雪女とは?と聞かれて、どう答えますか?誰でも知っている単語で、イメージとしては掴めているのに人に説明するとなると、自分が持っているイメージの描写をするだけなのではないでしょうか?雪女とはどういうものなのか詳しく知らなくても生きていけることなのですが、今日はちょっと詳しく調べてみました。

物語は物語で終わりません。

そこには深い意味が隠されているのですが、さて雪女には何が隠されているのでしょうか?
私はそういった象徴的なことを考えるのが大好きです。

非現実だと笑われそうですが、秘められた意味を考えるだけでワクワクします。

目に見えるものだけ、肌に触れるものだけ、もしくはお金だけに興味を持っている人から見ればそんなことを考えるのは時間も無駄だといわれるかもしれませんが、まったく無意味だをは思っていません。

むしろ人生という波の中を渡って行くのですから、そこにある象徴を見逃すことのほうがよっぽどもったいない気がします。

雪女とは

雪女とはいったい何者でしょうか?
雪女の逸話ほど多彩に伝承されているものはないのではないでしょうか?
死者の霊という説もありますが・・・

妖怪の一種


ウィキペディアによれば雪女は「雪の妖怪」だそうです。

雪女が実在するものだとは誰も思ってはいませんよね。

でも妖怪というのはいないとは思っているのだけれど、なんとはなしに身近にいるような、もしかしたらどこかから現れるのではないだろうかという気がするものです。

高校時代、あるとても綺麗な女性がいました。

透き通るように身長が170センチくらいあり、透き通るように白い肌と整った顔立ちをしていました。

彼女はほとんど笑わず、大袈裟な表情をしたりはしゃぐところを一度も見たことがありません。

良くいえばクール、悪くいえば愛想なしです。

無口なくせにたまに発する言葉にとげがあるのでその態度に腹を立てる先生や同級生もいましたが、一部の男性からはとても人気がありました。

彼女にはしたくないけれどとても興味をそそられたらしいのです。

「ぶりっこ」とは間逆の存在といえますね。

そんな彼女についたあだ名は「雪女」でした。

誰がつけたあだ名かは知りませんが上手いこというな!と思ったものです。

ただし、彼女の私服は雪女と違っていつも黒っぽいものでした。

その頃私は雪女の存在としては、ただ雪の夜に現れる妖怪ということだけで、雪女にまつわる逸話は全くしりませんでしたがなんとなくそこから想像できるものが彼女とピッタリだなと思ったのですが、雪女の逸話を知った今では、よりいっそう彼女が雪女というあだ名がついたことに、つけた人の感性を面白いなと思いました。

ただ、彼女は本当はとてもシャイで、飾らない人だったということが後にわかりました。

高校の3年間の間に打ち解ける人たちも出て来ているようでした。

同じ同級生で「蛇女」とあだ名をつけられた人がいました。

彼女は色が真っ白で、背が高くメリハリのない体つき、腫れぼったい瞼の下にネトッとしたまなざし、抑揚のない話し方でした。

髪が長ければ雪女というあだ名をつけられてもおかしくなかったのでしょうが、ついたあだ名は「蛇女」でした。

さて、雪女の逸話に共通するイメージは雪の夜山小屋に現れて人(主に男)に息を吹きかけ凍え死にさせたり、もし生き残れたときには、その夜のことを誰にも話すなと口止めされたにもかかわらずどこかでうっかり話してしまい、雪女が解けてなくなってしまうというようなものです。

もともと、雪女は難産のため亡くなった女性が、妖怪となってこの世に現れたものだということです。

川辺に子どもを抱いてくれといって現れるのが逸話の原型ともいわれています。

その場合には雪女と結婚の逸話はその後に想像されていったものが多いそうです。

火によって融けてしまう、風呂に入って溶けてしまう、春になると溶けてなくなるなどがよく出て来ます。

妖怪はどうして描かれるのでしょうか?それはもちろん私たちの中に住むおどろおどろしい部分を表していると思うのですが、人に恐怖を与えるものだけでなく、しょせん人間には理解してもらえず、人間と交わることもできない悲しみやせつなさなども描かれているのです。

実際には存在しない

ウィキペディアにも「空想上のものであり存在はしない」となっています。

私は、この世の空想上のもので物語になっているようなものや妖怪なども、太古の昔、人間が何かしらのエネルギーの一種のようなもののインスピレーションを受信して表わされたものもあるのではないだろうかと思うことがあります。

もちろんそこには人間の単なる願望のようなものもあるかもしれませんが。

実在はしないけれどエネルギーレベルでは存在するようなものなのではないかと思っています。

何カ月も雪に閉ざされる豪雪地帯では、闇、吹雪の風の夜の音などの自然現象への恐怖から幻想が表れ、そこからさまざまな物語が生まれているようです。

いろいろな呼び名が存在する

雪女という呼び名が一般的ですが日本各地ではいろいろな呼び名が存在します。

つらら女


雪女とつらら女とは混同されるようですが「つらら女」は秋田県などで伝えられている妖怪です。

ある吹雪の夜、一晩泊めて欲しいと色白の女性が老夫婦の家を訪ねて来ました。

老夫婦は快く泊めてやることにしたのですが、結局吹雪の日が続いたのでこの女性は10日間もの間泊ることになりました。

その間にお互い心が通い合うようになったのですが、老夫婦は女性がいくらすすめてもお風呂に入ろうとしないのがとても不思議でした。

しかしあまりに熱心にお風呂をすすめてもらうので女性はとうとう断り切れず、悲しげな表情をしながらお風呂へと入りました。

いつまでたっても風呂場から出てこないことを心配した老夫婦が見に行くと、湯気が凍ってつららとなり天井から何本もぶら下がり、湯船には女性がしていたクシが浮いていたとうお話です。

つらら女が訪ねて泊めてもらった相手が独身の若い男性というパターンもあります。

その場合は、2人は結婚して子どもをもうけるのですが1度もお風呂に入ろうとしない妻でしたがある日とうとうお風呂に入ると2度と出てくることはなく、やはりつららと化していたというお話になります。

雪女郎

地域によっては雪女郎(ゆきじょろう)と呼ばれるところもあるようです。

山形県や滋賀県の昔話で雪女郎を主人公にしたものがみられます。

雪降り婆(ゆきふりばばあ)

長野県諏訪郡に伝わる雪女で、雪が降る日に出没し紐を持って出会った人を縛る妖怪だということです。

この地方由来の物語などが見当たりませんでした。

この地方では雪女とは言わずに雪降り婆と呼んでいるようです。

雪女の由来

雪女の由来を調べてみました。

室町時代から伝承されている

雪女は室町時代末期より伝承されているようです。

各地で語り継がれていますが共通点は、女性、白装束、雪の日に現れるということです。

恐れられる存在ではあるのですが、雪女郎のように人の愛情や優しさを試す存在という一面も持ち合わせている物語も存在します。

雪の性質の冷たく儚げで美しい存在の象徴です。

江戸時代前期の山岡元隣という俳人は物が多く積もるところには必ずその中に生物が現れる、それゆえ、雪女は雪から生まれたのだと言ったそうです。

気が茂って林や森になれば鳥た生じ、水が集まり海になれば魚が泳ぐという考えからだそうです。

宗祇諸国物語

宗祇法師の「宗祇諸国物語」に法師が越後国で雪女を見たという記述あることから室町時代が起源ではないかといわれています。

正確には室町時代にはすでに伝承されていたということです。

雪女の特徴

雪女は各地でどのような呼び方をされても特徴は共通しています。

今みたいに、メールもテレビも、全国版の出版社もなかったであろう時代に日本中にどうして共通する物語が伝承されているのかとても不思議です。

ジワリジワリ広まったのでしょうか?それともあるとき同時にともいえる時期にパッといたるところに現れたのでしょうか?

容姿について

特にその容姿はどの地方でも同じようです。

白装束を着ている

死をイメージしている白装束を着ています。

現代でも人が亡くなったとき白い着物を着せて見送るのですが室町時代からすでに続いていたと雪女のことからわかります。

実際最後は姿を消して、雪女がいたであろう跡は水でぐっしょり濡れているという結末が多いです。

姿を消すというのはどこかへ行ってしまったというのではなく、解けてなくなる、つまり死を意味しているのですね。

一般的には綺麗な顔立ち

綺麗な顔立ちをしています。

雪の夜に見ず知らずの家にやって来たり、男性の前に現れて心を惑わすからには美しい顔立ちだという設定が必要になります。

老婆の容姿のものもある

ただ、愛媛県や長野県など老婆の容姿として伝わっているところもあります。

美しい容姿だけでなく醜いおばけのような姿として伝承されていることもあるようです。

西洋のシンデレラ姫や白雪姫に出て来る継母や魔法使いのお婆さんのようです。

行動について

雪女はどういったことをする妖怪なのでしょうか?いわゆる障りのようなことをするイメージがあるのですが。

男の精を吸う

男性にとって魅惑的な存在で現れて男の精を吸うのが雪女です。

男の精を吸う女の象徴が雪女として表わされています。

男の精を吸うということは男を幸せにしない、今ある幸せや元気を奪うということです。

ある女性と交際を始めたり、結婚すると急に調子が悪くなったり、反対にとてもツイてくるということが実際にあります。

ちょっと現実的な話になりますが、今現在とても活躍しているあるスポーツ選手がいます。

彼は最初は鳴り物入りでその活躍を期待されていたのですが、トラブルに巻き込まれることもあり、調子はイマイチでした。

それが結婚をしたとたん、目を見張るような活躍ぶりです。

男の精を吸う女と男に息吹を吹きかける女がいることは確かなのです。

誰と付き合おうが、一緒にいようが自分次第なのですが、そんな相手を選んでしまった本人の状態も同じ波長だったに違いありません。

男に冷たい息を吹きかける

「死」を表す白装束の衣裳を身にまとい、凍える息を吐いて相手を凍らせて死に至らしめるのです。

雪女の逸話では物理的な冷たい息を吹きかけていますが、その意味するところは凍えるような利己的な、愛情を微塵も感じさせない冷たい心を持っているという意味なのでしょうね。

雪女の逸話は地域によって数々存在する!?

雪女の逸話は地域によって数々存在しています。

いくつかご紹介します。

新潟県地方の逸話

新潟県小千谷地方に伝わる逸話は吹雪の夜に現れて子どもをさらったり大人の人間を埋めてしまうといわれています。

これは岐阜県に伝わる逸話と類似しています。

雪女が風呂に入る逸話

ある男のところに1人のとても美しい女がやってきました。

この女は男の嫁になることを望んでそれが実現しました。

一緒に住んでいても嫁はなぜかお風呂に入ることを嫌がるのです。

ところがある日、男は嫁を無理やり風呂に入れました。

しかしいっこうに風呂から帰ってこない嫁を心配して見に行くとその姿はなく氷柱だけが湯船に浮かんでいたというお話です。

雪女の敵ともいえる湯。

湯につからなければいけないお風呂へは雪女は自分から好んで入ろうとしていたのではありません。

すすめられて仕方なくです。

でもどうして仕方なく入ったのでしょうか?私たちが生きているとどうしても断りきれないことが発生してきます。

あちらを立てればこちらが立たず的なことです。

この場合の「あちら」と「こちら」は、何も他人や外の出来事だけではありません。

自分の中にあるものに対してもいえます。

雪女のほうからしてみれば、仕方なく、泣く泣くですが、すすめた側からしてみれば良かれと思ってすすめているのです。

そして、それが当たり前だから「お前もしろ」=「風呂に入れ」といったともいえます。

山形県地方の逸話

雪の夜に老夫婦のもとに雪女がくる逸話

山形県上山地方の逸話です。

ある雪の夜、老夫婦の家に美しい娘が訪ねてきました。

ひとばん泊めて欲しいというので中に入れ囲炉裏(いろり)で体を暖めさせてあげました。

夜明け近くになり旅に出ようとする娘をお爺さんは引き留めようとしてその手を握ると、まるで氷のように冷たく、娘はお爺さんの手を振り切り出て行ったというお話です。

そしてもう一つあります。

山形県の物語のあらすじをご紹介します。

あるところに東の家と西の家の2軒が並んでいました。

ひどい吹雪の夜、東の家の扉をトントンと叩く音がしました。

東の家の主が出てみると白い衣を着た女が立っていて、旅の者だけれど吹雪で道に迷ってしまったので一晩泊めて欲しいと懇願しますが、主は家には病人がいるので泊められないと嘘をついて追い返します。

その後この女は西の家の扉を叩きます。

西の家のおじいさんが出て来て、この女を家の中に入れおばあさんとともに温かいお茶を飲ませてあげ、一晩泊めてほしいという願いも快く受け入れました。

翌朝いつまでも起きてこない女の人を心配して見に行くと寝ていたはずの床がぐっしょりと濡れていて白い衣に包まれた小判の山があったのです。

その晩からこの西の家のおじいさんとおばあさんは福づき一生安泰に暮らし、性悪の東の家の主は本当に病気になり貧乏になっていきました。

西の家のおじいさんとおばあさんの心の温かさが雪の体を解かしてしまったというお話です。

北風と太陽のお話を思い出しました。

優しさや愛情が凍りついたものを解かしてくれたんですね。

やはり雪が降る地方には逸話が多く存在するようです。

この山形県の小国地方では雪女郎呼ばれ、月の世界に住んでいたお姫様であったのが、あまりにも退屈な毎日に嫌気がさし、地上に降りてきたのだけれど、月に返る術がわからず雪の降る夜に出没するようになったという逸話があります。

まるでかぐや姫のようですね。

青森県地方の逸話

弘前ではあるひとりの武士が子どもを抱いた雪女に「この子を抱いてくれ」と頼まれます。

雪女に子どもを返すとお礼だといってたくさんの宝物をくれたという逸話がありますが、吹雪の夜に子ども(雪ん子)を抱いた雪女が道行く人々に「この子を抱いてください」と頼みます。

しかしその子を抱くと子どもがどんどん重くなり、抱いた人は皆、雪の中に埋もれて死んでしまうという逸話があり、武士が子どもを抱いても怪異が起きなかったのは腰にさした短刀のおかげだったそうです。

雪んこの重みに耐えかねて皆、雪の中へと埋もれて行くのですが、その重みに耐えることができた者は怪力を授かるといわれています。

子ども(雪ん子)は何を象徴しているのでしょうか?私は、人が生きていく上で誰しも与えられる葛藤や試練ではないのかなと思っています。

そしてそれは時には成功という形をとってやってくることもあるのではないでしょうか?
腰にさした短刀の存在が雪に沈む怪異から免れるために役だったということはどういうことでしょうか?
短刀は武士の命。

肉体や自分の考えなどを超えた、もっと大切なたましいを携えた者は怪異など、ものともしないといっているのかもしれません。

宮城県地方の逸話

宮城県に伝わる逸話は、若侍が現れた雪女に子どもを抱いてくれと頼まれ、抱いてやるとまるで氷のように冷たい子どもが腕の中から離れずに気絶してしまったというものです。

長野県地方の逸話

長野県地方では雪女が醜い容姿で現れる逸話があります。

長野地方には北アルプスがあり山の逸話と雪女の逸話が合いまったという説もあります。

山の猟師は雪の夜、美しい女に一晩泊めて欲しいと頼まれ、そのまま結婚するがタブーを口にしたり、無理強いしたりしたことにより(雪は風呂に入ると解けてなくなるのに無理に風呂に入れるなど)、女は姿を消してしまうというパターンが雪女の逸話です。

山の逸話は、山人が山のタブーを破ることにより山の精の怒りに触れ死ななくてはならない運命を辿るというものです。

このふたつの複合逸話だという説があります。

ユキオンバとして現れる逸話

長野県伊那地方では雪女は「ユキオンバ」と呼ばれています。

雪の夜に山姥の姿で現れるという逸話が残されています。

ユキオンバは雪女の異称です。

雪女というのは通常は、美女ということになっていますがユキオンバはいわゆる老いて醜い雪女です。

愛媛県でもユキオンバといわれている地方があるようです。

たいそう昔だというのに長野と愛媛で同じ呼び名がついているのですね。

いまでは地球の裏側へでも一瞬でこちらの声だけでなく、姿も飛んでいくことができるのですが。

鳥取県地方の逸話

鳥取県東伯郡に伝わる逸話です。

雪女がいる間は1日に33石の稲の花がしぼんでしまうといわれていて、卯の日の遅い年には稲のできが悪いといわれています。

この地方の雪女は1本足で白幣を振りながら淡雪に乗って現れ「氷ごせ湯ごせ」といい、水を掛けると膨れ、湯をかけると消えてしまうといわれています。

雪女が氷を求めてくるという逸話

雪女は氷を求めてやってくるという逸話がありますがどこの地方で伝承され続けてきたのかは不明です。

秋田県地方の逸話

秋田県地方に伝わる雪女の逸話は若くて目鼻立ちがはっきりしていないのっぺりした顔立ち、「のっぺらぼう」のように描かれたり、いい伝えられたりしているそうです。

秋田地方は美人の産地としても有名です。

あの小野小町も秋田地方出身だということですが、そんな地方に伝わる雪女の伝説が「のっぺらぼう」のような容姿をしたものだというのがおもしろいですね。

雪女と言葉を交わしてはいけないという逸話

また、雪女を見ても言葉を交わしてはいけないという逸話も残されていますが、どこの地方で伝承され続けていたのかはこちらも不明です。

岐阜県地方の逸話

岐阜県では吹雪の夜に現れて子どもをさらったり大人の人間を埋めて殺してしまうといわれている雪童子と呼ばれるもの、冬の山小屋に現れる女や雪玉として現れ「水をくれ」という雪の童と呼ばれるものがいます。

この雪の童へは水ではなく、熱いお茶を出さないと殺されるそうです。

また、飛騨地方は雪入道と呼ばれる逸話があります。

愛媛県

雪女は雪の妖怪なのですから特に寒い地方に伝承されているかと思いきや、江戸時代は今より3℃くらいは平均気温が低かったようなので愛媛県のようにかなり暖かい地方にも雪女の物語が伝わっています。

愛媛県北宇和郡では雪婆(ゆきんば)として雪山の上を一本足で飛び回る老婆として語り継がれています。

江戸時代の妖怪絵巻に描かれている雪婆は美女とか醜いとかというレベルではなく
頭部の下がすぐ脚のバケモノです。

雪の降る日にはこの妖怪が子どもをさらって行くと怖れられていて、冬の日にどうしても外に行きたいということを聞かない子ども「雪婆が来るぞー」と怯えさせていたそうです。

関東地方

今の東京、埼玉、神奈川の一部あたりはその昔、武蔵国と呼ばれる地方でした。

このあたりに伝わった雪女の逸話です。

ある若い木こりの男と年老いた男が林に出かけて行きました。

あいにく吹雪に襲われてしまい、仕方なく番小屋で一夜を過ごすことになりました。

夜中にあまりの寒さに目覚めた若いきこりは、美しく若い女(雪女)が年老いた男の上にかがみ込み冷たい息を吹きかけているとことを見てしまったのです。

雪女は今夜見たことは誰にも話さないように、もし話せば命はないといい残出て行きました。

年老いた男はすでに死んでいました。

凍死です。

男はいわれたとおり、その夜のことは誰にも話さず過ごしました。

そして翌年、お雪という美しい女性と出会い結婚をすることになりました。

2人の間には10人もの子どもが授かり幸せに暮らしていたのですが、ある日のこと、針仕事に精を出すお雪の横顔を見ているときにふと昨年の夜のことが脳裏に蘇ってきたのです。

「あんなに美しい女を見たことがないが、あれは雪女だったのだ」と、お雪に話してしまったのです。

するとお雪の形相が鬼のように変わり、「子どもたちのためにお前の命は奪わないが、もし子どもたちが不自由な思いをするようなことがあれば許さないといい残し白い霧となってしまったのです。

「まんが日本昔ばなし」に出て来る雪女のおはなしは、これに似ています。

老人と青年が住む家を訪ねてきた雪女は、最初老人を殺してしまうのですが、青年と結婚をします。

老人が死んだときのことは誰にも言わぬようにと口止めをしたのですが、青年はこともあろうに雪女自身にこの話をしてしまい、姿を消してしまいました。

「誰にも」の中には雪女も存在していたのですね。

「まんが日本昔ばなし」に登場する雪女の逸話と関東地方に伝わる雪女の逸話とが似ているのはおはなしを編集するのが現在は東京で行われるということに関係しているのかもしれませんね。

全国各地でさまざまに伝わる物語ですから中心をとらざるを得なかったというところでしょうか。

茨城県の雪女は子どもを騙すともいわれています。

「子どもを騙す」ことの象徴はどういったものがあるのか考えてみました。

大人になっても消えることのない純粋で無邪気な心にフタをしたり騙すことの現れでしょうか?

近年になって、逸話の方向性も多義にわたってくるようになりました。

雪女の白くて美しい容姿は崩すことなく、その容姿を生かし、妖怪と人間の青年との恋愛話と相いれない存在間の相互理解の象徴として描かれることが多いようです。

言葉として表現できない人の心の中を物語や逸話は示してくれています。

雪女が見えない怪物に扮して出てくるという逸話

雪女が目に見えない怪物に扮して出てくる逸話があります。

目に見えない逸話とはなんでしょうか?
人間が持っているダークサイドな面を表現しているのではないでしょうか?
いわゆる擬人法です。

人間のダークサイドは、冷酷、恨み、意地悪、性悪、怒り、恐怖、悲しみなど言いだすときりがありません。

日本には鶴の恩返しや浦島太郎、羽衣伝説など、異種婚説話が多く見受けられます

異種婚に象徴されるのは、人種や性別のほか、相容れない思想や考え、そういったものを持っている者同士の結びつきや理解し合う大変さのようです。

鶴の恩返しは鶴と人間、浦島太郎は乙姫と人間、羽衣伝説は人間と天女の結婚が描かれていますがいずれもハッピーエンドではなく悲しい結末を迎えていますね。

海外の物語の白雪姫やシンデレラ姫など最後はめでたしめでたしで終わっているのとは大違いです。

各地に伝わる雪女の逸話にも、寂しい男の元を訪れた雪女と結ばれる話や子どもを授かる話などが多く見受けられます。

雪女はいやいや風呂に入れられ解けて姿を消すなど最後にはいなくなるのです。

日本の逸話と欧米の物語の結末には大きな差があるというところにとても興味があります。

今では日本でも欧米化が進んでいますよね。

一昔前までは欧米化が進んだ、食が欧米化して、などというフレーズをよく聞いたものですが、近頃ではそんなフレーズはあまり聞かなくなりました。

もはや欧米化ではなく、これがあたりまえだと思って私たちは生きているのです。

でも物語を見ると私たちのルーツは、これなんだなと思わされます。

ルーツなんて関係ない、変わったのだからという声も聞こえてきそうですが、たかだか100年ちょっとですよ、変わってから。

あの物悲しい逸話に潜んでいるものが私たちのルーツなのです。

ただ、潜んでいるものが物悲しいから、運命や存在が物悲しいとは限らないのではないでしょうか?潜在的に持つ悲しみや寂しさを抱える民族だからこそ幸せになれるということもいえるのではないかとおもうのです。

まとめ

人間が誰しも持っている心の闇や光、真理というものは「おはなし」としてでないと人は触れられないものなのなのではないでしょうか。

妖怪伝説だけではなく「おはなし」というものの存在はそういうものだと思います。

伝わっている物語は微妙な違いがありますが、凍りつくような冷たい心の女性が男性の精を吸いつくし死に至らしめるというのは、本当に殺すのではなく男性としての機能を封鎖したり、関係を断つこと、復讐をして再起不能にさせるなどの象徴として「死」と表現しているのです。

親切にされた後、解けてしまっていなくなるようなお話も存在するのは、氷のような心を解かすのは愛しかないという象徴でもありますね。

雪女が訪ねる相手は、子どものいない老夫婦や、独身男性です。

怖ろしく暗い雪の夜、吹雪の夜にどこか寂しい人間のもとに待ちに待った存在がやってきたという設定です。

一緒に暮らせるという幸せ、待ちに待ったものは幻想だった、雪のように儚く消えゆくものだということをいいたいのでしょうか。