ゆとり世代は、お花畑世代だといわれます。

頭の中がお花畑なのでしょうか?行動がお花畑なのでしょうか?
私も、ゆとり世代です。

自分を顧みながら、その22個の特徴を考えてみました。

扱いにくい?!お花畑のようなゆとり世代の特徴を知ろう

ゆとり世代とは、よく聞きますが、正確にはどの世代のことをいうのでしょうか?

ゆとり世代とは、ゆとり教育を受けた世代をいうのですが、実は正確な定義がないというのが本当のところです。

小中学校では2002年、高校では2003年から施行されたゆとり教育を受けた世代、と考えれば、現在は13歳から30歳になっています。

また、小中学校において、1980年以降、高校は1982年以降の学習指導要領に基づいた教育を受けた世代という説もあります。

この場合は、現在51歳以下ということになります。

1980年代に、授業時間の削減が行われましたが、学力低下が危惧され始めました。

そして2002年に、それまでの知識偏重から思考力をつけるための学習指導に切り替えようという動きが始まりました。

昔は学校も週休1日だったのですが、休みも多くなりましたね。

ゆとり世代のイメージ


ゆとり世代のイメージに沿って、特徴をみてみます。

とにかく緩い

とにかく緩いといわれます。

何をもって、緩いといわれるのかはよくわからないのですが、緩いかきついかと聞かれれば、緩いですね。

「まっいいか!」という感じで、きちんとすることが苦手です。

ここでいう「きちんと」というのは、几帳面かそうでないかというのではなく、考え方や自分を律するということに関してのことです。

考え方や、社会性が緩いくせに、妙に几帳面な人が多いのも、お花畑さんたちの特徴ともいえます。

人から厳しくされるのも嫌いです。

自分自身にも緩く、人からも緩くされたいという世代です。

私の友人のお母さん、つまりゆとり世代を子どもに持つ母ですが、とても好きなことをしています。

子どもである私の友人はここで書いている、ゆとり世代の特徴をすべて持っています。

頭の中はまさしくお花畑でも、言葉にできない憤りや悲しみをじっと胸の内に秘めている、ように見えます。

抑圧するということは、ものすごいエネルギーが必要ですよね。

エネルギーが外へまっすぐでないからこそ、周りから見ると、緩さにつながっているのかもしれませんね。

教養が低い

ゆとり教育の影響が教養に関して、ここまで影響を与えるとは思ってもみませんでした。

思考力を養い、縛られずに、自由さや独自性のある人間を育てたかったのだとは思うのですが、教養が低い、と感じる人たちをたくさん生みだしましたね。

一般教養がない人が多いです。

「まっいいか」で済ませてしまえると思っているのか、教養などつけても何の役にも立たない、とでも思っているかのようです。

ゆとり教育程度で、教養の高低がでるものだろうか、と思っていたのですが、価値観や、目指すものが、徐々に浸透していくのでしょうね。

教養が低いというより、人間性に深みを感じない、とよくいわれます。

この世の中のことに関して興味が薄いようです。

忍耐力がない


がんばって何かをやり遂げることが、なんとなくダサいと感じている世代が、ゆとり世代ですね。

「努力」という言葉の意味がわからない、とさえ言っている人もいます。

器用で、そこそこできるので忍耐などする必要はない、と思っています。

いまひとつ、最後まで踏ん張ることができないのです。

それまでの日本人にとって、忍耐ほど素晴らしいものはない、という価値観は、すっかり覆されました。

でも、振り子の法則のように、なんでも一方に偏り過ぎたものは、その反動も大きく、もとに戻ろうとするものです。

ゆとり教育も、それまでの日本人のゆきすぎた「がんばり主義」を少し戻してくれる役目があったのではないでしょうか?
歯を食いしばって頑張るということの弊害もあるはずです。

とはいえ、ゆとり世代以上の人たちから見れば、忍耐力がないのは、「けしからん」ということになるのでしょうね。

クリエイティブ

ゆとり教育の目指すところのひとつとして、誰もが持っている、クリエイティブさなのではないでしょうか?
今、人間がやっている仕事の一部、もしくは多くが、将来は人間がしなくてもいいようになる、という話を聞いたことがあります。

形にハマったやり方でできるものは、どんどん機械やコンピューターに任せて、人間にしかできない、クリエイティブな部分が必要になってくるのですね。

ゆとり世代が作りだし、ゆとり世代にぴったりの時代がやってこようとしています。

クリエイティブさと忍耐は両立しないかのようですが、あのビル・ゲイツも、スティーブ・ジョブスも、あそこまで来るまでには、想像を絶するほどの時間と労力を費やしたそうですね。

クリエイティブさには忍耐が不要だというのは、大間違いです。

お花畑のイメージ?!ゆとり世代の特徴とは?

ゆとり世代の特徴って、どういうものでしょうか?
お花畑にたとえられるようですね。

マイペース

まず、マイペースさが上げられます。

ゆとり教育もそうですが、少子化で、1人の子どもに手もお金もかけられる状態でした。

だからでしょうか、ゆとり世代、お花畑世代はとてもマイペースです。

自分がやりたいことだけに目を向ける、自分に興味がないものにはむとんちゃく、というようなところがあります。

自分のペースを崩されるのが、とにかく嫌いなようです。

せかされたり、人と比べられるのを良しとしませんね。

私は以前から、マイペースっていったい何のことをいうのだろう、と不思議でした。

だって、どんな人でも、マイペースなものです。

人のことが気になったり、人と合わせてしまう人だって、ある意味そういう人特有の、その人のペースではないだろうか、と思っていたからです。

どういうペースを選ぼうと、「マイペース」に違いないのに。

でも、あえていうなら、やはり人に合わせることができない、人に合わせることが嫌いだ、という気質が強く出る人を、マイペースというのではないでしょうか?

自分の世界に閉じこもる

マイペースな人というと、人に合わせない、というところがあるだけでなく、だからこそ、自分の世界に閉じこもるところがあります。

自分だけの独特な世界を持っています。

私が以前いた職場に、ゆとり世代の人たちがたくさんいました。

その職場を構成している大部分が、ゆとり世代でした。

おもしろいのが、昼食時間でした。

ある人は、食事がすむと、ひたすら本を読んでいました。

ある人は、ずっとスマホ片手でした。

ある人はお昼休み返上で、ずっと仕事しているのです。

また、ある人は、休憩室にマットを敷いてお昼寝しているのかと思ったら、なんとヨガをしているではありませんか!
食後すぐにヨガなんかしていいの?と聞くと、腹3分に抑えているから大丈夫という答えが返ってきました。

上司が、「お昼ごはんをごちそうするから」、と言っても、行きたくなければ行かないのです。

全員がいかなかったことがあったときには、さすがにこちらが気を使ってしまいました。

スマホの世界、本の世界、ヨガの世界と、自分の世界を見つめているのです。

安定第一!

クリエイティブ、と聞くと、リスクを恐れず、時には無謀なこともやってのけそうな人間像を想像しそうですが、お花畑世代は、なぜか安全第一です。

仕事をする上でも、わりと慎重に取り組みます。

彼らを見ているいと、クリエイティブさと、リスクをとるということとを関連づけていたのは、自分の間違いだったなと思ってしまいます。

クリエイティブさのある人ほど、安全第一主義なところがあるような気さえしてきました。

団塊の世代が今の日本を支えているといっても過言ではないですが、団塊の世代とゆとり世代は、真っ向から反発し合うかのようです。

段階の世代もゆとり世代から、「頭の中はお花畑だ」と揶揄されているようです。

がんばれば何でも叶うと、努力を押しつけて来る!世の中はそんなに甘いものではない、という言葉を発するのはむしろ、若いお花畑せだい、つまりゆとり世代です。

学生時代、勉強もせず、火炎瓶を投げつけて、何でも「反対、反対」と言っていた団塊の世代ですが、なぜか「根性」世代です。

そのがんばりズムこそが、頭の中がお花畑だといわれる理由です。

大家族を経験していないのは、ゆとり世代より少し前の世代でも同じなのですが、ゆとり世代たちの親は、バブルを経験しているものの、本人たちは、好景気の恩恵を受けていないと感じています。

年上の人たちにたしなめられたり、欲しいものをグッとこらえるということを経験していないませんが、かといってよい思いもしていないので、世の中はこんなものという冷めた目をしています。

世の中が不景気にあえいでいるときに成長しているので、ボーっとしているくせに、身を守ろうという意識が働いてもいるようです。

どうしたら損をするのか、また、損をしないのかということを考える賢さがあります。

細かいことは気にしない

マイペースで、自分のことに没頭する気質は、細かいことは気にしないという、気質も合わせ持ちます。

自分の好きなことさへできればいいのです。

細かいことといったらどういうものを指すのでしょうか?

たとえば、身の回りの整理整頓や掃除などもできない人が多いです。

そして、できないことを苦にしないのです。

自分の身の回りにも気を使わない分、人がしなくても気にしない、文句をいわない(自分がしないのですから、文句のいいようがないですが)という好い面にもつながっています。

仕事も、ちょっとくらい期限が過ぎても、気にしない。

ちょっとくらい乱雑になっても気にしない。

というふうにお花畑世代は、細かいことは気にしません。

自分が損をしないとわかったことに関しては気にしないようです。

おおざっぱでです。

働きたくない・・・

お花畑世代に、お金か時間か、と聞けば、間違いなくお金を大切に思っていると答えると思います。

私もその一人です。

でも、その行動は間違いなく、時間のほうが大切だと思っているように見えるはずです。

お金が欲しい、大切だと頭では考えてはいるが、働きたくないのです。

がんばる、ということに価値を見いだせない人たちは、「働きたくない」と思っています。

働けること、仕事があることに感謝をする、といった考えはまったくありません。

できれば働きたくないのです。

良い仕事にありつきたいとか、仕事でドカンと成功したい、という人が、ほんとうに少ないですね。

要するに、苦労していないのです。

でも誰だって苦労はしたくないもので、苦労礼賛というのも、どうなんでしょう?と思ってしまいます。

できれば働かずに、必要なだけお金が入ってくれば最高だと、誰でも少しは思っているものなのではないでしょうか?

でも、そうは言っても、何もしないでお金を得ても、なんだか楽しくないという人、性分に合わないという人もけっこういるのではないでしょうか?

ほんの少しの罪悪感などもあるかもしれません。

ゆとり世代は、そこになんのためらいもなく、「うれしい」と思えるという特徴があるようです。

高度経済成長期やバブル期を過ごした世代にとっては考えられないかもしれませんが、楽ができるのであれば、それに越したことはないのです。

がんばればがんばった分だけ、生活や人生が良くなったという成功体験がまったくないからです。

意外と打たれ強い

意外と打たれ強い、という特徴もあるようです。

ひょうひょうとしたところがあって、ガッツもあまりないようなのに、他の世代にはない、打たれづ良さがあります。

自分が、これって思ったことに対しては、執着心もあるので、その分野においては諦めず、少々打たれても諦めないのかもしれません。

へこたれないといっても、自分が決めたテリトリーの中だけではありますが。

お花畑世代は、意外と打たれ強いといわれる理由をひとつあげるとしたら、多くを求めないからかもしれません。

多くを求めないから、失っても(周囲から見ると、失っているように見えるが、本人は失ったと思っていない)こたえないからではないでしょうか?

プライドが高い

ゆとり世代、お花畑世代は、案外プライドが高いのです。

核家族で育った世代という背景があるようです。

人からどう見られるのかということもとても気にします。

大人になって、社会人になったとき、いきなり上司に叱られると、萎縮してしまったり、プライドが傷つくようです。

欲しいものが手に入らないことを、それを手に入れるガッツに変えるのではなく、プライドが傷つのです。

かっこいいか、かっこわるいか、それも表面上のかっこにこだわります。