「自尊心が高い人」とか、逆に「自尊心が低い人」と言われることがありますよね。

みなさんは、自分はどちらの人間なのかということを考えたことがありますか?

自尊心が低いと言うと、自分に自信がなくて、あまり自分の価値を認められないと言ったイメージがありますよね。

一方で、自尊心が高い人というと、ちょっと自分が大好きな人って感じのイメージを持つ人もいるかもしれません。

しかし、いずれにしても自尊心は一人ひとりが持つべきもののようです。

では、具体的に自尊心とはなんなのでしょうか?

自尊心という言葉の正しい使い方とは!?

おして、自尊心の高い人、低い人のそれぞれの特徴について調べていきたいと思います。

️自尊心ってどういうこと?

「自分は自尊心が高いのだろうか?」、あるいは「自尊心が低いのかな?」と感じたことはありますか?

または、周りの人から自尊心が高いとか低いという意見をもらったことがあるかもしれません。

高いにしても、低いにしても、バランスが取れていないと、少し問題が出てくるようなもののように考えられています。

自尊心がないと恋愛がうまくいかないとか、自尊心がある人は仕事でも成果を出せるとか、自尊心は自分の人生をうまく生きていくために必要なことのようです。

しかし、日本人はとかく自尊心が低いと言われています。

もしかしたら、わたしたち日本人の感覚として、自尊心が高すぎるという事に対して、ちょっと抵抗もあるのかもしれませんね。

でも、本や雑誌、さらにこのようなネットの中には「自尊心を高めるための方法」とか、「自尊心を保つ」、「自尊心を回復する」、「自尊心を育てる」というワードがたくさん出てきて、そのことに関する情報がたくさんあることからすると、多くの人が自分の自尊心を高めたいと思っている事がわかりますね。

でも、そもそも「自尊心」っていったいなんなのでしょうか?
人の中に何があると自尊心があって、何が無いと自尊心が低いと言われるのでしょうか??

自尊心の意味


わたしたちはきっと、「自尊心」という言葉を当たり前に、そして感覚的に使っている通ろがあるかもしれませんが、本当のところの意味を説明できるでしょうか?

だれから「説明してよ」と言われると、ちょっと難しいですよね。

それで、自尊心ってなんなのか、どんな意味なのかということを調べてみましょう。

自分の人格を大切に思う気持ち

辞書で「自尊心」という言葉の意味を調べてみると、「自分の人格を大切に思う気持ち」という説明が出てきます。

自分の人格を大切に思う気持ち・・・。

そもそも、自分の人格についてどう思っているかなんて、自分自身でも答えるのが難しいと思いませんか?
では、「人格」とはなんなのか??
これまた、辞書で「人格」という言葉の意味を調べてみると、それは、個人としてのその人の人間性を意味しているようです。

心理学的に言えば人には、その人個人の行動傾向があって、その傾向を表す統一的全体を意味しているようです。

言っちゃえば、性格ですね。

そして、その中には能力も含まれているようです。

つまり、自尊心というのは、自分個人の性格や能力と言った人間性を大切に思える気持ちということになりますね。

皆さんは、「あなたは自分が好きですか?」という質問をされたことがありますか?
「好きです!」と答える事ができる人は、幸せな人ですよね。

でも、日本人は特に「好きじゃありありません」って答える人も多いのかもしれません。

本来なら、人はみな自分が好きだし、自分という人間を大切にしています。

そして、他の人にも自分を好きになってもらいたい、大切な存在として認めてほしい、という感情を持っていることでしょう。

でもときに、自分自身では自分のことを、自分という人間を好きにもなれないし、大切な存在とは思えないということがあります。

「自尊心」という漢字は”自分を尊ぶ心”と書くので、自分を大切に思ったり、尊重したりすることができる心なんですよね。

それで、自分の価値を認める事ができないとしたら、それは、自尊心が低いということになるのでしょう。

自分に自信をもち、干渉を排除する態度


さらに、「自尊心」という言葉には、「自分に自信をもち、他からの干渉を排除する態度」
という意味もあるそうです。

自分に自信がある、つまりは、自分の思想とか言動が正しいと信じているのです。

自分の思想や言語が正しいと信じることが大切なこともあります。

そうじゃなければ、自分の思う道を進むことはできません。

しかし、もし自分を過度に信じる気持ちが強すぎて、あるいはその気持ちがエスカレートしたて、自分だけが正しいというような、高慢とも言えるレベルにまで達してしまったら、周りからの意見を全く聞けないということになり、独りよがりになるという危険もありそうですね。

「他からの干渉を排除する態度」という説明からすると、他の人からあーだこーだ言われることを嫌がるという以上に、なしにする、気にも留めないというような、強い態度が見られる事がわかります。

まあ、自尊心というのは、他からの”干渉”に対してそのような態度を取る、ということなので、他人のことに立ち入って自分に従わせようとする人の意見や圧力対して、断固とした態度を取るということになります。

まあ、だれでも人から個人的なことに干渉されるのはイヤですけど、干渉を排除できるくらいになるには、やはり自分のやっていること、自分の思想というものにちゃんとした確信や自信を持っている必要があるでしょうね。

それがなければ、人の意見に振り回されたり、自分の思想や言動を批判したり否定したりする人が現れたらすぐに考えを変えてしまう、というような態度になるでしょう。

言い換えるとプライドのこと

自尊心を言い換えると、つまりは「プライド」なんです。

プライドを持つということは、自分に対する誇りを持っているということですよね。

よく、「自分の仕事にプライドを持ちなさい」と言われたり、「プライドを持って意見を述べてきなさい」など、自分のやっていること、考えなどに誇りを持って、堂々とそれを表現するということがアドバイスされることもあります。

つまりは、他の人に何と言われようと、思われようと自分に自信を持ちなさい、という心強いアドバイスなんですよね。

なので、プライドは自分に自身を持って仕事をしたり、人生を歩む上ですごく大切なことであることがわかります。

しかし一方で、「あの人プライド高すぎて嫌い」とか、「プライドの塊でうざい」というように、言われることもあります。

その場合、その人の自尊心、自分に対する誇りは人を不快にするレベルになっているわけですよね。

多分、自分に自信を持ちすぎていたり、勘違いのレベルで「自分はすごい」と思っていたり、自分が大切すぎて、逆に他の人を大切にできていなかったり、認めることができない、ということなのかもしれません。

なので、自尊心つまり自分に対する誇りを持つのは、自分を大切に思ったり信じるという意味で、人として生きていく上で大切なことですが、それがあまりにも度を越してしまうと、人を不快にさせるような言動をしてしまうこともある、ということなんですね。

プライドは、他の人と自分を比較して、自分が上であるとか下であるという認識を意味することもあるようです。

それで、プライドが高い人、というのは他の人を自分よりも下に見ていて、自分がすごいと思っっている人というイメージがあるんですね。

でも、プライドが高すぎるというレベルの人というのは、ちょっと自分を過大評価しているという印象を受けますね。

それで、基本的に自尊心というのは人が自分という人間を認め、自分を大切にし、自分の信じた道を進んでいき、自分の価値を自分で認められるので、とても大切なモノと言うことができますが、ちょっと間違うと、自分が人よりも上であるとか下だとか他社との評価で自分を見るようになってしまう危険があるのですね。

️自尊心の使い方

「自尊心」という言葉は、「自分の人格を大切に思う気持ち」や、「自分に自信を持ち、他の干渉を排除する態度」という意味を持っていることがわかりました。

では、普段の会話の中や書き言葉の中では、どのようにこの「自尊心」という言葉を使うことができるのでしょうか?
この用語の使い方について見てみましょう♪

自尊心を捨てる

「自尊心を捨てる」、あるいは「プライドを捨てる」という表現を聞くことがあります。

どちらかというと、「プライドを捨てる」という言葉のほうがよく使うかもしれません。

今まで、自分にとって妥協できない点とか、ここは絶対に譲れない!と思ってやってきた点を守り通す事ができずに、他に流されてしまったというときには、自分はプライドを捨てたんだな・・・と思う事があるかもしれませんね。

そして、他の人がそのように自分の信念や生きる上で大切にしてきたこと、守り通したいと思ってきた誇りのようなものを捨てたのを見たときに、「あの人は自分のプライドを捨てたんだ」ということもあるでしょう。

よく、欲に負けて自分の思う正義や今まで大事にしてきたことを犠牲にした人を見たときなどに「あいつはプライドを捨てたんだ!」ってい言うことがありますね。

あるいは、その自尊心というのが自分にとって過度に大きくなりすぎて、独りよがりな傾向を持っている自分に気づいたり、どうしても高慢になりすぎる事があったときに、自分という人間を過度に重要視する気持ちを捨てる、という意味で「プライドを捨てる」という表現を使うことがあります。

でもその場合、捨てているのは自尊心というよりは、自尊心を超えた高慢で高飛車な考えなのかもしれませんね。

自尊心を傷つけられる

「自尊心を傷つけられた」経験をしたことのある人も多いでしょう。

「尊心を傷つけられた」あるいは、「プライドを傷つけられた」という表現は、何か自分の誇りを傷つけられたときに使いますね。

他人から侮辱されたり、軽蔑されたり、なめられたりしたときに、すごく悔しい思いをすることがあります。

特に、人前で恥をかかされたりするとすごく屈辱的な感情を味わいます。

好きな人の前で、自分の容姿についてバカにされたり、自分のメンツを保ちたい人の目で自分の失敗や失態を晒されて、笑いものにされたりすると、すごくイライラしますよね。

あるいは、そのような恥ずかしい思いや恥辱をうけたときには、自分の心が音を立てて崩れていくような感覚をあじわうことがあり、精神的なダメージを受けることも多いでしょう。

別の言い方をすると、「プライドをズタズタにされた」とか、「誇りを踏みにじられる」というように表現することもあります。

さらに、誇りを傷つけられたというときには「面目が潰された」というような言い方をすることもありますね。

自分という存在、つまり生き方や能力、才能、性格など、人格を否定されることというのは、すごく人を傷つけることになります。

自尊心を高める

もっと自尊心を持ちたい、と言うときには「自尊心を高めたい」という表現を使うことがあります。

「自尊心を高める」ということは、自分が持つ自分という人格を大切にする気持ちを高めることや、自分の思想や言動にもっとプライドを持つ、ということを意味しているでしょう。

よく、自尊心が低い人向けに「自尊心を高める方法」や「自尊心を高めるには」というテーマの本や、記事を見かけます。

「自尊心」という言葉には、「高める」あるいは「低める」という表現が使われます。

自尊心を「上げる」とか、自尊心を「下げる」という表現を使うこともありますが、「高い」「低い」という方がよく使われていますね。

自尊心を満たす

「自尊心を満たす」という使い方もあります。

自尊心を満たすとは、自分のほうが他の人よりも優れていると感じて満足する、といった意味があります。

つまり、コレは優越感に浸っているということになります。

なので、あまり周りの人からは好感を持たれない気持ちですね。

相手よりも自分が優れていると考える事自体が、ただの思い上がりかもしれませんからね。

そして、そんな気持ちの人は、他の人を侮るような態度をとったり、勝ち誇ったような態度をとったりすることが多いので、結構嫌われ者になってしまうでしょう。

特に、自分のプライドを満たすためだけに、人の上に立とうとする人もいますね。

しかし、このように他の人よりも自分が優れているということで満足感を覚えるのではなく、自分という存在には価値があるんだと考えるという意味で「自尊心を満たす」ということもあります。

例えば、「自分なんてどうしようもない人間だ」「自分なんてダメな人間だ」と思っている人は、自分の人格をあまり大切に思えないかもしれません。

でも、自分を必要としてくれる人が現れたり、自分で自分の価値を認める事ができるように助けてくれるような存在がいるときに、「自尊心を満たす」事ができることもあります。

他の人にどう言われようと、自分という人間に自信を持てたときや自分に誇りを持つことができたときに、「自尊心が満たされている」と表現することもできるでしょう。

自尊心が強い

「自尊心が強い」という表現は、いい意味でも、ちょっと皮肉な意味でも使われる事があります。

自尊心が強いとは、自己を大切にする思いや、自分を尊重する傾向が強いということを意味しています。

それで、「誇り高い人」という褒め言葉として「自尊心が強い人」ということもあります。

「誇り高き勇者」は、自分の信念を貫いて誇りをいだいて人生を歩んだ勇者、という感じですよね。

しかし一方で、自分を尊重する傾向が強いということで「お高くとまっている」とか「高慢ちき」という意味で、「自尊心が強い」と表現されることもあります。

つまり、自分という人間を大切にしているあまり、ちょっと周りから見たらうざい人という事になってしまいますよね。

しあし、人とはちょっと違った信念を持っていたり、人とは違う態度を示す人は、「お高くとまっている」と皮肉を言われることもあるでしょう。

なので、「自尊心が強い」というのは、多くの場合、ちょっと批判的な意味で使われる事が多いかもしれません。

でもだからといって、その人が間違っているということでもなさそうですね。

周りから非難されたり、皮肉を言われても、自分の持つ信念を貫いている人はすごく強いし、それが正しい事であれば、すごくかっこいいことですね。

自尊心がのぼせ上がる

「自尊心がのぼせ上がっている」人を見たことがありますか?
この表現は、完全に消極的な意味で「自尊心」がつかわれています。

「自尊心」という言葉が、「うぬぼれ」という意味で使われていますね。

「自尊心がのぼせ上がる」とは、他の表現で言えば「うぬぼれている」、「調子に乗っている」ということになるでしょうね。

「のぼせ上がる」という表現には、盛り上がった雰囲気に影響されて自分も盛り上がると言った意義素があるようです。

なので、周りからチヤホヤされたり、過度の賞賛を受けたりしたときに、それを真に受けてうぬぼれの気持ちが出てしまい、「自分ですごい!!」ってとにかく調子こいちゃっているときには、「自尊心がのぼせ上げっている」と表現されてしまいますね。

自尊心を失う

「自尊心を失う」という表現はよく使われています。

自分に自身がなくなったときとか、自分の誇りが打ち崩されてしまったときなどに、そう言うことがあります。

例えば、大きな失敗をしてしまったとき、大切な人が自分を裏切ったとき、他の人から馬鹿にされたり、いじめられたとき、自分の誇りとしていたものを失ってしまったときなどです。

「自尊心が傷つく」という表現と、使われる状況は似ていますが、傷ついただけでなく、失うほどになってしまうこともあるわけです。

失った自尊心を取り戻すためには、時間がかかる場合も少なくありませんね。

自尊心を慰める

「自尊心を慰めている」とか「自尊心を慰めようとして〜」と使うこともあります。

「慰める」とは、悲しい気持ちや苦しみを紛らわそうとしている、心をいたわっている、なだめているという意味があります。

自尊心が傷ついたときや、もともと自尊心が低い人が、他の人に「きみはダメじゃないよ!」とか、「あなたはすごい」というような言葉を欲しがることがよくあります。

自分の傷ついた自尊心をいたわってっほしい、という感情なのでしょう。

別の例として、他人を卑下することによって自分の自尊心を慰めようとする人もいます。

そのような人は、自分自身では自分で自分という人間に誇りを持つことができなかったり、自分の存在を大切に思えないという苦しみが根本にあって、自分の存在価値を他の人を低めることで上げようとしているのかもしれません。

実際には低い自分のボロボロの自尊心を慰めて、少しでも辛い気持ちを紛らわしたいと思っているわけですね。

️自尊心が低い人の特徴

「自尊心」という言葉の使い方について見てきましたが、社会には自尊心が高い人や低い人がいますよね。

普段は、そんなに自尊心について意識することがなくても、何か自信をなくすことや、自分の価値を確信できないような出来事が起きると、自尊心が傷つけられることもあり、問には自尊心がボロボロに踏みつけられているような気持ちになることもあるでしょう。

そんな経験をするのはみんなある事だと思いますが、もともと自尊心が低い人もいます。

では、そのような人の特徴ってあるのでしょうか??
調べてみました。

ネガティブ

自尊心が低い人は、基本的にネガティブです。

物事を良い方向で考えるより、最悪のことを想定して考えます。

同じ物事でも、見方が変われば考えも違ってきますよね。

例えば、失敗も、それ自体は辛いことでしょう。

しかし、見方をちょっと変えれば失敗から学んだことや、この失敗がなければ得られなかった重要な教訓というものがあったかもしれません。

それで、見る角度によって、同じ一日を過ごしていても「充実した一日だった」と思えることもあれば、「最悪の日だった」と考えることもできるのです。

自尊心が低い人は、とかく物事や自分自身に対してもマイナス面をクローズアップして見る傾向があります。

物事の良い点については、深く考えないくせに、物事の悪い面については深く、そして長く考え続けるので、いつも最悪なことばかりが起きているような気になってしまいます。

そして、もっと自分に自信をなくしたり、ネガティブな考えばかりが心と頭を占領して、全てがうまくいかないと思うようになります。

自分のことが嫌い

物事をネガティブに捉えがちな人は、自分自身のことについてもネガティブに考えているかもしれません。

自尊心が低い人というのは、自分の事が嫌いです。

なので、「自分なんて・・・」、「どうせ私は・・・」というのが口癖になっている場合もあります。

考え方がもう、そのような否定から入っているのです。

それで、自分の価値を自分で見出す事ができなかったり、物事をいつもネガティブに捉えるゆえに、周りも自分も自分の事が嫌いだ、と思い込むようになります。

嫉妬心や劣等感を感じやすい

自分の事が嫌いなのですが、人間はだれでも心の奥底では自分がかわいいですよね。

自分を認めてもらいたい、自分という人間に誇りを持って生きていきたいと思っています。

しかし、それができないゆえに、卑屈っぽくなったり、自分に自信がないゆえに他人を認めることも難しくなります。

それで、嫉妬心や劣等感を感じやすい人ということができます。

常に人と比べて、自分はダメだと考えて劣等感を抱いたり、自分より優れていると思われる人に対して嫉妬心を燃やすのです。

自分に自信があって、人と比較して自分を評価する必要など無い、と考えられてる人は人として安定します。

周りに流されやすい

自分の言動や思想に自信がない人は、簡単に周りに流されます。

自分の意見や信念も、周りからの圧力があったり、反対や批判などがあると、すぐに折れてしまうのです。

周りに流されやすい、という人は芯が無いということになって、不安定です。

人の意見によって、考え方や見方、自分の評価というものを形作ってしまうので、周りが自分の味方でいてくれるときはいいのですが、そうじゃなくなったときにはもろいということができるでしょう。

周りの目を気にする

自分に自信のない人、自分という人格を自分で大切に思えていない人は、周りの評価をすごく気にします。

つまり、常に周りの目を気にしながら生きているということです。

もちろん、周りの人の意見とか、目を気にするのも重要なことですよね。

しかし、自分の価値や評価を周りの目で決めてしまっていると、いつまでたっても不安定なままで、いつ何時でも、人から嫌われるんじゃないか、批判されるかも、否定されたらどうしよう、という不安から抜け出せないでしょう。

自己表現ができない

自己表現ができない、という特徴もあります。

自尊心が高く、自分の考えや行動に自信を持っていて芯が強い人も、性格的に人前で話したり自分を表現するのが苦手な人もいるので、自己表現が苦手な人すべて自尊心が低いということでも無いと思います。

しかし、中には自分に自信がないので、自分の考えを述べたり、反対意見や対立するような存在などがある中で自分の本心を表現する事ができないという人もいるでしょう。

️自尊心が高い人の特徴

では、逆に自尊心が高い人というのはどんな特徴があるのでしょうか?
自尊心が高い人がもつ魅力についても、調べてみました♪

自分に自信を持っている

自分に自信を持っている人は、カッコイイですよね。

周りの人が自分の事をどう思おうと、自分の信念を曲げずに貫ける人というのは人として安定していて、カッコイイ存在と言えるでしょう。

自尊心が高い人は、周りの評価で自分の価値を決める事はありません。

自分で自分の価値を知っていて、そして誇りを持って生きていけるのです。

なので、精神的にすごく安定しています。

本当の自尊心を持っている人は、失敗したり、他人から馬鹿にされたりするときでも、自分という存在を否定する必要はないことを知っています。

しかし、自分に自信を持ちすぎて自分が好きすぎるようになると、ナルシシズムを持つようになるかもしれません。

ナルシシズムとは、うぬぼれの気持ちです。

自己陶酔ともいうことができます。

自分を愛してやまないくらいになっているのです。

自尊心を持つ、ということとナルシシズムは違いますが、根拠もないのに自分に過度の自信を持ったり、自分を人と比べて高めてプライドを高くするのは、人から嫌われちゃうのでやめたほうが良さそうですね。

やりたいようにやる

自尊心とは、自分に自信を持っているゆえに、他の干渉を排除するという態度も意味しているということでした。

それで、自尊心が高い人はやりたいようにやる傾向もあります。

つまり、他の人の意見とかを気に留めることなく、自分が思った通りに行動するのです。

こだわりを持っているといえば、いいのですが、それが度を越すと頑固で人の意見を聞けない人という悪い印象を与えてしまうこともありそうです。

意見をはっきり言う

自分の意見をはっきりと言うことができます。

自分の考えや意見に自信を持てているからです。

それで、別の人が自分とは違う意見をもっていたとしても、自分の意見をちゃんと伝える事ができます。

しかし、だからといって、自分の意見が絶対に正しいと思うのはうぬぼれですよね。

意見をはっきり伝える事ができるけど、他の人の意見もちゃんと聞いて受け入れることができ、バランスの取れた考え方ができる人は賢い人ですね。

無駄を切り捨てられる

無駄と判断したものを切り捨てる勇気がある、という特徴もあるようです。

それを切り捨てたとしても、自分の価値を認められるからです。

しかし、これもまた自己愛が強すぎたり、自分に自信を持ちすぎていると、自分の観点で”無駄”と判断したものを簡単に切り捨てたり、無視したりしてしまって、あとで大切なモノを切り捨ててしまった自分に気づく場合もあります。

例えば、自分の言動に関して、上司からアドバイスを受けたことがあるかもしれません。

しかし、プライドが高すぎる人は、そのアドバイスを受け止めたり、自分に当てはめてかんげてみようとすることがありません。

自分の考えとは違うとか、そんなことは必要ないと思ったことは、すぐに切り捨ててしまうのです。

もしかしたら、そのときは必要ないと思っていたことも、あとになってみたらとても大切なことだったことに気づいたとき、自分のプライドの高さが単なるうぬぼれだったことに気づくのです。

周りを引っ張っていける

自分に自身を持ち、感情的にも安定していて、芯が強い人は周りを引っ張っていける人でもあります。

周りを引っ張るには、それなりの人からの信頼を勝ち得るだけの人間性と、決断力や行動力も必要ですよね。

いつも、周りの意見などに振り回されたり、自分自身の中に芯がない人は、他の人をリードしたり、指導することは難しいでしょう。

トップに立ちたい、人を引っ張れる力がほしいという人は、自尊心を高めて行く努力が必要かもしれませんね。

でも、プライドが高すぎて高慢になったり、うぬぼれは失敗の原因にもなりますので、自分自身に対してはバランスの取れた見方が必要のようです。

自分に誇りを持ち、自分を大切にし、自分の思想や言動に自信を持つことと同時に、プライドを高くしすぎて他の人を軽くあしらったり、他の人の意見に耳を傾けることができなくならないように気をつけていきましょう。