人間とは程度の差こそあれ利己的な生き物に違いありません。

それは自分の身を守る防衛本能から発しているのでしょう。

つまり根源的なものです。

これを分析するとすれば自他の区別を含む物事の本質に関わってきます。

したがってどこからどこまでを利己的と呼ぶのか。

これだけでも難しいテーマです。

しかし解釈は人それぞれ、と言っているだけでは、人間に対する見方・考え方は一向に深まりません。

いろいろと分析を加えた後で、自分なりの答えにたどり着くのが正しい方法ではないでしょうか。

ここではそうした一般的な方法から入っていくことにしましょう。

まず周囲にいる利己的な人をイメージして分析を始めることにしましょう。

利己的っていいこと?悪いこと?

利己的という言葉の語感は、普通あまり響きのいいものではありません。

自己中心的な人や、その人の引き起こすやっかいな行為をイメージしてしまうことでしょう。

個人を非難するの使う代表的なフレーズといってよいかも知れません。

顔見知りや業界など、通用する範囲は狭いかも知れませんが、その良くない語感は有効に作用します。

しかしいい方向に作用する場合もないわけではありません。

とくに仕事においては高い集中力に通じます。

それを生かして、すぐれた業績を上げることは十分可能です。

偉大な科学者の伝記を読むと、このタイプが多くいるのがわかります。

ニュートンやエジソンなど世界史に残る人もそうです。

彼らも利己的で自分の殻に閉じこもり、学校生活には全く不向きだったようです。

ただし利己的でも成功するケースはチームプレーを必要としない仕事に限ります。

さらによき理解者または保護者の存在も不可欠です。

こうしてみるとやはり周囲にとってはいろいろと面倒くさい存在でしょう。

このように利己的なことはいいこと、または悪いこと、どちらにもころぶ可能性のあることに留意しておきましょう。

あなたは大丈夫?利己的な人の特徴13個

あなたは自分のことを利己的だと思いますか?

自分のことを冷静に分析できますか?

自己中とかワンパターン、精神的に幼稚などという評のある人はもちろんですが、他人の行為がやたらと自己中心的に見えてしまう人もかなり要注意です。

自らもそれに感染している可能性が高いからです。

共鳴してしまい、つい同じ歩調をとりやすくなります。

以下、利己的と言われる人の特徴を詳細に検討していきましょう。

①利己的な人は友だちが少ない

利己的な人は他人の意見に聞く耳をもたないことが多いといわれます。

そしてそのことにより自然に人を遠ざけてしまっています。

話を聞こうとしない人に、そう簡単に友人などできません。

変わり者同士の仲間はいるとしても、その交際範囲はごく限られていることでしょう。

それは重大な弊害をもたらします。

広範な意見に接する機会がどんどん小さくなるからです。

そして本人にはますます近寄りがたい偏屈な雰囲気がただようようになってきます。

そしてそれがさらに人を遠ざけます。

豊かな才能を持て余しいる、それが周囲に理解されず偏屈になっている、というのならまだ救いようははあります。

しかしほとんど人はそうではないでしょう。

②家族でも自分以外は他人

人の話を聞かない状態は、悪化すると家族にまで及びます。

もともと日本の家族は、口をきかなくてもある程度暗黙の了解で回ってしまう便利なところがあります。

何かのきっかけでその状態が極限まで到達すれば、引きこもりを招きます。

父親の潔癖症が急にイヤになるーそれが息苦しく家族を忌避ー外でも利己的と見られうまくいかずー社会に背を向けついに引きこもり生活へ、などのパターンです。

家族も自分以外は他人という意識が深まれば、そこまで行ってしまうリスクがあることを認識しておきましょう。

おとなりの韓国・中国には神も仏も存在せず、家族・一族しか頼るものはありません。

春節、端午設節、中秋節などマメに家族で集まっては結束を確認しています。

そして家を一歩出ると外は戦争です。

騙し合い、化かし合い、ゴマのすり合いの連続です。

神様が見ているから行いを正そう、とか地獄に送られないよう正しい生活をしよう、などという抑制ブレーキは働きません。

ダイレクトな殴り合い、利の争奪戦が延々と続きます。

このような社会では全構成員が利己的ですから、本稿のような課題は成立しません。

その逆に、家族をないがしろにするものや、潔癖症、ひきこもりなどはほとんどいません。

家族以外に自らの寄って立つ基盤はどこにもないからです。

そして彼の地で行われていることはそのすべてがファミリービジネスです。

したがって利己的といわれる日本人は中国へ行くことをお勧めします。

波長が合ってそのまま住むも良し、またはこれではいけないと身を正すのも良し、いずれにしても家族と自らの関係を考え直す効果は上ると思います。

③ルールやマナーはなし

利己的な行動の解釈を極限まで拡大すれば、ルールやマナーは脇においやられ、目的のために手段を択ばす、というところまで行きつきます。

そうならないためには、外部の力によって監視や矯正をすることが必要です。

しかし第三者の公正な見方、つまり社会正義を振りかざしているだけでは、あまり効果は望めません。

やはり周囲の人間の具体的なアドバイスが第一のストッパーです。

正論で直線的に迫ることも、遠回しな曲線的な言い回しを使うことも、両方対応できるアドバイザーがベストです。

しかし利己的な人にとってそういう人格者は、もっとも煙たい存在に違いありません。

きっと早くから遠ざけてしまっていることでしょう。

ルールやマナーとは社会生活をスムーズに行うためにあるものです。

利己的な行動を取ってこれを無視していては、かえって効率が悪くなるだけです。

利己的な人は、そういうところまで思い至らないのでしょう。

④人の目を気にしない

利己的な人は他人の目を気にしない、と言われています。

これには恥を知らない人という含意があり、明らかにマイナスの評価です。

ここではもっと積極的な意味にとらえてみましょう。

人の目を気にしないことは、逆に言えば集中力が高い人、と言い換えられるからです。

周囲に迷惑が及ばないうちは、ある程度まで許容することも必要でしょう。

これとは逆に人の目を気にしすぎてオドオドしている、というのも大きな問題だからです。

どちらの方がより生産的な仕事ができているのでしょうか。

これはこれで公正に評価しなければならない問題です。

しかし迷惑にまで至らなくても、明らかに見苦しい場合には忠告してあげるべきでしょう。

⑤自分がメリットになることには敏感l

利己的な人は自分の利に敏いと思われています。

ビジネスの世界では、利を求める目端が利いて当たり前です。

また見られていることを意識しながら、自己アピールができるくらいの人でないと成功はおぼつかない、という言い方もあります。

チャンスを敏感にとらえて、図々しく自己アピールできるるのは悪いことではありません。

成功したビジネスマンは一人残らずそれをやってきています。

ただそれが鼻につくようになると周囲は引き始め、逆にマイナスに作用し始めます。

粘り強いのはプラス要素でも、しつこいのはマイナス要素です。

利に敏いのは許容されても、それに振り回されるばかりの人間と思われてはいけません。

返って与しやすい人と思われ、軽んじられてしまうでしょう。

ビジネスマンとしての成長はそこで止まってしまいます。

⑥倫理観が低い

いくら利己的な人といえども自分だけは法律やルールに束縛されない、とまで思っているわけではないでしょう。

とはいえ利己的な人は、決まりを守る意識の低い人が多いのではないでしょうか。

さらに世の中には、法律条文にはない倫理規定もあります。

社会的合意に過ぎませんが、大きく反すれば道義的責任と呼ばれるものが発生します。

利己的な人は自由には責任が伴う、という簡単なことがわかっていません。

それに目を背けることで、自分勝手な行動を助長してしまっています。

こういう人は具体的に罰則を発動しないと、なかなかストップさせることができません。

罰則のない道義的責任であればなおさらです。

倫理観は低いところにとどまり続けたままでしょう。

これを手っ取り早く矯正する方法は見当たりません。

⑦当たり前に嘘をつく

利己的な人は自分がルールブックだと思っているかのように、大胆に振舞っています。

そのため他人の制定したルールには関知しようとはしません。

その結果、自分を有利に導くためならあらゆる手段を正当化してしまいます。

自分をより大きく見せることにも熱心です。

そのためうそをつくこともためらいはありません。

うそをついているという意識はなく、正しいことをしていると思いこんでいるからにほかなりません。

また利己的な人は何かにつけ言い訳も多いものです。

言わなくてもいいことを付け加えるのです。

それがかえってイメージダウンを招いています。

しかしこれも自己正当化の一環として非常によく表る現象です。

⑧周囲の感情は無視

利己的な人は周囲の感情を無視していると言われがちです。

これは無視というよりも人の感情には鈍く、うまく汲み取ることができない、ということでもありそうです。

他人のいやがることを感知するアンテナがうまく働らいていないと見られます。

唯我独尊のイメージです。

しかしこれは逆から見れば、他人の目が気にならず、プレッシャーに強い人とも言えます。

本番に強いといわれるスポーツ選手は、これに当たるのではないでしょうか。

観衆の期待など他人の感情にに左右されない強さです。

他人の感情は基本的に重視し、場合によっては無視もできる、とバランス良く使い分けることができれば理想的でしょう。

しかしこのような人は実際にはあまり見かけません。

⑨いい人そうに振る舞う

利己的な人は自分が組織の中にいる場合、主流派として輝いていないと我慢できません。

街中でも会社でも大手を振って歩きたいのです。

実際には輝いてはいなくても、そう見えるように振舞うことに長けています。

このタイプは男性でいえば大男、女性なら美人にとくに多いようです。

彼らはどこにいてもよく目立ちます。

こっそり隠れているわけにはいきません。

そのため常に堂々としていたい、という欲求は人一倍強いのでしょう。

一見すると、姿形良くいい人そうに見えます。

しかし実態の伴わない人はそう遠くないうちにバレてしまいます。

これを見定めるのはそれほど難しいことではありません。

見た目に騙されないように注意しましょう。

⑩自分の利益になる人しか付き合わない

利己的な人は、有利不利の感覚だけは研ぎ澄まされていることが多いものです。

役に立ちそうな人を選んで付き合っていきます。

ビジネス上では、社内なら自分を引き上げてくれそうな将来有望な上司をぴったりマークします。

筆者の勤めていた会社でも、わざわざ上司の家のそばへ引っ越しして回っている人がいました。

努力の甲斐はあって実力以上のポストを手に入れた、と評価されています。

社外では、自分の言うことをよく聞いてくれる取引先を最優先するなどです。

癒着といわれることも恐れません。

利害関係のない第三者には〝見え見え″ですが、多少の批判くらいでは動じません。

なぜなら強い決意をもって臨んでいるからです。

⑪人間関係に問題を抱えている


利己的な人の人間関係は問題だらけと言ってよいでしょう。

利益優先に人を選んで付き合っていると、人間関係はいびつなものになっていきます。

公正な視点からアドバイスしてくれる無私な友人など存在していません。

利で結びついた一時的な友人ばかりです。

取引関係がなくなればそれで終わりです。

そのためあせりを感じてはいるようです。

しかしそういう人しか寄せ付けず、それ以外の人を自分から遠ざけているわけですから、これはどうにもなりません。

問題の多い人間関係は、感情、情緒面に影響を与え、行動も落ち着かなくなります。

そしてその人への信頼感へ跳ね返ってきます。

⑫考えや行動に矛盾が生じる

利己的な人は、ポリシーやビジョンをしっかり持って行動しているわけではありません。

その場その場の有利不利を判断基準に採用し、行動しています。

筋を通すことはないわけです。

その結果、行き当たりばったりのイメージが浸透します。

やっていることは矛盾だらけになっているでしょう。

こういう人の反応はさっぱりわからないため、良質な人たちからは敬遠されてしまいます。

ビジョンを語れない人には夢を語る力がありません。

そのため異性も後輩も引き付ける魅力を大きく欠きます。

とくに男性には致命傷です。

きっとモテ期も訪れないでしょう。

⑬他人の利益を侵害しようとする

利己的な人は、他人がうまくやっているように見えると、たいてい首を突っ込んできます。

何にかにつけ他人を羨望することが多く、黙って見ていることができません。

しばしば分け前のおこぼれにありつこうとしたり、難癖をつけたり、というような行為に出てきます。

こうなるとその人の存在そのものが波乱要因になっています。

ところが本人は当たり前の行動と思っていろようです。

やはり自分で価値を生んだことがない、達成感を得たことがない、ことに原因があるのでしょう。

成果とはかすめ取るのが普通、と考えているとしたら手に負えません。

うまくあしらいましょう。

利己的な人と付き合っていく方法

以上のように見てくると、利己的な人と付き合うには相当な忍耐力が必要となりそうです。

さらに行き当たりばったりの対処をすれば、簡単に逆効果を与えてしまいます。

予めシュミレーションをして臨んだ方がいいでしょう。

どのようなシチュエーションを考えればい効果的なのでしょうか。

以下考えていきましょう。

相手を子どもと思う

利己的な相手のことを、思ったことは何でも言ってしまう子どもととらえてみたらどうでしょうか。

子どもたちは純粋である一方、遠慮や配慮を知らない分、ときとして相手に残酷なことを言ってしまうこともあります。

無遠慮で生意気に見え、ときに腹の立つこともあるでしょう。

それと同じように考えるてみるのです。

そうすれば利己的な人に対するダイレクトな怒りの感情はやわらぎ、正しい方向へ導いてあげようという優しい親心も湧いてくるかも知れません。

少なくとも利己的な人から受ける苦痛は軽減されそうです。

関わらない

利己的な人にはできるだけ関わらない、交流をほぼ絶つという対処の方法もありそうです。

身近にいる関係者の立場から、一度善意の第三者に引っ込んで、第三者の目で観察をしてみます。

そうするとまた違った光景が見えてくる可能性は大いにあります。

また利己的な人の側も何らかの変化を見せる可能性があります。

いきなり食ってかかってくるかも知れません。

実際の反応はどうなるかわかりませんが、多少なりとも新しい発見があれば、それだけでも成功といえるでしょう。

やってみる価値は高そうです。

干渉しない


これも利己的な人との関係見直しですが、程度をもう少し軽くしてみます。

これまで同様に交流は続けながら、判断や決定に関しては何ら干渉しない、という突き放し方です。

たとえ請われても相談には乗らず、意見の表明もしないままでおきます。

利己的な人が、本当に干渉を望んでいないのか、実は寂しくてもっとかまってほしくてしかたがないのか、見極めることができるのではないでしょうか。

そうなればより効果的な対処方法を採ることができます。

たまには許す心を持つ

利己的な人は、何か失敗やトラブルがあっても、相手に許しを乞うような純情は持ち合わせていないことでしょう。

持ち合わせていてもおそらく隠しています。

そんな彼らをことあるごとに諫めていても、思うような効果は上がりません。

ときには汝の敵を愛せよ、ではありませんが、神のような広い心で許すことも考えてみましょう。

ただし利己的な人にフリーハンドを得た、と勘違いさせてはなりません。

許す心を持つのは何回かに一回、実害の少ない事例に限っておきましょう。

行き過ぎた行動は注意してあげる


利己的な人は何事についても行き過ぎが目立ちます。

余りにも他人の利益を考えない目に余る行動には、許す心をもたず例外なく注意を与えましょう。

しかしその目に余る行動の基準も、やはり相対的なものに過ぎません。

結局は世間一般の常識に照らして、ということになるでしょう。

これでは極めてあいまいなままです。

実際に親切のつもりで行ったことが、要らぬおせっかいにとられた、というケースも世の中には多いでしょう。

つまり注意する方もバランス感覚を問われることになります。

慎重なアドバイスを行いましょう。

利己的な人は人生も上手くいかない

人生とは人同士が互いに影響を与え合う相互作用の連続です。

それが行われる場所を社会と呼びならわしています。

しっかりした自己を確立することは、その社会で活動を行っていく上での前提条件です。

自己の経済基盤を確立し、自己主張して交渉ができるようになって、初めて自立した人間として社会に立てるようになります。

利己的といわれる人は、そこまでの過程ですでに問題を抱えていたのだ、と考えられます。

恵まれない家庭環境や、事件・事故の経験はその人に大きな影響を与えているでしょう。

しかし恵まれた家庭環境で育った人でもいろいろな問題を抱えています。

ここで筆者はかつての同僚女性のことを思い出します。

その女性は頭もセンスもよく、動きも実にキビキビしていました。

しかし何となく違和感がありました。

それは同僚男性との接し方です。

怒る、拗ねる、甘える、機嫌をとるなどの男性への働きかけが日常的にうっとおしいほど豊富で、しかも濃いのです。

何年か後、彼女の家族構成を聞いて合点がいきました。

兄が三人いていずれも秀才、彼女は四人兄弟の末っ子だというのです。

おそらく可愛がられ放題に育ち、いつも優秀で頼りになる兄たちに甘える生活だったのでしょう。

知的水準の高さもうかがわれました。

しかし周囲にいる普通の男性たちにとっては、ちょっと過剰でした。

そのため男性陣の彼女への好き嫌いははっきり分かれました。

中堅幹部となって活躍していましたが、影響力のある地位につくと、ハッキリものを言いすぎるところが、しばしば摩擦を起こすようになります。

議論をまとめるのは得意ではありませんでした。

その傾向が強くなったところで、本社の主流ラインからは外されました。

反応は「え、何で?」という声と、「仕方がないよな。

」という声にやはり2分されていました。

その後確か1~2年のうちに退社しています。

彼女には、男性とは三人の兄たちのように、結局は自分の意志を汲んでくれる、という確信のようなものがあったように思います。

しかし地位が上がると甘えは通用しなくなりました。

確信は誤解だったのです。

フォローしてくれる人も減っていきます。

それに世の中の男性は兄たちほど優秀な人格者ばかりではありませんでした。

もう少し別の接し方が必要だったのです。

彼女はいわゆる利己的な人の13個の特徴を備えていたわけではありません。

仲のよい友人も理解者もたくさんいました。

しかしだんだん特異な存在と認識されるようになり、会社生活の最後には利己的な人とほとんど同じ評価になっていたようです。

彼女の会社人生は理解者やアドヴァイザーに事欠くことはありませんでしたが、結局はうまくいきませんでした。

このストーリーは、利己的な存在とみられてはならない、ということ示しています。

知らず知らずのうちに利己的に映ってしまうことがある。

これは大きな問題です。

利己的ではない人も決して油断はできません。

利己的な人は、あちこちに頭をぶつけながら、曲がりくねった人生を歩むことになります。

そして利己的な人は、常に自分は誤解されている、という思い込みを持っています。

自分の人生は公私ともにうまくいっていない。

悪いのは周囲の無理解である、というわけです。

この感覚がなくならないかぎり、人生の好転することはなさそうどうです。

逆になくしてしまえば、疑いなく今よりうまく回り始めるでしょう。

その可能性は閉ざさないようにしたいものです。