誰でもレッテルを貼られることには抵抗がありますが、ついつい他人に対してのレッテルは貼ってしまうものです。

「あの人はこうだ」「この人はこういう人なんだ」と、相手にレッテルを貼り付けてしまうと、その人の本質が見えてなくなってしまうことがあります。

そのためレッテルを貼る行為は、基本的には良くないことと考えられています。

その具体的な理由や、何に対してもゼロベースの視点を持つ方法についてご紹介します。

レッテルって何?どういう使い方?

学校や会社で、または私生活を送る中で、時々「レッテルを貼る」という言葉を耳にすることがあると思います。

例えばある人に対して、「あの人はレッテルを貼られている」と誰かが言ったり、または自分で「私は人からレッテルを貼られて辛い」と言ったりする人もいます。

レッテルを貼る、もしく貼られることに対して、誰もが漠然と悪いイメージを抱いていることが多いです。

しかし、何故悪いイメージが抱かれるのか、またどんな人がどんな時にレッテルという言葉を用いるのかなど、ハッキリと分かっていない人もいるかもしれません。

そこで、レッテルとは何なのか、どのような場面で使われるのかなどについて以下にご紹介していきます。

レッテルとは?


そもそも、レッテルとはどのような意味なのでしょうか?

日本語ではないため、この言葉をまったく聞き覚えのない人にとっては、レッテルが何を意味する言葉なのか、ほとんど想像もつかないことでしょう。

一方で、何となくの意味は分かっていても、もっと具体的な意味や、レッテルという言葉の由来については知らないという人も多いことでしょう。

レッテルについてまったく知らない人、そして「なんとなくは分かるけど、ちゃんとした意味は知らない」という人のために、まずはレッテルの意味からご説明していきます。

辞書的な意味

レッテルを辞書で引くと、「ある人物や物事に対する特定の評価」という意味が出てきます。

すなわち、「誰かや何かに対して、一定の決まったものの見方をする」ということです。

例えば、「Aさんは綺麗好きだ」「Bさんは口が上手い」など、自分から見た相手に対する評価がレッテルとなります。

このレッテルは人によって変わりますが、あまりに一方的なレッテルの場合には、レッテルではなく「偏見」と言われることもあります。

使い方

レッテルは、少々乱暴な言い方をすれば、その人や物事に対する「決めつけ」です。

例えば一見強面の人がいるとします。

外見は少し怖くても、その人はとても優しい心の根の持ち主です。

しかし、それを知らずに外見だけを見ている人たちは、その人のことを「怖い人だ」と決めつけます。

これが、「レッテルを貼る」ということです。

一方で、よく知りもしないのに周囲から「怖い人だ」と思われてしまった方は、「レッテルを貼られた」状態となります。

人間の性格や本質など、人前に表れるのはほんの一部分のみです。

しかし、大抵の人は、その一部分だけを見て、相手に対してついレッテルを貼ってしまいます。

「あの人は仕事が出来ない」「あの人は足が遅い」「あの人は何でも器用にこなせる」など、勝手に決めつけて、そのイメージ通りの人間だと想像してしまうのです。

だからこそ、それ以外の部分を目にした時には、相手に対してギャップを覚えるのです。

しかし、レッテルを貼ることも、それによって生じるギャップも、すべて相手が勝手に思い、勝手に驚くことであり、当人はまったく何も意図しているわけではありません。

そのため、あれこれとレッテルを貼られる側にとってははた迷惑極まりないものなのです。

しかし、私たちはこのようなレッテルを日常的に使っています。

あなた自身も、無意識に誰かに対してレッテルを貼ってしまっているのではないでしょうか?または、あなた自身が誰かからレッテルを貼られて、嫌な思いをしているのかもしれません。

レッテルとはそれほど、人によっては良くない印象を抱かせるものでもあります。

類義語

「レッテルを貼る」という言葉の類義語はいくつかあります。

「色眼鏡を掛ける」「見方にバイアスがかかる」「先入観を持つ」「偏向する」「烙印を押す」などなど・・。

いずれも第一印象や、相手をよく知らない状態でこちらが勝手に相手を決めつけて判断したり、評価したりすることを意味します。

語源

このレッテルという言葉は、元々はオランダ語の「letter」という言葉からきています。

レッテルは本来、商品に貼る商品名や内容などを書いたタグのことを指します。

この小札は商品についての案内や、商品のイメージを作るものですので、これが人や物事に例えられて用いられるようになった結果、人物や物事に対する特定の評価や固定のイメージといった意味に変わりました。

レッテルを貼る危険性


レッテルを貼ることで、どのような危険性があるのでしょうか?レッテル自体が、人や物事に対する決めつけや評価であることはすでにご紹介してきました。

そのためレッテルそのものが、あまり良い意味合いではないということはもうお分かりになっていると思います。

そしてそのレッテルを貼ることや貼られることが、どのような危険性に繋がるのかを以下にご紹介していきます。

好奇心を失う

レッテルとは、相手を「こういう人間だ」「こういう性格をしているのだ」と決めつけることです。

そうすることで、自分の中で相手に対する評価が決定されてしまい、よほどのことがない限りはそのレッテルが剥がれることはありません。

そしてまた、一度相手に対してレッテルを貼ってしまうと、相手に対する好奇心まで失ってしまいます。

例えば毎回会う度に、そして話をする度に変幻自在に外見が変化し、話す内容も違う人であったなら、その人に対する印象はその都度違って、相手に対する好奇心も失われることはないでしょう。

しかし、実際にはそんな人など滅多にいません。

大抵はいつも同じようなスタイルで、話す内容もそこまで大きな変化はありません。

そのため、相手に対して「この人はこういう人なのだ」とレッテルを貼ってしまうと、自分の貼ったレッテル以外の部分が自然と見えなくなってしまいます。

相手がもしいつもとは少し違った様子や話をしていたとしても、直ぐには気付くことが出来ないのです。

また、相手の性格に対してもレッテルを貼ってしまうと、例えばそのレッテルが良くないものであった場合に、相手が善いことを行っても、それで相手を見直すことは中々出来ません。

相手に対する好奇心を失うということは、すなわち相手の変化には気付けないということです。

人によってはそれで新たな発見や出会いを逃してしまっていることもあるでしょう。

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それ以上興味がわかない

レッテルを貼ると、自然と相手に対する好奇心が失われ、そしてそれ以上は相手に対して興味がわかなくなります。

例えば何年も仲良く一緒に過ごしている異性の友人がいたとして、どちらかが「ずっと友人だ」というレッテルを貼っていると、その先で友人同士が恋愛に発展することはありません。

例え片方が恋愛感情を抱いたとしても、レッテルを貼ったもう片方は、友人を「友人以上の存在」として見ることは出来ず、また恋愛対象としての興味を抱くことは出来ません。

そのため、もし友人だと思っていた存在から告白をされた場合には、そのきっかけから異性として相手を見ることが出来るようになるか、または相手を拒絶してこれまでの友人関係を失くしてしまうことでしょう。

レッテルを貼ることで相手に対する興味を失くすということは、場合によっては相手にとって残酷な出来事となることもあるのです。

なかなかレッテルは剥がせない

一度貼られたレッテルは、そう簡単に剥がすことは出来ません。

例えば会社で「性格が悪い」とレッテルを貼られて、周囲の人に嫌われている人がいるとします。

しかし、その人自身の本質については、もちろん誰も全て理解出来ているわけではありません。

そのため、もしその人にボランティア精神があり、休日にはボランティア活動に勤しんでいるという事実を周囲の人が知ったとしても、見直す人もいるでしょうが、「偽善者きどりだ」「良い人に見られようとしてやっている」などとあくまでも悪い印象に取られてしまう場合が多いのです。

特に元々悪いレッテルを貼られてしまっている人の場合には、少しくらい善行をしただけでは周囲のレッテルは剥がれることはありません。

それどころか、例で挙げたようにわざと善い行動をして良い人に見られようとしているといったように、悪い印象をさらにねつ造されてしまう恐れもあるのです。

レッテルとはあくまでも、自分ではなく他人が貼るものです。

そのため、レッテルを貼った張本人が考え方を改めない限り、レッテルが剥がれることはありません。

視野が狭くなる

レッテルを貼られる人よりも、レッテルを貼ってしまう人の方が、自分の周囲に対しての視野が狭くなってしまいます。

レッテルを貼ることで、「あの人はこう」「この人はこう」という相手に対して決まった評価しか出来なくなってしまうため、相手の本質や意外性に気付くことが出来なくなってしまいます。

特に経営者のように、人を雇う立場にある人がレッテルを貼るタイプだと、優秀な人材の発見や、人それぞれに持つ成長可能な部分を見抜くことが出来ずに、失敗する恐れもあります。

また、物事に対しても、想像力が豊かな人は自分の周り360度すべてに視野を広げることが出来ますが、「これはこう」とレッテルを貼ってしまう人では、自分の目の前のものしか見ることが出来ないため、柔軟性がなく決まったものの見方しか出来なくなってしまいます。

視野が狭くなると、それだけ柔軟な考え方やものの見方が出来ずに、偏見や凝り固まった考えしか持つことが出来なくなくなるのです。

そしてまた、それ以外の可能性を口にする人に対しては否定的になり、あらゆる可能性に気付くことも難しくなります。

経験・知識が増えない

レッテルを貼ってしまうと、それ以上前へ進めなくなります。

例えばあなたの目の前に高い壁があるとします。

その壁を見て、もしあなたが「この壁は越えられない」とレッテルを貼ってしまえば、実際にその壁を越えることは不可能でしょう。

しかし、もしもあなたが「どうにかして壁を越えよう」と考えるのなら、壁を越えるために知識を増やしてあらゆる経験を積む内に、壁を越えられる日が来るかもしれません。

要するにレッテルを貼ることは、自分の可能性を潰し、成長を阻害しているのです。

レッテルは大抵悪い意味で用いることが多いため、レッテルを貼ってしまうとそれ以上ポジティブな考え方が出来なくなってしまいます。

そして、向上心がなければそれ以上成長することも出来ないでしょう。

レッテルを貼ることは、今以上に知識を増やそう、経験を積もうという気持ちを自ら失くしてしまうことでもあります。

成長できない

先にも挙げたように、レッテルを貼るとそれ以上知識を増やしたり、経験を積んだりすることが出来なくなってしまいます。

すなわち、その時点でその人自身の成長が止まってしまうということです。

人間は考える思考を持った生き物ですので、病気で何も考えられなくなってしまう以外は、死ぬまで思考を続けるものですし、また本人の意志さえあれば成長だってし続けることが出来ます。

「成長」という言葉を聞くと、若い人で想像してしまいがちですが、何歳になっても成長は出来ます。

80最でも90歳でも、本人に「学ぼう」という意欲さえあれば可能なのです。

しかしあらゆる人や物事に対してレッテルを貼ってしまうと、どんなに年齢が若くてもその時点で成長は止まってしまうのです。

ワクワクできない

人は未知の出来事に対して、不安や恐怖といった感情以外にも、ワクワクやドキドキといった楽しみや興奮の感情を抱きます。

ワクワクするのは自分がまだ知らない出来事に出会う時に起こりやすく、そこで感じる気持ちはきっととても新鮮なものでしょう。

しかしそのワクワクやドキドキも、慣れてしまうとマンネリ化して、淡々としたものになってしまいます。

どんなに自分が好きなことでも、繰り返し行っている内に刺激が減り、事務的な作業になってしまうことも少なくはありません。

レッテルを貼ってしまうことで、まさにそのワクワクやドキドキの感情が消えてしまいます。

レッテルとはすなわち決めつけることですので、ある出来事に対して「こうだ」と決めつけてしまうと、それを別の視点から見て楽しむことも出来ずに、また楽しみ方も分からずに、ワクワクすることが出来なくなってしまうのです。

レッテル貼り思考をやめるためには

レッテルとはどのようなものなのか、またレッテルを貼ることでどのような危険性があるかについてご紹介してきました。

レッテルを貼ってしまうと、他人に対して偏見のような見方しか出来なくなり、また物事に対しても決めつけが多くなってしまいます。

レッテルをあちこちに貼ってしまう人は他の人と意見の食い違いでトラブルになることも少なくはありません。

しかし、本人は自分のレッテルが原因だとは気づかないため、自分の柔軟性の無さや視野の狭さにも気づくことが出来ないのです。

しかし、自分がレッテルを貼っていると気付いた人であれば、これから改善することは十分に可能です。

ついレッテルを貼ってしまう思考をやめるためにも、試してもらいたいおすすめの方法を以下にご紹介していきます。

カテゴリ分けしないこと

人は何でも自分の分かる範囲でカテゴリ分けをしようとします。

例えば人に対するカテゴリ分けであれば、「優しい人」「厳しい人」「仕事が出来る人」「仕事が出来ない人」などです。

自分で分類したカテゴリの中に、出会った人をそれぞれ振り分けます。

優しい人だと思えば「優しい人」のカテゴリの中にその人を入れますし、また怖い人だと思えば「怖い人」というカテゴリに入れます。

そうすることで相手の性格を判別しますが、それはつまり相手の一面しか見えていないということになります。

優しい人にも、もちろん優しいだけでない面があります。

しかしそれを知らないため、こっちは勝手に「優しい人」のカテゴリにその人を振り分けてしまうのです。

そうすることで後になって問題が生じます。

例えば優しいと思っていた人が実は厳しい人だった場合や、怖いと感じていた人が実はとても気配りの出来る人だと新たに分かった場合です。

その場合、自分の中の認識(レッテル)とは異なっているため、頭がパニックになって、相手のことを正しく判別することが出来なくなってしまうのです。

それが原因となり対人関係でトラブルが起きたり、人と関わることが怖くなったりすることもあります。

そのため、相手がどのような人物なのか大体の判断はしても、カテゴリ分けはしないようにしましょう。

カテゴリ分けをしていなければ、相手のさまざまな性格が見えた時にも、混乱することなく受け入れることが出来ます。

イメージで決めつけない

人は第一印象で相手を判断します。

初対面の時には外見くらいしか判断材料がないため、ある程度は見た目の印象に頼ってしまうのも仕方がないでしょう。

また、外見による第一印象は、相手と少しコミュニケーションを取れば誤解は直ぐに解けます。

しかしその一方で、中々相手に対する印象が解けない場合もあります。

例えば違う部署に勤めている社員の噂話が、時々自分のいる部署まで届いてくるとします。

自分自身はほとんどその噂の張本人と接触したことがないため、実際にその人物がどのような人なのかを知りません。

しかし、耳に入ってくる噂話が悪いものばかりである場合には、自然とよく知りもしないその人物のことを、「何だか嫌な感じの人だ」と思い込んでしまいます。

そして直接関わり話す時間が少なければ少ないほど、その印象は根強く残り、レッテルとなってしまうのです。

このように、相手を自分の勝手なイメージで決めつけると、その分レッテルも増えてしまいます。

>偏見・差別になる
大抵の人は、自分の目で直接見て、話して、経験したことでなければ決めつけてはいけないということを知っています。

しかし、頭では分かっていても、どうしてもよく知らない相手の場合には、周りの噂話に頼ってイメージ付けをしてしまいます。

例えば見た目が少し強面で、悪い噂ばかりを聞く人がいるとします。

あなたがたまたまその人とエレベーターで一緒になったとしたら、何となく気まずい気持ちになりませんか?その気まずさが、酷くなると偏見や差別に変わってしまうのです。

それぞれの価値観を受け入れる

価値観は人それぞれです。

あなたが「良い」と思っているものを、「悪い」と思う人もいれば、あなたの好きなものを「嫌い」だと言う人もいます。

価値観が人によって違うことは、誰だって分かっています。

しかしそれでも、自分の考えを否定されたり、好きなものを否定されたりすれば、すなわち自分自身を否定されたような気がして誰でも腹が立ちます。

例えどんなに相手から正論で批判をされたとしても、心の中では納得することは難しいでしょう。

こだわりを持つことは良いですし、しっかりとした考え方を持っていることも良いでしょう。

しかし時には柔軟性を持ち、考えが凝り固まってしまわないように気をつけなければなりません。

考えは凝り固まるとレッテルになってしまいます。

レッテルになると中々剥がすことは出来ません。

他人からの指摘や批判、意見などはあくまでも「その人にとっての価値観なのだ」と受け入れる努力をしましょう。

自分の考え方を曲げる必要はありません。

ただ自分の考えや好きなものを否定された時には、相手を拒絶するのではなく、「自分は好きでもこの人にとっては嫌なんだな」と理解を示すようにしましょう。

最初は難しくてもそう考える癖をつければ、人から否定された時に大らかな気持ちで流すことが出来ます。

理想から離れる

レッテルは、自分の理想によって貼ってしまうことがあります。

例えば、同じ職場の上司で穏やかそうな言動の人がいるとします。

あなたが日頃見ている上司の姿は見た目通りに穏やかで優しい性格をしています。

そのためあなたも、無意識に「この上司は優しい人だ」と自分の中で上司をカテゴリ分けしてレッテルを貼ってしまいます。

しかしある時、その上司がものすごい剣幕で部下を叱責している場面を見てしまったとします。

するとどうでしょう、それまでの上司に対するレッテルが剥がされてしまい、きっと少なからずショックな気持ちになることでしょう。

しかし、あなたのこのショックに対して、上司にはまったく何の責任もありません。

何せあなたが初めから勝手に上司に理想的なレッテルを貼って、現実とのギャップにショックを受けてしまっただけなのですから。

このように、時に人は相手に対して自分の理想とする姿でいて欲しいという願望からレッテルを貼ってしまうことがあります。

レッテルを貼ること自体が無意識に行われる行為ですので、勝手に自分の都合の良いように相手にレッテルを貼ってしまうことは止めようがありません。

しかし、そもそも自分が相手にあれこれと理想を抱かなければよいだけの話でもあります。

そのため、他人や物事に対して理想を抱いてしまいやすい人は、気付いた時にその理想から離れるように意識しましょう。

期待しすぎない

理想から離れるのと同様に、期待し過ぎない気持ちを持つことも重要です。

人や物事に対して、相手が自分の都合のいいように動いてくれるだろうという期待は決してしないようにしましょう。

「動いてくれたらラッキー」程度の考えでも、そう思うこと自体が少なからず相手に期待してしまっています。

何もかも諦めろというわけではありませんが、相手や物事に対して過度な期待は抱かないようにしましょう。

冷静に判断する

レッテルとはそもそも、個人的な主観によるものです。

「あの人はこうだ」と言う考えは、自分の主観的な考え方によって生まれます。

そのため、レッテルも当然主観的な考えであり、レッテルを貼るという行為は、それを勝手に相手に対して押し付けている状況でもあります。

ですから、ついレッテルを貼ってしまいそうな時には、いったん冷静になって判断するようにしましょう。

「あの人は一見派手に見えるけど、でもよく見れば仕事はきちんとしているな」というように、冷静になって物事を見る目を養うことが出来れば、主観的な考えと同時に、客観的な考えも出来るようになり、むやみやたらとレッテルを貼ることを避けられます。

否定しない

否定をするという行為は、相手の考えや意見に、自分の意見を上からぶつけることであり、あまり良いことではありません。

批判をする行為は、相手の意見や考えをきちんと吟味・検討した上で誤っている部分を指摘することですので、相手の意見自体を否定しているわけではありません。

また、指摘をする行為も、相手の意見の矛盾やおかしいと感じる部分についてのみ問いただすことであり、これもまた相手の考え自体を否定しているわけではありません。

しかし、否定する行為は、最初から相手の考えや意見を全て打ち消してしまいます。

また、指摘や批判が間違っている部分だけに向けられるものであるのに対して、否定は相手の考えそのもの、場合によっては相手の人格すらも拒んで相手にはしようとしないことなのです。

すなわち、「聴く耳を持たない」状態になるのが否定です。

この否定をしてしまうことで、相手の良い面や、改善できるかもしれない部分をもなかったことにしてしまいます。

また、相手の今後の可能性も潰してしまいます。

それゆえに、相手に対して間違っていると感じる部分があれば、そこだけを指摘して、否定はしないように気を付けましょう。

客観的に見てみる

人間には自我がありますので、どうしても主観的なものの考え方をしてしまいます。

しかし、主観的にのみ生きていると、他人の考えや感情に共感を覚えることが出来なくなり、足並みを揃えたり、協調したりすることも出来なくなってしまいます。

そのため、時には他人の立場で考えて、客観的に物事を見ることが大切です。

レッテルは主観的な感情で貼ってしまうものですので、日頃から客観的に物事を捉えるように気をつけていれば、直ぐにレッテルを貼るようなことはせずに済みます。

思考や発想を変える

思考や発想は、変えようと思って直ぐに変えられるものではありません。

しかし、日々同じ考えに陥らないように気をつけていれば、少なくとも自分の考えが凝り固まらずに済みます。

思考や発想を変えるには、常に外からの刺激を内側へと入れることが大切です。

その最も手軽な方法が読書です。

たくさんの本を読むことであらゆる情報が自分の中に入ってくるため、今の状態よりも思考を柔軟に変えやすくなります。

本は購入して何度も読み返しても良いですし、お金がなければ図書館でも簡単に借りることが出来ますのでおすすめです。

レッテルを貼る人の特徴

レッテルを貼らないように気をつけることは誰にでも出来ます。

しかし気をつけているつもりでも、気付けばついついレッテルを貼ってしまう、そして一度レッテルを貼ってしまうと中々剥がすことが出来ない、そんな人に共通するレッテルを貼る人の特徴をご紹介します。

学歴を気にする

現代は「学歴社会」と言われます。

すなわち、学歴によって自分と他人とを差別化したり、学歴によって就職先で有利になったり不利になったりする社会です。

裕福な家庭や代々エリートの家庭では、学歴を重視する親も多いです。

しかし、学歴はあくまでもどの学歴があるかということだけで、学歴がある人が全て人間性も優れているとは限りません。

学歴があるからと言って、知識はあっても人間性が賢くない人もいますし、学歴があっても一流の会社に必ず勤められるというわけでもありません。

もちろん学歴があり人間性も優れている人はいますが、だからといって「人間」としての括りで考えれば、誰もが平等なのです。

しかし世の中には学歴を気にする家庭や会社が多いです。

そしてなまじ学歴がある人やそういった家庭で育ってきた人ほど、自分も学歴で相手に対してレッテルを貼ってしまいやすいのです。

好き嫌いが激しい

好き嫌いが激しい人も、レッテルを貼りやすいです。

極端に言えば、好き嫌いという極めて個人的で主観的な感情は、それ自体が一種のレッテルなのです。

例えば英語が嫌い、数学が嫌いという人は、英語や数学が難しくて分からないというレッテルを貼っています。

また、好きな人や嫌いな人に対しても、そこまで深刻な理由があるわけでもないのに相手に対してレッテルを貼ってしまっているため、中々その感情を覆すことが出来ないのです。

否定的な人

何に対しても否定的な人っていますよね。

その否定は、自らの凝り固まった考えによるレッテルを貼ることで起こります。

「炭水化物を食べると太る」というレッテルを貼っているからこそ、「摂り過ぎれば太るけど、最低限は摂らないと健康に悪い」という他者からの指摘にも「そんなことはない」と上から被せて否定をし、聴く耳を持ちません。

何に対しても否定的な人では、それが原因で人間関係にもトラブルが生じることが多いのです。

理想が高くて負けず嫌いな人

理想が高くて負けず嫌いな人は、自分の考えに指摘や批判をされることを嫌います。

その一方で、自分以外の人に対しては容赦なく指摘や批判をしていく傾向があります。

また負けず嫌いなので、他人の指摘が正しくて、自分の意見が間違っていたことが露見した時にも、何だかんだと言い訳をしたり、「上から目線だ」などと相手に見当違いな非難をしたりします。

理想が高く負けず嫌いであっても、大らかな考え方が出来る人は他人の指摘を受け入れて成長することが出来ますが、レッテルを貼ってばかりの人は成長することは出来ないでしょう。

レッテルを貼るのはよくない!剥がしていこう

レッテルを貼ると、それが原因で自分自身の視野が狭くなり、得られる知識や経験も減ってしまいます。

また、折角のチャンスを逃しやすくなり、自分が理想とする通りの人生を歩むことが難しくなってしまうことでしょう。

レッテルを貼ることは、何よりも自分のためにはならないのです。

それが理解出来たなら、さっそく今からでもレッテルを剥がす作業をしていきましょう!これまでの人生、そしてこれからの人生でレッテルはとてもたくさんあります。

それをひとつひとつ剥がしていくことで、あなた自身がもっと成長出来るはずです。