突然ですが、あなたはこんな言葉をご存知でしょうか?「人の不幸は蜜の味」という言葉です。

これは、「人の失敗を喜ぶ気持ち」という意味をあらわす言葉ですが、この言葉の発祥は実はドイツなんです。

ドイツ語には「シャーデンフロイデ」という言葉があり、日本語に訳すと「影の喜び」という意味になるそうですが、これは、他者の不幸、悲しみ、苦しみ、失敗を見聞きした時に生じる、喜び、嬉しさといった快い感情を意味しています。

綺麗事では無く、人間には例えどの国のひとであっても、人の不幸を痛快に思う気持ちが少なからずあります。

誰しも経験があるでしょう。

この言葉は、日本語で言うところの「ざまあみろ」という感情と似ています。

このように、人間は頭ではやらない方が良い、そんなことは思わない方が良いと思っていても、ついつい人の不幸を喜んだり、人の悪口を言ったりしてしまう生き物です。

また、人の悪口を言っている時が何よりも楽しく充実した時間であると認識できるという人もいます。

あなたの周りにも、人の悪口を言っている時が一番いきいきしているという人はいませんか?このことが良いのか悪いのかは別として、人間にはそういう醜い部分が存在するということは事実です。

他人の悪口を言うときに、実際にその人から自分が酷い目に遭わされたという場合は、悪口というよりも事実ですが、その人のことをよく知らないのに、見た目や噂だけで判断し、悪口を言いふらす人もいますよね。

つまり、「憶測でものをいっている」わけです。

今回は、憶測で物事を判断しない方が良いということと、その理由について、いろいろな角度から考察し、まとめていきたいと思います。

️憶測で判断してしまっていませんか?

あなたは自分の性格をどう解析しますか?人に流されやすいタイプですか?それとも自分を信じるタイプでしょうか?人に流されやすいタイプの方は、憶測で物事を判断したり言ってしまったりする人が多いようですが、どうでしょうか?

事実を自分の目で確かめることなく、人のうわさや自分の想像だけで憶測で物事を判断したりしていませんか?ちなみに、憶測と直感は似ているようで違います。

何かをやろうとしているときに、なんとなく嫌な予感がすると自分で思って辞めるというのは「直感」ですが、事実と異なることかもしれないのに、勝手に「そうに違いない」と予想してしまうことは「憶測」です。

憶測とは


ところで、憶測とはどういう意味でしょうか?憶測の「憶」には、いろいろなことを思う、おしはかるというような意味があります。

憶測の「測」は、ものごとを計量する、測るという意味とこれも「憶」と同じ「おしはかる」という意味があります。

つまり、憶測とは「確かな根拠もなくいい加減に推理すること」という意味になります。

根拠もなく、いい加減な推理がプラスの方向の推理であれば別に問題は無いと思います。

しかし、このようなときたいていその憶測は「悪口」になります。

また、先程少し述べましたが憶測と推測の違いとはなんでしょうか?

推測というのは、自分が部分的にでも実際に得た情報を元に、物事の状態・性質や将来を、予想することです。

憶測と言うのは、何の事実も知らず根拠もないのに自分の頭の中だけで予想するということで、この二つの意味は全く違います。

推測には真実が含まれますが憶測は真実は含まれません。

いい加減な推測をすること

つまり、憶測と言うのは同じ予測するという行動であっても、全く真実が含まれないということなのです。

このことからも、憶測で物を言うのはよくないということが何となくでもわかっていただけるでしょうか?

もしも憶測でものを判断して、その憶測が当たっていたとしましょう。

確かにその時は、憶測ではなくなるのですから、自分に自信も沸くでしょうし、自分の予想が当たったと嬉しく思うかもしれません。

でもそれはあくまで偶然です。

一度憶測が真実になったくらいで、良い気になってはいけません。

憶測でものを言われた方は傷つくことがとても多いのです。

割とやりがちな憶測での判断

人は他人とコミュニケーションを取っていると、わりと憶測で判断してしまいがちです。

全く悪気はないのだけれど、「たぶんこうだろう」とか「あの人はああいう性格だから、ああなってしまったんだろう」というように、根拠が無くても憶測してしまうのです。

憶測でものを言うと、それをきっかけに輪が広がってしまいます。

憶測が憶測を呼ぶというのはそこなのです。

人は噂話が大好きです。

その場に居ない人の話をしていて、しかもそれが悪口だった場合、誰かがその人のことを言いだすと、「そうそう、そういえば」というようにどんどん広まっていくのです。

このような会話を聞いている方たちの中に、日頃からよく憶測で物を言う人がいればそれはカッコウの材料になってしまうわけです。

物事について予想するのは何もわるいことではありません。

しかし、憶測のように「こうであるにちがいない」という断定的な予想を根拠もなしに言うのはタブーです。

憶測での判断はデメリットが多い


憶測で判断することについてはとてもリスクを伴います。

たまたま合っていればいいですが、間違ってた場合に言い訳ができませんよね。

特に仕事などの場面で憶測で考えて行動してしまい、何の根拠も無かった場合に「こうだと思った」では済まされないこともあります。

憶測で判断して良いことはあまりありません。

憶測で判断するのと、一部分でも根拠があり、それをもって推測するのとでは全く違います。

例えば命にかかわるような判断を憶測でしてしまっていいでしょうか?良いわけありませんよね。

憶測で判断することは、内容によっては大変危険であることもありますので、憶測で判断することはデメリットが多いということを自覚しておきましょう。

自分を行動も振り返ってみよう

憶測で判断しない、憶測でものを言わない方が良いというのはわかって頂けたかと思いますが、ここで今一度ご自身を振り返ってみましょう。

憶測で物をいうことはありませんか?全く無いという人はいないでしょう。

別に今まで言ってしまっていてもどうしようもないので、過去のことをどうこうしろというのではなく、今後、あなたの人生において憶測で考えたり発言したりしないようにすることは、大人としてとても重要になって来ます。

また、もし周りに、すぐ憶測で判断して物事をすすめる人がいたら、人の振り見てわがふり直せということわざがあるように、自分も同じようにしてしまっていないかどうか、改めて考えるきっかけだと思って、自分でチェックしてみてはいかがでしょうか?

️憶測で物事を判断しない方がいい11個の理由

では、憶測で物事を判断しない方がいいのはどうしてか、具体的に理由を考えてみましょう。

具体例を知ることで、さまざまな場面を想像できますし、もし実生活でこのような場面に遭遇し、自分も思わず憶測で判断しそうになったときに助かりますよね。

憶測で物事を判断しない方がいいというのはなんとなくわかるのですが、人には「つい・・・」ということがあります。

それを防ぐためには、日々の気付きが必要なのですが、具体的にイメージで着ているのと全く白紙の状態でいるのとでは随分ちがいます。

ここでは、憶測で物事を判断しない方がいい代表的な理由を11個にまとめてみましたので、是非参考にしてみて下さい。

正確さに欠ける

憶測するということは、いってみれば何一つ証拠や根拠となるものが無いわけです。

ですので、当然その情報は憶測で考えている人の想像でしかありません。

本来情報と言うものは、いくつかかき集めてそれを根拠に推察し、道筋をたてて結果をだします。

ところが、憶測についてはその材料ともなるべき情報は存在しません。

つまり、当然この結果について正確ではありません。

奇跡的に正確だったとしても、それはたまたま憶測の考えが当たりだったというだけです。

超能力者でないかぎりは、まったく情報無しで未来を予想するなんて絶対に無理な話です。

正確な情報じゃないものを、広めるのは感心しませんよね。

それで惑わされてしまう人もいますので、とても迷惑な行為と言えます。

信用を無くす

憶測で物を言ったり判断したりばかりしていると、その人自信の信用を失います。

最初はもっともらしく聞こえるその人の話も、だんだん「これって憶測で言ってるだけ?」と話を聞いている方も早々に気づくでしょう。

何の根拠もない話しを常識のある大人は信用はしないものです。

憶測でものごとを判断したり、話をするとそれが正解である場合がだんだん少なくなることもあります。

つまり憶測が当たらなくなってくるのです。

こういう状況が続きますと、信用をなくすだけでなく、嘘つきだと認識されてしまいます。

嘘をついているわけでは無く、予想が当たらなかったというだけなのですが、それでも根拠の無い話は人を信頼させることは不可能です。

適当さが癖になる

憶測でばかり物を考えていると、それに慣れてきてしまいついには適当さが癖になってしまいます。

というのは、憶測という行為自体が「適当に予想する」という意味ですので、何に対しても適当になってしまうのです。

考え方や選び方だけでは無く、全てが適当になりそれが癖になります。

その方が楽ですし、生活はしやすいですよね。

でも、真実の中で生きて行かなければいつか自分がとても辛くなってしまいます。

また、「適当」に慣れてしまうとだんだん自堕落になります。

ここぞという大切な時にも、正しい方向を選べなくなりますし憶測で考える癖がついていると、真実の見つけ方がわからなくなってきます。

適当が癖になるということは、実はとても恐ろしいことでもあります。

根拠の無い考えをすぐに言ってしまえる自分にならないようにしましょう。

根拠がない

根拠が無い状態で、物事をどんどん予想して行くと、もともとの土台がきちんとしていないということになりますから、その憶測は大変不安定なものになります。

中には、憶測の話を聞いた人がその根拠を尋ねてくることもあります。

証拠はどこにあるのか、根拠はなんなのか、何故そう思うのか、それは本当に正しい予想なのかと質問されたら、何も答えられなくなってしまうでしょう。

根拠が無い状況で物事を判断するのは非常に不安定なことですので、それを思い切ってやってしまえることは潔いかもしれません。

しかし、よくよく考えたら全く確信的な事柄がないのに、予想だけ先にしてしまうなんてとても怖いことですよね。

悪い方へ考えてしまう

物事の行く末を判断する際に、それが良いか悪いかの選択を迫られた場合には憶測だけで判断すると、どうしても悪い方へ考えてしまいがちです。

このような場合は、起こりもしていないのに「もしこんな風になったら困る」という考えから、いつのまにか「絶対にこうなってしまう」と思いこんでしまいます。

しかし、これも全く根拠の無い不安です。

悪い方ばかりを予想してしまうと、本当にそうなってしまいますし、何も前に進むことができません。

楽天的すぎるのもよくありませんが、悪いことは起こってしまってから考えれば良いのではないでしょうか?

行動が無駄になる

憶測で判断して行動してしまうと、結果が憶測したことと大きく外れた場合は、それに費やした準備や時間が全く無駄になってしまいます。

あることへの準備や行動は予想されるゴールに向かって行われるわけですから、これを根拠の無いまま準備しても何の意味もありません。

ですので、憶測で判断してそれが当たっていれば行動はもちろん無駄にはなりませんが、外れた場合は準備してきたことや準備に費やした時間、また行動が水の泡です。

しかも、予想と反する結果になってしまったのであれば、また最初からはじめなければなりません。

時間に余裕の無い状態で憶測だけで進むのはとても危険ですし、もっと慎重にことを進めるべきだと思います。

人間関係が悪くなる

憶測で判断する人は、たいてい嫌われます。

憶測で判断したり憶測で考えてものを言ったりした人の話を信頼していたら、ある日それはその人の独断で予想しただけのことで、確信がないという事態になった時、話を聞いていた方は呆れますし、貴重な時間を返してほしいと思うでしょう。

ですので、せっかくのご縁で知り合った人も、相手が憶測でものを判断する人だとわかったら離れて行くと思います。

なにひとつ信用できないのに、どうしてずっと付き合っていこうと思うでしょうか?

憶測で物を考えたり、憶測で物を言ってばかりいるとせっかく築いた人間関係をぶち壊すことになります。

円滑な人間関係を気付きたいのであればいい加減な予測はやめましょう。

自信がなくなる

憶測で物を言っていて、それが全く当たらなくなってくると自分に自信がなくなってきます。

しかし、別に何かを当てようとしてギャンブルのような人生を送らなければならないわけではありません。

ですから、憶測で考えて自信をなくすようなら最初から憶測で考えなければいいだけの話です。

つまり、自分が何かを予想する際にはその根拠となるもの、きちんとした情報やデータを徹底的に集める、その上で分析するといういたって普通のことをすれば、自信がなくなるというようなことはまずありません。

自分に自信がありすぎるのも困りますが、全く無くなってしまうのもこれも困りますよね。

ですので、自分で自分を信頼できる人生を過ごすためには、憶測で考えようとせずにきちんと根拠に基づいて考える癖をつけましょう。

思い込みが激しくなる

憶測でものを判断する人は、最初はそれが自分でも憶測であるとわかっているのですが、だんだん自分の中で真実にすりかわる場合があります。

もちろん実際は真実ではないのですが、自分の言うことはただしい、間違っていないと思いこんで、それが自分の中での現実となってしまうのです。

この状態を「妄想癖」ということがありますが、酷い場合は精神疾患として診断されることもあります。

妄想癖がある人は、自分の中だけでですが嘘が本当になる、憶測が真実になるという状態になります。

このような状態になってしまうと、いくら周りが違うと言っても聞く耳を持ちません。

そのうち根拠として嘘の情報を持ちだしてくることもあります。

【思い込みが激しい人の特徴については、こちらの記事もチェック!】

情報に振り回される

憶測でものを言う人は、持論を展開するのですが、それに利用されるのはほとんどが既に出回っている情報の寄せ集めです。

わかりやすい事例で言うと、例えば医療の資格を持たない人が、医療のことについてブログなどに書いたとします。

そういう場合はほとんど根拠はなく、その記事の内容は既にインターネット上で公開されている記事の寄せ集めだったりします。

しかも、その寄せ集めた情報が必ずしも正しいとは限りません。

また、正しいかどうかさえ自分で判断することができないのです。

正しいことが分からない状態で専門的な知識をひけらかそうとしているのですから、情報集めの最中に違う内容の情報が入れば、わけがわからなくなりパニックになります。

このように、もともと正しいか正しくないかわからないのに、知ったかぶりでやってしまう人は情報に流されやすい傾向にあります。

流されやすくなる

憶測で物事を判断するようになってしまうと、流されやすくなります。

上記でも少し述べましたが、もともと根拠が無く不安定な状態で予想しているのですから、その根拠となるものを判断しながらも探してしまっているわけです。

そうなると、少しでも違う材料が出てくると、「もしかしてこっちの意見がただしかも」とこれまた根拠がないままに判断材料に加えてしまうのです。

このようにしていると、どんどん自分の意見が変わっていきますし、憶測していた内容も変わって来るので、信用してもらえません。

最初の方でも申し上げましたが、憶測が憶測を呼ぶ状態になってしまい、さらに流されやすいために自分でも収拾がつかなくなってしまいます。

内容によっては、笑い話ですまなくなりますし、自分でどうにかできるものでもないでしょうから、本当に気をつけなければなりません。

️憶測で判断しないためには

では、憶測で判断しないために何かできることはあるのでしょうか?もしあなたが「私はついつい憶測で判断してしまう」と思っているのであれば、それをしないようにする方法って知りたいですよね。

しかし、「憶測なんかで判断したくない」と思っている時点で既に一歩前に進んでいると思います。

憶測で判断してはいけないと、どれだけ言われてもわからないかた、自分では憶測で判断していると思っていない方は、その考え方や思考回路が変わることはまずありません。

でも、自分を変えたい、どうにかしたいと思っているのであればきっと変わることができます。

それでは、憶測で判断しないために実践できることを、ひとつずつお伝えして行こうと思いますので、参考にして頂ければ幸いです。

データや数字を見る

そもそも憶測で判断すると言うことは何度も申し上げている通り、「判断材料が無い」という状態であると言うことです。

ですので、その考えに至るまでの経緯や決定は全て自分本位で行っているのですよね。

つまり、これを全て辞めれば良いのです。

まずは、データや数字の力を借りると言うことです。

人の気持ちや思いは数値化できませんので、その裏付けは難しいですが、例えば医療に関することなどは必ずデータや数字を見て判断しなければなりません。

何の病気かわからない状態で病院にいき、医師が何の検査もせずに「おそらくインフルエンザでしょう。

今流行ってますから」と何の根拠もないのに言ってきたらどうしますか?「え?ちゃんと検査してよ、違う病気だったらどうすんのよ」と思いますよね。

しかし、きちんと検査をして検査結果のデータをみて、「この数値がこういう数値ですので、あなたは◯◯という病気です」と言われれば納得します。

このように、数字やデータで判断できること、それによって推測できることに関しては、必ずはっきりとした根拠を示さなくてはなりません。

裏付けを取る

よくわかる事例として、例えば犯罪を犯した犯人を捉えるのに、「あいつは悪い顔をしているから、きっとこの犯人に違いない」と予想して逮捕した。

これは大問題ですよね。

何の根拠も裏付けもなく、単に人相が悪いからという理由で逮捕なんかできるでしょうか?できませんよね。

このように、何か行動を起こす際に必ず裏付けや証拠を集めてから実行しなければ、後々大問題になってしまうと言うような場合は、やはり憶測では動けません。

このような場面で、よく「刑事の勘」という言葉が使われますが、これは憶測になるのでしょうか?長年培った経験で予想するのと、憶測で判断するのとは少し違います。

「勘」というのは、その道のプロの人が経験から導き出す「データ」であるので、憶測とは言えません。

上記の例のように、物事を判断するのに裏付けを必ず取らないと社会的に問題になるというようなことはよくある話です。

気をつけましょう。

本人に聞く

誰かが誰かの悪口を言っていたとします。

それで、あなたはその悪口を言われている人から、今までさほど何も嫌なことをされていないとします。

ここで憶測でものを言う人の場合は、対象者のことをよく知りもしないのに「あの人、そういうことしそうな顔してる」と悪口会話に加わってしまうというケースが大半です。

しかし、人の噂なんかあてになりません。

ちょっととっつきにくいなと思っていたけど、思い切って話しかけてみたら凄く気さくで優しい人だった・・・なんてケースはよくありますよね。

「この人のこと誤解していたな」と反省する人も多いですし、経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

根拠の無い噂を聞いたら、まず本人に確かめる。

これが確実で早いです。

超本人に確かめもしないで、憶測で話しを進めていると、もしその人の耳に入ったらとても悲しい思いをされると思います。

憶測が人を傷つけることもあるのです。

周りに相談する

根拠の無い話題を聞いてしまったら、できれば首を突っ込まないようにするのが一番です。

それでもどうしても気になるのでしたら、周りに相談したり聞いたりしてみましょう。

もちろん、憶測で言う人に相談してもダメです。

きちんと事実を話してくれる人、当事者、第3者的感覚を持って話せる人を選びましょう。

憶測で判断するのではなく、このように「事実情報」だけを集めて行き、自分なりに判断して相手とどう接するのか自分で決めなければなりません。

自分が相手に対して「この人は悪くない」と判断すればそのように付き合えば良いですし、まわりが「あの人と付き合わない方が良いよ」とお節介にも教えてくれても無視しましょう。

ようは、周りに相談したところで、自分でもころころ想いが変わるようではダメだと言うことです。

多角的な視野を持つ

多角的視野とは、さまざまな方向から物事を見据えて判断できる目を持つという意味です。

一つのことがらに対していくつもの見解を持つことができる人ほど、真実を見分ける目を持っていますし、根拠が無いことを信じることは無いので、憶測で物を言うなんてことは絶対にありません。

ですので、憶測でものを言ってしまいがちな方は、まずは多角的な視野を持つことをこころがけてみましょう。

何かを予想するのにも「これにちがいない」と凝り固まった考えをするのではなく、「こういう考え方もあるかも」など、いくつかの考えを挙げて見るとわかりやすいと思います。

憶測でものを言うのを直すためだけでなく、多角的な視野をもつということはとても大切なことです。

是非習慣づけるようにしましょう。

確認する癖をつける

憶測で物を判断する方は、自分が打ち出した根拠については確認しないと思うのですがどうでしょうか?確かに時には憶測で判断する、憶測で考える場面はあるかもしれません。

その時に、きちんと事実を確認する癖づけをしていれば、それは憶測ではなく推測になります。

何事も、確認・報告する癖をつけておきましょう。

人と人の間の話では、とにかく確認・報告が重要になります。

何度確認してもしすぎることはありません。

念には念を入れて、確認してください。

この癖づけを行っていると、だんだん憶測で物を考えたり判断すること自体にたいして怖くなります。

つまり、憶測でものを判断することはしなくなっていくでしょう。

待ってもらう

例えば誰かから、どちらかの判断をゆだねられるという場面に遭遇することが人生の中では度々あるでしょう。

その時に、早く判断しろと急かされることがあります。

しかし、何の情報も無い状態ではこちらも答えようがありません。

そんなとき、つい、相手の要望に応えようとするあまり憶測で判断してしまうことが考えられます。

しかし、その時はそれでよくても、もしその判断が間違っていた場合憶測で判断したなんて言えませんよね。

謝ればいいというものでもありません。

そんなときは、急いで判断を下す必要はありません。

正直に、「情報が無いので、判断できない。

憶測で判断したくないので待ってほしい」と伝えましょう。

その方がずっと誠実ですし相手からも信頼してもらえます。

その場を取り繕うためだけに憶測で判断しても結果的に何も良いことはありません。

憶測の口癖をやめる

憶測で判断する人の特徴として、よく口にする口癖があります。

ご自分が憶測で判断してしまうなと心当たりがある方、この言葉をついつい何の気なしに口に出してしまっていませんか?これらの言葉を口に出してしまってるなという場合は要注意です。

あなたは既に憶測で物事を判断している常習犯かもしれません。

「多分」

憶測で判断する人の口癖第一位は「たぶん」です。

多分~だろうという言葉ですが、予想しているだけという言葉ですので、確かに逃げやすい言葉ではありますね。

「多分~だろう」と言えば、「絶対~である」と言っているわけではないので、「自分は確定したわけじゃない、予想しただけ」と逃げることができます。

「きっと」

「きっと」という言葉も、未来を予想するだけの言葉です。

「きっと~です」と最後は確定する文言にはなりますが、この言葉はとてもいい加減で責任の無い言葉です。

よく心配している人を勇気づけようとして「きっと大丈夫ですよ」と言う人がいますが、この言葉を言われて嫌がる人もいますので気をつけましょう。

それは、その言葉に何の根拠もないからです。

相手が自分を励ますために言ってくれているのはわかるのです。

でも、きっと大丈夫っていったって、何の根拠もないのにそんないい加減なことを言わないでほしいと思うのが本音です。

「おそらく」

「おそらく」は、「多分」「きっと」を少しかしこまった言い方にするだけで、意味は同じです。

おそらく~でしょう、おそらく~だと思いますというように使いますのでこれもまた、責任逃れしやすいことばですね。

️憶測で判断するのはやめよう

いかがでしょうか?憶測で物事を判断するのはとてもリスクが高く危険であり、時には人を傷つけそれによって自分も傷つくこともあるということがわかっていただけたと思います。

憶測でものを判断したり憶測で話しをするのは、今後はできるだけ控えて真実だけを伝える、真実だけを信じるという人生を送りましょう!