これはなぜか?頭で考えて、それを実践したのなら何でも即座に失敗もなく具現化されるならば、科学は今よりももっと進歩しているでしょう。
先ほども書きましたが、自然科学の解明とは「今までに誰もやった事のないことに対し答えを見出すこと」です。
つまりは誰もやったことがないので、成功する確率はとても低いものなんです。
誰にも真実が分からない、確証を持てないから今まさに研究に着手しているのです。
もうすでに分かっている事ならばわざわざ時間も労力も掛けて行う必要性はありません。
理科の実験ではないですからね。
ですからこの事についても理系は、「実験に対する失敗は恐れない」という考えが強いです。
今までの人類では解明できなかった訳ですから、自然科学なんて「ダメで元々」なんです。
しかも文系の人は「科学には確証や検証が絶対必要」という人がいますが、世の中のものはそこまで「検証されずに使われている物は多い」のです。
例えば飛行機。
この「事故率」はどうやって検証しているんでしょうかね?事故とは危険な物です。
離陸や航行を自動操縦にできないのなら、誰かが操縦するしかありません。
そんな中で事故率を実験・検証するという事は、誰かがけがをし、死ぬという事です。
たとえそれが出来たとしても、どういった条件下で何をやれば「事故率の検証」になるのでしょうか?
それこそ途方もない作業ですし、膨大な量の飛行機も必要に成り、時間もかかり、条件も変われば「検証の方法も無数に存在する事となり確かめようがない」訳です。
放射能だってそうですよね?明らかに人体に悪影響がある事は分かっていますが、「どの量からダメなのか?ダメとするのか?」は具体的には検証のしようがありません。
それを探求するという事は誰かを被曝させ「人体実験」をするしかないからです。
世の中のものはその安全性や適量など確率や数値というものに関して「ほとんど確証できる訳がないので確証せずに使っているのが現状」なのです。
ここも文系の人には理解しがたいところなのかも知れません。
文系と理系の7個の違い
基本的な文系と理系の違いはご紹介しましたのでここからは、「文系と理系の違い」を7つの視点から見ていきたいと思います。
一体どういった違いがあるのでしょうか?
1.文系は感情的、理系は理屈っぽい
文系の方は「感情を表に出すことが出来る半面、出し過ぎてしまう方もいる」ということがあります。
その点、理系は理論で物事を考えますから、「感情論」ではなかなか動こうとはしません。
何のデータもない感情論で動き、相手を迂闊に批難でもしたなら、後々から反論され会えなく論破されてしまうからです。
そういう傾向もあり、理系は感情に流されないが、その分「無機質で理屈っぽい」という面もあるのだと思います。
人の感情が通っていないような冷たい考え方ですね?
文系は理系に比べ、「理論では勝ちにくい」ところがありますから、その分直感的な部分をどうしても追いがちです。
先ほどの血の通っていない理論的見解を、「でもそれって嫌だなぁ…」という個人的意見とも言えるような文句で理系の意見を棄却しようとするんです。
文系は、体が先に動く
文系の方は「直観性」を重要視するので、その分「物事に対するフットワークが軽い」のです。
もしかしたら「考えていても仕方ない。ダメかもしれないけど取敢えずやってみよう。」という考えもあるのかも知れません。
これは良い事もありますが悪い事もあります。
何でもかんでも周りで起こった事に対して、解決できる確証もないのに首を突っ込む人っていますよね?
これは結局、「行動力はあるかも知れないが、問題解決力は皆無」としか言いようがありません。
やはり「人様が悩んでいる」訳ですから、その問題は一筋縄ではいかないでしょう。
もし自分が介入して問題が解決できなかったり、逆に悪化させてしまった時は目も当てられません。
しかし、「困っている人が居るのに見て見ぬふり」も間違った事かも知れません。
ですから「分からないし、解決できないかもしれないけど、取敢えず一緒に悩んで考える」というのは、どこか有難くはあります。