あなたは「いずれ」という言葉を使う時に、「いずれ」と「いづれ」のどちらの使い方をしていますか?

口に出せばどちらも同じですが、言葉にして書くと平仮名に違いが表れますよね。

それぞれ正しいや間違いがあるのか、また場面によって使い分けるのかなど、意外と知らない事実についてご紹介していきます。

似ている言葉の違いをチェック!

世の中には、似ているものや言葉というのがたくさんあります。

例えば「おにぎり」と「おむすび」、「バター」と「マーガリン」、「リンス」と「トリートメント」と「コンディショナー」、また「判子」と「印鑑」など、言葉は違っても、厳密にどう違うのかがよく分かっていないものはたくさんあります。

また、似た言葉としては、例えば「ご教示」と「ご教授」、「うろ覚え」と「うる覚え」、「青田買い」と「青田刈り」などがあります。

これらの似た言葉はたくさんありますが、その中でも「いずれ」と「いづれ」はとくによく似ています。

何せ一語違うだけですので、これにそもそも違いがあるのかどうかについてもよく知らないという人は少なくはないでしょう。

日本語とは面白いもので、少し言い方が違うだけで細かい意味も違っていたり、言葉の表現は大きく違っているのに意味がまったく一緒だったりします。

そこが日本語の難しいところでもありますが、同時に興味深いところでもあります。

私たち日本人は日頃当たり前に日本語を使いこなしていますが、一つひとつの言葉についてもきちんとすべて理解しているかというと、そうではありませんよね。

一つひとつ見ていくと切りがありませんので、まずは似ている言葉からチェックしていきましょう。

どれが正しいのか迷うときありますよね


似ている言葉がたくさんあると、どの場面でどちらの言葉を使うのが正しいのか分からなくて、迷ってしまうことがありますよね。

そんな時、あなたはどうしていますか?

「なんとなくこっちだろう」と勘で言葉を選ぶ人もいれば、きちんとどちらの意味も調べて、正しい方を使おうとする人もいるでしょう。

必ずしも迷ったらいちいち意味を調べなくてはならないというわけではありませんが、日頃から調べる癖をつけておくと、常に正しい日本語を選択して使いこなせるようになります。

正しい日本語を使いこなせれば、それだけ教養も身に付きますし、また自分の発言にも自信が持てるようになります。

もし外国人から「◯◯とはどんな意味ですか?」と質問をされたら、迷うことなく答えることも出来るようになります。

無理して教養を身に付ける必要はありませんが、教養を身に付けておくと、思わぬところであなた自身の役に立つことがあるかもしれません。

そのため、どれが正しいのか迷った時には、調べる癖を身に付けておくと良いでしょう。

「いずれ」「いづれ」問題

「いずれ」と「いづれ」という言葉は、普段はどちらが正しいとか間違っているとか、あまり気にならないかもしれません。

けれど、ふとした拍子にどちらが正しいかという話になった時に、ささやかな論争が起こることがあります。

ある人は「いずれ」が正しいのだと言い、ある人は「いづれ」が本来の正しい使い方だと主張します。

こんな時、もしもその場に正解を知る人がいなければ、いつまでも不毛な言い争いになってしまうでしょう。

また、もし誰かが正解を口にしたとしても、その根拠が分かっていなければ、単なる主張の一つだと思われてしまうでしょう。

「いずれ」と「いづれ」は、そうして時々どちらが正しいのかと問題になることがあるのです。

どっちを使っていますか?

あなたは「いずれ」と「いづれ」の、どちらの表記を使っていますか?

一般的に目にする機会が多いのは「いずれ」ですので、それに倣って自分も「いずれ」を使っているという人もいるでしょう。

また、古語や歴史に詳しい人は、「いづれ」の表記を使っているかもしれません。

その人の教養や雑学の有無などで、「いずれ」と「いづれ」を使い分けているという場合もあります。

根拠があってどちらかの表記を使っているという人もいれば、何となくどちらかを使っているという人もいるでしょう。

自分が正しい表記について知らないまま、適当に使っているという人は、この機会に「いずれ」と「いづれ」の違いについて知っておくと良いでしょう。

「いずれ」「いづれ」の違い

「いずれ」と「いづれ」の違いは、その表記からも分かるように「ず」と「づ」の部分の仮名が違っています。

読み方はまったく一緒ですが、平仮名の表記が違っているため、どちらが正しいのか分からないという人もいるでしょう。

実はこれ、表記自体はどちらも正しく、合っています。

「いずれ」は現代仮名遣いであり、また「いづれ」は歴史的仮名遣いです。

そうした仮名遣いの違いから、表記がそれぞれに違っているのです。

では、現代仮名遣いと歴史的仮名遣いとは、どのようなものなのでしょうか?以下に具体的にご説明していきます。

いずれ:現代仮名遣い

現代仮名遣いとは、現在一般的に用いられている仮名遣いのことです。

現代語の発音に基づいて書き方を定めており、助詞の「へ」や「は」「を」などはもとのままで用いるなど、一部に歴史的仮名遣いによる書き方を残しているという特徴があります。

例えば「ゐ」を「い」、「ぢ」を「じ」と読んだり、「てふてふ」を「ちょうちょう」と読んだりするのが現代仮名遣いです。

「現代仮名遣い」と聞くと小難しい印象を受けるかもしれませんが、要するに私たちが日常的に目にしている仮名遣いのことです。

そのため、当たり前のようによく目にする仮名遣いが現代仮名遣いで、普段は見かけないような仮名遣いが、歴史的仮名遣いと判断して良いでしょう。

いづれ:歴史的仮名遣い

歴史的仮名遣いとは、語を仮名で表記する際の方式の一つで、典拠を過去の文献に求める仮名遣いのことです。

つまりは、過去の歴史で記された語をもとにして、その仮名遣いを決めているという特徴があります。

この歴史的仮名遣いは、普通平安中期以前の万葉仮名の文献に基準をおいています。

明治以降に現代仮名遣いが公布されるまでの間、ずっとこの歴史的仮名遣いを用いてきました。

歴史的仮名遣いでは、例えば「じ」を「ぢ」、「い」を「ゐ」と読みます。

私たちが日頃あまり見慣れない仮名遣いであり、また古典のように古い文章でよく見かける仮名遣いが歴史的仮名遣いです。

「いずれ」「いづれ」で言えば、「いづれ」が歴史的仮名遣いであり、「いずれ」が現代仮名遣いです。

現代では「いずれ」を使うべき

仮名の表記自体は「いずれ」も「いづれ」もどちらも合っていますので、間違いということはありません。

とはいえ、現代では「いづれ」よりも「いずれ」の表記の方が多く見られます。

LINEやメール、手紙や授業のノートを取る際などにも、「いずれ」の表記を用いるのが一般的とされています。

そのため、日常生活の中では「いずれ」を使った方が良いでしょう。

もしどちらの表記でも合っているからと、わざわざ「いづれ」の仮名を使っていると、その文字を見た人は違和感を覚えてしまうかもしれません。

また、人によっては「字が間違っている」と指摘をするかもしれません。

年配の人であれば「いづれ」の書き方をしても違和感を覚えることはあまりありませんが、若い年代の人が「いづれ」と書いていると、それを見る相手に不自然さを感じさせてしまうかもしれません。

そのため、基本的には「いずれ」の表記を用いるようにしましょう。

「いずれ」「いづれ」の意味

「いずれ」「いづれ」には、どのような意味があるのでしょうか?辞書で引くと、不定称の指示代名詞とあります。

「どれ」や「どちら」「どっち」などともいいます。

「いろいろな過程を経た上での結果をいう」という意味や、「あまり遠くない将来をいう」といった意味があります。

この意味自体は、「いずれ」も「いづれも」まったく同様です。

「いずれ」「いづれ」を文章として用いる際には、例えば「いずれは結果が出るはずだ」「いずれ分かる日が来る」などの形で用いられることが多いです。

はっきりとは定めないときに使う言葉

「いずれ」「いづれ」は不定称の指示代名詞ですので、はっきりとは定めないときに使う言葉です。

例えば社交辞令として「いずれ食事でもしましょう」と相手に声をかけることがありますが、この場合は実際にその気はなくても形式的に口にしているだけですので、はっきり「いつ」と定めることはしていません。

また、歯医者嫌いの人が「いずれ歯医者に行く」と言った場合には、本当はまだまだ行くつもりはないけれども、とりあえず「行く」と口に出しているだけで、いつ歯医者に行くかをはっきりと定めてはいません。

さらに、別れ際に「では、またいずれ」と言って別れることがありますが、この場合はその相手と次にいつ会うかも分からず、またお互いにはっきりと次に会う予定を立てることはしないけれども、「また会えたらいいね」程度の挨拶として用いています。

このように、「いずれ」「いづれ」ははっきりと物事や日付を定めない時に使うことが多い言葉です。

わからないままに物事を言い表すのに使う言葉

「いずれ」「いづれ」は、はっきりとしたことが何ひとつ分かっていない時に、それが分からないままに物事を言い表す際にも使います。

例えば大人が子どもに対して物事を諭そうとする時に、「お前もいずれ俺の言いたいことが分かる時が来るようになるよ」と言うことがあります。

この「いずれ」もいつ言いたいことが分かるようになるのか、などについては曖昧なままです。

言われた子どもからすれば「そんな曖昧なことを言われたって納得できない」と思えるでしょう。

実際に大人になってみないと分からないことはたくさんあります。

その時にならないと納得で出来ないこともたくさんあるため、大人はそれ以上明確な言葉で伝えることは現時点では出来ないのです。

また、はっきりとどちらが正解なのか分からない状況で、とりあえず話をまとめようとする際にも、「いずれにせよ、時間が立てば答えが分かるはずだ」とはっきりしないままに物事を言い表すことがあります。

「いずれ」「いづれ」という表現方法では、はっきりとしないものを曖昧な状態のままでとどめておくことが出来ますので、その場では分からないことがある場合によく用いられます。

どれ

「いずれ」「いづれ」には、「どれ」という意味もあります。

例えばたくさんの同じものの中から本物を探す際に、「この中のどれかが本物だ」と口に出す時、それを「この中のいずれかが本物だ」と表現することが出来ます。

また、いくつかのお土産の中から「どれがいいか好きなものを選んでください」と言う時に、「この中のいずれかからお好きなものをどうぞ」と表現することも出来ます。

「いずれ」「いづれ」は、「どれ」の意味で普段使いをすることはあまりないでしょう。

年配の人や、普段からとりわけ丁寧な言葉使いをする人では「どれ」を「いずれ」「いづれ」の言葉で表現することはありますが、そうでなければ一般的にはあまり「どれ」の意味で用いることはないでしょう。

とはいえ、お客様や目上の人に対しては「どれ」という表現が失礼にあたることもありますので、そうした場合には「いずれ」「いづれ」の言葉で表現をすることがあります。

どこ

「いずれ」「いづれ」は、場合によっては「どこ」と場所を表現することもあります。

例えば仕事で必要な書類を探している人が、「◯◯の書類ってどこにあるか知ってる?」と同僚に聞き、それに対して同僚が「その机のどこかにあるよ」と答えたとします。

この同僚の答えを、「その机のいずれかにあるよ」と言い換えることが出来ます。

相手が身内や親しい人、職場の同僚などの場合にはわざわざ「いずれ」「いづれ」の言い方をする必要はありません。

しかし、相手が目上の人や上司の場合には、丁寧な物言いをする必要があります。

そうした場合には「どこ」ではなく「いずれ」「いづれ」と表現するべきでしょう。

「いずれ」「いづれ」の使い方


「いずれ」「いづれ」には、さまざまな使い方があります。

シチュエーションによっては異なる意味として用いることもあります。

相手が何に対して「いずれ」「いづれ」という言葉を用いているのかを読み取るスキルが少なからず必要になります。

また、自分が相手に伝える際にも、何を意図してその言葉を使っているのかを出来るだけ分かりやすく相手に伝えた方が良いでしょう。

ただでさえはっきりとしない物事を表現する言葉ですので、使い方にはそれなりの注意が必要です。

「いずれ」「いづれ」を使った例文を以下にご紹介していきます。

例文1:「今は海外出張のためにアメリカで働いているが、いずれは日本に帰るつもりだ。」

この例文では、現在海外出張でアメリカに行っている人が、そのうち日本に帰るということを予定しているのが分かります。

まだいつ日本に帰るとは決まっていないものの、元々は日本の会社に勤めていて、海外出張という形でアメリカに行っているため、時期は未定でも必ずいつかは帰国することは分かります。

そのためいつかは帰国することを想定して、「いずれ」という表現を用いています。

例文2:「我が家の子どももいずれ大人になり、結婚して家庭を持つだろう。」

この例文では、子どもの成長と共に子どもの将来について触れています。

命あるものであれば、誰もが生まれて成長し、老いて死んでいきます。

それは絶対不変のものであるため、子どもがいつか必ず成長して大人になるということは誰にでも予測が付きますし、理解も出来ます。

その必ず成長することに加えて、子どもの将来も同時に予想しています。

大人になってからの生き方は人それぞれです。

生涯一人身の人もいるでしょうし、結婚して子どもを授かる人もいるでしょう。

生き方はそれぞれですので、現時点で子どもの将来を断定することは出来ません。

しかし、一般的な人生の送り方としては、大人になったら結婚して家庭を持つ人が多いです。

そうした一般的な考え方から、「おそらく自分の子どもも将来はそのようになるだろう」という予想を付けていいます。

例文3:「今回のような仕事のミスは、いずれまた起こるだろう。そのため、今から対応策をしっかりと考えておかなければならない。」

この例文では、仕事のミスがその内また起きるということを予想しています。

この場合の予想は、これまでのミスの頻度や状況などを総合的に見た上で、「おそらくはまた起こりうる」と予想されています。

そのため、「いつとははっきりと言えないが、きっとその内また起こる」という意味合いで「今回のようなミスがいずれまた起こる」と予想されているのです。

例文4:「この美しい桜の花も、いずれは散ってしまうだろう。」

この例文では、そう遠くない内に桜の花が散るということを表わしています。

生きとし生けるものは、生まれたら必ず死んでいきます。

その不変の真理を前提として、桜の花も咲いたら必ず散るということが分かります。

「いつ散るかは分からないが、その内必ず散るだろう」という予想から「いずれは散ってしまうだろう」と表現されています。

例文5:「虫歯は症状が軽い内に治療しないと、いずれはもっと酷くなってしまうだろう。」

この例文では、虫歯は放置しておくともっと酷くなるということを表わしています。

普通の体調不良とは違い、虫歯は一度なってしまうときちんと治療をしない限りはなかなか完治することはありません。

そのため、どんなに毎日歯磨きを欠かさずにしていても、治療をしなければその内必ず悪化してしまうだろうということが予想されます。

なので、「いずれはもっと酷くなってしまうだろう。」という表現がされているのです。

例文6:「今人間がやっている仕事も、その内機械にとって代わられるのだろう。」

この例文では、そう遠くない未来に人間の仕事を機械が行うようになるということが予想されています。

実際に、現代ではどんどん機械の開発が進み、あちこちの職場でAI機能を兼ね備えたロボットやドローンなどが人間の仕事の一部を行い始めています。

そうした現実が存在し、また今後も機械技術のさらなる発展が目に見えている状況ですので、「いつとは言えないがそう遠くない未来に」という意味合いで「いずれ」という言葉が使われています。

「いずれ」「いづれ」の類語

「いずれ」「いづれ」は物事がはっきりとしない場合に用いる言葉です。

どんな言葉にもそれに類似した言葉があるように、「いずれ」「いづれ」にもいくつかの類語があります。

「いずれ」「いづれ」は使い方によっては丁寧な言葉使いになることもありますので、場面に合わせてそれに類似した言葉に言い換える必要もあるでしょう。

どのような類語があるのかを以下にご紹介していきます。

間もなく

「間もなく」には、「その事態の実現にあまり時間を要しないさま」や「ほんの短い時間で」「すぐに・ほどなく」など意味があります。

もうすぐ事態が変化する際に、「間もなく」という言葉を用いてそれを相手に知らせます。

例えば駅のホームで、「間もなく電車がまいります」というアナウンスを耳にしたことがある人は多いでしょう。

これは、「もうすぐ電車が到着する」という意味で、誰もがアナウンスを聞いて「ああ、もうすぐ電車が来るのだな」と理解出来ます。

「間もなく」という言葉は、おおよそ事態が動くタイミングが分かっている時に使う言葉です。

「いずれ」「いづれ」の場合はまだ先のことが分かっていない時に使いますが、「間もなく」の場合にはある程度時期の予想が出来る時に使うことが多いです。

「間もなく」「もう間もなく」などの言葉で物事に対して使われています。

日常会話の中でも使い機会が多いでしょう。

近日中

「近日中」は、「数日中」という言葉で表現することもあります。

2、3日の間という意味ですので、ごく近い日にちの間で事態が変化する際に用いられます。

人によっては、4、5日の間や1週間以内にといった意味合いで用いられることもありますが、一般的には2、3日の間で意味が通っています。

そのためもしこちらが1週間以内のつもりで「近日中に」と伝えた場合に、3日が過ぎた時点で相手側から苦情や文句がある可能性があります。

近日中という言葉は、大抵の人は2、3日の間でと認識していますが、人によっては具体的な日にちがばらついていますので、はっきりとしない表現を嫌う人も中にはいます。

例えば取引先の会社とトラブルを起こした際に、「近日中に対応致します」と伝えたら、相手から「近日中っていったいどれくらい時間がかかるのか」と明確な日にちを求められることも珍しくはありません。

とくに相手がこちらに対して要望があったり、急ぎであったりする場合には嫌がられる表現でしょう。

それ以外の場合で、日にちは近いもののはっきりいつだと明言出来ない場合には、「近日中で」という表現が用いられます。

そのうち

「そのうち」は、「実現までにそれほど時間がかからないさま」や「近い内・近日」といった意味があります。

「近日中」よりももっと曖昧な表現ですが、「いずれ」「いづれ」よりは実現までの時間がかからないことが多いです。

また、本当に実現させるつもりはなく、単なる社交辞令として「そのうち」と用いることもあります。

例えば試験の結果がいつ分かるのかという問いに対し「そのうち分かるよ」と返した場合には、実際に結果が分かるまでそう時間を要しないことが多いです。

一方で、異性をデートに誘って「そのうちね」と軽くあしらわれてしまった場合には、単なる社交辞令として「そのうち」と言われた可能性が高いです。

本当に実現までにそう時間がかからないのか、それとも単なる社交辞令なのかを見抜くポイントは、それがどんな物事なのかということと、相手の反応です。

例えば先に挙げたように試験の結果だったり、明らかに時間の経過と共に結論が出るような物事の場合には、実現までにそれほど時間はかからないでしょう。

また、デートや遊びの約束など、お互いに予定を合わせなければ実現しないような内容の場合には、「そのうちね」といった相手との親密度や相手がどの程度乗り気なのか、その態度から社交辞令かどうかを判断することが出来ます。

もしも相手との仲が良いのなら、きっと近いうちにお互いに会う約束をするでしょう。

一方で、相手と滅多に会うことがない関係だったり、相手があまり乗り気でない場合には単なる社交辞令の可能性が高いでしょう。

「そのうち」は「いずれ」「いづれ」よりも、より都合の良い曖昧な表現として用いられることも少なくはありません。

いつか

「いつか」は、未来や過去の不定の時を表わす言葉です。

また、過去や未来の事柄について、それがいつであったかという疑問や反語の意を表す言葉でもあります。

「いずれ」「いづれ」も、具体的な期限や日付を定めない言葉ですが、「いつか」の場合にはよりそれが不明確な印象が強くなります。

例えば「いずれ会いましょう」と言われたら、「その内会えるのかな」という期待感を抱くことが出来ますが、「いつか会いましょう」と言われたら、「偶然でもない限りは、向こうから会おうという意志は感じられない」と思える人は多いでしょう。

それほど「いつか」という言葉は、不定の時を表わす言葉の中でも、より実現性が低く感じられる言葉でもあります。

だからこそ、「この人には出来ればもう会いたくないなぁ」と思う相手に対して社交辞令を用いる際に、「またいつか会いましょう」と表現する人は多いです。

しかし一方で、「またいつか会えたらいいな」と、限りなく実現させることは不可能に近くとも、一筋の希望を持っている際に用いる言葉でもあります。

「いつか」も、このようにシチュエーションによって相手との距離を遠くさせたり、反対に近くさせたりすることが可能になります。

やがて

「やがて」とは、「しばらく時間が経過すると、その事態に至るさま」という意味があります。

「そのうち」で表されることもあります。

また、時間や年月を表わす際には、「はっきりとどれくらいかはいえないが、それに近いさま」という意味になります。

さらに、「いつとは分からないが、将来においては実現すると予測するさま」という意味もあります。

今すぐにと断言は出来なくても、恐らく近いうちにそうなるだろうと予測出来る際には、「やがて◯◯になる」といった使い方をすることがあります。

例えば、「今は雨が降っているが、やがて晴れるだろう」という使い方をする場合、雨は必ずいずれは上がるものですし、また天気予報で次第に晴れると分かっているため「やがて晴れる」という表現が可能になります。

また、例えば「夜はやがて明けるだろう」という使い方をする際にも同様のことが言えます。

遅からず

「遅からず」とは、「未確定ながらも近い将来にある物事を予定しているさま」という意味があります。

「遅い」という言葉を打ち消す形になっており、このことから「そう遅くはない」ということが予想されます。

例えば「彼は今外出しているが、遅からず戻るだろう」という場合、外出中の人がそう遅くない内に戻ってくるだろうということを示しています。

また、「遅からず探しものは見つかるだろう」という場合には、現時点では探し物が見つかってはいないものの、そう遠くない内に見つけることが出来るだろうと予想出来ることが分かります。

それは探し物をする場所が限られている場合や、大体の目星がついている場合に使われます。

類語の言葉に「遅かれ早かれ」「近々」などいくつかあります。

今使うなら「いずれ」を選びましょう

いかがでしたでしょうか?「いずれ」と「いづれ」は、どちらも同じ意味を持ち、また表記にもどちらが正しくてどちらが間違っているということはありません。

ただ、仮名表記が現代風なのか、古風なのかの違いがあるだけです。

どちらでも正しいことには変わりありませんので、もちろん日常的に「いづれ」という表記を用いても問題はありません。

しかし、物事や言葉にも流行り廃りがあるように、今はもうほとんど使われていない言葉というものもあります。

「いづれ」は、同じ意味で現代では「いずれ」の表記が一般的とされています。

誰もが当たり前に「いずれ」の表記を使っていますので、わざわざ古風な表記で書くことをせず、時代に合わせて「いずれ」の表記を使っていきましょう。