真っ赤な服を着て、髪はソバージュ?で、太い眉毛が特徴の、平野ノラさんが最近大人気ですよね!

大きな電話機を肩から下げて、「しもしも~?」と電話に出ているのが、印象的ですけど、彼女はつまりはバブルネタで、一躍大ブレイクを果たしたわけで、今若い世代にも大人気です。

でも、今の若い世代の人、バブルってどんなものだったか本当に知っていますか?

今とは全然違ったファッションを着て、なんだか大胆でど派手な印象はあるかも言しれませんが、その時代、今の日本では考えられないことが起きていたこと、知っていますか?

もう、今の若い世代からすると、バブル期は一つのネタでしかないわけですけど、その時代を知っている人からバブルあるあるを聞くと、「本当にそれが数十年前の日本!?」って驚くことでしょう。

なので、これからバブル期には当たり前?だった、今からでは考えられないバブル期あるあるをご紹介してみたいと思います。

若い世代はびっくりするだろうし、バブル期を生きてきた人たちからすると、かなり懐かしく、あの頃の日本はすごかった!と、日本の過去を思い出すことでしょう!

では、バブル期あるある17選、&ってかバブルって何!?について、見ていきましょう♪

バブル時代のあるある17選

バブルネタで大ブレイクした平野ノラさんの登場で、今かなりバブル期についてのネタが盛り上がっていますね!

テレビ番組などでも、一晩中ディスコで踊りあかしたというエピソードを語る女優さんとか、とにかくボディコンスーツに身を包んで男を落としまくったということを懐かし気に語る、今やもうけっこういい歳になっているタレントさんとか、ものすごいゴールドの腕時計をはめていたと自慢する芸能人とか・・・バブル期あるある(自慢?)を語っている様子をよく見ます。

なんだか、バブル期ってすごく明るくて日本がくるっているほどの高いテンションでみんながはじけていた、という印象がありますけど、でも実際にバブル期を経験していない人からすると、ちょっと想像がつかないところ、ありますよね?

バブル期を生きてきた人たちからすると、そのバブル期の日本と、その後のバブル崩壊した後の日本について、いろいろと思い出し、あの頃の日本のすごさ、というか尋常じゃない様子を思い出し、今ではちょっと考えられない日本の経済感覚について語ってくれることでしょう。

そして、そのバブル期から日本人が学んだことなどは、今の若い人たちもきっと学校などでも勉強するところですね。

バブルがどのように始まって、どのように崩壊してしまったのかは、ひとまず置いておいて、まずは、そんな日本のバブル期にはどんなことが巷でおこなわれていたのか、バブル期あるあるを見てみましょう!

1. 飲み屋のお姉さんがお客さんにBMWを買ってもらった


飲み屋のお姉さんたちは、あの頃どれだけお客さんからプレゼントをもらっていたことやら・・・。

というのも、バブル期にはコンパニオンをしていたお姉さんたちなんか、お客さんにタバコを買ってきてと頼まれると、まず一万円を渡されて、そのお釣りは全部チップとしてもらえたようです。

チップは万札、それがバブル期の当たり前。

そんな中、飲み屋のお姉さんたちは、お客さんから高級外車をプレゼントされることもあったようです。

あるお姉さんは、お客さんにBMWの車を買ってもらったそうで、バブル期で人気だったといえばBMWの3シリーズだったようです。

それは別名”六本木のカローラ”とまで言われていた車で、ピカピカでスタイリッシュなその車を乗り回している人にとにかくみんな憧れていました。

バブルを象徴するような車で、当時新車を買うとなると500万円以上だったようです。

そのようなプレゼントを簡単にあげられちゃう、なんて、バブル期のおじさまたちはどんだけ羽振りがよかったんだ!と驚きますね。

だから、かなり人気の飲み屋のお姉さんたちなんか、もう駐車場いっぱいに高級車を持っていたらしい。

いろいろなお客さんが、プレゼントしてくれるから乗りこなせないほど、ただの持っていたり、そんな高級車もらうことすら珍しいことでもなかったみたいですね。

今じゃあ、みんな不景気のせいで財布のひもが固いから、高級車をプレゼントしてもらうなんて、よっぽどのホステスさんじゃないとありえなさそうです。

他にも車をもらったというバブルあるあるでは、今もなおバブル時代のネタ?で人気の女優の田中美奈子さんも、バブル期に俳優の渡哲也さんから車、それもガルウイングをプレゼントしてもらった、というエピソードを過去にお話ししておられました。

共演者だった時に、劇中に使用されていたその車を見て、田中さんが「いいな」と発言しただけで、その車をプレゼントしてもらったそうです。

すごいですね。

ガルウイングって、ドアの開閉が上に開く、カモメの翼みたいになるあれです。

かなりカッコイイですよね!
ランボルギーニとか、メルセデス・ベンツが有名ですね。

最近ではあまり見ませんけど、とにかく存在感はすごいですよね。

一度乗ってみたいものです・・・。

さらに、ゴルフコンペなどでも、高級外車が景品となっていたなど、とにかく高級外車だって簡単にプレゼントできちゃうような世の中だったのですね!
ちなみに小さなスナックでもバイト代は時給5000円くらいもらえたそうです。

それも、お客さんには料亭に連れて行ってもらえたり、クラブに連れて行ってもらったり、帰りには何十万円かの足代をもらえたりもしたそう。

ありえない。

2. 数千円で買った株が何十倍もの価格に跳ね上がった

バブル期と呼ばれる次期には、株価がとにかく急上昇しました。

日経平均の推移を見てみますと、バブル期と言われる1985年ごろには、とにかく急上昇していることがわかります。

つまり、その時に株をしていた人達は、ものすごい勢いで価格が跳ね上がり、なんともともと数千円で買った株が、何十倍もの価格になる、ということを経験しました。

高値で売れる場合、資産が一気に何倍にも膨れ上がったのです。

そんなことが起きたら皆さんどうします?

とにかく、株で儲けたいと思いますよね?

だから、そのころは借金をしてでも株を買うことを進められていたそうです。

それだけではありません。

不動産の価格だってものすごい高値になりました。

得に大都市では不動産の株価は10倍にまで膨れ上がったこともあったようです。

このように株式や不動産などで、とにかく資産が膨れ上がり、毎年お金がジャンジャン自分のところに入ってくるなんて考えたら、とにかく豪遊したくなりますよね。

それで、そんな株でとにかく資産が何十倍にもなった人たちが、高級外車や高価な家や家具などを持ち、飲んで遊んで、ゴルフして、というような生活をしていたんですね。

しかし、その株価の上昇には終わりが来るので、そのうちに株価の大暴落というものが起きます。

なので、バブル期に株で儲けてそれで終わった人はいいのですが、バブルがはじけた時に自分ではどうしようもないほどの借金地獄に陥ってしまった投資家さんたちもいますよ。

3. 数億円の腕時計でも結構売れた


みなさんは、今いくらくらいの腕時計を着けていますか?

自分のお気に入り、自分へのご褒美として数万円~数十万円の腕時計をつけている人もいますけど、バブル期にはどのくらいの値段の腕時計をみんなつけていたと思いますか?

なんと、お金持ちは数億円の腕時計を身に着けていたそうです!

数億円!?

ちょっと想像がつきませんね。

どれだけダイヤモンドなどの宝石やら、なんかがついているのでしょう??

今でも、芸能人や社長さんなんかは数百万円の腕時計をされている方もいますけど、数億円って・・・。

規模が違いすぎますよね。

腕時計って、今でもその人の経済状況をよく表すアイテムで、多くのマニアの人にも人気で高級腕時計を集めている方はたくさんおられます。

でも、数億円の腕時計を持っている人がどのくらいいるのか。

数億円とまではいかなくても、みんなボーナスが出るとギッラギラの新しい腕時計に買い換えていたそうです。

ギッラギラというのも、ダイヤモンドがいっぱいついているブランド物の腕時計だから。

高卒の新入社員でもボーナスを最初から50万円はもらえたらしいし、25歳くらいになると一度に100万くらいはもらえたらしいです。

別の会社の人は、一番最初のボーナスで150万円をもらえたので、お金を稼ぐのって簡単なんだなと感じたそうです。

普通の人でもそんな風なら、社長さんとかいい会社の人や株で儲けている人なんか、数千万、そして億単位の腕時計くらい買えちゃったんですね。

腕時計に数億円を出せるなんて、ある意味怖い時代です。

ちなみに、なんと約60億円という腕時計があるのですが、こちらはすべてファンシーダイヤモンドで埋め尽くされた、それはそれは輝きがものすごいアイテムがあります。

あと、トータルで152.95カラットのダイヤモンドが使用されている約48億円の腕時計なんかもあるんです。

これも所せましとダイヤモンドで一面埋め尽くされているんです。

普段ではつけられるようなものではありませんけど、バブル期にはそのようなダイヤモンドがいっぱいついた腕時計を買える人たちがいっぱいいたんですね!

4. 歯の詰め物にダイヤモンドを入れている人がいた

バブル期には歯の詰め物にダイヤモンドを入れている人がいた!?

そんな、なぜ?どういった理由で!?

バブルを知らない世代にとったら、ちょっと意味不明な行動なのですが、歯の詰め物にもダイヤモンドを使うほど、とにかくお金が余っていたということでしょうか?

歯の詰め物といえば、メタルインレーという金属製のものや、レジンやセラミックが一般的ですよね。

金属製のものを詰めている人も、笑ったときにそれが見えて、口元が目立つことがありますけど、ダイヤモンドを詰めるって、どれだけ笑顔に輝きをプラスしたかったのでしょうか?

ダイヤモンドというものが、今ほど”高価なもの”という意識が薄れていたのかもしれません。

でも、じつは今でも、自分の歯にダイヤモンドを着けることができるそうです。

でも、それは詰め物としてではなく、”グリル”と言われる歯のアクセサリーで、よくヒップホップで有名な人たちがファッションの一つとして、前歯などにダイヤモンドをしきつめていたりするようです。

笑うとキラッではなくて、ギラッッと光るので、かなり目立つし、ちょっと怖いですよね。

それに、グリルは金属がベースとなっていて、そこからアレルギー反応が出てしまったり、最近が繁殖しやすくなって衛生的にはあまりおすすめできないようですよ。

あと、一粒のダイヤを歯に埋め込むこともできるみたいなので、スマイルにダイヤモンドの輝きをプラスしたい人はチェックしてみてください♪

5. 高級シャンパンがどんどん開いた

バブルといえば、高級シャンパン!
特に、バブルを象徴するシャンパンといえばドンペリでしょう。

ドンペリとは、世界的に有名なシャンパンで、高級クラブなどでもよくシャンパンタワーなどで使われていますよね。

フランスで造られているそのシャンパンの希少なものは、一本20万円~30万円くらいするらしです。

一本30万。

一般人はそんなシャンパン一生に何本飲む機会があるでしょう??

しかし、バブル期にはそのような高級なシャンパンが、どんどんと飲み明かされていたようです!普通に。

なんてもったいない。

今では、一本30万円のボトルなら、ゆっくりと味わって飲みたいと思うところですが、その時代はそれが普通。

高級クラブでは、ものすごい高級なお酒を開けて、クラブのママと一緒に飲むだけでいっぱい100万円だったらしいです。

高級なボトルを開けて、さらになんと100万円のチップを配るというお客さんがいたらしいです。

そして、その時代の女性たちに人気だったのが、ピンドンコンというカクテルでした。

ピンドンコンとは、ピンクのドンペリとコニャックを合わせたカクテルで、若い女の子たちはみんなそれを頼んでいたようです。

すごく高級なカクテルをぐびぐびと飲んでいたのですね。

実は、最近景気が回復されてきたということもあり、世界的にシャンパンの売り上げがアップしているようです。

日本でも、バブル期を彷彿とさせるようなスイーツやシャンパンの見放題のお店なども増えているようなので、バブル期分を味わいたい方は、シャンパンが飲み放題のホテルやお店を見つけてみてはどうでしょう?

6.タクシー需要が多く捕まえるのが大変だった

移動手段としてはタクシーが当たり前でした。

今だったら絶対に歩くでしょ、という徒歩で数分の距離もタクシーをつかっていたそうです。

そして、ほとんどのタクシーが予約になっていたので、深夜になっても全然捕まえることができなかったらしい。

田舎でさえ、飲み屋街なんかは、道端にものすごいタクシーが止まっていたそうですからね。

さらに、タクシーの需要があまりに大きかったため、タクシーが全然捕まらなくて、男性なんかは万札を手に持ち、札束を振りながらタクシーを止めていたなんてこともあったようです。

でも、そのように万札を握って万札をひらひらとさせていても、それでも予約を入れている上客のために無視していたそうです。

そして、予約客を待っている間でも、タクシーにのりたいお客さんがいると、その人と値段交渉して、なんと本来なら1000円くらいで済むような距離を3万円ほどで載せていたこともあったようです。

そんなタクシー代に3万円をポンと出しちゃえる人たちがいたんですね。

よく、タクシーを使って旅行するなんて言うことも聞いたことがありますけど、タクシーを貸し切り状態にして、温泉まで行くとか、交通費で数十万円になりますかよね。

今では本当に考えられないようなことが起こっていたわけですね。

7.タクシーの運転手に客が数万円のお小遣い

バブル期のタクシー運転手さんたちは、とにかく儲かっていたようです。

なんて言ったって、需要がすごくあったこともそうですが、お客さんからもらえるチップがすごいんです!
普通のお客さんでも、タクシーに乗ると、一万円を出すのが当たり前。

それも、お釣りはタクシー運転手のお小遣いになったようです。

そして、さらにリッチなお客さんは運転手にチップとして数万円を渡していた、ということもあったようです。

タクシーの運転手さんも、リッチなお客さんを載せれば、一晩でかなり儲かったわけですね。

なので、あの頃のタクシードライバーさんはけっこうみんな家を建てていた、という話もあります。

8.アタッシュケースにお金を入れて飲み歩く人がたくさんいた

飲み屋には、万札の束を持っていくのが当たり前。

田舎でさえ、おじさんたちは帯のついた万札をポッケの後ろに何個か差して、飲み歩いていたらしいです。

そんな感じなので、銀座などでは一軒で200万円とかは当たり前。

すごい人達はアタッシュケースにお金を入れて、飲み歩いていてそうです。

なので、高級ボトルをどんどんと開け、さらにはホステスさんには100万円単位でみんなにお小遣いをあげていたそうです。

アタッシュケースって、大きさにもよりますけど、万札の束が相当入りますよね!?

ということは、一晩で数百万、いや数千万円くらいを使えたということでしょうか?

金銭感覚がちょっとおかしいですね。

9.自家用ジェットやヘリコプターで地方に移動や旅行

自家用ジェットやヘリコプターを持っている人たちも多く、なんと地方や海外にもそれを使って行っていたそうです。

例えば、自家用ジェットではヨーロッパなどにも飛んで行って、なんでも好きなものをお買い物して、ジェットに詰め込んで帰ってきたとか、とにかく遊び方が豪快。

ちょっと北海道ラーメンを食べたいということで、自家用ヘリなどで北海道に飛んで行くということもあったみたいです。

自家用ジェットって、数億円~数十億円するものですよね。

そして、維持費だってかかります。

維持費だって、毎年2億とか3億はかかるらしいです。

もちろん、ターミナルを利用するのだって数十万円のお金がかかるし、とにかくお金がかかりまくるのです。

しかし、それでも所有している人がいて、それで地方への移動や旅行をしていたなんて、すごいですね!

10.就職活動は売り手市場で、旅行や食事で学生をもてなしていた

今でこそ、就職難民がたくさんいて、就職・転職にはたくさんの苦労とストレスがかかるものです。

しかし、今とは全く形勢が逆転していたのがバブル期です。

就職活動は空前の売り手市場で、企業側が学生をもてなして、説明会に行くだけでもう内定がもらえた、なんてこともあったみたいです。

企業側が就活性に媚びを売っていた時代で、他の企業に何とかとられないように、研修と名目をうって、ただの旅行をプレゼントしていたり、食事でもてなすこともありました。

旅行に行っちゃえば、ほかの企業との連絡が取れないので、そのように就活性を隔離するような方法だったそうです。

もちろん、交通費は支給してもらえます。

それも、交通費として1万円もらえるから、説明会にはしごするだけでかなり儲かったそうで、かなりたくさんの説明会に出かけてそれをバイトみたいにしていた学生たちもいたようです。

内定式だってハワイで行っている企業もあったようです。

11.高価な衣装の女優が出るトレンディードラマが大流行り

あの頃は、とにかく豪華で派手なブランド物を身に着けた女優たちが出る、トレンディドラマが大流行したようです。

あの明石家さんまさんと大竹しのぶさんが後に結婚することとなったのも、「男女7人夏物語」というドラマがきっかけでしたね。

石井明美さんの「CHA-CHA-CHA」が主題歌でした。

その作品がトレンディドラマの元祖と言われていますが、その後の作品ではバブル期のドラマでおなじみの浅野ゆう子さん、浅野温子さん、工藤静香さん、中山美穂さん、陣内孝則さんとか、柳葉敏郎さん、吉田栄作さん、織田裕二さんなどが出演するドラマ作品がたくさん放送され、かなりの高視聴率をたたきだしていました。

ストーリーもさることながら、注目すべきは女優たちのファッションスタイル。

ブランド物で身を固めてたスタイルや、派手で高価な衣装などが、世の女性たちの憧れとなり大学生でさえ、トレンディドラマに出てくるような女性たちのようなファッションで学校に行っていました。

もちろん、肩パットがすごくて、ウエストをものすごく絞ってあって、色も原色だったり、リップも真っ赤、真っピンクだったりしていましたね。

12.持っていた土地の価値が短期間に数倍~数十倍に

土地の価格が急上昇したことにより、もともと自分が購入した価格が一年後には数倍または数十倍になっていて、それを売ってかなり儲けていたという人がいました。

なので、その時代には若くても、そして独身であっても土地を買ったほうがいいという考えがあったそうです。

だって、1980年代の後半には、日本の土地はありえないほどの値段の高騰が見られ、山手線の内側の土地価格だけでアメリカの全土が購入できる、って言われるくらいの狂いようだったわけです。

しかし、バブルがはじけた時にはそのような異常な土地の価格が急暴落したので、その時に土地を持っていた人は、かなり大損をこいて苦しんだ人も多かったようですね。

13.ディスコやクラブは朝まで連日満員

ディスコやクラブで朝まで遊び歩いていた、という人は多く、連日超満員だったようです。

それも女性はお金なんて一銭も払わなくて言いそうで、お店側も女性がいると男性客が入るということで、ただで食事やお酒を出してくれていたり、あとは全部男性が払ってくれるし、「電車がなくなる」というと、男性がタクシー代を払ってくれることはもちろんで、毎晩全くお金を使わずに遊んで食べて、飲んでいたようです。

さらに、そのようなクラブでバイトしていると、チップとバイト代だけで一か月100万円を稼げた、という女性たちもいたくらいでした。

だって、バイトした初日からチップで10万円とかもらえる時代ですからね。

かなり荒稼ぎできるので、お金の使い方ももちろん豪快になるわけです。

その時代は、貯金している人のほうがバカで、豪遊することが賢い生き方というような風潮がどこかあったようですよ。

14.定期預金が超高利率

今でこそ、定期預金したって利子なんかわずかばかりでなんだか悲しくなりますけど、バブルのころは100万円を一年預ければ6万円の利息がついたこともあったようです。

今ではたったの5000円くらいですよね。

何もしなくても、知らないうちにお金が増えているのだから、最高ですよ。

でも、その時はみんな豪遊していて、金銭感覚がおかしくなっていたので、銀行にお金を入れるのもめんどくさくて、手に札束を握って遊んでいたようですけど、一億円があれば利子だけで、かなり余裕の生活ができるといわれていたようです。

15.銀行がどんどん企業にお金を貸してくれた

銀行だって、じゃぶじゃぶお金を出していました。

だって、みんながお金をとにかく使いまくっていた時代なので、世の中のお金の回りはそれはそれはすごくよかったのです。

企業はお金をもっと必要とするので、利率を上げたって借りたがります。

特に、銀行は個人よりも企業のほうが、莫大な額を貸すことができるし、利子だってその分多くなるし、ということで企業側にどんどんと貸していたようです。

そうなると、預けた人には利息が高くなるという循環が生まれました。

16.就職試験や面接に行くだけで謝礼がもらえた

先ほどもちょっと触れましたが、就活生たちは説明会に行くだけでも、企業側からもてなしてもらえたわけですけど、説明会に行くと、なんと高級しゃぶしゃぶをお店に連れて行ってもらえたり、特上寿司などもごちそうしてもらえたりしたらしいです。

往復の交通費はもちろんのことですが、ホテル代やお土産代としても謝礼をもらえたそうです。

今では想像もつかない待遇ですよね。

三流大学を出たとしても、一部上場企業の内定がいくつももらえる時代だったそうで、一流大学に出ると内定が決まったら、その会社からすぐに海外旅行に一か月連れて行ってもらえて、そこでももちろん会社もちで遊び放題できたらしいです。

17.給料やボーナスの袋が立っていた

バブル期の給料は、それはそれはすごかったみたいですね。

初めてのボーナスで100万円越えしていた方もいたようで、給料やボーナスをもらう時の袋が立っていたくらいだそうです。

毎年給料が100万くらい上がっていたなんていう、びっくりエピソードもありました。

懐かしい人は年齢がバレる?!バブル時代の思い出

バブルあるある17選、いかがでしたか?

バブルを知らず、不景気の日本しか知らない若い世代にとったら、信じられないようなことが数十年前の日本で起こっていたことにただただびっくりしますよね。

さらに、あの頃はよかった!、夢のような時代だった、と感じる方もいたことでしょう。

1.バブルとは?

でも、そもそもバブルって何かということですが、
バブルって、泡のことです。

泡は中身がありませんね。

それで、経済が中身がないのに膨れ上がってしまった状態のことをバブル経済と呼んでいます。

そのころ、土地の価格がありえないほど値上がりし、日経平均株価も4万円に到達するか、というところまでいきました。

実際の価値はないにも関わらず、経済が膨れ上がり、日本中がお金持ちになったかのように”見えた”状態のことです。

2.何時から何時までのこと?

このバブル経済とはいつからいつまで続いたかというと、1980年代後半から1990年代初頭まででした。

詳しく言うと、一般的には1986年の12月から1991年の2月までの好景気のことをバブル景気と言われています。

つまり、バブルは1990年代初頭に崩壊しました。

1989年末ごろにはもうすでに株価は下がり始めていましたが、それでも感覚がマヒしている日本人たちは、経済が傾いていることに気付いている人は少なかったようです。

しかし、1991年には地価の下落が始まります。

そして、そこからバブルは弾け、それまでの当たり前はうそのように変わり、企業の倒産、就職ができない、自己破産者の急増という現実が起こりました。

3.なぜバブル景気になったのか

では、なんでバブル景気が起きたのかというと、その背景にはバブル景気の直前に起こった不況がありました。

1980年代に円高が進んだ日本は、輸出産業に大きな打撃を受けました。

その結果、倒産する企業が増え、円高不況が起こります。

この状況を何とかするために、日銀が一般の銀行にお金を貸す際の利息の引き下げを行います。

その結果、企業側は銀行からお金を借りやすくなり、景気が良くなり始めます。

しかし、安くお金が借りられる企業がお金をどんどん借りて、株や土地に投資するようになった結果、不動産の価格は急上昇し始めます。

このサイクルによって、バブルが始まったようです。

みんなお金を安く借りれるうちに株や土地を買っておこう!というノリになって、株価はどんどんと高騰していきます。

しかし、その結果、実体のない経済がどんどんと膨れ上がってしまったので、日銀は土地の売買に関してお金の融資を規制するようになります。

そうすると、不動産を購入するための資金は借りづらくなり、それに加えて金利も高くなったことから、株は買い手がどんどんと少なくなります。

ということで、価値が休息に下落し、お金を借りまくっていた企業はつぶれ、お金を貸していた銀行も返してもらえなくなってしまい、日本の経済はとにかく急激に冷え込む結果となってしまいました。

それまで、あんなにもらっていたボーナスだってなくなったし、リストラされる人も増え、就活生たちは就職先を見つけるのが困難になります。

個人としても膨大な借金を返すことなど到底できなくなって、自己破産をする人が急増。

さらに、実力はないのに簡単に大企業に就職できた人たちが、会社の中でお荷物状態になっている、ということも見られています。

あまりにも資産価格が上がってしまったため、日銀が行った政策が、思った以上に経済に大打撃を与え、その後の日本では今でもずっと停滞期となって、現在の若者たちは不景気の日本しか知らない、という状況で生活しているのです。