本では、あえてチキンになるかならないかの、ギリギリのラインを攻めるような人を、チキンレーサーと呼ぶこともあるみたいなんです。

例えば、出勤時間に遅刻するかしないかという時間まで寝て、ギリギリセーフを狙うサラリーマンとか。

夏休みの宿題を、夏休みが終わるギリギリまで放置する小学生とか。

誰かと度胸試しをするのではなく、ある意味自分との闘い。

あえて怒られるか怒られないかというギリギリの行動をして、そのドキドキ感やスリルを味わっているようです。

これも遅刻したり、宿題が終わらなければ恥ずかしい思いをし、皆から白い目で見られるわけで、チキンレーサーはギリギリ間に合う見極めをしているのだとか。

その自分への戦いに負けてしまえば、チキンのレッテルが貼られるというわけですね。

自分でチキンレーサーになっている時点で怠け者感は否めませんし、くだらないって思いますが…筆者も、実はちょっとだけ分かるんです!!
ギリギリにならないと動き出せないところがありまして、でも大抵の場合ギリギリ終わらせることが出来てきたんです。

テスト勉強を徹夜で乗り越えて、クラスで一番だったり。

明日までに準備しなければならないってものを、前日に徹夜して作っていたり…こう考えると、筆者もチキンレーサーなのかもしれませんっ!
でも、スリルを感じるのは嫌いだし、出来ればドキドキもしたくないほうなので、チキンレーサーになっているつもりは毛頭なかったんですけどね。

たけどチキンレーサーになる素質はあるってことなのかも(笑)

別称:チキンゲーム

さて、ここまで“チキンレース”として解説してきましたが、この言葉と同じ意味として“チキンゲーム”と呼ばれることもあります。

そもそもこの“チキンレース”という言葉が広まったのは、後にご紹介するアメリカ映画からだと言われていて、その中で“チキンゲーム”が行われていたのが、キッカケだとされています。

日本ではチキンレースのほうが馴染みがあるような気もしますが、最初は“チキンゲーム”だったのかなって思います。

当時、度胸試しとして、若者に大流行したそうなので、ゲーム感覚の遊びであるという感覚のほうが強い言葉なのでしょうね。

ただ、度胸試しや根比べは、どちらが苦痛や恐怖に耐え続けられるかっていうゲーム。

なので危険を伴う内容のものも多かったりするわけです。

しかも経験が少なく、判断能力にかける若者たちが考え行うゲームですから、限度を知らなかったりもしますよね。

そんなことから、チキンレースは危ない遊びであるという認識も、同時に広まっていったのかなって思います。

️チキンレースはどこからきたの?

チキンには臆病者という意味があり、チキンレースには“臆病者を決めるレース”という意味があるわけですが…この言葉が広まったキッカケは、先ほどもお話したように、アメリカの映画にあると言われています。

その中で行われていた若者たちの遊びが、チキンレースを世に知らしめることになったようです。

調べてみたら、1955年の映画。

筆者も生まれる前のことでした。

それでも何となく聞いたことがあって、それだけ話題作だったってことなんでしょうね。

ここからは、チキンレースを広めることになったその映画や、映画の中で行われたチキンレースについて、解説していきたいと思います。

映画『理由なき反抗』

チキンレースが広まったキッカケの映画は、『理由なき反抗』というタイトルの映画です。

1955年に公開されたアメリカの映画で、原作はニコラス・レイ。

原作者自らが、監督も務めています。

ニコラス・レイは、映画監督として有名で、1950年代のアメリカ映画の隠れた巨匠とも言われている人物なのだそうです。

『理由なき反抗』の原作はニコラス・レイとされてはいるのですが…大元は別にあったようです。

それが、ロバート・リンドナー医師が書いた『理由なき反抗-犯罪精神病質者の睡眠分析』という研究書。

それを元に、物語をつくって映画化することが考えられたそうですが、結局は『理由なき反抗』というタイトルだけを残して、アーヴィング・シュルマンとスチュワード・スターンがまったく別の物語を書き上げたのだそう。

『理由なき反抗』の原作がニコラス・レイとされているのは、ニコラス・レイがさらに大幅に手を加え、書き直しをしたからのようですね。

ニコラス・レイが描いた『理由なき反抗』は、映画公開当時の若者の姿がリアルに描写されており、その時代の社会問題を切り取った話題作となりました。

そうやってリアルな現実を物語にしたのには、原作がノンフィクションだったことも大きく影響していたのだそうです。

『理由なき反抗』が映画となって公開されるまでには、大元の研究書からはかけ離れた内容へと変わっていったと思われます。

ですがやはり、その研究書があったからこそ生まれた映画でもあったようですね。

ジェームズ・ディーン主演

そんな『理由なき反抗』ですが、その内容と共に主演も話題になっています。

ジェームス・ディーン。

この俳優の名前を聞いたことがある人も多いはずです。

そして『理由なき反抗』はジェームス・ディーンの代表作とも呼ばれているんですよね。

ジェームス・ディーンのデビュー作は『エデンの東』だそうで、これも有名な作品ですよね。

その後に『理由なき反抗』の主演を務めたそうです。

しかしその次の作品『ジャイアンツ』の撮影終了後に、彼は事故で亡くなっています。

24歳の若さでした。

この時、『理由なき反抗』はまだ公開前だったそうで、それがまた、ジェームス・ディーンを伝説的な存在へとしていったそうです。

『理由なき反抗』でジェームス・ディーンが演じた、父親と対立する青年像は、当時の若者を象徴する姿。

そうやって熱狂的に若者たちの心を惹きつけていくのですが、そのイメージのままこの世を去ってしまったわけです。

ジェームス・ディーンはそうやって、青春時代の美しさを永遠のものだと印象付けることになったようです。

『理由なき反抗』は、ジェームス・ディーンの短い俳優生命と、壮絶な死もまた、ひとつの話題となっていたんですね。

あらすじ

さて『理由なき反抗』とはどんな内容の映画だったのでしょうか?
筆者は見たことがないのですが、もしかしたら見たことがあると言う人もいるかもしれませんね。

ここでは、筆者のように『理由なき反抗』を知らない人の為に、あらすじを解説致します。

ジェームス・ディーンが演じたのはジムという17歳の少年。

ジムは、大人に対して批判的で、もちろん両親に対しても反抗的。

常に問題を起こしていました。

そんな中、両親の都合で新しい街へ転居することとなったジムは、そこでも非行少年のグループと喧嘩をしてしまいます。

そこで、度胸試しの“チキン・ラン”というカーレースの勝負をすることになってしまうのです。

そのカーレースは、崖の端ギリギリまで車を走らせるというもの。

その勝負に挑んだジムは、崖際で車から脱出しましたが、対戦相手のバズは、車ごと崖から転落して死んでしまうのです。

これが、悲劇のはじまりでした。

その後ジムは、警察に届け出ようとしますが、事なかれ主義の両親に届け出を拒否されてしまいます。

さらに、警察に届けられるのを怖れたバズの不良仲間たちから、追われることにもなります。

ジムは仲間と共に空き家に身をひそめますが、ついに彼らに見つかり喧嘩が始まってしまうのです。

その中で、ジムの仲間だったプレイトウは、不良のひとりをピストルで撃ってしまいます。

そして警察も駆けつける騒ぎとなり、ジムとプレイトウらは警察にも追い詰められることとなるのです。

追い詰められたジムとプレイトウは、投降しようともしていた。

だけど半狂乱になってジムに拳銃を向けてしまったプレイトウは、警察に射殺されてしまうのです。

ジムはプレイトウに寄りすがって泣き叫び、ジムの両親はそんな我が子を心から慰める…こうして、すべての悲劇に終止符が打たれる。

んな内容となっているようです。

納得のいかない対応をする大人たちへの反抗。

イジメ。

友情。

愛情…と、17歳の若者が抱える鬱屈とした思いを体現したのが、ジェームス・ディーンであり『理由なき反抗』だったのでしょうね。

社会に問いを投げかけるような意味でも、話題になったのだろうなって、あらすじを見ても思います。

どちらがチキンであるか勝負する

『理由なき反抗』の全ての悲劇の始まりとなった“チキン・ラン”。

これが、今回テーマにしているチキンレースです。

この映画の中では、喧嘩ではなくチキンレースで勝負をすることになるのです。

どちらがチキンか…つまりどちらが臆病者かを決めるために、カーレースでの度胸試しをすることになるのです。

2人がそれぞれの車に乗り…

ジムとバズ、それぞれが別々の車に乗りスタンバイ。

向かうは崖です。

崖に向かって車を走らせることを想像しただけでも怖いですよね。

どちらが岸壁まで耐えられるか

そして、どちらが崖際まで車を走らせることが出来るか。

どちらがギリギリまで耐えられるかを競うのです。

先に車から飛び降りたら負け

先に車から飛び降りたり、ブレーキを踏んでしまったりしたらもちろん負けになりますよね。

そしてチキン決定となるわけです。

遅すぎると転落して死ぬ

だけど、ボーダーラインを見誤れば、転落してしまうのです。

本来このスリルの中で、どれだけ耐えられるかを競うはずだったのですが、『理由なき反抗』の中では、実際に対戦相手が車ごと転落して亡くなってしまうのです。

危険すぎるゲームであることは、言うまでもありません。

勝負を挑んだほうにもプライドがあり、挑まれた方にも負けたらいじめが待っているかもしれないという、スリル以外のプレッシャーもかかるゲームです。

当時若者の間でチキンレースは流行語となった

若者ならではの、限度を知らないやり方ですが…当時の若者の間でチキンレースは流行語ともなったようですね。

チキンレースの場合、いじめの延長であっても、仲間内の度胸試しであっても、行われることがあるのでしょうね。

よく、橋の上から川に飛び込んだりするのがニュースになったりするじゃないですか。

あれもチキンレースのひとつですよね。

度胸を証明できても…大けがしてしまったり、亡くなってしまったりしたら意味がありません。

肝試し程度なら可愛いものですが、命の危険があるものを、スリルだと捉えてゲームに反映させるのは、無知な若者ならではの発想でもありますよね。

そう考えたら、日本で言うチキンレーサーは、可愛いものかもしれません。

可愛いと言うより馬鹿らしいですけど…命の危険を伴うものとは性質が違いますからね。

チキンレースの内容は、知れば知るほど眉をひそめたくなってしまいます。

️他にチキンレースが使われるとき

若者の危ない度胸試しという印象の強いチキンレースという言葉ですが、他にも使われているシーンはあるようです。

度胸試しという意味から転じたり、チキンの意味などから転じて、駆け引きのゲームの要素があるシーンでも、チキンレースは存在しているようですね。

筆者はゲームを全くやらないので、日常でチキンレースという言葉とは無縁なのですが、命の危険のある危ないゲーム以外で、頻繁にチキンレースという言葉に触れている人もいるのかもしれませんね。

命はかかわらないけどスリルを味わう。

そんな駆け引きのシーンで行われているチキンレースには、どんなものがあるのでしょうか。

株取引

筆者は株って全くやらないので知らなかったのですが…
株取引でもチキンレースがあるようです。

株取引は、根比べや我慢比べの場面が多く、リスクを伴いながらも勝ちに繋がるような駆け引きをするんですよね。

それが、チキンレースと似た要素を持っているということのようです。

株取引でのチキンレースは、ある銘柄が高値を更新し続けて、これ以上騰がりそうもないと思える時でも、高値を買うしか選択肢が無いと言う状況が生まれた時なのだそう。

株をやらない筆者としてはなんのこっちゃ?って感じですが、この場合、買いあがりギリギリでおりたら勝者。

リスクを怖がって途中で降りたら敗者…つまりチキンとなるようです。

リスクをとって、ギリギリ粘って最大限の儲けを生み出せるかどうかってことですね。

ここでは、命はかかっていませんが、お金はある意味命にも匹敵するものです。

なので、株の世界では頻繁に、チキンレースという言葉が登場するし、そういった状況もよく起こっているそうですよ!

ボードゲーム

また、ボードゲームでも、チキンレースは存在するようです。

ボードゲームなら、遊びの要素のほうが強いから安心なのかな??

ボードゲームは、ボード上で遊ぶゲームなんですよね。

駒やカードを動かして遊ぶゲームですが、戦略を練ることが必要なゲームでもあり、つまり駆け引きの要素が組み込まれているわけです。

ボードゲームは、日本でも誰もが知るものとしては、囲碁や将棋、オセロなどが挙げられます。

オセロなら筆者もやったことがあるんですけどね、オセロにはそこまで駆け引き要素はないですよね。

どちらかというと、頭を使うゲームって感じです。

だけど将棋とかになると、駆け引きの要素も強いイメージがありますよね。

今調べてみてもルールは全く理解出来ないので、ご説明できずに残念ですが、頭の良さと共に、駆け引きが必要になってくるゲームであることは間違いないと思います。

カードゲーム

カードゲームはカードを使って行われるゲームですが、ここにもチキンレースのような駆け引き要素があったりするようですね。

カードゲームと言えば、皆さんも慣れ親しんでいるのがトランプだと思います。

筆者はババ抜きくらいしかやったことはありませんが、ババ抜きにも駆け引きがありますよね。

ただ、スリルやリスクを伴うようなチキンレース的要素は少ないのかなって思います。

でも、例えばポーカーとかだったら、チキンレースのような意味合いのゲームになりそうですよね。

ギャンブルとして行われているイメージもあるので、そういった賭けの要素をはらんだものとしても、チキンレースと呼ばれる要素があるのかもしれませんね。

リスクがあるが勝ちにつながる駆け引きのことを指す

つまり、ゲームの世界でのチキンレースは、リスクを取って賭けることが出来るかどうかが、チキンかどうかの境界線になるということです。

そういった、リスクがあっても勝ちに繋がるような駆け引きのあるゲームでは、チキンレースの要素があるということですね。

この場合、リスクを恐れて賭けなければ負ける可能性もあり、負けた時にはビビりだってことになってしまいますし、リスクを恐れず賭けて大きく勝てば、英雄になれるってことです。

リスクがあっても賭ける時のドキドキとしたスリル。

これを味わえるのが醍醐味になるということですね!
命の危険を賭けるカーレースはやはり問題だけど、カードゲームで味わうスリルなら、遊びの延長としてもいいですよね。

それにしてもみんな、そんなにスリルを味わいたいんだな~って…ゲームをやらない筆者としては思ってしまいますけどね。

他にも政治で使われることもある

株やゲームで使われるチキンレースについてご紹介してきましたが、政治で使われることもあるようですね。

政治の世界でも確かに、度胸試しや根比べのような場面がよくあります。

最近だと、アメリカと北朝鮮の攻防が、チキンレースだと言われていたりもするようです。

もちろんここには日本も絡んでいて、決して他人ごとではありません。

各方面から圧力をかけるアメリカ。

北朝鮮の対応によっては戦争にも成りかねないぞというような雰囲気まで漂わせ、北朝鮮が大人しくなるのを待っているのですが…北朝鮮はそれに反発するようにミサイル実験を繰り返しています。

これがまさに、根比べの様相になってきているということですね。

どちらかが妥協するのを待っているわけですが、妥協してしまったら臆病者のレッテルを貼られてしまうわけで、まさにチキンレースなのです。

こう考えたら、戦争こそ壮大なチキンレースなのかもしれませんね。

政治の世界のチキンレースこそ、度を越したら国と国との争いで、その内容は殺し合いなわけで…権力者同士のプライドの争いに、国民が巻き込まれることになるのです。

もちろんそうならないように政治家が駆け引きをするわけですが、失敗すれば大変なことにも成りかねません。

やっぱり、対話の駆け引きの巧みな政治家を選ばなきゃいけないんだなって…考えさせられますね。

自分たちの命がかかっているわけですから、政治家は慎重に選ばないとならないんだなって、改めて実感します。

️なぜチキンが臆病者になったのか

ここまで、チキンレースの意味や広まったキッカケ。

そしてチキンレースという言葉が使われる様々なシーンをご紹介してきました。

チキンレースのチキンには、臆病者と言う意味があるのはご紹介しましたが、なぜチキンが臆病者を表わすことになったのか。

ここでその理由について、解説してみたいと思います。

「チキン=臆病者」になったのは、チキンのその姿に由来しているようですよ!

人は恐怖を感じると鳥肌が立つ

人って、恐怖を感じた時に鳥肌が立つことがありますよね?
肌がぶつぶつして身の毛がよだつあの感じ。

それが鳥肌が立つと表現されているように、あの肌の感じは鳥の肌に似ているからです。

よく腕とかに現れますよね!
鳥肌って、恐怖などによって立毛筋という筋肉が収縮することでおこるのだそうですよ。

恐怖を感じるのも嫌だけど、あのぶつぶつの肌の感じもなんだか気持ち悪いものですよね。

それが羽をむしった鳥に似ているから

そしてあの鳥肌の感じは、羽をむしった鳥の肌に似ているんですよね。

そこから鳥肌と呼ばれるようになったわけです。

そして、恐怖を感じていると鳥肌になることから、それが「チキン=臆病者」と言われるようになっていったようです。

ニワトリにしてみれば、臆病者の比喩表現に使われるなんていい迷惑ですね~。

でも筆者は、あの鳥肌が苦手でチキンが食べられないくらいなので、臆病者の象徴にされちゃうのは可愛そうだけど、残念ながらやはり良いイメージではありません。

ニワトリがキョロキョロしている様

また、チキンが臆病者の意味になったのは、ニワトリの動作にも由来しているようです。

ニワトリって、よくキョロキョロとまわりを伺うような動作をしますよね。

首を良く振っているイメージがあると思います。

それに動きも早かったりしますよね。

どちらかというと落ち着きが無いような、そんな印象を持ちます。

ニワトリは警戒心が強いそうなので、この動作はそれも影響しているのかもしれませんね。

周囲を気にする臆病者に見える

つまり、ニワトリのあのキョロキョロトしている動作が、周囲を気にする臆病者に見えるというわけです。

それに、どっしりと構えているというよりは、落ち着きがない。

そんなイメージも総じて、人間の臆病者に例えられてしまうのでしょうね。

人間が近づくと一目散に逃げていってしまうのも、逃げ腰=度胸が無いとされてしまうのかもしれません。

でもニワトリは、警戒心が強いだけであって、意外と凶暴で好戦的な性格をしているようです。

️チキンレースの解説でした

今回は、チキンレースの意味について解説してきました。

アメリカで話題になり広まった言葉ですが、日本でも結構当たり前に知られている言葉ですよね。

それにしても、チキンレースはスリルを味わいたかったり、臆病者と言われたくないという人間の欲求によって生まれたものでもあるんですよね。

臆病でいることが悪いことじゃないって世の中になれば、危険な遊びも無くなるのかなって思っちゃいますよね。