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ざっくばらんとはどういう意味?使い...(続き4)

素直というのは、自分の感情に簡単に従ってしまうということです。

また、感情を隠すようなこともしません。

できないというべきかもしれませんが、そういった特質を持っている人や、そういった行動こそを素直を呼ぶのです。

これは確かにざっくばらんという意味と同じですよね。

ざっくばらんの使い方

 ざっくばらんという言葉を知っていたとしても、何となくそれを使いこなせないと思っている人はたくさんいます。

そういった方のために、ざっくばらんの使い方を、具体的な例を用いてご紹介します。

ざっくばらんという言葉を自然と使うことができるように、例文として頭に入れておくと、すんなりと言葉が出てくるようになるのではないでしょうか。

また、文脈によってはポジティブな意味にもネガティブな意味にもなることがありますから、そう言ったことにきちんと気を遣って利用する必要があるかもしれないということは、きちんと覚えておいた方が良いですね。

ざっくばらんに意見を言う

 ざっくばらんという言葉の一つの使い方としては「ざっくばらんに意見を言う」というものがあるでしょう。

その意味としては「単刀直入に意見を言う」と言うことになりますね。

また、「自分の意見を隠すことなく率直に言わせてもらう」という意味になることもあります。

フォーマルな場でざっくばらんという言葉を使うことが憚られる場合には、「単刀直入」と胃言葉を使うのがぴったりくる表現でしょう。

ただし、この言葉の意味には、気の置けない者同士が集まってカジュアルな議論をするときに、誰か立場が上の人に遠慮をすることもなく「忌憚のない意見を交わし合う」という意味で使われることもあります。

ざっくばらんな人柄

 ざっくばらんは人の性質に対しても使われることがあります。

そのため「ざっくばらんな人柄」という表現をすることもできるのです「ざっくばらんな人柄」と言われた場合には、相手の表情や文脈を見て、良い意味か悪い意味かを判断しなければいけないでしょう。

良い意味で言ってくれているのだとすれば「率直で嘘の混じらない好ましい人柄」という意味になりますし、悪い意味で言われているのだとすれば「あまりに漢書がストレートすぎてマナーや生き方が分かっていない人」「空気を壊す人」という意味で使われているかもしれません。

どちらの意味でも使われることがあるので、使われてしまった場合には、きちんと相手を見て判断してくださいね。

ざっくばらんな性格

 「ざっくばらんな人柄」と言われた場合には、それは率直でまっすぐという意味になるでしょう。

ただし、率直という言葉が使われなかったところを見ると、どこかその人の性格に、率直という言葉を使うほどの固さは感じていないということになるでしょう。

それがフランクだということだとすれば良いですが、品がないという意味で言われてしまっている可能性もあるので気を付けてくださいね。

ざっくばらんに話がしたい

 「ざっくばらんに話がしたい」ということを言われたときには、いったいどのような解釈をすれば良いのでしょうか。

この場合のざっくばらんというのは「嘘のない意見をカジュアルに交わし合いたい」という意味になるでしょう。

遠慮をしない議論をしたいという意味になるかもしれません。

わざわざ「率直な意見を交わし合いたい」と言ってしまうと、どこか堅い印象になってしまいますよね。

相手に遠慮のない意見を交わし合おうといっているのに、堅苦しいイメージの言葉で相手を誘ってしまっては、本当の意味でフランクに議論を好きに離れないでしょう。

ですが、ざっくばらんという言葉を使うと、その言葉からしてフランクな印象があります。

だからこそ、相手に「遠慮のない意見を言ってくれ」と言いたい時にはちょうど良いのではないでしょうか。

ざっくばらんに申しますと

 敬語交じりにざっくばらんという言葉を使うこともできます。

この場合には「ざっくばらんに申しますと」というような表現になりますね。

この表現をしている意図としては、相手に自分の意見がとても遠慮のないものだということを覚悟してもらうが、悪気があるわけではないということがあります。

とても堅い表現で「単刀直入に申し上げますと」と表現すると、相手との距離がとても遠くなってしまいます。

また、相手もその言葉から、何となく批判の匂いを感じ取ってしまうのではないでしょうか。

「ざっくばらんに申しますと」という表現を使うことで、「これからの言葉は遠慮のない言葉はなってしまうが、貴方に対して批判をしたいわけではない、ただ嘘のない言葉を言わせてもらいたいだけだ」という意味を伝えることができるでしょう。

時には、そうした言葉を使って意見を言ってみることで、そこからの相手との遠慮のないフランクな議論を望んでいるという意味になるかもしれません。