CoCoSiA(ココシア)

いけしゃあしゃあとはどういう意味?使い方や語源を解説


「あの人はいけしゃあしゃあとして気に入らない」「いけしゃあしゃあとした態度を取ってしまった」など、日常会話の中で耳にすることのある「いけしゃあしゃあ」という言葉。

この言葉にはそもそもどのような意味があり、どのような場面で使うのか、あなたは詳しく知っていますか?

何となくのニュアンスで使っていると、思わぬところで間違いを指摘されてしまい、赤っ恥をかいてしまうかもしれません。

そのため、この機会に「いけしゃあしゃあ」の意味や使い方について再確認しておきましょう!

いけしゃあしゃあって聞いたことある?


あなたは「いけしゃあしゃあ」という言葉を聞いたことがありますか?

「いけしゃあしゃあ」という言葉自体を知らない人では、誰かがそれを口にしているのを聞いた時に、「え?なんていったの?」と不思議に思うことでしょう。

それほど言葉の響きは不思議であり、何を意味する言葉なのか想像がつかないという人もいるかもしれません。

「いけしゃあしゃあ」という言葉の響きは、少々乱暴なイメージがあり、また方言のようなイメージもあるでしょう。

その言葉を知っている人からすればごく当たり前の言葉であり、知らない人からすればまったく何を意味するのか予想もつかないのが、「いけしゃあしゃあ」なのです。

子どもなら「いけしゃあしゃあ」を知らなくてもおかしくはありませんが、大人であれば当たり前に知っておきたい言葉の1つでもありますので、意味や使い方をよく知らないという人はこの機会にぜひ「いけしゃあしゃあ」について身に付けておきましょう。

最近の若者はあまり使わないかも?


「いけしゃあしゃあ」は、年配の人やある程度の年齢になった人が使うことの多い言葉です。

お年寄りの友人同士で話をしている時に、「あの人は昔からいけしゃあしゃあとして変わらないね」などと口にしているのを耳にすることがあるでしょう。

また、会社の上司が「あいつは本当にいけしゃあしゃあとした態度をしているな、どうにかならないのか。」などと、愚痴を零しているのを聞いたことがある人もいるかもしれません。

「いけしゃあしゃあ」は、ある程度の年齢の人は当たり前に使っていますが、最近の若者が使っている姿はあまり目にすることがないでしょう。

10代や20代の人は普段からあまり「いけしゃあしゃあ」という言葉を使いませんので、若い人が実際に使っているのを聞いたら、違和感を覚えたり、感心したりすることがあるかもしれません。

「いけしゃあしゃあ」の意味は後述しますが、場合によっては若い人がいけしゃあしゃあとした態度を取ることもありますので、上の世代の人から若い人に対して「いけしゃあしゃあ」という言葉を使われることはあっても、当の若い人たちがそれを使うことはあまりありません。

いけしゃあしゃあの解説


「いけしゃあしゃあ」という言葉を使うには、まずはその言葉の意味を詳しく知らなければなりません。

言葉の本来の意味は知らずに、周りの人が使っているからと何となくのニュアンスで言葉を使うことはありますが、それはあくまでも言葉の響きから何となくその意味が想像出来る場合に限られます。

一方で、「いけしゃあしゃあ」という言葉の場合には、言葉の響きからその意味を推測することが難しいでしょう。

ひらがなで表されていることもあり、知らない人にとっては一体どんな意味で周りの人たちが使っているのかが分からないため、他の言葉のように「なんとなく」のニュアンスで使うことも困難でしょう。

「いけしゃあしゃあ」を使う時には、その言葉を口にしている人は憎々し気な表情をしていたり、不愉快そうな表情をしていたりすることが多いため、何となく「良い意味の言葉ではないのだろうな」ということは想像出来ても、おいそれと意味を知らないままに口にすることは出来ないでしょう。

もし意味をよく知らずに言葉を使ってしまえば、恥を掻くのは自分自身です。

恥を掻くことなく、適切な場面で言葉を使いこなすことが出来るように、まずは「いけしゃあしゃあ」という言葉について解説していきます。

いけしゃあしゃあの意味


「いけしゃあしゃあ」とは、恥ずかし気もなく事を行う様子を、罵りを込めて言う表現です。

例えば公共の場でゴミのポイ捨てをしている人や、平気な顔をして歩きたばこをしている人などに対して、「いけしゃあしゃあとしている」などと表現することがあります。

「いけしゃあしゃあ」は罵りの気持ちが込められている言葉ですので、この言葉を使う時には、使う人は大抵怒りや苦笑など、不愉快な感情を顔に浮かべていることが多いです。

そのため「いけしゃあしゃあ」と言われている本人も、相手の不愉快な感情を敏感に受け取りやすく、それに気まずさを感じたり、もしくは反対に苛立ちを感じたりすることがあります。

憎らしいほどに平気でいる様子


「いけしゃあしゃあ」には、「憎らしいほど平気でいる様子」という意味があります。

「憎らしいほど」という言葉が付いているため、相手に対する罵りや不愉快な感情が明確に言葉の中に表されています。

「憎らしい」といった言葉を使ったものには他にも「子憎たらしい」「可愛さ余って憎さ100倍」などがありますが、これらは純粋に憎々しいといった感情を込めて使われることもあれば、ちょっと皮肉っぽく使ったり、冗談っぽく使ったりすることもあります。

一方で、「いけしゃあしゃあ」の場合には、本心から相手を憎たらしく思っている時に使うことが多いです。

「憎らしいほどに平気でいる様子」とは、普通であればとても平気ではいられないような場面で平気な顔をしている時に使います。

例えば悪いことをして親や周りの人から怒られているのに素知らぬ顔をしている人や、会社で上司に説教されているのに、まったくそれが堪えておらず、「気にしていない」といった平気な顔をしている人に対して使います。

また、公共の場で皆の迷惑になる行為を堂々としていたり、周りの非難や白い目を一切気にしないかのような平気な様でいる人に対しても、「なんていけしゃあしゃあとしているのだろう」などと使うことがあります。

癪に触るほど平然としている様子


「癇に触る」とは、「気に入らないで腹立たしく思うさま」という意味です。

よく「あいつは癇に触る」などと使うことがありますが、要するに「見ていると腹が立つ」「言動」にイラついて仕方がない」といった意味で使われています。

「癇に触る」という言葉を使う人は、相手に少しの可愛らしさも感じておらず、純粋に敵意や悪意、苛立ちなどの感情を持っていますので、誰かに「癇に触る」と言われたら、それは本心から「あなたは腹の立つ人だ」と言われていることになるでしょう。

そして「いけしゃあしゃあ」とは、「癇に触るほど平然としている様子」という意味もありますので、「見ていると苛立たしくなるほどに平然としている様子」となります。

例えば車を運転している時に、強引に横から入ってきてお礼のハザードもたかない車や、並んでいる列に横入りしてきて平気でいる人のように、非常識な行動を平気で行う人に対して、このような感情を抱くことがあるでしょう。

私たちにはそれぞれ、頭の中に自分の常識を持っています。

それは世間一般で言われている常識もあれば、自分の性格から考え出された独自の常識もあります。

例えばある人にとっては、「電車の席は身障者や年配者に譲るものだから、例え空いていても優先席には座らない」というのが常識でも、別のある人にとっては「空いている時なら優先席に座ってもいい」というのが常識の場合もあります。

この個人が思う常識を他人に対して押し付けてしまうような人は、それに相応しくない行動をとる人に対して何かと癇に触り、「いけしゃあしゃあ」に思えてしまうかもしれません。