オリンピックで金メダルをとりたい、将来弁護士になりたい。

といった「将来の夢」的な思いを抱いている人はよくいますが、「優しくなりたい」といつも思っている人ってあんまり見かけません。

精神的な話なので、考えていても口には出さないのかもしれませんが、それでも、自分自身の今までを振り返ってみて、そんな事を考えて具体的に優しくなる努力をした人って、あんまりいないのでは?

ということはつまり、世の中にいる「優しい人」の人口って結構少ないのかも?

そこへきて、「理想の彼氏は?」とインタビューされて「優しい人」と答える女子、多いですよね。

「彼女を奥さんに選んだ理由は?」と聞かれて、「美人だったから」より、「優しそうだったから」という男子、圧倒的です。

となると、世の中って「優しい人」の需要と供給バランスが全然とれていないことになります。

つまり、優しい人になるメリット、めちゃめちゃあるってことです。

ということで、今回は、ここで優しくなる方法を学んでいきましょう!

「優しくなりたい」と思える人こそ「優しい人」

まず始めに言っておきます。

優しくなることに興味を持った方、また、いつも何かに怒っている自分に嫌気が指して、なんとか自分を変えようと、これを読んでいる方、安心してください。

「あなたはすでに優しい人です」なぜだと思いますか?

「優しくなる」のって誰のためになるのでしょう?モテたいから?それはなきにしもあらずですが、「優しさ」というものは本来自分以外のものに向けられるものなわけです。

それならば、優しくなろうとしているのは、他人のためということになります。

つまり、「優しくなりたい」と思うこと自体がその人を「優しい人」たらしめているわけです。

「優しくなりたい」と思っているあなたは、自分では気が付いていないかもしれませんが、今も人のことを思いやることができている「優しい人」です。

まあ、しかしながら、さらなる優しさ、納得のいく優しさを手に入れるため、具体的な修行をしてみましょう。

優しくなりたい人がやるべき12個のこと


優しくなるためには色々方法があるかと思いますが、ここでは12個にまとめてみました。

ぜひ、お試しください。

優しくなりたい人がやるべきこと1:平常心を保つ

「平常心」とは?で調べてみると、「いつもと変わらない心」とか、「揺れ動かない心」といった意味が出てきます。

つまり、「平常心を保つ」とは、「どんなことがあっても落ち着いている」と考えれば良いでしょう。

でも、「落ち着いている」とはどういうことを言うのでしょうか?

「慌てない」「怒らない」「取り乱さない」ということでしょうか?

これらはとても答えに近いところにありますが、でも、正解ではありません。

「落ち着く」の反対の否定の形であるだけです。

平常心を保つ、心を落ち着かせるというのは、「起こった事象に対して、自分ができる最善の対応は何かを考える」ことです。

目の前で交通事故が起こったとします。

それを目撃して、慌てはしないが、驚きもせず、通行や救助の邪魔にならないところでただ一部始終を見ているだけというのは「落ち着いている」とは言えません。

事故が起きたのに「何も感じていない、考えていない」だけです。

どんな時も平常心を保てる人は、事故を目撃したら、すぐさま状況判断し、(状況により)人命救助を優先と考え、必要とあらば走り大声で助けを呼びにいきます。

このように、「落ち着いている」というのは端からみれば慌てているようでも、的確な判断ができていることを言います。

では、何故優しくなるのにこの平常心が必要なのでしょう?
答えは簡単です。

平常心を保つというのは、ご覧のように「自分の気持ちをコントロール」すると言うことでもあります。

優しくなろう、優しい心を持とうと思っている人はまずこの自分の気持ちをコントロールする術を学ばなければならないのです。

毎日の生活の中では、いろんな人と接し、いろんな事物と触れ合っていきます。

ですので、交通事故こそ滅多に遭遇はしなくとも、大なり小なり、驚くこと、悲しいこと、また、イラッとくることや、カチンとくること、思わず怒鳴ってしまうほど怒ってしまうこと、たくさんあると思います。

そこで、今まではその都度自分のその時の感情にまかせて、その物事を捉え、動き、何かコメントしていたかもしれません。

しかし、これからは、いったん感情を無理やり抑え、出そうになった言葉もしまい、「考える」ようにしてみてください。

事故を見たなら、そのすさまじさに圧倒されそうになっても「自分に何ができるか?」考えましょう。

人から何か腹の立つようなことを言われたりされたりしても、すぐ言い返さず、「この人は何故わざわざ人を怒らせるような事を言う(する)のだろう?」と相手の愚行の原因を探ってみましょう。

自分の気持ちをコントロールし、平常心を保つ為には、まず「我慢」みたいなことから始めなければなりませんが、優しくなるためには絶対に必要なことですので、頑張りましょう。

特に子供と向き合ったときの平常心が大切

えてして、自分の子が悪いことをすると、すぐ怒ってしまうものです。

身内ということもあり、実の子ということもあれば、他人より怒りやすい存在になります。

また、育児以外にもやることが多く、イライラして、ついつい怒鳴ったり、ひどいときには無理やり子供のせいにしてしまうこともあるのではないでしょうか?

しかし、自分の子供に対してこそ、カッとならず、「何故、この子はこんなことをしたのか。どう言ってやればこれがいけないことだとわかってくれるだろうか。」と考えることが大事です。

100%子供に非がある行いだったとしても、子供はそれが悪い事だとは知らなかったかもしれません。

子供なりにみつくろったいいわけであっても真剣に聞き、その上で怒らなければならないのなら、それは罰ではなく、「しつけ」という優しさです。

【平常心を保つ方法は、こちらの記事もチェック!】

優しくなりたい人がやるべきこと2:誰にでも平等に接する

本当の意味での優しさを手に入れるためには「誰にでも平等に接する」ということは大事なことです。

人と接するとき、相手が身内であれ、他人であれ、自分の価値観を変えてはいけません。

人が同じ事をしても、「この人なら許せる。でもあの人は許せない」というような考えでは、本当に優しくはなれません。

例えば、AさんとBさんという友達がいたとします。

あなたがAさんの気を引こうとAさんにだけ優しくしたとします。

さて、あなたは優しい人でしょうか?
答えはもちろん「NO」ですよね。

逆にあなたは「特定の人にしか優しくしない、実は優しくない人」と認定されるでしょう。

誰にでも平等に接することができない人は、根本的に優しくないからなのです。

また、今度はあなたが、何かのコーチでAさんBさんを指導していたとします。

練習メニューこそ、AさんとBさんのレベルでは違うかもしれませんが、あなたはAさんもBさんも同じように厳しく、時には褒めて指導しています。

そんなあなたは、例え片手に竹刀を持っていたとしても、本当は優しい人に思えるのですが、どうでしょうか?

少し偏った例ではありましたが、言いたいことは、他人全員を平等に見ることは「優しさ」だということです。

平等に接するのって難しい事だとは思いますが、まずは、自分の価値観を変えないように努力してみましょう。

AさんとBさんに同じ考えで、同じ事をしてもらうのは無理ですが、自分が変わらない、態度を変えないことは簡単なはずです。

優しくなりたい人がやるべきこと3:他人の悪口を言わない

悪口には大まかに2通りあると思います。

1つは、相手の欠点や、自分とは違うところをからかったり、「攻撃」とも呼べる指摘をするといった直接的なもの。

もう1つは、そういう相手の部分を必要以上に盛りつけて他の人に話したり、笑いの種にしたりするといった陰口的なもの。

いずれにせよ、また対象が誰であれ、こういった悪口を簡単に言ってしまう人に優しい人はいません。

だから、優しくなりたければ、無条件で人の悪口は言わないようにしなければなりません。

まずは、心に何かそういった悪口的なものをものが湧き出たとしても、喉の奥で止めておく努力をしましょう。

口に出さないようにすれば、なんとか優しい人への一歩が踏み出せます。

そして、ここでも、やはり「平常心を保つ」の項で述べた「心のコントロール」が必要だと言うことがお分かりになると思います。

上記の直接的な悪口のパターンでは、相手の欠点を見つけたとき、からかいたくなるような衝動に駈られたとき、悪口を言いたくなるようなことをされたとき、感情にまかせて悪口を言ったり、言い返していては、欠点を責めても聞く耳持たずで直りはしないし、からかえば相手を傷つけてしまうし、口喧嘩になって、別れたあとは陰口の応酬となるでしょう。

欠点を直してほしければ、攻め口調ではなく、それこそ優しい言い方もあるはず。

人をからいたくなるのは、自分にはもっと多くの欠点があると知っているから。

こんなことを、悪口が口から出る前に、考えてみましょう。

また、陰口を言うということは、言う相手の人とは仲良くできるけど、言う対象の人とは仲良くできないわけです。

このパターン、先程の「平等に接する」の項でありましたよね?そんな人は根本的に優しくはないのです。

それよりも、心配なのは、あなたに陰口を言われている人もあなたの陰口を言っているでしょうが、あなたの陰口を「そうそう」とニヤニヤしながら聞いている友達も、あなたの陰口を言っていると思います。

人間ってそんなもんです。

優しくなりたい人がやるべきこと4:相手の気持ちを考える

ここまで述べてきたように、相手が自分にとって気に入らないことをしたとしても、直ぐに言い返したり、怒るのではなく、ちょっと気持ちを落ちつかせ、「なぜそんなことをしたのだろう」と考えることが大事です。

100%相手が悪い行為だったとしても、必ず理由があっての事です。

悪い事を許すというわけではありません。

100歩譲って、相手がそうせざるを得なかった事情や、そうしてしまった感情を思案してみましょう。

そして、上記は自分の身に何かが起こった場合の気持ちの持ち方ですが、もう1つつ、自分から何かするときの心構えとして、「自分のすることが他の人に喜んでもらえるのか、もしくは迷惑にならないか」と考えるようにしましょう。

「優しさ」は他人に対して向けられるものなわけですから、「相手の気持ちを考える」事は優しさそのものであると言えます。

マナーや礼儀は優しさのかたまり


国々所々で文化が違えば、生活のマナーや礼儀も違います。

しかし、根本的にどんなマナーも礼儀も学んでいくと、それらは「相手の気持ちを考え」た上で創られている事に気づけると思います。

刃物の渡し方などがまさに相手を思って生まれた作法です。

また、欧米式の食事のマナーであっても、それらは自分が料理を美味しく食べる為にあるのではなく、周りで食べている人が気持ちよく食事できるように考えられたものです。

つまり、世の中のマナーや礼儀といったものは、他人に対する優しさのかたまりだと言えるでしょう。

優しくなりたいと思っている人は、精神的な修行みたいなことから始めるのもいいですが、具体的に礼儀作法なんかを学んでカタチから優しさを学んでみるのもいいかもしれませんね。

優しくなりたい人がやるべきこと5:周りに感謝の気持ちを持つ

改めて、「優しくなりたい」と思ったきっかけはなんでしょうか?

人によって色々あるのかもしれません。

でも、きっかけではないかもしれませんが、優しくなりたいと思った人は、誰しもこんな事を感じたことありませんか?
「誰かに優しくされて、その優しさに応えたい。もしくは、そんな優しい人になりたい。」

人は「優しさ」と言うものを知らなければ、優しくはなれないと思うのです。

ですから、「優しくなりたい」と思う人は、これまでに何度か、誰かの優しさに触れてきているはずです。

そして、今も尚、あなたの生活や人生そのものが、決して最高とは呼べるものではないかもしれないにせよ、誰かの優しさによって支えられていたり、守られていたりしているはず。

優しくなろうと自分を見つめ直すのも大切ですが、ここは今一度、周りから自分に向けられた「優しさ」を探してみてはどうでしょう?

そうすれば、自然と周りに感謝の気持ちを持つようになり、その優しさに対し、優しさで返すことができるようになります。

優しくなりたい人がやるべきこと6:言葉遣いに気を付ける

優しい人が遣う言葉は、得てして優しい言葉です。

優しくなろうと思うのなら、言葉遣いに気を付けなければなりません。

もちろん世の中には、口では優しいこと言って、心の中では何企んでいるか分からない人や、逆に口は悪いがねは優しいと言われる人もいます。

しかし、前者に関して言えば、優しいふりした悪人は必ずいますが、だからといって、優しくなりたければ逆に優しい言葉を使わない方がいいというわけではありません。

「優しい言葉遣い」には人を安心させる力があるのです。

だから悪人が利用しようとするのです。

そんな力を持った優しい言葉を学ぶことは、優しくなりたい人の第一の課題でもあるでしょう。

また、後者「口は悪いが根は優しい人」についてですが、まあ、確かにそんな人沢山いますが、これは、そんな人の周りにいる優しい人たちが、その人を優しく形容したに過ぎません。

「口は悪いが根は優しい」、なんて優しい表現なのでしょう。

つまり、その口の悪い人は、周りの人の優しさによって、口の悪さをかろうじて許してもらっているのです。

もしかしたら、誰かを傷つけているかもしれません。

まあ、そもそも、その人は「こちとら別に優しくなろうなんて思ってねぇやい!」と思っているでしょう。

その人をどうこう言うのは大きなお世話でしたね。

では、優しくなりたいと思っている人は、優しい言葉遣いを学びましょう。

優しい言葉遣いとは

では、そもそも「優しい言葉」や「優しい言葉遣い」とはどんな言葉であったり、話術であったりするのでしょう?

実は、こういうのが優しい言葉遣いだと説明できる確固たるものはありません。

何しろ、「です・ます」を使った敬語であっても、話す内容によっては、無礼に聞こえたりしますし、なまりなまった話し方や若者言葉であっても優しさがにじみ出ている人もいます。

優しい言葉遣いって、区別するのも、説明するのも難しいですね。

それを学べ学べと言っておいて、無責任な話ですよね。

すみません。

ただ、「相手を思いやる気持ちを言葉というカタチにしたもの」と考えてみましょう。

そうすると、例えそれがスラングであろうと片言であろうと、優しい言葉遣いになりそうです。

以下は、ある意味究極の例かもしれませんが、某有名航空会社のキャビンアテンダントが指導されている言葉づかいについてです。

「携帯電話を紛失されたお客様が落し物で上がっていないか尋ねてこられた時、まず、どう応えるか?」というCA養成講師の質問にほとんどのCA研修生は「少々お待ちください」と答えるのだそうです。

しかし、正解は「すぐお探しいたします」なのだそうです。

どちらでも良いように思えますが、「すぐお探しいたします」はこちらが相手のためにする事を言っています。

一方「少々お待ちください」はお客様に対して「待て」と要求しています。

この2つの違いがわかるでしょうか。

お客様が尋ねてきて、急いで携帯電話を探して見つかるまでの時間の長さはどちらの言い方で応えても同じです。

かつ両者とも「絶対に見つけ出す」なんてことは確約していません。

ですが、あなたがもし落し物をしてカウンターに申し出た際、どちらの言葉で応えられたほうが「なんとなく安心」できるでしょうか?

重複しますが、この言葉の選び方は究極の選択、また業務用であると言ってしまえばそれまでなのかもしれませんが、相手を思いやって出る言葉、遣う言葉とは、要はこういうことなのです。

優しくなりたい人がやるべきこと7:積極的に手助けする

人を手助けするのは優しさの現れですので、この項は実践編ということになります。

「優しさ」とは、「人を思いやること」であり、それをカタチにしたものが、「優しい言葉遣い」であったり、この「手助け」という行為です。

ですので、優しくなりたいと思っている人は、どんどん人の手助けをしていくようにしましょう。

というより、優しい人ならそうするはずなのです。

ただ、困っている人に手を差し伸べられなくて、「ああ、私は優しい人にはなれない」と嘆く必要はありません。

そんな時もあります。

自分だって誰かに助けてもらって生きている存在なのです。

なかなか他人の事にまで手が回らない事だってあります。

そしてまた、なんでもかんでも手助けすることが良いことではありません。

手助けをしてはいけないこともあります。

手助けを必要としていない人もいます。

結構「手助け」って難しいものですね。

しかし、本項の「積極的に手助けする」という理由はまさにその手助けの難しさを理解していく為なのです。

困っている人全ての手助けはできません。

でも、昨日より今日、昔より今、ちょっとだけ手助けする範囲も力加減も大きくなっていけばよいのです。

人を思いやる気持ちから、良かれと思って手を貸したら、その人の為になっていなかったようなこと、怒られたりしたこと、たまにあります。

でも、積極的に手助けしようとしたから、それがわかったのです。

「何が人の為の本当の優しさなのか?」ということが解ってくるのです。

「優しさ」とは何かと考え、行いにあらわして、その中で学び、また考えて、また行動していく、というサイクルで培っていくものなんでしょう。

だから、優しくなりたいと思う人は、積極的に人に優しくしていくべきです。

優しくなりたい人がやるべきこと8:自然や動物と触れ合う

これは優しくなるために絶対するべきことではないのですが、優しくなるために努力をしていく上で、こういうこともたまには必要だというものです。

毎日、「平常心を保とう」「皆と平等に接しよう」「相手の気持ちを考えよう」「悪口は言わないようにしよう」「言葉遣いに気を付けよう」「感謝しよう」「手助けしよう」と努力していたら、必ず疲れます。

それに「優しくなりたい人がやるべきこと」まだ4つも残ってますしね。

努力せずに優しくなれるのなら、世の中優しい人ばかりで、みんな幸せでしょう。

どうして、神様はそんな世界にしなかったのでしょうね?まあ、それはさておき、優しくなるのって大変なことなんですね。

我慢したり考えたりするだけじゃなく、時には怒られたり、恥をかいたりすることだってあります。

それが優しくなるため、つまり、他人のためにする努力なんですから、途中で嫌気がさしたり、自分の為に自分勝手に生きる方が楽だと思えることは、多々あります。

そんな時は、一度都会の喧騒を離れて、山や海へ出かけてみましょう。

美味しい空気を吸い、人の創造物ではないものに触れ、人では創りだせない大いなるエネルギー(みたいなもの)を身体で感じてみましょう。

また、仔犬や仔猫といった動物ともふれあい、その無垢さに心を洗ってもらいましょう。

このように現実や嫌なことを一端忘れて、言わば心をリフレッシュさせると、次また優しくなるための努力をするためのインターバルとしては効果的です。

冒頭、優しくなるために絶対するべきことではないと言いましたが、しんどくなる前に予防策として、定期的にこういったことをするのもいいかもしれませんね。

そこで、ちょっと注意することがあります。

心のリフレッシュ方法は自然や動物とふれあうこと以外にも、人それぞれ、色々あると思いますが、いずれも自分にとっては大変有意義なものです。

その反面、その心のリフレッシュ活動が生活のメインになってしまう可能性もあります。

そうなると、それは「趣味」の領域でしかなくなります。

趣味を持つことが駄目だと言うわけではありません。

ここで行う心のリフレッシュはあくまで優しくなるための努力をし続けるためのものだということであって、自分の娯楽のためではないということです。

また、自然や動物とふれあうと、心が少し軽くなった気がしますが、それを「私、優しくなったかもしれない。」と勘違いする人もいます。

それは、嫌なことから少し離れて心が「落ち着いた」だけです。

確かに、落ち着いて物事を考えることができるようになり、優しさの境地へ一歩近づいたかもしれません。

しかし、心のリフレッシュをしただけでは優しくはなれません。

言うなれば「優しくなるための準備ができた」ということなので、勘違いしないようにしましょう。

やはり、本当の優しさは、嫌な相手や現実と向き合ってこそ培えるものでしょう。

優しくなりたい人がやるべきこと9:損得勘定で行動しない

自分が得するか損するかでやることなすことを決めていては、いつまでたっても優しい人にはなれません。

何かみかえりを期待して人に優しくしたのなら、それはもうすでに優しさとは言えません。

何度も言うようですが、優しさとは他人に向けられるものであって、自分の為にあるものではないのです。

ひとたびそれが自分に向けられてしまうと、それは優しさではなく、「あまえ」になってしまう、と言えばわかりやすいでしょうか。

とにかく、優しくなりたい人が損得勘定で行動していてはいけないのは言わずもがなでしょう。

しかしながら、優しくなることが、結構難しいことの様に、損得勘定を払拭して行動するのも、また難しいものです。

それでも努力しなければなりません。

考え方としては、自分がわざわざ損をするように努力はしなくてもいいので、相手が得するためにはどうすれば良いか考えてみることから始めましょう。

【損得勘定で動くことについては、こちらの記事もチェック!】

優しくなりたい人がやるべきこと10:広い視野を持つ

優しくなるためになぜ広い視野を持たなければならないかというと、「積極的に手助けをする」の項でも述べたように、自分が良かれと思ったことが実は人のためにならない場合があったりするからです。

つまり、優しくしない事がその人に対する優しさであったりします。

このように、人に優しくすることは難しい、かつ皆に平等に優しくするべきとなると、受ける側は十人十色で同じ優しさも受け止め方が違ってきます。

ですから、自分の優しさを、狭い視野の中で培った独りよがりの優しさにしないため、万人に優しい人だと思ってもらえるようになるため、視野を広げることが大事なのです。

視野を広げる方法としては、積極的に手助けをしていく中で、いろんな優しさの受け取られ方を学んだり、逆に周りに感謝の気持ちを持つよう心がけていれば、いろんな優しさに気づけるでしょう。

また、一度心をリフレッシュさせるために自然や人間以外の動物に触れ合ったり、旅行してみるのも視野を広げる方法です。

優しくなりたい人がやるべきこと11:自分の事を好きになる

皆、優しくなりたいと思う理由としては、人として成長したいということが第一だと思います。

だとしたら、皆、自分の成長させたい部分、直したい性格などに気が付いているはずです。

怒りっぽい性分に自ら腹が立ったり、自己中心的な性格に嫌気がさし、もっと優しい人間にならなくてはと思った人は多いのではないでしょうか。

そこで、先程も言ったように、優しさとは他人に向けられるもので、優しくなるのは他人のためになるわけですから、優しくなりたい、優しくならなくてはと思える人は、すでに優しい人なのです。

そして、その優しくなろうと思ったきっかけとして、自分の欠点に気がついた人は、もう優しさの階段は登り始めています。

まず何より、自分の欠点に気付き、直そうと思えることが素晴らしい。

そんな自分に自信を持ってください。

人は誰しも欠点はあります。

自分では気が付いていなくとも、人をねたむ、ひがむ、さげすむ性分も、誰にでもあります。

ここでは自分が欠点と思うところを好きになってと言っているわけではありません。

そういったことに人生の早い段階で気づけるあなたは、運が良いのではなく、人として元々素晴らしいのです。

そんな自分を好きになってほしいと思うのです。

また、「自分の事が嫌い」だという人もたまにいます。

そんな人にはあえて「自分を好きになってください」とは言いません。

なぜなら、自分を嫌いなのは、自分の事が好きだからです。

自分の事が好きだから、こんな自分じゃ嫌だ、嫌いだと思えるわけです。

そう、自分が嫌いと言える人は、大前提として自分の事が好きなのです。

とにかく、自分の事を好きになるということは、自分の短所も長所も理解できている証拠です。

自分の事が理解できる、認めてやることができるようになると、他の人の気持ちが理解できるようになります。

自分という一人の人間の気持ちが理解できたなら、人の気持ちは十人十色とはいえ、自分と重ね合わしたりしながら相手の気持ちを察することができるようになるのです。

そうすれば、相手の為に差し出せる優しさとはどういったものかが見えてきます。

優しくなりたい人がやるべきこと12:無理に好かれようとしない

ここまで来れば、もうこの項について詳しく説明しなくても皆さんお分かりかと思います。

好かれたいと思って差し出す優しさは、本当の優しさではありませんし、本当の優しさでさえ、相手によっては迷惑なものになったりします。

ですから、好かれようと思うこと自体が無駄なことなのです。

それより、優しくなりたい人は相手にとってどうしてやることが最良かだけ考えていればいいのです。