そんなこと、「言語道断だ!」って言われたこと、ありますか?

または、「言語道断でしょ?」と言いたくなることが会ったかもしれません。

でも、言語道断ってどうゆうことでしょうか?

説明するとなると、はっきり説明するのは難しいかもしれませんね。

もし、自分の子どもや小さい子に「言語道断ってどうゆう意味?」って聞かれたときに、はっきりと正しい意味を教えてあげられる大人になるべく、意味と使い方をチェックしていきましょう♪

️言語道断ってどういうこと?

言葉って、何気なく使っていたり、聞いていることでも、じつははっきりとは意味を知らないという事がよくあります。

特に、昔のことわざとか、四字熟語というのは調べてみると意外な意味を持っていたり、一般にちょっと誤解されて理解されている事が多いものがありますよね。

では、今回取り上げる「言語道断」についてはどうでしょうか?

多分、日本人なら「言語道断」というフレーズ自体は聞いたことや読んだことがあるでしょう。

でも、自分がこの言葉を使うとしたら、正しいときに、正しい意味として使う事ができるでしょうか??

「〇〇については、言語道断だ!」と言われたら、はっきりその意味を受け取っているでしょうか?

そう言われてみると、あれ?「言語道断」ってどうゆう意味なんだろう?って思う方もきっといるでしょう。

さらに、子どもとかだれか他の人から「言語道断ってどうゆうこと?」って急に尋ねられたけど、答えられなかったという方もいるかもしれません。

四文字熟語の言語道断


言語道断は、四字熟語の一つです。

ここで言う四字熟語というのは、4文字が強く結びついていて一つの意味を持っている熟語のことを指しています。

つまり、この場合「言語」と「道断」という言葉が結びついて一つの意味を持つようになっているようですね。

しかし、この「言語道断」は、そのまま「げんごどうだん」とは読みません。

わたしは昔、小さいころには「げんごどうだん」って読んでしまってしましたが、これはみなさんもご存知のとおり「ごんごどうだん」と読みますね。

言語道断の意味

「言語道断」というと、みなさんはどんなイメージをお持ちでしょうか?

ある人が「そんなことは言語道断だ!」といった場合、その人は自分の意見に対して絶対の確信を持っているんだな〜、と感じますよね。

他の意見なんて絶対に無理、受け入れられない的な・・・。

「絶対にありえない!」とか、「そんなこと、絶対にダメだ!」と言うようなニュアンスを感じます。

漢字から推測するとなると、”言語の道が断たれる”という意味のようですが、ちょっとはっきり意味を説明することは難しい言葉ですね。

ではさっそく、辞書で調べてみたいと思います。

もってのほか


「言語道断」とは、もってのほかという意味だそうです。

「そんなことは言語道断だ!」と言われたときはつまり、「そんなこともってのほかだ!」と言われているということですね。

もってのほか・・・、なんかこのフレーズもはっきりと説明できないような言葉ですが、漢字にすると意味を捉えやすいです。

もってのほかは、「以ての外」と書きます。

予想を超えて程度が甚だしいと思える事柄に対して使ったり、そのさまを表す言葉なんですね。

例えば、男女関係がうまくいかず悩んでいる男性から相談されたときに、デートでどんな振る舞いをしているかを聞いてアドバイスをするときなど、「女性は特別扱いされたい生き物なんだから、扉を開けておいてあげたり、女性の歩く速さに合わせるのは当たり前ですよ。

それに食事だって、女性を奥のいい席に誘導するのは当たり前。

食事中にクチャクチャと音を立てて食べるなんて以ての外ですよ!」って言うことがあります。

この場合、つまりは食事中に音を立てて食べるなんて、マナーがなっていないという事に関しては程度が予想を超えて甚だしいですよ!と言いたいわけです。

ちなみに、「甚だしい」とは、望ましくなり事柄の程度が過度である、という意味ですね。

このアドバイスの内容について良いか悪いかは別として、「もってのほか」という意味で、「デートでの食事中に、クチャクチャと音を立てて食べるなんて言語道断だよ!」と使うことができるわけですね。

あまりにひどい

「あまりにひどい!」という意味でもあります。

例えば、彼氏がくちゃくちゃと音を立てて食事をするだけでなく、なんと怒ると彼女に手をだす人だったとします。

「女性に手をあげるとは、言語道断だ!!」と言いたくなりませんか?
あまりにひどい彼氏です。

つまり、言語道断というのは、悪い事に関してその程度があまりにもひどいということを指して使います。

とんでもない

「言語道断だ!」ということは、「とんでもない!」と同じ意味でもありますね。

「とんでもない」ことというと、考えも及ばないこととか、想像をはるかに超えてひどいことを指しますね。

「とんでもない話だね」などとよく言うかもしれませんが、「あり得ないね」って意味で使っているのではないでしょうか?

あるべき事ではない、という考えです。

「とんでもない」とは、もともとは「途もない」と書いたそうです。

この「途」には、道理とか手段という意味がありました。

それで、それが「ない」わけですから、つまりは道理に反していることを指します。

例えば、車の運転中によそ見をするのはとても危険です。

しかし、それ以上に飲酒運転やスマホなどをいじりながらの運転は、”とんでない”行為ではないでしょうか?

ですから、例としては「飲酒運転やスマホをいじりながらの運転は、言語道断だ」というように言えますね。

言葉に言い表せないくらいのこと

言葉にいいあらわせないくらいのこと、を指して「言語道断」と言うこともあるようです。

言葉に言い表せないくらいのこと、つまり、そのくらいひどい事を意味しています。

それくらいひどい事って、一体どんなことでしょうね?
説明してもしきれない、そのくらいひどい悪事、またはそのくらいひどいことをされたということは、まさに「どんでもないこと」であり、「あまりにひどい」ことであるに違いありません。

呆れて何も言えないこと

もう呆れて言葉もないよ・・・、呆れて何も言えないよ、という意味もあるようです。

「最近の〇〇さんの行動には、まったく言語道断ですよ」って感じで使えます。

とにかく、ひどすぎて言葉にもならないよ、と呆れはてている感情が伝わってきますね。

相手が言葉も出ないほどに、ひどい行動をしてしまうなんて、人として残念ですね。

相手は、もう諦めの境地に立っているのかもしれませんが、人間、周りから諦められてしまったら、ある意味もう終わりですよね。

言語=口に出すこと

「言語道断」とは、言葉に表せないほどにひどいこと、とんでもないことを意味していることがわかりましたが、このことを知ると、漢字の意味とつながってきますね!
じつは、「言語道断」とはもともと仏教の言葉だったようです。

そして「言語」とは、「言葉に出して表すこと」を意味していたようです。

つまり、口に出すことが「言語」ですね。

道断=言うことが断たれること

言葉として口に出すという意味の「言語」が「道断」される、というなのですが、「道断」とは、言うことが断たれるという意味なんです。

「道」というのも、「口でいうこと」を意味していて、それが断たれるわけですので、「言うことが断たれる」、言葉にだして言うことができない、という意味になりますね。

言語道断をまとめると

ここまでで、「言語道断」の意味について調べてきました。

「もってのほか」、「あまりにひどい」、「とんでもないこと」、「言葉に言い表せないくらいのこと」、「呆れて何もいえない」、そんな状態もしくは事柄を指しているということでした。

そう考えると「言語道断」と言われることは、「ひどいこと」のなかでもかなりレベルの高いひどさのことですよね。

言葉を失うほどのひどい事です。

「ちょっとひどいよね〜」という軽いレベルではありません。

「もう絶対ありえないんですけど!!」というくらいのレベルです。

「言語」が言葉として口にだすことを意味し、「道」は口で言うこと、それが「断」たれる」という漢字4つの意味も理解すると、「言葉にできないほどのひどい事」という意味である事が納得できたのではないでしょうか?
「あり得ない!」「絶対にダメだ!」というシュチュエーションで、「言語道断だ!」と使うことがありますが、意味を理解すると、その使い方になるほどと思えますね。

️言語道断の由来

「言語道断」という四字熟語ですが、意味は理解できましたが、由来については知らない方も多いのではないでしょうか?
では、今度は由来についてちょっと調べてみたいと思います。

仏教から生まれた言葉

今でこそ、「あまりにもひどくて、言葉にもできないほど」の「とんでもない」事柄を意味する「言語道断」ですが、先程も少しだけ触れたようにじつはもともとは仏教語だったようなんです。

仏教語としての「言語道断」にはいったいどんな意味があったのでしょうか?

仏教の真理は言葉では表せない

仏教語として、「言語道断」とは仏法の真理というのは、言葉ではとても説明しきれないよ、ということを意味していたようなんです。

仏法の真理とは、いったいなんのこと?って思うかもしれません。

仏法真理とは?ということを検索すると、それは仏の心であり、仏の掟です。

そして、仏の生命が流転する姿のことでもあります。

もっと大きなスケールでは、人類というものの過去と現在と未来をつなぐ一本の黄金の糸、というものを意味しているようです。

それが、深すぎて言葉ではとてもとても説明なんてできないんですよ、ということを仏教では「言語道断」と言ってたんですね。

確かに、仏教というのは言葉ですべてを説明することはできない、という教えを多くもっています。

この仏教語から、言葉も出ないほどにひどいことを意味する四字熟語としてわたしたちが今理解しているわけですね。

しかし、昔にはひどいことだけを意味していたわけではなく、言葉に出いないほどに立派なこと、という意味でも使われていたようです。

例えば、「言語道断」は平家物語にも出ているのですが、そこには「時々刻々の法施祈念、言語道断の事どもなり」という一節があります。

ここでは、表現しがたいほどの驚嘆の気持ちを表して使われているようです。

️言語道断のよくある使い方

では、ここからは「言語道断」のよくある使い方についてご紹介していきましょう。

そんな考え方は言語道断だ

「そんな考えは言語道断だ!」と言われたら、「そんな考え方はもってのほかだ!」と言われていることになるでしょう。

そんな考え方は、まったくもってひどい考え方だと言われているわけですから、もちろん「間違っている」と否定されているわけです。

あるいは、「そんな考え方をするなんて、とんでもない。絶対にしないよ」という意思表示かもしれませんね。

言語道断で許されない

ある行為について、「言語道断で許されない」と言われたなら、問答無用で許されないって感じに聞こえますね!
ニュースなどで事件のとき、あるいは政治家の問題発言または問題行動について、ある人が「言語道断で到底許されない行為である」とコメントすることもありますね。

「あまりにもひどいことなので、許されることではない!」と強く非難し、もしくは反発している事になります。

例えば、以前に「言語道断で到底許されない」という表現を、沖縄県知事が使ったことがあります。

そのときには米軍のヘリパッド建設について抗議していた市民にたいして、機動隊員が「触るな、土人が!」と侮辱的な表現を使ったことが背景にあります。

この点については、そこに至った経緯を考えるといろいろな意見があるとはいえ、この時の知事はこの「土人が!」という言葉について、あまりにもきつくてひどい言葉だ、といことで許されない事として自分の意見を述べたということになりますね。

言語道断の不届き者

「言語道断の不届き者」という表現もできます。

不届き者とは、取り決めとか法、道徳に全然従わないで、それに背いたような人のことを言いますが、その程度があまりにもひどい人に対しては、「言語道断の不届き者」という言い方ができますね。

とにかく、とんでもなくしきたりを無視する人なんですね。

あまりにも恥知らずで、あまりにも失礼な人のことも、そのように表現することがありますね。

例えば、会社の金を流用して株をやっていたとか、まさに言語道断の不届き者ではないでしょうか?
そのような不届き者のせいで、会社のお金が無くなって、真面目に働いていた人たちの給料が出なくなったり、会社が倒産して多くの人の生活を台無しにするようなことがあったら、もう「言語道断で、到底許されることではない!!」と言いたくなりますね。

芥川龍之介の「忠義」の中にも「言語道断の不届者」という罪状について触れられています。

実に言語道断である

宮本百合子の「衣服と婦人の生活」の中で、「日本の紡績女工のひどさは実に言語道断です」という一節があります。

「とんでもなくひどい」、「呆れて言葉が出ないほどだ」ということですね。

呆れるほどひどい、ということはかなりの深刻さを感じさせますね。

「実に言語道断だ」と言い方は、ある事柄が言葉にならないほどひどいということを、よく表現できるでしょう。

あるひどい不届き者についての話を友人から聞いていたとします。

その行動について、「実に言語道断だね」とコメントするなら、「とにかくひどいね」というコメントをより格を上げて、知的に表現できそうですね。

その発言は言語道断だ

あまりにもひどいと思えるような発言に対して、「その発言は言語道断だ」と非難することがあります。

先ほどの「言語道断で到底許されない」とされた、機動隊員が沖縄県民に対して「土人」と発言したことに関しても、NEWSの記事なおでは「言語道断の発言」として取り上げられていました。

さらに、多くの政治家たちの過激な発言にたいして、それに反発したり非難する側が「その発言は言語道断だ」と牙をむくことはよくあります。

例えば、核ミサイルで世界を挑発している北朝鮮が、日本に対して「核で沈める」と威嚇したことに対して、菅官房長官は「きわめて挑発的な内容で言語道断だ」と、その発言を厳しく批判しました。

さらに、少し前では橋下元大阪府知事が従軍慰安婦は必要だった、という発言をしたことに対して、米国務省のサキ報道官が、その発言は「言語道断で不快だ」と非難しています。

口は災いの元・・・、なんて言いますけど、言語道断とまで言われるような発言をしないように気を付けたいものですね。

言語道断な行い

さらに、普通のモラルから考えるとありえないような行動について「言語道断な行い」というように表現されることもあります。

例えば、またまた北朝鮮の核問題ですが、最近の北朝鮮はいつミサイルを発射するかわからなくなってきましたよね。

そのような状況の中で、安倍晋三首相は英国のメイ首相と会談しました。

その時に、北朝鮮からの中距離弾道ミサイル発射についての共同声明を発表しました。

その内容は、「言語道断の挑発行動だ」というものです。

つまり、日本と英国は北朝鮮の行動をもっとも強い表現を使て非難したわけですね。

「言語道断の行い」という表現は、その何らかの行動を非難する際に使えるもっとも強い表現ということができるでしょう。

️言語道断なシチュエーション

「言語道断」というのは、程度がきわめて高いひどいことを表す表現としてよく使えるようですね。

「言語道断な発言」とか「言語道断な行動」、さらに「言語道断で許されない」という表現に見られるように、その行為やある事柄について非難する時に、最も強い表現となるんですね。

では、私たちの日常の中で「言語道断だ!」と言いたくなるような、あるいは言われるようなシチュエーションとはいったいどんなことなのでしょうか??
「言語道断で許されない」シチュエーションについて、見てみましょう♪

弱い者いじめ

みなさんは、弱い者いじめを見てどう感じますか?

相手が自分よりも弱いということをわかっていて、相手をイジメる人というのは、本当に心がすさんでいて、許せない!と感じるのではないでしょうか?

単に、力が弱いということだけでなく、社会的な立場や境遇が自分よりも劣っているということを見て、その人をもっと苦しめるような人は、人として本当に弱く、自分に自信がないだけだったり、他の人から助けてもらって生きていることを忘れているのかもしれません。

弱い者いじめをする人は、動物の世界だって弱肉強食だというかもしれませんが、動物たちは生きるためにそのような構図の中にいるのです。

しかし、人間はお互いを思いやったり、お互いに支えながら生きることができる、人権を尊重し考えることのできる生き物ではないでしょうか?

もちろん、社会的立場でいえば弱い立場、そして強い立場の人がいることで社会が成り立っているわけですし、その中で常に競争が行われているのです。

しかし、そのような生きるための競争と、ただ単に弱い人を楽しみや自分の欲求不満のためにいじめる、というのは本当に正当化できることなのでしょうか?

そんなことを言ったって、弱い者いじめを楽しんでいる人には理解してもらえないのかもしれませんが、簡単に考えても、ただただ自分が強いと思っている人間に、意味もなく虐待されている弱い立場の人が、どれほどの苦しみや辛さ、不安と死にたいと思うくらいの挫折感を感じるのかということを理解できないのは、自分は強いと思いこんでいる人に問題があるからです。

やっぱり、弱肉強食と弱いもの”いじめ”というのはちょっと違うのではないでしょうか?
それで、「弱い者いじめは言語道断」と言われることの一つです。

責任転嫁

ある人から責任転嫁されて、自分の責任ではないのに罰を受けたことってありますか?
すっごく腹が立ちますよね!?
普通に考えれば、各人は自分の発言や行動に関して、自分で責任を負うべきです。

それはもちろんのことです。

しかし、この世の中そんな甘くはないんですよね。

自分の責任であるにもかかわらず、他人のその責任を押し付けて自分は何食わぬ顔をしている人が山ほどいます。

自分より弱い立場の人に、責任転嫁して相手の立場をめちゃくちゃし、自分は悠々と過ごしているのです。

そのような不公正なことって、すごく許せないですけど、政治とか競争社会ではそんなものは当たり前で、みんな慣れちゃっているところがあるかもしれませんね。

しかし、本当のところとしては責任転嫁なんて言語道断な卑劣な行いではないでしょうか!?

マナー違反

マナーって、人それぞれの感じ方とか考え方が大きく影響しているのですが、ある人にとっては「言語道断!」と思えるようなマナー違反がいっぱいあるようです。

例えば、電車で化粧をする女性がいますよね。

その女性からすれば、朝に忙しくて家で化粧をする時間がなくて、電車に乗っている間に済ませれば時間の節約になる、という考えかもしれません。

でも、その行為を”とんでもないこと”と感じる人にとったら、ノーメイクもダメだけど、電車での化粧なんて「言語道断だ!」と感じるのです。

さらに、回転ずしでの驚きの行動に「言語道断だろ!」という声が上がっています。

例えば、人が注文した皿を横取りすることとかは、もちろんマナー違反だけど、食べてみたらまずかったというお皿を、お会計で計算されるのがイヤだからレーンに戻すという、まさに言葉が出ないほど、あぜんとするようなマナー違反をするお客さんがいるみたいです。

これには「食べかけのお皿をレーンに戻すなんて言語道断!」という声は当たり前ですね。

他には、麺類を食べるときにズルズルと音を立てて食べる人っていますよね?

日本人は結構慣れている人は多いですけど、それがすごく不快に感じる人にとったら、すごく嫌で嫌で、特に素敵なレストランでパスタを食べるときにまでズルズルズル・・・と音を立てるなんて言語道断だ、と感じる人もいます。

とにかくマナーというのは、自分がどう思うかということより、周りの人に不快を与えないような思いやりの心が大事なんですよね。

何が言語道断のマナー違反なのか、ということは人によって感じ方や考え方が違うけど、相手が悪質だと感じたり、すごく不快に感じることはやめましょう。

例え、自分が電車の中でどうして化粧をしてはいけないんだ!誰にも迷惑かけていないだろ!と思ったとしても、それを見てすごく不快で、あまりにもひどく見ていられないほどだ、と感じるなら、それはもうマナー違反なのですね。

自分勝手

周りのことを考えずに自分勝手な人も、周りから「言語道断」と思われるような言動が目立つようですね。

自分勝手な人というのはつまり、他人のことなんて全然考えないで、自分の都合のだけを考える人のことです。

自分の利益のために相手を利用する人っていますよね?
相手の気持ちや立場、状況なんてどうでもいいんです。

自分の意志や自分の気持ちや目的のために、その人が利用できるのか、利用できないのかで人の価値を見定めるような人って、一緒にいてすごく不快ですし、相手を悲しい気持ちにさせますね。

自分の都合のために、他人を利用するとか、他人を振りまわす人は友達がどんどんいなくなります。

よく、女性はちょっとわがままな方がカワイイって言われますけど、それって、相手のことを100%無視するような超自分勝手な女とは違いませんか?

ありのままの自分で生きるのを楽しんでいる人と、相手のことを一切考えられないような人はちょっと違います。

周りや他人のことも思いやりながら、自分のままで生きようとする人は素敵だけど、他人を大事にもできなくて、利用するだけ利用して、都合が悪くなったら切り捨てて、悪いことはすべて他人のせいにするよう人は友達としても恋人としても言語道断ですよ!

犯罪

犯罪も、言語道断な行為と言えるでしょう。

犯罪というのは、社会的に見て明らかに危険で有害として禁止されていることです。

つまり、自分はどうも思わないからとか、悪いとは思わないからといくら主張したとしても、罪は罪なのです。

しかし、この社会の中で誰がどの行為を犯罪として決めたのでしょうか?

まあそのようなことは各人で深く考えることにして・・・、「犯罪」を犯してしまうと、周りからは言語道断で許されない、罰せられるべきである、という目を向けられ、一生”罪人”というレッテルを張られることになります。

理不尽な対応

理不尽な扱いを受けたことってありますか?
理不尽とは、物事のすじが通らないようなことや、道理に合わないようなことを指しています。

それで、どうしても筋違いだったり、道理に合わないような対応を受けて、すごく不快に感じたり、すごく納得できなくて怒りに燃えることってありますよね!?

世の中なんて理不尽なことだらけなんだよ、と言われればその通りなんだけど、正しいことが全然受け入れられなくて、理不尽な考えや対応でこちらが損害を被ったり、被害を受けるとすごく嫌ですよね。

例えば、上司がイライラしているときに、そのイライラのはけ口に嫌いな部下に無茶なことを押し付ける、ということがあるかもしれません。

絶対にできないとわかっていることを押し付けるのです。

そのようなとんでもないような要求や行為は、言語道断ですよね!!

仕事をサボる

仕事をしていると、真面目に働いている人が損をして、不真面目な人ほど要領よくやっているということを目にすることがあるかもしれません。

そのようなことも、先ほどの理不尽なことの一つかもしれませんが、要領よくやるのは一つのスキルというか、その人の特技かもしれませんけど、仕事をサボるっていうのは言語道断だと思いませんか?

仕事というのは、お金をもらっている労働のことですよね?
お金をもらっている以上、責任を果たすのは当たり前。

サボっていてお金をもらうなんて許せません!

友人を裏切る

友人を簡単に裏切る人もいます。

信頼していた人から裏切られたときの、あの心を剣で斬られたかのような辛さ、皆さんも経験があるでしょうか?
人は、信頼している人から裏切られることに本当に深く傷つきます。

生きていればたくさんの苦しいこと、辛いことはたくさんあるけど、信頼している人からの裏切りは、一生消えない傷となるくらいの衝撃と影響を与えるものです。

裏切られたその人の人生を台無しにすることさえあるのです。

人は、だれをも信頼することはできません。

だからこそ、信頼できる友人を探し、その人を人生の中で大切にしていこうとします。

信頼できる友人がいることで、心の支えを得ていることもたくさんあるのではないでしょうか?
本当の友人というのはきっと心が結びついている人のことを指すのではないでしょうか。

しかし、そのような友人に裏切られると、もう人のことを信じることができなくなったり、人との関わりをすごく怖く思ったりするようになります。

絶望を味わうこともあるでしょう。

友人を大切にできない人は、人からも大切にしてもらうことなど期待できません。

友人を裏切るなんて最低の行為で、言語道断な行いです。

️言語道断を正しく使おう

いかがでしたでしょうか?
「言語道断」の意味や使い方についてご紹介してきましたが、正しく理解できたでしょうか?
ニュースなどでもよく耳にする言葉ですけど、ある事柄を非難する際の一番強い表現としても使われていることがよくわかりましたね。

ある人にとってそれほど「ひどいこと」とは思えないことも、別の人にとっては「言語道断だ!」と思うほどのことも世の中にはいっぱいありそうですが、今後、「言語道断」という言葉を聞いたときには、ぜひとも注意してその内容をチェックしておきたいですし、自分でもぜひとも使って行きたいですね!