「あの人には頭が上がらない」という言葉を聞いたことはありませんか?なんとなくそのフレーズを耳にしたことはあっても、普段暮らしていてあまり触れる機会のない言葉かもしれません。

いい意味なのか悪い意味なのか、そもそもどのような人を頭が上がらない人と呼ぶのでしょうか。

️そもそも”頭が上がらない”とは?

頭が上がらないとは、相手に対して何かしらの借りや負い目を持っているため対等な立場になく引け目を感じるといった意味です。

なので何かしらの動機で、相手に対して行動を起こしたくても後ろめたさがあったり引け目を感じてしまいそれができない・制限されてしまうといった状況を意味しています。

この意味を踏まえて、使用例を何個か考えてみましょう。

相手の方が立場が上という関係


例・上司の◯◯さんにはいつも失敗をフォローしていただき頭が上がらない。

自分より相手のほうが立場が上なため、とうていかなわないといった状態です。

このような状況で相手に対して強気に出ることは無理ですよね。

何か不満に感じることがあってもそれを口にすれば「フォローしてもらっているのに生意気」だと思われかねません。

引け目を感じ対等になれない関係

例・浮気を許してもらってから、彼女には頭が上がらない。

自分のしたことで相手に嫌な思いをさせてしまった、または自分のやった悪事を向こうだけが知っているという状況で、引け目を感じてしまい対等になれないといった状況です。

例文の状況では、男性が浮気をしてしまったことを彼女が知りつつも別れないでいてくれたようです。

それを考えるとまさに弱みを握られた状態で、きっと彼は当分彼女に何かを頼まれても断れないはずです。

反抗することができない

例・彼には弱みを握られているので、とうてい頭が上がらない。

対等になれないため、もちろん反抗したり裏切るなんてことはもってのほかです。

頭が上がらない人に対しては、絶対に逆らうことができません。

間違えやすい”頭が下がる”

頭が上がらないという言葉と非常に似通った、「頭が下がる」という言葉があります。

頭が上がらない=頭は下がっているということなのだから、同じような意味じゃないの?と思いがちですが微妙に意味が違うのです。

ちゃんと意味を知らないと間違ったシーンで使用してしまうことがあるので、きちんと違いを知っておきましょう。

敬服しないではいられない

頭が下がるというのは、「敬服しないではいられない。感服する。」といった意味だそうです。

強い恩義を感じていたり、もしくは弱みを握られたりしているときに使う「頭が上がらない」に対して、
「頭が下がる」は誰かの言動に対して自然と湧き上がってくる感謝・尊敬の念を意味します。

感服する

感服するとは、深く感心し尊敬の気持ちを抱くこと。

何か自分に負い目があったりするわけではなく、自然とそういった気持ちになれる場合「頭が下がる」を使いましょう。

「彼女の優しさには頭が下がる」

例を上げるとこのような感じです。

「頭が下がる」を使う場合、目上の人に対しては避けましょう。

目上の人を敬うのは当然のことであり、そもそも「頭を下げて」いないといけない存在です。

なのに特定の言動に対して頭が下がると表現した場合、普段は尊敬されていないように受け取られてしまう場合が多いです。

なので頭が下がる、を使う場合は本人がいないところで褒める場合などにし、直接の感謝を伝える際は「いつも感謝しております」「尊敬いたしました」などの率直な言葉を使いましょう。

自分が相手より下=”頭が上がらない”

まとめると、対等な立場の場合は「頭が下がる」。

そして自分が相手より下だと思う場合は「頭が上がらない」だということです。

️頭が上がらない人の17個の特徴


周りの人から「あの人には頭が上がらない」と言われている人はどんな人が多いでしょうか。

特徴を調べてみました。

毎日一生懸命働いている

毎日仕事をしていると何もかも投げ出したくなってしまうことってありますよね。

どんな仕事であれ働いていくのは簡単なことではないですし、悪影響が出ない程度に手を抜いたりサボったりしてしまうときもあるかもしれません。

頑張らなくても、就業時間の間だけ会社にいればお金がもらえるという考え方の人もいますし、頑張ってもサボってもどちらにしろ給与が変わらないのであれば頑張るだけ無駄、できるだけ頑張らないでいたほうが得だと考えている人すらいます。

確かに頑張ったからといって、それがすぐ結果に結びつくことは少ないでしょう。

しかし一生懸命働いている人はやはり目立ちます。

損得勘定を抜きにして、与えられた仕事を全力で頑張る姿勢は尊敬を集めるにちがいありません。

正しい心を持っている

正しい心とはどういった意味でしょうか。

まず、正しいという言葉はとても難しいですよね。

辞書には「誤りがないこと」と書かれていますが、じゃあそれもどういうことなのかと聞かれると正解はどこにもないような気がしてしまいます。

人それぞれ「正しさ」は違うため、ここでは「自分にとっての正しさの基準を明確に持っている」ことを正しいと言い表したいと思います。

基準があっても、世の中の流れに乗ってそれを捨ててしまう人もいますが、正しい心を持った人はそれをしません。

空気を読んだり周りに合わせたりすることが推奨される今の世の中では、「みんながやっているから自分もやる」という風潮がよくみられますが、正しい心を持った人はそれが自分の道徳基準に沿わない場合は合わせたりはしません。

礼儀正しいしっかり者

どのような人に対しても礼儀正しく接し、それは目上の人に対してもそうでない人にも同じです。

話相手を思いやる心を持っているのと同時に、時と場合に応じてどのように振る舞えば相手に失礼がないか素早く考えることができます。

それは普段から礼儀正しく振る舞うための知識をきちんと自分のものにしているからでもあります。

礼儀正しく見られるためには正しい敬語で話すことが必須条件ですし、知っておかなければいけないマナーもたくさんあります。

要するにこのような人になるには、頭のよさと努力が必須条件。

また、あまりに丁寧さだけを追い求めてしまうと「慇懃無礼な人」として
逆に反感を買いかねません。

ほどよい親しみやすさやユーモアのセンスも必要です。

また頭の回転が速いため、急に意見を求められた時でもすぐに自分の思っていることを整理してはっきりと周りに伝えることができるしっかり者な面もあり、仕事などで周りに頼られることが多いでしょう。

いつも笑顔で振る舞う

また、どんな時でも笑顔を絶やさないというのも特徴的です。

それも決して無理に笑っているわけではありません。

笑顔の人を見ると自然とやさしい気持ちになりますよね。

逆にピリピリしていつも怒っている人を見ると「何もあんなに怒ることないのに」とこちらまで苛立ってくるのではないでしょうか。

それは誰でも共通して言えることだと思います。

だからこそ、笑顔の人の周りには気持ちが明るい人が自然と集まってくるのです。

周りにいる人みんなが笑顔だと、どんどん笑顔の連鎖が起こっていき常に笑顔でいられるというわけです。

とはいえ笑える気持ちではない時もあるのは確かかもしれません。

けれどそんな時でも笑顔を作ってみると、自然と気持ちが明るくなってくるはずです。

脳からα波という脳波が出ているということは聞いたことがあるのではないでしょうか。

リラックスしているときや集中しているときに出るもので、この脳波が出ているときにはなんとストレスが軽減されると言われています。

そしてこの脳波は、驚くべきことに「顔が」笑顔なら心が伴っていなくても出てくれるそうなのです。

そう思うと、ぶすっと無表情でいるより笑顔でいるほうが自分にとっても周りにとってもどれだけ良いかよくわかりますよね。

権力を持っている偉い人

権力を持っている偉い人と聞くと怖いイメージを持ってしまいそうですが、実際そうではない人も多くいます。

権力を持っている人はたくさんの部下を束ねていかないといけない存在です。

そうなるには部下の指示を得ることが必要不可欠と言えるでしょう。

なので、ちょっとした役職を得たからといって偉そうにしたりそれをかさに着るような人はそこでふるい落とされてしまいます。

しかし、偉くなると人に気を使っている暇もなくなってゆきます。

指示を出して周りをコントロールしなければいけないので、そんな余裕もなくなりますし、小さなことを気にしてチャンスをふいにしたくないという気持ちも強いでしょう。

なので言わなければいけないことははっきりと言う人が多いですし、それが普通の人であれば言い出しにくいことでも関係ありません。

仕事に差し支えたり、間違ったことをしている人がいればきっぱりとダメだしができます。

そんな人が職場にいると、「頭が上がらない人」と表現されるでしょう。

圧倒される威圧感を持っている

威圧感のある人というと、これも怖い人なイメージがありますよね。

実際は特に偉そうなことを言ったり周囲を威圧したりするわけでもないのに、周囲にプレッシャーを与える人のことを「威圧感がある」と言います。

パッと見の印象で言うと、背が高かったり、目力のある人がそういった印象を与えることが多いでしょう。

上から見下ろされたり、鋭い眼光で見つめられたりするとこちらの思惑などすべて見透かされているような気持ちになってしまいます。

また、周囲に威圧感を与える人はどんな時でも早口でしゃべったり高い声を上げたりしません。

低い声でゆっくりと喋ります。

普通の人なら慌ててしまうような場面でも、その喋り方を貫くと余裕があるように見え、相手に「この人なら何とかしてくれるかもしれない」という安心感をもたらします。

そして実際、問題をささっと解決してくれるような仕事のできる優秀な人であることが多いです。

外面ばかり取り繕っていてもいつかはばれます。

優秀である人からにじみ出る威圧感は、ただ偉そうにしている人とは一線を画すものです。

このように、威圧感のある人は決して怖い存在ではありません。

時と場合によれば、威圧感は頼もしさや安心に変わるでしょう。

それゆえに周囲から尊敬されるのです。

非常に優しく人を許す

自分が優秀だからと言って周りの仕事ができない人を見下したり、失敗をいつまでもあげつらったりするようなことはしません。

反省していることがわかれば、そのせいでもし自分に迷惑がかかっていた場合でも優しく許します。

それは自分の心に余裕があることと、小さなことにいつまでもこだわっている暇がないというのが理由です。

いつまでもちょっとした人の言動を引きずって、ぐちぐち言っている人を見ると「よくそこまで覚えているなあ」とか、「暇なのかな」とか思いませんか?許せる人はその逆で、ほかにやらなければいけないことややりたいことがたくさん待っているため引きずっている時間などないのです。

また、そもそも自分と他人とは違う人なのだから仕方ない、と一線を引いて客観的にみられる性格であることも関係しています。

自分はできるけれど、あの人には難しかったのかな、自分にも苦手なことはあるから仕方ないな、といった具合です。

こういった考え方をしていると、周りの失敗や手際の悪さも許せるようになります。

そうすることで、周りからの人望も厚くなります。

困っている人をすかさず助ける

困っている人がいたら、迷わずに助けてあげることができます。

自分を他者を思いやれる責任感の強い性格だと考えているため、そのように行動できるのです。

これが逆に面倒なことは嫌いな性格だと自負している人ならそいうはならないでしょう。

人は自分がそう思っている通りに行動するわけです。

また、良い行いをすれば自分にやがては返ってくるものだと信じている面もあります。

情けは人のためならず、と言う言葉がありますがまさにその通りで、ある程度自分の行動は自分に跳ね返ってきます。

身近にそのような経験をした人がいるか、もしくは自分の身をもって体験したことがあるのかもしれません。

また、社会においての責任感が強く、困ったときはお互い様だと考えています。

誰かが困っているときに手を差し伸べるのは社会の一端を担う者として当然だと考えるのです。

そんな性格のため、自分に少なからず自信のある人だと言えるでしょう。

しかも根拠のない自信ではなく、今まで自分が人のためにやってきたことで幸せになれているため、家族や友人、会社の同僚などが困っている姿を見たときためらわずに手を差し伸べることができるのです。

もちろん助けてもらった側は感謝しますし、後になってもずっとそのことを忘れないでしょう。

困難に負けずに立ち向かう

何か大きな問題が起きたとしても、それをすぐに無理だと投げ出したりはしません。

パニックになったりする前に冷静に考えて、今やるべきことを的確にやります。

困難な状況になると不平不満が出てしまったり、場合によっては泣いてしまったりすることすらあるかもしれません。

が、このような人たちは困難な状況をこそ自分を成長させてくれるチャンスだと考えます。

確かに楽なほうへばかり行っていてはいつまで経ってもそのままです。

そしてどのように対処すれば事態が好転するか考えることすら楽しめるポジティブさがあり、「無理だ」「できない」「もうダメ」というようなネガティブな言葉は口にせず、自分を鼓舞する「大丈夫」「私ならできる」といった言葉を使います。

実際脳は自分が発した言葉をすべてそのまま受け取るそうなので、前向きな言葉ばかりを選んで話していると自然と気持ちも前向きになっていくようです。

そして成功した経験も多く、その経験を根拠に良い未来が想像できるというのも強みです。

前もできたんだから今回だって大丈夫。

そう思えるタフな気持ちは、成功へと繋がっていきます。

不正をせず正々堂々としている

不正に手を染める人は自分に自信がありません。

その割に見栄っ張りで周囲と競いたがる面倒な性格なので不当な所得を得て派手な生活をしたり、ずる賢い方法でほかの人の足元をすくおうとしたりします。

それに比べ、頭が上がらないと周囲から言われやすい人は、自分に自信があるため不正をはたらく必要がありません。

そして自分は自分、他人は他人だと思っているため人と比べたり競ったりすることもなくいつも堂々としています。

不正と言っても、暗黙の了解で周囲がみんなやっているような小さなものもあります。

しかしこのような人はそれでも正しいことを貫きます。

正義感が強いため、少しのずるでもしてしまうと良心が傷んでしまうのかもしれません。

それくらいなら、最初からやらないほうがましだと考えるのです。

また、非常に自分が不利なことでも、聞かれれば誤魔化すことなく正直に話します。

それにより何か問題が起きた場合は、責任をもって対処しようとする誠実さもあり、周囲から信頼される要因となるでしょう。

隙を見せない強気な態度

これまでの人生に裏打ちされた絶対の自信を持っており、そのためとても強気な場合もあります。

厳しい社会を生き抜いてきたため、隙を見せると付け込まれるのではないかとほかの人に自分の弱いところを見せることに抵抗を持っている人がいるのです。

このような人とは仲良くなるのに結構な時間がかかるかもしれません。

最初はとても冗談など言える雰囲気ではないでしょう。

しかし仕事上ではこの上なく頼れるパートナーになります。

恵まれた才能を持っている

何かしらの恵まれた才能を持っていることも多いですが、ここで勘違いしてはいけないのは才能のある人=努力せずともできてしまう人ではないということです。

努力は最大の才能という言葉がありますが、どんなに優れた能力の持ち主でもそれに胡坐をかいて何もしなければ才能は磨かれず、ずっと原石のままです。

また、努力の度合いも半端なものではなく、常人なら「もう十分だ」と考え納得してしまいそうな結果が出ても、自分にとって最良の結果だと思えない限りはずっと挑戦し続けます。

それが苦ではないため天才と呼ばれる類の人は自分がそうだとは全く自覚していないことが多いようです。

また、独創的なものの考え方をし、さらにその考えを周りにどういわれても貫き通せる意志の強さも特徴です。

【才能については、こちらの記事もチェック!】

努力で実力を身につけている

いくら輝かしい才能の持ち主であったとしても、周囲から尊敬され一目置かれる存在の人にまったく努力をしていない人などいないはずです。

努力している人は、自分を極端に卑下したりすることもなければ、かといって必要以上に天狗になることもありません。

ただ、自分のありのままの姿を客観的に見つめることができます。

自分のことは自分が一番よくわかっているように思いますが、自分の能力を客観的に見つめることはとても大事なことです。

これができれば自然と自分に足りないものはなんなのか、何をこなしていくべきなのかがわかるのです。

また、「これでいいや」と満足してしまうということがありません。

ハングリー精神に富んでおり、目指すべき目標が常にしっかり定められています。

ひとつ目標を達成したら、次はこれ、その次はこれ…と、終わりがありません。

もしそれが今の生活にさしてかかわりのないことであったとしても、どんどん目標を達成していきたいという気持ちが強いのです。

また、努力を続けることが習慣になっており、もはやそれを努力とも思っていないようなところがあります。

当たり前のことなので、「頑張ってるね」と言われたところで「いや、普通のことしかしてないよ」と帰ってきます。

それは別に謙遜を言っているわけではなく、本当にそう思っているからなのです。

欠点が見当たらない

欠点のない人などまずいません。

しかし欠点が見当たらない人と言うのは少なからずいるものです。

どうしてそう思うのでしょうか。

まず私たちが注目するのはその人の人柄ではないでしょうか。

感じが悪かったり妙に人見知りな人はあまり印象が良いとはいえないと思います。

欠点が見当たらない人はもともとの性格がよく、さらにコミュニケーション能力にたけているためいつでも明るくユーモアもあり周りには人が絶えません。

ですが明るく社交的なだけではなく、まじめで誠実さもあり絶対にいい加減なことはしません。

他人の相談事にも親身になって答えてくれるような面もあります。

培ったコミュニケーション能力で仕事のやり取りも円滑に進めることができますし、ポジティブシンキングで人の悪口を言ったりしないため一緒にいて楽しい人、安心してなんでも話せる人だとみなされるでしょう。

性格の面でこれだけ美点があっても、仕事ができなかったり能力の面で劣っていては完璧とは言えません。

このような人は、仕事の精度やスピードにも定評があることが多いです。

また性格の良さやコミュニケーション能力も仕事に生かされており、思わぬ方向に人脈があったりします。

貸しをたくさんつくっている

職場などで毎日過ごしていると、時には周りの人に助けられたり助けたりすることもありますよね。

頭が上がらないと言われやすい人は、圧倒的に周囲に借りをつくるより貸しをつくっていることが多いです。

もし借りを作った時でも、自分の得意なことでカバーしてすぐに返すことができます。

貸しをつくるというと計算高い詐欺師のような人を思い浮かべるかもしれません。

しかし、実際このような人は見返りを期待したり下心を抱いているわけではありません。

相手は助けてもらったことをたいへん感謝していても、「自分にやれることをしただけ」だと本気で思っています。

このように本心から出る親切は人の心を動かします。

なにかこの人が困っているときは、次は自分が助けてあげようと思うに違いありません。

逆に下心があっての親切ならば、それは相手にすぐ伝わってしまいます。

偽善は行いや言葉の端々ににじみ出るものですから、鋭い人ならばすぐ「この人に借りを作るのは危険そうだ、やめておこう」と思うでしょう。

実際そういった人に借りを作ってしまえば最後、ずっとそのことをかさに着て恩着せがましく話して来たり、酷い時には「あの時助けてやっただろう」などとあからさまに見返りを要求されるかもしれません。

考えるだけでうんざりしてしまいますよね。

見返りを求めていない純粋な「困った人を助けたい」という気持ちだからこそみんなに頼られ、どんどん貸しが増えていきますし、自分が困ったときや困難な状況のときも周りに人が集まってきてくれるものなのです。

経済力がありよく奢る

基本的に気前のいい性格をしているため、周りの人のためにお金を使うことにためらいがありません。

周りからしてみれば、「なんで他人のためにあんなにお金を使えるのだろう」と思われることもあるかもしれないくらいです。

そんな使い方をするなんて馬鹿だなあと考える人もいるかもしれません。

しかし他人のためにお金を使うことで、お金に愛される人になることができるようなのです。

お金が入ったら、周りの人にちょっとしたプレゼントをしたりご飯をおごったりすることで、自分にやがて帰ってきます。

風水においても、お金をためらわずに使うことで「循環する」つまりはまためぐりめぐって自分のもとに帰ってくるという考え方が基本なようです。

むしろお金をため込んで使わないままでいると、「流れを止める」ことになってしまいそれ以上減りはしないものの増えもしないと言われています。

これは考え方のひとつですので信じる信じないは自由ではありますが、実際ケチな人で大金持ちな人はあまりいないのではないでしょうか。

お金を持っている人は気前がよく、おおらかな性格であることのほうが多いはずです。

このような生き方をしていると、「あの人についていれば奢ってもらえる」と考える人にたかられたり、また騙されたりすることが多いのではないかと心配になってしまいますが、そのあたりは抜け目がありません。

このような性格の人は人を見る目がちゃんと備わっています。

奢ったりプレゼントしたりする相手は自分がお世話になっている人や大好きな人を選びますし、そうではないくだらない人のことははなから眼中にはありません。

人のためにお金を使っているように見えても、自分の大好きな人の喜ぶ顔が見たいという、自分のためでもあるのです。

ふてくされずまっすぐ生きている

自分にとって嫌なことがあったり、失敗してしまうことはどんなに完璧に見える人にもいつかは起こることです。

しかしそんな時でもふてくされたり、あからさまに機嫌を悪くしたりすることはありません。

もし自分に悪い点があれば誠心誠意謝り、問題を解決しようと努めます。

しかし時には自分は悪くないのにトラブルにまきこまれたり理不尽に怒られたりすることもあるでしょう。

なんで自分ばっかり、といやになって何もかも投げ出してしまいたくなるようなそんなときにも、腐ってしまうことなくまっすぐに生きています。

なぜそうできるのかというと、常に自分にも周りにも正直に生きていて、そういう自分を誇りに思っているからです。

もしつらいことや嫌なことがあっても、自分が正しいと思うことを貫くことで自分を嫌いにならずにすみます。

しかし、まっすぐに生きている人は何も自分のことだけを正しいと思い込んでいる猪突猛進な人であるというわけではありません。

そういう人は逆に自分の世界だけに閉じこもり周りはわかってくれないとすねてしまうような性格になってしまいます。

まっすぐな人は、積極的に自分が知らない世界に出ていって常に新しいものを吸収しようとしています。

そして素直な性格なので、今まで自分が触れてこなかったような人やもの、考え方に出会うとまず興味を示して深く知ろうとします。

そしてそれが気に入るとすぐに自分の中に取り入れることができる柔軟性も持ち合わせているのです。

ですから常になんにでも興味津々なアクティブな人と言う印象を周囲に与えるでしょうし、そのように柔軟な考え方をできる人はそうはいないので周りから珍しがられると同時に愛され、尊敬される存在になることでしょう。

️あなたの頭が上がらない人はどんな人?

ここまでいろんなタイプの「頭が上がらないと言われやすい人」を紹介してきましたが、あなたの周りに同じようなタイプの人はいますか?
頭が上がらない=たくさんの人に恐れられていると思いがちですが、そう嫌な意味ばかりでもないのです。

いろんな人に尊敬され、手助けをしているということになるため優秀な人なのはもちろんですし、困っている人を見過ごせないような高い道徳心の持ち主でもあります。

もしあなたにもそんな人がいるなら、それは幸せなことかもしれません。

いつもどんなふうに仕事をこなしているのかや、人間関係の築き方など、見習うべき点がたくさんあるはずです。

安易に怖い人だと判断せず、賢く生きていくテクニックを勉強させてもらいましょう。

それはきっと自分の人生を豊かにすることにもつながるはずです。