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集団行動が苦手な人の特徴や改善する...(続き2)

そのようなことを理解していれば、「このような人もいるのだな」なんて寛容的になることができるんです。

しかし、集団行動が苦手な人というのは、そのような他人の行動に対して我慢することができません。

もう見てもいられないし、聞いてもいられないのです。

そのままコミュニケーションを取り続けることが難しくなってしまうんですね。

我慢強いことは人生を成功させるためには、必要でもあります。

もしも、誰かの行動に対して我慢することができず、そのような行動を見たり聞いたりするのであれば一緒にいる必要はないと思うであれば、あなたは少し我慢する力が弱いのかもしれません。

やりたいようにしたい

集団に属していると、その集団ごとに決められたルールがあるものです。

そのルールがきちんと提示されていることもあれば、暗黙のルールとして多くの人が共有しているものまであります。

どのような場合であっても、そのルールを守らなければその集団からはじきだされてしまったり「おかしな人」として見られてしまうのです。

しかし、集団行動が苦手な人はそのようなルールがあることを知っていても、そのルールに縛られたいと感じません。

いつだってやりたいようにやりたいのです。

自分のやり方で色々なことをこなしていきたいのです。

誰だってそのような気持ちは持っているものです。

しかし、集団行動が苦手な人は誰よりもその気持ちが強いためにルールを守ることが出来なくなってしまうのです。

あなたは、自分のやり方を貫き通したかったり、誰かに縛られたりするのがいやで集団行動を苦手だと思っているのではありませんか?

よく考えてみてください。

自由を求める

自由を求めるがために集団行動に苦手意識を感じることがあります。

やりたいようにしたい、という気持ちがあるために集団のルールに従うことができないとお伝えしましたね。

それはずばり、自由を求めているのと同じことです。

だって、もしも自分の自由を考えていないのであれば集団行動のルールに従うことができますよね。

集団に属するということは、その集団の性質に自分を合わせていかなければならないのです。

もしもマジメな集団に属しているのであれば、マジメな風貌にしなければなりません。

それって自分の自由がなくなってしまうのと同じことなんですよね。

自由が欲しいのであれば、自由に向かって自分で行動しなければならないのです。

時には自由を求めたくもなります。

しかし、自由ばかりを求めていては、集団行動から外れてしまうことになるのです。

その違和感を自分だけが感じるのではなく、他のメンバーも感じるようになるんですね。

そうもなると集団から浮いてしまうものなんです。

ルールに縛られない

これまでに何度か触れてきましたが、集団に属するということはルールに縛られていきていくのと同じことです。

実は日本国民という集団は、日本国憲法というルールに縛られているんです。

それは小さい集団になっていけばいくほどに、その縛りは強くなっていくものです。

なぜならば、小さい集団になればなるほど相手のことを良く見えるようになるためです。

学校に属していればその学校のルールを守らなければなりません。

また、班やチームを組んだりクラスメイトとして活動するだけでも、ルールに縛られることになります。

遅刻してはいけない、無断欠勤してはいけない・・・どれも当たり前のことに見えますが、それは暗黙のルールとして普及しているからなんですよね。

まぁそれらを行なっておくことでその後の集団行動をスムーズにすることができます。

もしもしないのであれば、後ろ指をさされることになってしまいますよね。

いずれにしてもルールに縛られるというのは、人によってはとても苦しいものです。

だってそのように縛られることで本来の実力を発揮することができなくなったりしてしまうのですから。

日本の資本主義の功績だともいえますが、自由を得るためにルールに縛られないと考えることができるのは回れ右をしているような人とは違う感性をもっているといえるでしょう。

喋るのが下手

集団行動をするには、誰かとコミュニケーションを取る必要がありますよね。

自分の気持ちを伝えるのもそうですし、相手の気持ちをくみとらなければなりません。

しかし、相手の気持ちを汲み取ることが出来てもその気持ちを相手に伝えるのが苦手な人がいるのです。

あなたは、誰か何かを伝えたり、しゃべったりするそのもののことが苦手ではないのでしょうか?

そのようにしゃべること自体に苦手意識を感じていると、自分は誰かになにかを伝えることが出来ないのではないかなんて不安な気持ちになってしまうものなのです。

本当はしゃべるのが苦手ではないのかもしれないですが、そのように感じてしまっては本当に自分のしゃべりが苦手なのではないかと考えてしまうのですよね。