もう恥ずかしくてたまらない!という状況をあらわすのが「汗顔の至り」という言葉なんですよね。
これだけでこの言葉を理解したつもりになってしまうのはやめてください。
もっと深く、「汗顔の至り」とはどんな意味を持っているのかを確認していきましょう。
顔に汗をかくほどとても恥ずかしく思うこと
今お伝えしたように、恥ずかしいことをしてしまったと自覚すると顔が赤くなってしまいますよね。
それだけでもさらに恥ずかしい気持ちになってしまうものですが、さらにそこに汗が出てしまうほどまでに”恥ずかしい”という気持ちになってしまっている心境を表す言葉になります。
もともと汗っかきな人というわけでもなく、日ごろはあまり汗をかかないというのに恥ずかしいことをしてしまったという後悔、そして取り返しのつかない状況に気持ちがもうどうしようもなくなっているんですよね。
そんな顔から汗が出てしまうくらいに恥ずかしい気持ちになったことは誰しもあるはず。
筆者は、以前会社のプレゼンの発表をすることがありました。
その際に直前まで資料つくりをしていたため(よくないですね)、見直しする時間がなく、参考資料として添付するはずの資料を付け忘れていたんです。
しかし、筆者の中では「この参考資料をみせれば鬼に金棒だぜ」なんて意気揚々としていたので、その資料がないと気づいたとき、そしてすでに「これから参考資料について説明いたします」なんて話したあとだったのでとても恥ずかしい気持ちになりました。
まぁその場は、優しい上司たちのおかげで丸く収まりましたが・・・。
汗がふきだす自分にさらに恥ずかしい気持ちを覚えて、穴があったら入りたい気持ちでしたね。
自分がやったことに対する恥ずかしい気持ち
あなたは「恥ずかしい」という気持ちを感じたことがあるでしょうか?長い人生を生きていれば、一度や二度くらいは恥ずかしいと思う気持ちに出会ったはずです。
では、そのような恥ずかしい気持ちになったのって、どのような状況でしたでしょうか?思い出してみてください。
また、これまでにまだ一度も恥ずかしい経験をしたことがない方は、「こんな状況だったらはずかしいだろうな」という場面を想像してみて。
ずばり、多くの方が「自分のやってしまったことにたいして恥ずかしく思う気持ち」というのをあげるのではないでしょうか。
さきほど筆者が話したように、プレゼン資料があると勘違いして「ある」と伝えてしまったという自分に対しての恥ずかしさ、そのような仕事のシーン以外にも恥ずかしく感じることってたくさんあるはずです。
恋愛面であれば、好きな人に上手に自分をアピールしようとしてたのにそれが裏目に出て、ちょっとひどい姿をさらしてしまったとか。
また、人間関係において、相手に対してやってしまったことを恥ずかしく思うことなんてよくあることでしょう。
自分がやってしまったこと、という過去の過ぎ去ってしまったことにたいしても「汗顔の至り」という言葉を使うことができます。
恐縮するほど恥ずかしい
やってしまったこと、今まさに恥ずかしいと思うことをやってしまっているとき、気持ちは縮こまってしまうものです。
恥ずかしい気持ちをもったまま、そこにドンと構えていられるのはかなりの強い精神の持ち主といえるでしょう。
しかし、そのようにドンと構えることが出来るのってごくわずが一部の人しかいないはず。
普通の人、もしくは精神が少し弱いと自覚している方は恥ずかしいことをしてしまっていると自覚する恐縮してしまうものです。
恐縮するとは身をちぢこませてしまうこと。
普通に立っていられないし、そこにいたくないし、でもそこにいなきゃいけないし・・・なんていう”恥ずかしい”という気持ち以外にも感じるものがあって複雑な心境になっています。
恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ない。
これぞ”穴があったら入りたい”という気持ちですね。
それに恥ずかしいという気持ちだけではなく、相手に対して申し訳ない事をしてしまったという気持ちから身がちぢこまってしまいます。
反省の気持ちが強い
何か失敗をしたり、誰かにたいして嫌なことをしてしまったと自覚したときなどに人は”反省”をするものです。
その反省をしたときに「どうしてこんなことをしてしまったんだろう」と自分を責める気持ちが出るものです。
そんなとき、「汗顔の至り」という言葉を使うことが出来ます。
反省をして、それでいて恥ずかしいと思うようになったことってありませんか?筆者はお恥ずかしながら、昔は反省することが出来ませんでした。
しかし、色々な経験をしていくうちに「これはなんてマズイことをしてしまったんだ」と思うようになったとき、同時に反省をし、そして汗がとまらなかったのを覚えています。
やってしまったことはもう取り返しがつきませんが、そのようなことに心が苦しくなってしまったんですよね。