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憶測で物事を判断しないほうが良い1...(続き3)

最初はもっともらしく聞こえるその人の話も、だんだん「これって憶測で言ってるだけ?」と話を聞いている方も早々に気づくでしょう。

何の根拠もない話しを常識のある大人は信用はしないものです。

憶測でものごとを判断したり、話をするとそれが正解である場合がだんだん少なくなることもあります。

つまり憶測が当たらなくなってくるのです。

こういう状況が続きますと、信用をなくすだけでなく、嘘つきだと認識されてしまいます。

嘘をついているわけでは無く、予想が当たらなかったというだけなのですが、それでも根拠の無い話は人を信頼させることは不可能です。

適当さが癖になる

憶測でばかり物を考えていると、それに慣れてきてしまいついには適当さが癖になってしまいます。

というのは、憶測という行為自体が「適当に予想する」という意味ですので、何に対しても適当になってしまうのです。

考え方や選び方だけでは無く、全てが適当になりそれが癖になります。

その方が楽ですし、生活はしやすいですよね。

でも、真実の中で生きて行かなければいつか自分がとても辛くなってしまいます。

また、「適当」に慣れてしまうとだんだん自堕落になります。

ここぞという大切な時にも、正しい方向を選べなくなりますし憶測で考える癖がついていると、真実の見つけ方がわからなくなってきます。

適当が癖になるということは、実はとても恐ろしいことでもあります。

根拠の無い考えをすぐに言ってしまえる自分にならないようにしましょう。

根拠がない

根拠が無い状態で、物事をどんどん予想して行くと、もともとの土台がきちんとしていないということになりますから、その憶測は大変不安定なものになります。

中には、憶測の話を聞いた人がその根拠を尋ねてくることもあります。

証拠はどこにあるのか、根拠はなんなのか、何故そう思うのか、それは本当に正しい予想なのかと質問されたら、何も答えられなくなってしまうでしょう。

根拠が無い状況で物事を判断するのは非常に不安定なことですので、それを思い切ってやってしまえることは潔いかもしれません。

しかし、よくよく考えたら全く確信的な事柄がないのに、予想だけ先にしてしまうなんてとても怖いことですよね。

悪い方へ考えてしまう

物事の行く末を判断する際に、それが良いか悪いかの選択を迫られた場合には憶測だけで判断すると、どうしても悪い方へ考えてしまいがちです。

このような場合は、起こりもしていないのに「もしこんな風になったら困る」という考えから、いつのまにか「絶対にこうなってしまう」と思いこんでしまいます。

しかし、これも全く根拠の無い不安です。

悪い方ばかりを予想してしまうと、本当にそうなってしまいますし、何も前に進むことができません。

楽天的すぎるのもよくありませんが、悪いことは起こってしまってから考えれば良いのではないでしょうか?

行動が無駄になる

憶測で判断して行動してしまうと、結果が憶測したことと大きく外れた場合は、それに費やした準備や時間が全く無駄になってしまいます。

あることへの準備や行動は予想されるゴールに向かって行われるわけですから、これを根拠の無いまま準備しても何の意味もありません。

ですので、憶測で判断してそれが当たっていれば行動はもちろん無駄にはなりませんが、外れた場合は準備してきたことや準備に費やした時間、また行動が水の泡です。

しかも、予想と反する結果になってしまったのであれば、また最初からはじめなければなりません。

時間に余裕の無い状態で憶測だけで進むのはとても危険ですし、もっと慎重にことを進めるべきだと思います。

人間関係が悪くなる

憶測で判断する人は、たいてい嫌われます。

憶測で判断したり憶測で考えてものを言ったりした人の話を信頼していたら、ある日それはその人の独断で予想しただけのことで、確信がないという事態になった時、話を聞いていた方は呆れますし、貴重な時間を返してほしいと思うでしょう。

ですので、せっかくのご縁で知り合った人も、相手が憶測でものを判断する人だとわかったら離れて行くと思います。

なにひとつ信用できないのに、どうしてずっと付き合っていこうと思うでしょうか?

憶測で物を考えたり、憶測で物を言ってばかりいるとせっかく築いた人間関係をぶち壊すことになります。