女性向けのサイトに、女性たちの考える、才色兼備の女性に求められる内面の美しさとは何か、というアンケートが載っていました。

女性たちが大切と考える項目は、人にやさしい、自分を持っている、聞き上手、ポジティブ、芯がある、何かに一生懸命、自立している、頭が良い、話し上手、各状況に柔軟、チャレンジ精神がある。

信頼できる、特定の能力がある。

という順に挙げています。

男性のデータはありませんが、女性の考える要素とは、多少のずれがありそうです。

たぶんそこまで求めていないでしょう。

そういう差異を埋めることを含め、これから才色兼備の女性の正体に、迫っていきましょう。

男性なら絶対付き合いたい!才色兼備の女性達

才色兼備の女性と、お付き合いしたい、とは男なら誰もが思うでしょう。

しかしアプローチの仕方や目的は一様ではありません。

そうした男性の目的に合わせた、付き合い方を、それぞれ紹介しようというわけではありません。

しかしできるだけ、多角的に検討を加え、才色兼備の女性の生態を分析していきたいと思います。

才色兼備って?


才色兼備とは、女性にとって最高のほめ言葉か、と言われると、どうやらそういうことではないようです。

ネット上の議論をみていると、自分が完璧な人間に見られているのではないかと考え、失敗もできない、甘えることもできない、と追い込まれた感覚になる人もいるようです。

もっと近くに来て、接してほしい、という切実な声も出ていました。

確かに才色兼備と思われている女性が、受け狙いに出ても、なかなか狙い通りにはいかないことが多いでしょう。

周囲はどう解釈していいか迷います。

素直に笑っていいものかどうか。

お互いに距離ができていているのは確かでしょう。

うまく間合いを取るのは、なかなか大変そうです。

美人、頭がいい

美人で頭のよい人には、磁力が備わっています。

周囲にいる者たち、みんなの憧れです。

人間のすばらしさ、美しさを、一人で体現している存在といってよいかもしれません。

並みの人間が親しく接していいものかどうか、躊躇せざるを得ません。

しかしここまで周囲が思ってしまうと、才色兼備の女性は、孤高の存在となってしまいます。

しかしあまりに庶民的にすぎても、イメージがこわれてしまうでしょう。

どちらにとっても心地よい着地点を探すのは、結構むずかしそうです。

才色兼備の特徴とは?


見た目だけの美人、頭がいいだけの勉学女子なら、それほど珍しい存在ではありません。

先日テレビのクイズ番組を見ていたら、見知らぬ女性タレントが、インドのタージ・マハルの写真を見て、「ピラミッド!」と叫んでいました。

「えー、わかんないー」とでも言っておけばよかったのに、と思いましたが、果たしてこれはディレクターや芸能事務所の狙いどおりだったのでしょうか。

とにかく、片方だけならたくさんいるものだ、と改めて思ったものです。

必死で勉強している女子は、なんとなく欠点をカバーしようと頑張っているように見えてしまうこともあります。

健気ではあってもゆとりが感じられません。

才色兼備な女性には、伸びやかなゆとりを感じさせるものがあります。

何歳になっても美意識が高い

最近は、美魔女コンテストが話題となっています。

「美魔女」の定義とは、才色兼備の35歳以上の女性で、「年齢を感じさせない若さを保っている大人の女性」という理解のようです。

面白そうだったので、2017年美魔女コンテストのファイナリスト18人のプロフィールを、のぞいてみました。

一番印象的だったのは、18人中15人が160センチ以上だったこと。

夫または子どもともいない人、つまり独身は1人だけです。

子どもだけ1人、夫のみ4人、あとの12人は夫と子どもがそろっています。

年齢は37歳~49歳まで。

何だかとても出来過ぎのような気がするのは、筆者だけでしょうか。

全員160センチ以上だと、批判がでそうです。

全員、夫と子ども完備の幸せそうなプロフィールばかりでは、現実的でない、とこれまた批判されそうです。

いろいろな配慮、さじ加減が加わっているのは間違いないでしょう。

それはともかくとして、美意識の高い40代、50代の女性が増えたからこそ、この美魔女コンテストが話題を集めているのは確かです。

昭和の40~50代の女性といえば、はっきり“おばさん”ばかりだったものです。

当時にくらべれば、様相はまったく一変しています。

チャレンジ精神が旺盛

先述の女性たちの考える才色兼備アンケートでは、自分を持っている、芯がある、ポジティブ、チャレンジ精神が旺盛などの項目が上位に挙がっていました。

どれも似たような意味のように思われます。

女性たちの多くが、最も重視しているポイントであるのがわかります。

また自分はこれらを欠いている、とい思っている女性が多いことを表しているようにも感じられます。

そこには、なんとなくあせりのようなものも感じます。

とにかくまず弾む心を保っているどうかが大切でしょう。

テーマを絞って頑張り出すのは、そのあとからでも遅くないと思います。

責任感が強い

才色兼備な女性は、だらしのなさとは無縁です。

外見はもちろんバッチリ決まっています。

そういう目を引く姿で、だらだらとした仕事ぶりでは、周囲はがっかりしてしまいます。

そういう空気は、しっかり読めるのでしょう。

人を失望させない訓練は、よくできています。

仕事には責任感を持って当たっています。

品よく振る舞うことができる

品の良さは持ってうまれた天分というわけではありませんが、どうしても育ちの良し悪しに左右されるものです。

育ちのあまり良くなかった人は、演技力を身に付け、対応していくしかありません。

それでも何不自由なく幸せに育った人のおっとり感、というかゆとりは、うまく表現できないでしょう。

そういうときは、少なくとも、落ち着きのなさは隠すようにしておきましょう。

演技力が身についてけば、次第に品よく振る舞うことができるようになります。

ピュアとセクシーさを持ち併せている

吉永小百合は、清楚な中にも華があり、と評されました。

これは最上の評価といってよいものです。

ピュアさとセクシーさを合わせ持っているということです。

女性像としての理想に近いイメージです。

どちらも欠いている、一方だけならかろうじていける、という人がほとんどでしょう。

二兎を追うものは一兎も得ず、といいますが、才色兼備の女性は、これらを力みなく両立させることができます。

生真面目な性格

才色兼備の女性に、不誠実なイメージはありません。

人並み以上の熱心さで、仕事をこなしているいる印象です。

ときに与えられた範囲を超えることもあれば、研究者のように深く追求していくこともあります。

何事に対しても生真面目に取り組み、少し前のめりで、やりすぎ気味です。

信頼にあたいする人というべきでしょう。

男慣れしている

才色兼備の女性は、男を恐れていないように見えます。

主導権をとってしっかりコントロールできる自信があるのでしょう。

しかし男慣れしている、または男の心理がわかっているかどうかは、別問題です。

男の心に踏み込んだり、琴線を切ったり、男にとって重要な建前を踏みにじってしまう美人は、たくさんいるからです。

私は何をやっても許される、といわんばかりの挑むような美人には、確かに何とも言えない妖しい魅力があります。

しかし、やがて男たちは、火遊び感覚でしか近寄ってこなくなるでしょう。

これでは本当に男のことがわかっているとは言えません。

さりげないボディータッチ

才色兼備の女性は、自分が注目の的であることを理解しています。

自分を中心として、舞台を少々かき回すくらいかまわないとも思っています。

さりげないボディタッチなどはその一つでしょう。

自分の周囲で巻き起こる波紋を楽しんでいます。

理想の男性像がありえないほど高い

才色兼備の女性は、周囲にもそう認められることによって、恋愛や結婚の相手が制約され、身動きが取れなくなっていきます。

中国人女性の状況はまさしくそうなっています。

中国人女性は、夫婦別姓で、実家の姓をいつまでも名乗ります。

実家を引きずっている感覚が強いのです。

そして実家よりも下のレベルの家へ嫁に行くなどという、ボランティア精神は少しもありません。

また都会人の田舎者に対する差別も、日本とは比較にならないほどひどいものです。

例えば上海人は、田舎者に対する嫌悪を隠そうとしません。

機会をとらえて、自分たちの一家を社会に上昇させよう、というのが中国人の人生です。

結婚はその大切な機会です。

レベルが下の家に嫁ぐなど論外なのです。

こうして自ら、選択の範囲を狭めています。

その結果、中国の才色兼備な女性は、父親の人脈に頼るくらいしか、すべがなくなっているのが現状です。

無償の愛には向いていません。

なぜそのような女性が多いのか

女性は本来欲張りな生き物です。

そのたくましさは、社会の波乱要因ではなく、安定要因として働いています。

さらに男を気持ちよく働かせることができれば、より一層の安定につながります。

しかし、それをせずに、男たちを色香で迷わせるとすれば、それは波乱要因となってしまいます。

現代は男性だけにとどまらずく、女性も安定を欠いている人が多いのが特徴です。

1つのことが完璧だと他の要素も完璧に見えてしまう

見た目にスキがない人は、きっと内面も優れているに違いない、と周囲の人間たちは思い込みがちになることでしょう。

実際はそうではないのに、破たんのないよう取り繕っている女性もいるに違いありません。

知ったかぶりをしたり、見栄をはったり、と内情は大変でしょう。

才色兼備のイメージを保つことは並大抵ではありません。

さらに上を求める

今より上のレベルを求めようとする向上心は、人生を切り開くエネルギーです。

大事に保持しておきくことが大切です。

しかし、ほんの些細なことにこだわり、多大なエネルギーを消費するとすれば、それは大きなロスです。

誰も気付かないような小さなカテゴリーで、さらに上を目指すのはやめにしておきましょう。

男性はかえって引いてしまいます。

たまたま優れた要素を持っているだけ

子どものころには、自分の持っているものについて、正しい評価はできません。

些細なコンプレックスに、大きくさいなまれていることの方が多いでしょう。

自分の持っている天分は、どれほどのものかわかりません。

かつてジョン・マッケンローというプロテニスプレイヤーがいました。

いかにもアメリカ人のやんちゃ坊主で、ヨーロッパのお上品な雰囲気の残るテニス界に、殴り込みをかけたような印象でした。

ニューヨークで育った彼は、テニスだけでなく、野球やアイスホッケーなどにも熱中していたそうです。

そのころの彼は、自分のテニスがどれほどのものかわかっていませんでした。

ところが18歳で予選から出場したウインブルドンで、あれよあれよと勝ち進みます。

準決勝で当時の世界ランク1位にやっと敗れました。

彼はここではじめて、自分の持ち物の凄さに気がついたのです。

このように、たまたま優れた要素をもっていただけという、一見、才色兼備の人もいることでしょう。

このタイプの看板は剥がれやすそうです。

才色兼備である女性になるためには?

才色兼備の女性であり続けるには、スキを見せることができません。

ちょっとしたことで大きくイメージを損なってしまうからです。

あらゆる水準を人よりも高いところで維持していく必要があります。

絶対に疲れた様子も見せられません。

これはなかなか高いハードルといえるでしょう。

適度な息抜きが大切になりそうです。

常に笑顔でいること

才色兼備の女性は、気難しい表情をしているわけにはいきません。

高い注目を浴びているため、ちょっといた表情の変化でも、ものすごく目立ち、周囲に影響を及ぼすからです。

常に笑顔を絶やさないことを義務付けられているといえます。

ときには演技力で乗り切る必要もあるでしょう。

しかしそれは、いい女としての、見せ場の一つでもあります。

時には小悪魔になること

才色兼備の女性は、自分を中心に、一定の範囲を支配することが可能です。

周囲の反応を思いのままコントロールできます。

いつもそんなことばかりやっていると、おっかない女王さまとして、人心は離れていってしまいます。

ときを選んで小悪魔を演じることは、周囲をはっとさせる、目覚まし効果が期待できます。

聞き上手になる

才色兼備の女性が、自分の話に聞き入ってくれているという光景は、男性にとっては大きな快感です。

大企業の社長のような大物が、初めて話聞いてくれたのと同様の気分を味わえるでしょう。

単なる美人ではない、知性的というところが重要です。

気が強いだけ、見た目だけの美人に希少価値はありません。

彼女らの見た目とのギャップは、さんざん失望を与えてくれたものです。

聞き上手な美人は、そうした経験の反動もあり、大いに歓迎されるのです。

ぶれない芯の強さを持つ

才色兼備の女性は、自然と強くなるものです。

周囲の期待を細胞に取り込んでいくからです。

期待に反応することで、精神的に鍛えられたものと想像できます。

集まってくる取り巻きたちのエネルギーを受け取り、強靭さを増していくようです。

そうした過程を経て、表に出てくるするどさは、ぶれない芯の強さを感じさせます。

それはけっして剣呑なものではなく、心地のよい空気を伴う感覚です。

ポジティブで前向きになること

才色兼備の女性が、下を向いて歩いている姿は、全くサマになりません。

颯爽としていてほしい、という周囲の期待には、大きなものがあるでしょう。

外へ出れば、常にいい女を演じなければなりません。

ポジティブで前向きに生きるることが義務付けられています。

マイナスのオーラを発することは、いかなる場合でもタブーなのです。

過去の経験、恋愛にとらわれない

恋愛経験をリセットできるのは、女らしさの中心に位置するものです。

才色兼備の女性は、そのことを率先して体現しているように見えます。

男性側から見ると、自分も簡単にリセットされつぃまうのでは、という恐怖感があります。

そのスリルがまたよいのかも知れません。

次々に男をとっかえるという肉食的行為も、魅力的に見えないこともありません。

何か夢中になれるものを探す

才色兼備の女性は、ちょっとスタイリッシュな趣味に夢中になっている図が似合います。

都会的なもの、スポーツ系のものがよさそうです。

筆者は夏に長野県の白馬へ旅行へ行きました。

そのとき、性別、年齢バラバラなグループが、パラセーリングを楽しんでいました。

若い女性も数人含まれていました。

顔のディテールまではわかりませんでしたが、なかなか颯爽としていましたね。

こういう趣味は、カッコよさ満開です。

夢中になっても一向にかまわないでしょう。

唯一無二の存在でいる

高値の花、という言い方は、少し廃れてきたような気がします。

昔の大スターは大衆から距離を置いていたものです。

今は等身大の存在で、仲間の代表のように扱われています。

あくまで大衆の代サイドに位置し、一般人と隔絶した特別な存在ではなくなっています。

大衆が自分たちの方へ、引き下げ、かえって出る杭をたたいているようにも見えます。

そのため現在の歌手や俳優の表現力は、昔ほどのパワーはありません。

あるテレビ番組を見ていたとき、ももいろクローバーの女の子(名前は知りません)がコメントを発していました。

わたしたちは、自分たちの時代を代表する曲をもっていない、という内容でした。

それを聞いて、ほほう、と思いました。

若い人たちも、今の時代の表現力には物足りないのだ、とわかったからです。

唯一無二のスターや、時代の代表的作品というのは、本当に少なくなってしまいました。

いつまでも若々しくいる

昼間時間帯の民放BS放送のCMは、ほとんど美容関係と健康サプリメントのものばかりです。

そこでは終わりのない若見え競争が繰り返されています。

このコンテストを勝ち抜いて行くのは、なかなか大変なことのようにに思えます。

美魔女たちがますます増殖しているのは明らかだからです。

しかしよい励みとなることは確かでしょう。

美魔女コンテストは、ますます盛り上がると思います。

才色兼備がモテる理由は?

才色兼備の女性には、なかなかお目にかかることのできない希少価値があります。

美しいものや優れたものを見ていたい、というのは人間の本能に根ざしたものです。

おいしいものを食べたい、よい音楽を聞きたい、などという欲求と変わりありません。

顔がきれいだから

日本人女性の肌の美しさには定評があります。

日本人女性人気の隠し味のようになっています。

国際的な比較において、優位にあるのは間違いありません。

日本の好印象にも、大いに貢献しています。

男性は才色兼備の女性に、妖しい色気を求めているわけではありません。

巨乳などセクシー系は、まったく別のカテゴリーに属します。

才色兼備な女性は、やはり顔にフォーカスが集まります。

シュッとした切れ味と、くっきりしたパーツの組み合わせがほしいところです。

完璧だから手に入れたい欲が強い

美しいものは鑑賞したい、飾っておきたい、という欲求の表現方法もあります。

見てるだけでいいや、というアプローチです。

それだけで手に入った気分になります。

才色兼備な女性もそこまででよいのかもしれません。

ドロドロした人間性などは、完璧な美しさのとは、対極に位置するものだからです。

才色兼備なんて滅多にいないから

筆者は、大手総合商社の女性総合職の方に何人かお会いしています。

転勤を厭わず、男性と互角に闘っているキャリアウーマンたちです。

しかし存在するだけでオフィスの空気が引き締まる、才色兼備といえる人には、出会えませんでした。

大変に残念です。

見かけはまったく普通でしかありません。

それを高給取りであることを、隠しているように見えました。

一流企業を見渡しても、なかなか見当たらないほど希少価値の高い存在なのです。

才色兼備な女性はほれてまうやろー!(まとめ)

才色兼備の女性をみつけたら、ストーカーにならない程度にウオッチしておきましょう。

何しろ稀有な存在です。

見ているだけで、うっとりさせてくれます。

「邪宗門」などの作品で知られる昭和の作家に、高橋和巳という人がいます。

彼は奥さんに初めてあったときのことを、女神に遭遇したようだったと表現しています。

確か階段を降りてくる姿と、差し込む光の加減が絶妙だった、というような内容を書いていました。

ここでは人間性など関係ありませんでした。

奥さんは将来有望な作家を.ビジュアルでノックアウトしたわけです。

しかし意図したものではまったくなかったそうです。

むしろ女神扱いされて困惑したと述べています。

こういうことができてこそ才色兼備の女性、と言えるのではないでしょうか。

こういう女性に会いたい、とは誰もが思っています。