内弁慶って、よく聞く言葉ですが、皆さんはこの言葉の意味をご存知でしょうか?
これは、家の中と外とで態度が違う人に使われる言葉で、筆者は何となくの意味は分かっていましたが…何となくでしか把握していませんでした。

よく聞く言葉ではあるものの、独身で一人暮らしなせいか、最近は内弁慶という言葉にもあまり触れていません。

だけど普通に考えて、家と外とで態度が違う人はかなり多いですよね。

ただ内弁慶な人の場合は、態度が違うってレベルじゃなく、そのギャップがかなり激しいと考えられます。

ですので家庭がある場所には今も、内弁慶な人に悩まされる問題が起き続けているのかもしれません。

実は筆者も昔、「内弁慶だね」なんて言われたことがあった…ような気がします。

人前が苦手で、外では引っ込み思案。

だけど家では、普通に元気いっぱいに遊ぶような子供でした。

そんな筆者が内弁慶と言われたので、外と家とで態度が変わってしまう人を内弁慶って言うんだろうな…という認識はしていたのですが、本当の所、意味はよく分かっていません。

という訳で今回は、“内弁慶な人”について調べてみました。

内弁慶な人が家庭にいて、困っている人も多いようで…家庭問題としては結構深刻な悩みなのかもしれません。

でも内弁慶な人が分かれば、対処?も出来るかも。

まずは内弁慶ってどんな人なのか、その人物像を把握していきましょう!

️よく聞く内弁慶ってどんな人?

内弁慶の意味を調べてみると、“家の中では強がったり威張り散らしたりしているが、外では意気地がなく、おとなしい人間のこと”とあります。

単に家と外で態度が違うってことでは無いんですね。

家で威勢がよく、外で大人しいことが内弁慶なんですね。

そう考えると筆者は、威張っていたわけじゃなかった気がするので、内弁慶と言うとちょっと違うのかな?なんて気もしちゃいます。

でも確かに、外では猫をかぶったようにおとなしかったので…当たらずも遠からず?だったかもしれません。

でもなんで、家で威張り、外でおとなしい人を内弁慶と言うのでしょうか?
これは、内弁慶という言葉の、“弁慶”が意味するところを知ると、よく分かります。

知っている人は知っているとは思いますが…弁慶は、源義経の忠実な家来として仕えた人物。

怪力無双の荒法師として有名な、武蔵坊弁慶です。

荒法師というくらいですから、本来は僧侶。

だけど時代背景的に、武装した僧侶がいて、弁慶もそんな僧兵だったわけです。

しかも相当な乱暴者でもあったそうで、そんなところから、荒法師なんて言われることにもなったのでしょう。

しかも怪力無双と言われるほどに強かったと言われているんですよね。

そんな人物像から“弁慶”は、怪力さや豪傑さを表わす例えとして使われることが多いのです。

ですので、内弁慶以外にも、弁慶が使われている言葉は沢山あるんですよね。

『弁慶の立ち往生』と言えば、“進むことも退くことも出来ない事”のたとえで、義経の盾となって敵に立ちはだかり、全身で攻撃を受けて立ったまま死んだ。

という伝説から来た言葉です。

また、『弁慶の泣き所』と言えば、向こう脛のことで、そこを蹴られると弁慶でも泣いてしまうほどに痛いことから、急所や弱点の例えとして使われています。

因みに、筆者の地元茨城県にある筑波山には、『弁慶の七戻り』と言われる場所があり、小学生の頃の遠足で、先生に説明されたなぁ…なんて思い出があります。

ここは、「あの弁慶でさえ恐怖のあまり7度後戻りした」と言われる場所で、頭上に今にも落ちてきそうな大きな岩がある登山道の一角です。

弁慶でさえ戻ったということで、その石の不安定さや、そこを通る恐怖感を表わしているんですよね。

話は脱線しましたが、このように弁慶は、誰よりも強い人の例えとして使われるのです。

しかも荒ぶれ者のような気質もあったことから、内弁慶というと、家で威張り散らす人という意味になったのでしょう。

️内弁慶ってなに?


内弁慶が厄介なのは、家ではそれだけ威勢がいいのに、一歩外に出ると意気地がない所にありますよね。

例えば夫が内弁慶な人だとしたら、それは妻や子供に対して、自分の威厳を保つためなどの理由で、必要以上に威張り散らしているということになります。

それが外でもそんな気質の人ならまだしも、自分より弱い立場であると判断した人に対してだけ行うということですから、妻や子供は納得がいかないでしょう。

それに、その内弁慶ぶりがエスカレートすれば、DVやパワハラなどの問題に発展する可能性もありますよね。

しかも内弁慶な人が相手の場合、妻は結婚するまで、その気質が分からなかった可能性が大きいと思います。

ですので、結婚したら豹変した!なんて印象を受けることも多いのではないでしょうか。

だけど結局、それがその人の本質。

内弁慶な人だったということなんですよね。

威勢がいい位ならまだ可愛いですが…度を越せば、内弁慶だからという話で片づけられる問題ではなくなってしまいます。

家庭問題ともなりうる内弁慶。

ではさらに、内弁慶な人にはどんな性質があるのかを確認していきましょう。

家の中で強がっているけど…

家の中で強がっている…と言えば可愛くも思えますが、内弁慶な人と言うと、もっと威張っていて横柄な態度だったりすると思います。

家では自分が絶対的な存在であるかのように、威張り散らしている。

それが、弁慶さながらな態度であるということですよね。

ですので、家庭では夫である立場の人がそうなり易いのかな?と思います。

もちろん、夫より妻の方が強い立場を誇示しているパターンもあると思いますし、このご時世ではそれも大いに有り得ます。

また、子供が内弁慶ということもあり、それが度を越せば家庭内暴力に発展したりもするのかもしれません。

誰が内弁慶だとしても、家庭内に内弁慶の人がいるというのは、ちょっと厄介ですよね。

筆者は結婚はしていませんが、結婚を前提に同棲していた彼が…今思えば内弁慶でした。

同棲し始めたその日から、その人の内弁慶ぶりは発揮され、その豹変ぶりに驚かされたものです。

自分のもの、もしくは自分より下の立場の人間だと認識した人に対しての威張りっぷりがひどく、暴力までには行きませんでしたが、ひどいモラハラを受けました。

同棲段階で内弁慶な人であることが分かったので、結婚せずに別れることが出来ましたが…その同棲生活ですら、今でもトラウマになっています。

内弁慶と言っても、その度合いは人によって様々なのでしょう。

でも、家と外での態度が違い、家では強がったり威張られたりするのは、程度は軽いにしても、家族にとっては気持ちの良いものではありませんよね。

外では気弱になる人


家では強がり、威張り散らしていても、外では気弱かっていうくらいに意気地がないのが、内弁慶な人。

家と外ではまるで別人で、外に出れば急におとなしくなってしまうのです。

人に威張るようなことも無く、むしろ気の優しい良い人という印象を持たれていたりするんですよね。

もちろん人は、家と外での態度に違いがある人も多い。

家は気心の知れた家族と過ごす場所で、外での人付き合いには何かと気も使いますから、態度が変わっても当然です。

だけど、内弁慶な人の場合はその差が激しいということですよね。

外で気を遣い、家では気を許す。

というレベルではなく、外のストレスを家で発散するかのような感じなのだと思います。

いくら家族が気を許せる人で、家がリラックスできる空間だとしても…ストレスをぶつけて良いはずもありません。

家族だって人間だし、感情があるのですから。

それに家族は、家族に見せる顔と、外で見せる顔にそれだけ違いがあることを、知らずに過ごしていたりもしますよね。

それが何かのキッカケで知るところになると、ガッカリしたり、怒りが沸いて来たりもするのではないでしょうか。

「家でのあの態度はただの強がり!?」なんて…。

反対語は逆弁慶

因みに、内弁慶の反対語は逆弁慶?とも言われているようで、それ以外にも外弁慶?なんて思っている人もいるようですが…どちらも正式な言葉ではないようですね。

そもそも弁慶が、敵から見て怖れられる存在であって、外でその豪傑さを振るった人。

一方で、主人である義経には忠実な家来として仕え、その身を盾にしてまで守ったのですから、内(家族)に対しては優しかったとも言えます。

つまり、弁慶のような人という例えがあって、反対語として内弁慶という言葉も生まれたと言うこと。

弁慶と言うだけで、外で威勢がいい人を言い表すことになるようです。

筆者も…逆弁慶と言われているのは知らなかったものの、内弁慶の反対は外弁慶だと思っていました。

ひとつ勉強になりましたね!

何にしても家族にとっては、外で威勢よくバリバリやってくれた方が、頼もしい存在ですよね。

内弁慶か弁慶かの違いは、家族にとって見過ごすことの出来ないゆゆしき問題。

どうせなら、弁慶のような人であって欲しいと願うばかりです。

️内弁慶な人の12の特徴

さて、ここまでで大分、内弁慶がどんな人かも分かってきましたね。

ここからはさらに、内弁慶であるかどうかを見極めるために、『内弁慶な人の特徴』について探ってみたいと思います。

内弁慶のような人が家族に居て困っている人、もしくは自分が内弁慶かもしれないと感じている人。

身近にいる人が内弁慶なんじゃないかと感じている人も…。

それぞれに、内弁慶であるかどうかを確認することは、とても重要なことですよね。

人の性質をしっかり把握することで、その人へのイメージや、対応の仕方も大きく変わってくるものです。

それに、いずれ結婚したいと考えている相手が内弁慶だとしたら…それは避けておきたい!事前に知っておきたいことです。

また、本人が自分の家と外での態度の違いに悩んでいたとしても、内弁慶なのかどうかを知ることで、解決策も見えてくるかもしれません。

どんな立場の人から見ても、本人にしても、良い意味になることはない内弁慶。

そこにはどんな特徴があるのでしょうか。

目が笑ってない

内弁慶な人を外見で判断するひとつの基準になりそうなのが、“目が笑っていない”という特徴。

ニコニコと笑ってはいるんだけど、目は笑っていない!つまり表情と、内心考えていることが一致していないんじゃないかと思わせられるような人だということです。

笑っている時に目が笑っていないと、それは無理に笑顔を作っているということにもなるんですよね。

内心笑っていないのに、表面的には笑って見せるということは、外で気を遣っていたり、外での印象を気にしていたりするからなのでしょう。

それが、内弁慶な人の気弱な部分でもあるし、本心を隠している表裏のある人間性であると感じさせる特徴なのです。

この様に、実際の本心を隠して人に合わせたり、人からの印象を気にしたりするということは、外で我慢しているということになります。

そのストレスが反動で、家では強気になってしまったりもするのでしょうね。

ただ、これは人が感じる内弁慶な人の印象であって、ニコニコしていても目が笑っていないという特徴だけでは、内弁慶かどうかは判断しかねるように思います。

家でもそんな人なのかもしれないし、表情全体で笑顔を作るのが苦手と言う人も、中にはいますよね。

だけど与える印象は内弁慶なのでは?となってしまいますので、実際にそうではない人にとっては、ちょっと理不尽。

筆者の感覚としては内弁慶な人って、外で疑いをもたれるようなことはしないんじゃないかな?って気もするんですよね。

もっと完璧に、自分の本来の姿を隠しきるんじゃないかって。

逆に家でのほうが目が死んでいたり…なんてことも?まぁそれも、人によって違うのかもしれません。

どちらにしても、笑顔なのに目が笑っていないというのはちょっと怖い。

内弁慶じゃないのにそう思われてしまう人は、治したほうがいいかもしれませんね。

家では口達者

内弁慶な人は、“家では口達者”なんて特徴があるとも言われています。

家では大きなことや偉そうなことを言っていても、実際外に出ると行動には移せないということで…つまり口だけの人だということ。

例えば、家では上司のことを何かと批評して、「自分ならこうする」「自分ならもっと上手くやれる」なんて言っているのに、いざ上司を目の前にすると、褒め称えてゴマをすっちゃう。

そんな人っていますよね。

家では饒舌に、上から目線の物言いをしているのに、ひとたび外に出ると、人に物言いなんて出来ないのです。

外でそんなことになっていると知らない家族にとっては、頼もしい人だとも思っているかも。

実態を知ったら、幻滅してしまいますよね。

こういう人、男性の方が多いような気がします。

そもそも弁慶が男性ですから、内弁慶もどちらかと言えば男性に使われることが多いでしょうね。

案外女性の方がその辺は強くて、肝が座っていたりもするのではないでしょうか。

まぁでも、口達者くらいなら内弁慶とは言っても可愛いものです。

だけど、あんまり家族をガッカリはさせないで欲しいですよね。

奥さんの悪口を言う

“奥さん(身内)の悪口を言う”ような人も、内弁慶な人の特徴と思われています。

これは外で言う悪口を聞いて、第三者が感じる内弁慶な人の特徴ですね。

奥さんの悪口を言っているような人は、家でしか強くでられない人という印象を与えるようです。

この特徴により第三者が内弁慶な人だと感じるということは、普段は悪口を言うようなタイプじゃないと、思われているということでもありますよね。

いつも接しているその人は、物腰が柔らかくて、人に文句を言えるような人じゃない。

それなのに、奥さん等身内に対しては不満たらたら…。

ということは、身内に対しては、自分の方が強い存在だという感覚を持っていることにもなります。

だから何かと不満もあり、悪口も出てくるのです。

これって、身内の立場になった時、とても嫌なことですよね。

その悪口を聞いている相手は、それが自分だと置き換えて、とても嫌な気持ちになっているということです。

「この人、家族の前では私の悪口を言ってるのかもな」なんて思われている可能性もあるでしょう。

内弁慶にしても、そうじゃないにしても、悪口を言うような人は好かれません。

与える印象も悪いし…性格が悪いと思われても仕方ありません。

どんな状況にしろ、人の悪口を言うのは卑怯!人に面と向かってモノを言えず、影でしか悪口を言えないような卑怯さも、内弁慶と言われてしまう人柄だと言えるのではないでしょうか。

家庭の愚痴が多い

“家庭の愚痴が多い”のも、第三者が「この人内弁慶」だと判断する特徴なんです。

これも、奥さんの悪口を外で言うのと似たようなことですよね。

ただこの場合、愚痴であることが1番に「自分の意見をハッキリ言えない人」という印象を与え、それが内弁慶だと思われる理由になっているようです。

家庭の愚痴のみならず、愚痴っぽい人は、面と向かって人に意見が言えなかったり、それによって自分の中に、遂げられない思いを溜め込んでいたりするからですよね。

つまり、自分を隠したり我慢してしまう人だということで、その溜め込んだストレスを、家で発散している可能性があるということです。

このように溜め込んで我慢しているものが、飲みの場などでつい愚痴となって出てしまう。

そうすると、「この人内弁慶かも」と思われてしまうのです。

意気地なし

内弁慶の代表的な意味としても挙げられているように、内弁慶な人には“意気地なし”という特徴もあります。

意気地なしとは、気力がなくて役に立たないこと。

つまり、役立たず!ということでもありますよね。

弁慶なら、外で体を張って闘ってくれるけど、内弁慶は大事な局面で役に立たないのです。

なのに家では威勢がいい…。

これでは、家族にとっては、役に立たないのに態度だけは偉そうにされて迷惑。

家で見せる威勢のいい態度も、役に立つことがあるどころか苦しめられるばかりです。

内弁慶な人は、肝っ玉が小さいだけの人なんですよね。

人に嫌われたくない

内弁慶な人には、“人に嫌われたくない”という特徴もあるんですよね。

結局はこの「嫌われたくない」という思いが、外面の良さや、外でのおとなしい態度を作っているということです。

人に嫌われたくないという思いは、もちろん誰にだってあるものです。

ですので、外面が良くなってしまう気持ちも分かります。

だけど内弁慶な人の問題は、家と外での態度のギャップがありすぎることですよね。

人に嫌われたくないという思いが強すぎるため、外では過剰に人の目を気にしてしまい、怖くて何も言えないし何も出来ない。

そういった我慢のはけ口が、家庭になってしまうんです。

しかも過剰に我慢していればいるほど、その反動も大きい!
それでは家族も困ってしまいますよね…。

そもそも家族だって“人”。

人目は気にするのに、家族の目は気にならないのでしょうか…?内弁慶な人はそれを忘れて、家族を物か何かと勘違いしてしまっているんですよね。

家族も人で、その態度に傷つけられているということ。

その態度で家族に嫌われているかもしれないことに気付かないと…安らぎの場所も、気付いたら無くなっていた。

なんてことになり兼ねません。

外面はとても良い

人に嫌われたくないがために“外面はとても良い”。

これも、内弁慶な人の特徴です。

内弁慶な人の外での態度は、意気地なしでおとなしいとされていますが…必ずしも静かという意味でのおとなしさだけではないんですよね。

家の威勢の良さや饒舌さと比べておとなしいのであって、外で内気で控え目になってしまうとも限りません。

明るく良くしゃべるような人だって、内弁慶な可能性があるのです。

それが、外面が良い人という特徴にあるんですよね。

外面が良い人は、表面上上手く取り繕える人。

なので、人には好印象に見られるのです。

そういった外面の良さは、控え目な態度となって表われる人もいれば、明るく活発な態度で表われる人もいますよね。

どちらにしても、本人の気持ちとは裏腹な態度をとっていて、それが無理をしているようであれば外面がよい人。

そして内弁慶な人は、その外面の良さとは真逆な態度を家庭で見せるわけで…。

外面がとても良いという特徴をもった内弁慶な人は、かなり厄介なようにも思います。

ただモノを言えないくらいならいいですが、自分を良く見せようとして、無理に良い人キャラを演じたりしているので、本人の偽り度も大きくなります。

そしてそのストレスは、相当なものになるはずです。

外で明るく振る舞い、饒舌なくらいになってしまう内弁慶な人は、家では全く心が無いと感じるほどに冷たい人になってしまう可能性も…。

そうなると、家族はビクビクして過ごさなければならないかもしれません。

実際、筆者が以前同棲していた内弁慶な彼も、こんな人でした。

外面が良く、明るくて人気者くらいの人柄なのに、家ではまるで殺人鬼のよう…。

外で自分を偽れば偽るほど、家での態度はひどくなってしまうんです。

こんな内弁慶な人だと、家族にとっては危険度も高い!どう上手く付き合うかを考えるよりも、離れることを考えたほうが良いかもしれませんね。

見栄っ張り

内弁慶な人には、“見栄っ張り”という特徴もあるようです。

外面が良いのですから、外では何かと自分を大きく、良く見せたいと思っているということ。

見栄っ張りにもなってしまうのでしょう。

だけど外面が良いのと同じで、あまり自分を飾ってしまうと疲れるもの。

その見栄を保つために無理をして、ストレスが溜まってしまうのです。

それが家では、真逆の反応に出てしまうんですよね。

人には誰にでも、多少見栄を張ってしまうことはあるでしょう。

だけどそれも度を越すと、その見栄を張り続けるために自分を偽らなければなりません。

それは、生活や家庭に支障をきたすことにもなり兼ねないのです。

見栄を張るのは自信の無さの表れでもあると言われています。

自分の弱さを、見栄を張ることで誤魔化したいのです。

それをやり続けることは、家族が迷惑するだけじゃなく、次第に自分を失っていくことにもなってしまいます。

そもそも内弁慶な人は、何か心に弱さを抱えていたり、心のバランスが壊れていたりするんですよね。

もし自分に内弁慶な所があると気付いているのなら、自分を客観的にみて、しっかり自分の内面と向き合ってみるといいかもしれません。

内弁慶な人を家族に抱えて悩んでいる場合も、本人に気付いてもらうことが何より大切だと思いますよ。

実は臆病

内弁慶な人が抱える心の弱さ…それは内弁慶な人が“実は臆病”という特徴にも表われていると思います。

内弁慶な人はとっても臆病。

臆病な犬ほど吠えるのと同じで、臆病な人ほど攻撃的になりがちです。

だけど臆病ですから、外で攻撃する勇気なんてありません。

だから家で吠える。

それが、内弁慶な人だったりもするんですよね。

しかも人の場合は、人を選んで吠えたりする。

それが内弁慶な人にとっては家族になってしまうんです。

臆病になってしまうのは、人の目や評価を気にしてしまうから。

また、元々持っている気弱な性格や心配性な性格、自分に自信が無く他人に依存しやすいところも、影響していたりします。

内弁慶な人はその臆病さから、外では吠えることが出来ません。

だけど、何をしても許してくれそうな家族には、攻撃したりもしてしまうのです。

内弁慶な人の場合、依存対象は家族なんだと思います。

それが悪い形で出てしまうんですよね。

人に合わせる

内弁慶な人は、“人に合わせる”という特徴も持っています。

これは、内弁慶な人の外での特徴と言えますよね。

外では、人に意見をすることも無く、自分の意見を主張することも無く…何でも人に合わせます。

反対意見を言って敵を作りたくないし、自分の意見に自信も無ければ、そんなワガママを言ったら嫌われるとも思っているでしょう。

だから外ではおとなしく、人に従う人を演じるのです。

そのぶん家では、ワガママな一面を見せたりしているでしょうね。

それも家族を困らせてしまうようなワガママを、譲ることなく通したりしていると思います。

家では自分の欲求を解放し、外での我慢を解消しようとするのです。

だから家族は困ってしまうんですよね。

家族だって人で、協力していかなければなりません。

家族は、欲求不満の解消場所ではないのです。

意見を言わない

人に合わせるという特徴の中でもお話しましたが、内弁慶な人は“意見を言わない”人です。

もちろん外での話ですが…。

全く自分の意見を言わず、何でも人に合わせてしまう人って居ますよね。

そういった人全てが内弁慶とは限りませんが、その傾向も多いんじゃないかと思えます。

人には誰にだって、自分の欲求や意見があるものだし、あまりにも意見を言わない人って、逆に不自然ささえ感じてしまうんですよね。

意見を言わないのも、人の目を気にしていて、嫌われたくないという気持ちの表われだと思います。

だけど、あまりにも意見を言わずに人に合わせてしまうのは、逆効果だったりもしますよね。

案外周囲の人は、“嫌われたくない”というその人の本心を、見抜いていたりもするのです。

それに、毎回相手に意見を言わせ、何かを決めさせているということでもあり…これって、相手への押し付けでもあります。

意見を言わない人って、そこに気付いていない人があまりにも多い!人に何でも押し付けておいて、好かれたいなんて、都合のいい話です。

内弁慶な人は、臆病すぎるゆえに意見を言えないのだとは思いますが、周りが見えていない人だったりもするんですよね。

実は「嫌われたくない」という自分の欲求を押し通していて、それでいて自分は我慢していると思っている。

本当に厄介な性質なんです。

しかも結局その我慢を、家族にぶつけたりするんです。

内弁慶な人にはもっと広い視野が必要だと言えそうです。

裏表が激しい

ここまででお話してきたように、内弁慶な人はつまり、“裏表が激しい”ということです。

その裏に接するのが家族で、外で見せるのは表。

家族の思うその人と、外で接している人が感じるその人とでは、印象に大きなギャップがあるんです。

ですので、内弁慶な人の片面だけにしか接していない人は、その人が内弁慶だとも気付かなかったりもすると思います。

だけど、長く一緒にいれば、ギャップがあることにも気づいてくるものです。

筆者の場合、同棲していた彼が内弁慶だと分かったのは、一緒に仕事をしていたから。

同棲を始めた時の豹変ぶりも相当なものでしたが、その後の筆者と居る時と、外でのギャップも相当なものでした。

その人の場合は、筆者と第三者がいる場合は、必ず表面を出します。

だから、外での印象が悪くなることはありませんでした。

筆者だけが苦しみを抱えている状態で、誰に相談しても分かってもらえない。

そんな状況に、追い込まれていたんですよね。

表裏の激しさって、パッと見は分かりません。

長く付き合っていってようやく分かるもの。

家族になる前に、付き合う前に気付ければいいんですけどね…。