モテる男性のことを「伊達男」と表現しているのを聞いたことはありませんか?

伊達男というのは、人を惹きつける男らしい魅力を持つ男性のことです。

モテる条件やタイプには、さまざまなバリエーションがありますが、伊達男は、流行り廃りに関係なくはるか昔から“いい男”の条件として根付いているもの。

最近では、“男らしい男”、“漢の中の漢”と呼べる男性が減ってきたようにも思います。

最近ではあまり、男らしさや女らしさという概念にこだわる風潮が減っていることもあり、伊達男というのは、今どきの男性が思う、モテる男性像とは少し違うかもしれませんね。

しかし、やはりどの時代でも、伊達男は多くの女性達から支持されます。

女性のみならず、伊達男は、同じ男性だとしても、ついつい惹かれてしまうような魅力を持つ人物です。

「この人についていきたい」と思えるような、漢気のある素敵な男性と出会えたら、性別に関わらずリスペクトしてしまうでしょう。

伊達男の15個の特徴

伊達男と呼ばれる人には、いくつかの象徴的な特徴があります。

伊達男という表現は、そうそう頻繁に聞くワードではありませんが、この表現を使われるという事は、とても名誉なことです。

あまり軽々しく使われる言葉ではないからこそ、このワードは特別感があるのでしょう。

ただ容姿がかっこいいだけでは、「伊達男」と言われることはありません。

伊達男は、容姿的な魅力だけでなく、内面的な部分が大きく関係するものです。

伊達男の立ち居振る舞いは、自然に出来ることではなく、その人本人が意識して、カッコよくあろうとする信念を持っているから成し得ることでもあります。

目立ちたがり

伊達男と言われる人は、とにかく目立ちます。

それは、背格好であったり、立ち居振る舞いであったりさまざまな要素がありますが、いずれにせよ、“良い意味”で目を惹きます。

悪目立ちとは違い、脚光を浴びることと類似したそれは、本人としても目立つこと分かっていて行動した結果であることがほとんど。

伊達男は、目立つことを好み、注目されることに男としてのステータスを見出している人もいるでしょう。

目立つことは、周りから一目置かれる存在であるということ。

人とは一味違う存在だということを言動で示し、そのことに対してプラスの評価を得るのは、簡単なことではありません。

一歩間違えれば、悪目立ちしているお調子者だと言われかねません。

しかし伊達男は決して、自らを過剰評価するような調子者ではありません。

自分を客観的に見ることができなければ、周囲からの評価を正しく汲み取れません。

己の理解度が低い人は、悪目立ちして集めている視線の数々を都合よく解釈し、自分がいい意味で目立っているのだと勘違いしてしまいますが、伊達男は違います。

伊達男は、自分自身が周りからどのように見られているか、客観的な事実をきちんと理解し、その注目度を上手く利用しながら己の価値を高めていきます。

目立つことは、それだけ多くの人の視線に晒されるということですから、批判されるリスクも高まります。

影響力が大きい分、自ずと厳しい意見も集まりやすくなるのですが、そうした状況をコントロールし、自分への追い風に変えることができる人がいます。

それこそ、確かな実力とカリスマ性を兼ね備えている、伊達男です。

消極的で存在感が薄い人は、決して進んで表舞台には立ちません。

その点、積極的で派手な舞台を好む人はスポットライトが当たる頻度が多く、秘めたる可能性も桁違い。

目立つことを恐れず、いつでもポジティブに堂々とした行動ができるのは、自信があるから。

そうした姿は、とても男らしく、逞しく見えるでしょう。

輝かしいスポットライトのもとで、逆境を諸共せず多くの人から注目を浴びるような人物は、正に男の鏡。

伊達男だと言われることも、間違いないですね。

自分に自信がある


表舞台に立つことを好み、注目されることに満足感を得るような人物は、自分に自信があるということ。

自信が無い人は、できるだけ目立たないよう日陰を選び、波風立てず静かに過ごそうとします。

周りからの視線を恐れ、避けるように体を縮こまらせて怯えるように生きていくのは、とてもじゃありませんが、かっこいいとは言えません。

根拠の無い自信ほど、不確かで嘘くさいことはありませんが、根拠のある自信ほど、頼もしいものはありません。

自信を持って行動できるということは、自分自身の判断が正しいと胸を張って宣言できる理由があるということ。

同じ言葉、同じ決断でも、自信なさげに言われるのと、自信たっぷりに言われるのでは、心象が全く違います。

自分自身の可能性や選択を心から信じられる人でなければ、人の心を掴むことはできないということです。

自分自身を信じている人は、そう思えるだけの裏付けがあるはず。

努力や勉強、そして経験が人を強くし、自信を与えます。

心から納得いくまで物事を追求し、自分らしい生き方を見つけられた人はとても強いんです。

自信がある人と無い人は、考え方はもちろん、顔つきや立ち姿さえも大きく異なるもの。

自信は人に、威厳や風格といった類のインプレッシブな魅力をさずけます。

自信とは、間違った使い方をすれば周囲を威圧したり、蔑んだりするような悪意になりますが、正しく作用させれば、人々の心を掴むチャームとなるのです。

伊達男とは、満ち満ちる自信と、威風堂々とした姿で周りの人から「素晴らしい」と思われるような人物なんです。

非常に印象深いその人は、選択に迷いがなく、その先に待つ己の成功を信じられるだけの確信を持っているのでしょう。

自分はかっこいいと思っている

目立ちたがり屋の自信家、という点だけ見てしまうと、伊達男という存在はとても厄介な人物像になってしまうかもしれません。

こうした人物は、自然の流れで伊達男になったのではなく、自らをその立ち位置へと導いた人ばかり。

自分の才能や能力をきちんと把握し、目立つことさえも己の武器にしているような策略家です。

もちろん、自分自身が周りから一目置かれていることにも気づいていますし、己を“かっこいい”とさえ、思っています。

極論を言えば、伊達男のかっこよさとは、その人自身が思う“かっこいい男”を体現した結果ともいえるでしょう。

かっこよくあり続けることに誇りを持ち、男としての信念を貫き通す強い意志があってこそ、伊達男としての本領を発揮できるものです。

少しナルシスト気味です

自分自身をかっこいいと評価している男性は、所謂「ナルシスト」と呼ばれるようなタイプです。

加えて、目立ちたがり屋と自信家と要素をプラスすると、これまた厄介な人物像が完成してしまいますね。

しかし、一見、負の要素に思われがちなことさえも魅力にしてしまう伊達男というのは、周囲がその人の価値を認め、「この人ならば」と許容していることの証明でもあります。

自分を“かっこいい”と自覚しているナルシストでも、それが紛うことなき事実であり、周囲が「確かにそうだ」と頷くのなら、決してマイナス要素にはなりません。

しかし、自己評価と周囲からの評価にギャップがあると、その評価は一転して「身の程知らず」と呼ばれるようになるでしょう。

目立ちたがり屋と自信家という要素も同様。

その人の本質が、本当に素晴らしいものならば、これらの言葉も“いい意味で”効果をなすのです。

女性との交際経験が豊富


伊達男は、男女共に人を惹きつけるものですが、特に女性ウケがよくモテている人を象徴する褒め言葉でもあります。

伊達男がモテる理由はここまで紹介した特徴からも分かる通り、堂々として風格や自信に満ちた立ち姿に男らしさを感じるからでしょう。

女性は頼りがいや包容力があるような男らしさに魅力を見出します。

自分を引っ張っていってくれる逞しさや将来性を重視して男性を選ぶ女性からすると、伊達男は優良な条件です。

必然的に、伊達男の周りには女性が集まるので、恋愛相手に困ることはないでしょう。

そもそも、派手なことが好きなタイプなので、恋愛に関してもその特性が発揮されます。

交際経験も豊富で、噂がたえないような人も多いでしょう。

しかし、こうした恋愛経験も、本物の伊達男ならば、自分の箔として身にまとっていくのです。

伊達男でもなんでもない人が同じように豊富な恋愛経験を積んだところで、気が多い人だと思われるなど、軽薄な印象が先行してしまいます。

伊達男は、そう言われるだけの魅力があるからこそ、恋愛の場数さえも突然の勲章になるのです。

こうした背景から、恋愛経験が豊富で容姿や権力に恵まれている人を指す言葉としても伊達男が使われます。

…とはいえ、伊達男と言われる人が誰しも必ず恋愛経験が豊富とは限りません。

恋愛を己のステータスと結びつけている人ばかりではないので、個人差があることをお忘れなく。

女心をよく知っている

女性にモテる伊達男は、経験が豊富で女心を上手く汲み取ってくれる人が多いのも特徴のひとつ。

女の人が、どんなことをしたら喜ぶのか、どんな扱いをされたいと願っているのか、相手の求めることを察知して、先回りするといった気遣いが上手なのです。

女の人がつい、キュンとしてしまうような紳士的な行動や、優しい言葉をサラリと与えてくれる人は、伊達男らしいと言えます。

しかしこれは、女性に対してのみ働く機能ではなく、伊達男と言われる人たちが気にかけているのは、自分より立場の弱い人や困っている人のこと。

女性だからといって特別視しているのではなく、男性よりも力がなく小さな存在である者に対して、優しく接することは、自分の果たすべき義務だと思ってのことでしょう。

女性によく思われたい、と言うよりは、自身のポリシーに沿って行動しているような人だからこそ、伊達な男だと言われるのです。

モテたいという単純な欲求や下心のために与える優しさは、単なる自己満足でしかありません。

男として、人として、自分が出来ることを最大限に活かしつつ、人の役に立とうと考える人は自ずと行動的になれるもの。

それが、独りよがりになるか、そうでないかは、その人の心意気と洞察力次第。

きちんと状況を判断し、人の行動を細かく読み取ることができる人ならば、人をもてなすことなど造作ありません。

それに、そこに含まれるのが男らしい侠気であるならば尚更。

女性の心を掴む、素敵な男性像にピッタリ当てはまるでしょう。

男から見てもかっこいい

伊達男は、女性のみならず、同じ男性からも支持を集めます。

なぜなら伊達男と呼ばれる人たちは、自らを高めるストイックな一面を持ち、行動的に上へ上へと上り詰めていくため、確かな結果を残して評価を集めていきます。

周りからの刺激を力に変え、自分自身を研磨しながら輝きを増していく姿は、自信に満ち溢れ、堂々としたもの。

とても簡単に真似できるものではないので、同性であっても、リスペクトしたくなるような実力者であると言えます。

仕事も私生活も充実した日々を送っている男性の姿に、憧れの念を抱く人も少なくないでしょう。

男気がある

男が憧れる理想の男性像は、古くより“男気”に溢れた強く逞しい男です。

経済力や社会的地位はもちろんですが、男が憧れる男というのは、周りを鼓舞するようなオーラ持ったヒーロー的な人です。

誰しも、小さい頃、弱い人たちを守るスーパーヒーローに憧れを抱いたことがあるでしょう。

自分も大きくなったら、悪と戦い、誰かのためにこの身を捧げるのだと夢を描いた経験のある人も少なくないと思います。

その時、憧れたヒーローは、芯が強く、自分自身の信念を曲げない男気に溢れたキャラクターではなかったでしょうか。

今でこそ、フィクションの世界で描かれた夢の理想像だと分かるものの、実際にそんなヒーローのような人に出会ったら、きっと同じ男であっても惚れてしまうでしょう。

損得関係なく誰かのために労力を注げる人は、それを成し得るだけの余裕と能力を兼ね備えているということです。

仕事のシーンでも、愚痴を漏らさずスマートに対応できる人や、裁量の大きいことを任されるような人は、“デキる男”の鏡ですから、どうしてもリスペクトしてしまいますね。

話が上手く、人を引き付ける話術を持っている

ただ仕事ができたり、器用なだけでは、伊達男とは呼ばれません。

ポイントとなるのは、その人の度量と人間力の部分。

頭が良く、仕事ができる人は沢山いますが、その中でも特に、“人として”の魅力や行動力に長けている人は、伊達男としての素質を秘めていると言えます。

例えば話術。

同じ情報量を持つ人が2人いたとします。

片や、ただ自分の知識をひけらかすだけで相手への配慮や、伝えようとする努力が足りない人。

もう一方は、自分の知識を分かりやすく伝える方法を心得て、相手の理解度や反応に合わせて話を進行していく人。

同じレベルの能力を持つ人でも、その能力をどのように生かすかどうかによって、人としての魅力は大きく変化します。

ただ頭でっかちで、仕事のことだけ、勉強のことだけを学び続けても、こうした人間力は身につきません。

仕事にせよ、プライベートにせよ、私達は人と関わりながら生きていく生き物ですから、コミュニケーション能力は必要不可欠。

そして、その能力によって、時に相手の関心をひいたり、説得したり、諭したり、喜ばせたりするのです。

ただコミュニケーションを取ればいいのではなく、相手を思いやる優しさや心遣いを持って交流がはかれるかどうかが、人としての価値を高める決め手の部分になります。

伊達男と言われるような人は、人を惹き付ける話し方や話題提供をする能力に定評がある人が多いのですが、これは伊達男の特徴でもある積極性や行動力から多くの人と関わり、経験を積む中で養われた観察力で相手の求めることを的確に見定められるからなのでしょう。

ファッションの流行に敏感

伊達男の代表的な特徴のひとつに、ファッション好きという要素があります。

伊達男を頭のなかでイメージしてみると、キッチリとしたお洒落な洋服に身を包んだ男性が思い浮かぶのではないでしょうか。

伊達男の好むファッションは、着る人を選ぶ服が多いため、平々凡々な人が同じ服装をしてもちょっと浮いてしまいます。

これは、伊達男の目立ちたい精神が反映された部分でもあります。

人と同じであることを好まず、自分なりの個性や、かっこよさの定義を貫くため、なかなか常人が真似しづらい服装を好みます。

しかし、それが似合っていてこそ、伊達男というもの。

周りが簡単に真似できないスタイルを完成させてしまう独特のオーラがあるんです。

まるでその人のために誂えたかのように見えてくる気さえしますね。

伊達男の小粋でファッショナブルな服装は、独自のセンスやこだわりはもちろん、しっかりと時代の流行を取り入れて、トレンディに仕上げています。

これも、ただ自分自身の感性を貫くだけでなく、客観的な視点や評価を考慮できる柔軟さを兼ね備えた伊達男だからできる技。

ただの個性派ファッションに留めないところが流石といったところです。

新しい物好き

ファッション好きという所からも分かる通り、伊達男は流行りのものや真新しいものにとても敏感です。

トレンドに乗り遅れて、時代遅れなんていうことには、まずなりません。

常に時代の流れを先読みして、最新の情報に高いアンテナを張っており、本当に良いものとそうでないものを、自らの目で確かめ無くては気が済まない…というタイプも多くいます。

物事の善し悪しを人の判断に委ねずに、自らの目で見極めるということは、とても大切なことです。

新しいものを吸収するという行為は、情報収集力や多様な知識を蓄えることができるため、自身の成長にも繋がります。

多くの物事に触れ、審美眼を磨くことで、人としての深みも増すでしょう。

ですから、伊達男と言われる男性は知識の幅が広く、博識であることが多いのです。

気配りが上手い

常にアンテナを張り巡らせ、さまざまな情報を吸収しているということは、それだけ視野が広いということ。

視野が広く、多くのことに気を配れる人は、人との付き合い方も上手です。

置かれている状況を瞬時に察知するだけでなく、豊富な経験から導き出した適切な判断と、それを実行する行動力があれば、その場に応じた臨機応変な応対がスムーズにおこなえるでしょう。

正にモテる男としての条件が揃い踏みですね。

どんな時も狼狽えず、冷静かつ的確な判断でスマートに立ち振る舞える人は、仕事でも私生活でも頼りになります。

人をよく観察している

その場の状況を読み抜き、トレンドを掴む情報収集力にも長けているとなれば、もちろんその対象が人間であっても造作はありません。

伊達男には、人の本質を細かく見抜く能力にも定評がある男性が多いのです。

これまで紹介してきた特徴からも充分わかるように、伊達男の基本姿勢は、常に周りのためであり、それが自分の為でもあります。

他人と関わることで、自分自身の価値をより高めていくスタイルなので、人との付き合い方やコミュニケーションには並々ならぬパワーを注いでいます。

コミュニケーションをより円滑かつ深いものにしていくには、なんとなくのノリとテンションでは到底無理な話。

きちんと相手の本質を見極めて、最もその人に相応しい対応をするべきです。

それも、相手が重要な人物であればあるほど、出会った瞬間から抜かりなく、相手の懐に深く入り込む為の最良手段を探し当てなければなりません。

そのために必要なのは、人を見る目。

相手の仕草や話し方、目線や持ち物など、あらゆる要素を良く観察し、自分自身の持つ最も有効な手段でその人の求めるものを与えてあげるのです。

これができるのも、常日頃からコミュニケーションに重点を置く伊達男ならではの対人能力とモテ力があってこそ。

さらに、その身から溢れる自信を隠そうとしない大物感。

これまで吸収してきた情報や教養など、あらゆるシーンで培ってきた経験の賜物だと言えます。

時には大胆な行動をする

伊達男は、派手なことが好きです。

ですが空気が読めないわけではないので、その場に合わせて適切な行動ができるところが美点でもあります。

しかし、時に思い立ったように、周りがあっと驚くような大胆な行動を起こすことも。

この行動には、注目されたいという気持ちはもちろんのこと、周りの期待に応えたいというサプライ精神も含まれています。

伊達男の行動は、どんなに大胆なものに見えても、決して無謀ということはなく、とても計画的です。

周囲からの評価を得られると確信し、間違いなく成功すると思っていることでなければ、ことを慎重に運ぶはずですから。

伊達男は、派手なことが好きで、ナルシストの気があるので、一見するとお調子者に見えることもあるかもしれません。

しかし、そうした部分はほんの一面に過ぎず、実はとても計算高く、自ら不利益を招くようなことは絶対にしません。

自らをの行動に対して、人一倍、責任やプライドを持っているため、自分勝手に周りを翻弄することはせず、どんな時もいい意味で周囲を驚かせる天才です。

頼りがいがありみんなからいろいろ相談される

伊達男というのは、少し独特の癖はあるけれど男気があって、とても頼りがいのある人です。

男女問わず多くの人から憧れの眼差しを浴びるカリスマ的な人物であることもと多いので、学校や職場など、コミュニティの中では脚光を浴びる有名人でしょう。

忠義にあつく男気がある伊達男は、簡単に人を裏切ったり、バカにしたりすることはありません。

周囲から頼られることにさえ、自分自身の強みとして受け止めているので、みんなのいい相談役になることも珍しくありません。

伊達男には、人を安心させるような包容力と納得力があるので、相談役としてうってつけ。

頼られること誇りに感じ、喜びを感じるタイプなので、相談してくれた相手のことを親身にサポートしてくれることでしょう。

やっぱりオーラが違います

男性が「伊達男」と呼ばれるからには、それなりの理由や根拠があるはず。

ここまで取り上げてきた特徴はもちろんのこと、伊達男には、独特のオーラがあります。

そうそう容易く使われない言葉だからこそ、そう形容するに相応しい人物というのもごく稀です。

もし、伊達男に出会ったとするならば、きっと一目でで他の人との違いが実感できるでしょう。

なんせ、オーラが違います。

そのオーラこそ、その人が身につけた自信であり、身の内から溢れ出す男としての魅力です。

その人が本物ならば、傍にいるだけで香り立つような男らしさや、真の強さを感じられるはず。

ちょい悪な面も持っている

男気のある伊達男は、とても魅力的でやる時はやる男ですが、万人受けする訳ではありません。

その人の内面をよく知らないで、表面だけ見ている人は、きっと伊達男と呼ばれる由縁に気付くこともないでしょう。

一筋縄ではいかない、そんな所も伊達男のチャームポイントです。

伊達男は、生真面目で真っ当なレールの上を歩くような質ではありません。

自分なりの信念を掲げ、時には真っ直ぐ突き進む強引さが垣間見れたり、時には周りを驚かせるような遊び心を見せることもあります。

そうした一面こそ、伊達男の魅力を引き立てる要素なのですが、その一風変わったユーモアや大胆さに、“ちょい悪”だなんて言われることもあります。

仕事を一生懸命する

伊達男は、自分自身に妥協を許さず、やることはとことんやる、やるからには結果を出す…といった熱心さを持ちあわせています。

ですから、いくら目立ちたがりで、遊び心があると言っても、任された仕事や任務はキッチリこなします。

それこそ、人より優れた結果を残すほど、一生懸命取り組みます。

普段の派手でちょい悪な印象と、まじめな姿とのギャップに魅力される人も多いのではないでしょうか。

伊達男の生態を解析しよう!

皆さんは、伊達男と聞いて、まずどんなイメージを抱きますか?ピンとくる人物があるとすれば、その人はとても魅力的な男性ということでしょう。

「伊達男」と聞いて、極端にマイナスのイメージを思い浮かべる人はすくないと思います。

一般的に、良い印象を持てる男性に対して使う言葉という認識ですが、具体的にどんな意味合いを含んでいるか正確に知っている人は少ないと思います。

このように、ある程度のニュアンスで使っている言葉は意外と多いもので、「伊達男」もその一つではないでしょうか。

間違った使い方をしていると恥ずかしいので、ここでひとつ、本当の「伊達男」というものを知っておきましょう。

伊達男とは?

伊達男というのは、実は「男立て(おとこだて)」という言葉が語源となった言葉。

本来「立て男」と書いて“だておとこ”と読むものでした。

「男立て」の“立て”というのは、「忠義を立てる」などと同じ意味合いで使われているものなので、「男らしさを貫く」「男らしく振る舞う」という意味になります。

男らしい男、すなわち漢の中の漢、というような表現が似合う男性こそ、伊達男というわけです!

現代では、「人目を引く成り立ちの男性」「洒落た男性」「漢気を持っている男性」などといった特徴を持つ人を指すことが多いですね。

弱いものに手を差し伸べる正義感や、男らしく侠気に富んだ人なども、伊達男と呼ぶに相応しいでしょう。

なぜ「伊達」なの?

男立て、が変化して「立て男」となったと紹介しましたが、現代で主に使われているのは「伊達男」という言葉ですよね。

“立て”から“伊達”へと漢字が変化したのは、かの戦国大名である伊達正宗公が起源となっています。

独眼竜の異名で知られる伊達政宗は、戦国大名の中でも特に人気が高い人物です。

彼が残したさまざまな逸話は、今でも多くの人に語り継がれていますね。

伊達政宗に纏わるエピソードは、他の戦国大名たちでは考えつかない程、“粋”で“ユーモラス”なもの。

歴史上の人物の中でも特に異質で派手なパフォーマンスをして世間を驚かせたことや、洒落た出で立ちをしていたことから、まさに「立て男」であると評判になり、伊達政宗の“伊達”とかけて「伊達男」と言われるようになりました。

伊達政宗のエピソードには、彼の男気や信念を感じられる話や、ユーモア溢れる粋な話など、とても面白い逸話がたくさんあります。

気になる方は、是非「伊達男」の由縁となった伊達正宗公の活躍を詳しく調べてみてください。

これから伊達男を目指したい人は、伊達政宗の精神を習い、男としての在り方を学ぶところから始めてみるのも良いでしょう。

伊達女というのもいる?

伊達女というのは、まさに伊達男の女バージョン。

かっこよくて粋な女という意味で使われています。

伊達男ほど浸透していないため聞き馴染みのない言葉かもしれませんが、人目を惹く魅力的な女性に対して用いられることも多々あります。

ここで言う目を惹く理由というのは、一般的に考えられる女性らしい魅力とは少し違い、それこそ男気を感じられる強かさと派手さを合わせ持つ、目立つタイプの女性を指します。