意識高い系」という言葉を昨今耳にすることが多くあります。

今回は「意識高い系の人」と本当に「意識が高い人」の違いをご紹介します。

意識高い系の人はどこに行っても意識高い系のまま

大まかにどういう人達を指すのかというと、実力もないのに自分を大層な人間だということを演出する人。

または自分を良く見せようと頑張ってるんだけれど空回りしている人とでも言いましょうか。

とにかく自分がさも価値のある人間であると演出をし、自己のアピールをしている痛い人という印象です。

こういった性格の持ち主というのは、仕事でもプライベートでも意識高い系のスタイルをなかなか崩しません。

どこでも人に自分の過剰アピールをしないと気が済まないのでしょう。

こういう人は自分でも気づかないうちに人から避けられていく傾向にあります。

最初は興味本位で聞いてくれることがあるかもしれませんが、最後は「また言ってるよあいつ」という具合に皆うんざりしてしまうのではないでしょうか。

意識高い系な人に共通する特徴

意識高い系の人々にはいくつかの共通点があります。

考え方や行動にこういった人が特に傾倒するという特徴があるのです。

一体どういった特徴があるのでしょうか?

1、考えているだけで行動はしない

これは意識高い系の典型的パターンです。

本か何かで知識を仕入れただけで、自分はえらくなった、できる人間だと勘違いする人々です。

で、その知識を元に何か行動するのかと思えば結局何もしない。

自らが行動して実践することを避け、人に対して上から目線でどうでもいい知識をひけらかすことに専念します。

意識高い系はその名の通りプライドの高い人種ですから行動して失敗することも恐れているのでしょう。

だから行動しない。

行動してもし失敗したら自分の唱えていることが間違っているとされ馬鹿にされることが怖いのではないでしょうか。

行動はしないけれどやたらといろんなことを考えて理論武装だけはしています。

意識高い系の人は、他の人が知らないような専門用語や横文字を並べ立てて話すことを得意としています。

ですからそういった知識をつけることにかけては非常に貪欲に勉強します。

しかし、肝心の行動を起こすことについては二の足を踏んでしまうことが多く、結局口だけ人間という結果に終わることが多いです。

非常にプライドが高いので、行動はせずにどこか安全なところで高みの見物をして、結果がでたらそれに対して批判したりすることしか考えていません。

2、学生団体やサークルに所属

大学生に意識高い系が非常によく見られます。

多分世間にチラホラいる若くして成功した人間などを意識しているのでしょうか。

やたらと自分から積極的に学生団体やサークルを立ち上げたり、所属して活動しています。

そこでも自分はリーダー的存在、もしくは皆に一目置かれる存在になることに躍起になり、毎回のように意識高い系発言を連発して周囲を引かせています。

また、そういったところで活動したことは当然のごとく自分のSNSに載せて、あたかも自分はイケてるということのアピールに必死です。

そういう人のSNSを細かく見てみるとほとんど誰も見ていないとか、フォロワーを寄せ集めただけというような陳腐なSNSをよくみかけます。

学生時代を思い返すと、こういった、ハッキリ言ってうっとうしい存在が何人かいた記憶が蘇ります。

学校でもやたらと人気者をアピールし、自分がいかに友達が多く慕われている存在かを誇示したり、将来の夢を自慢気に披露したりしていました。

多分こういう人物たちは、就職の面接の際に学生時代はたくさんの学生のリーダー的存在で、いかに自分が活躍して慕われていたかを、これ見よがしにアピールするのでしょう。

3、人脈の広さを第一に考える

意識高い系は人脈を築くことが一番大切だと考える人が多く、どんな時にも名刺交換したり、連絡交換をしたりすることを惜しみません。

自分の携帯に何人の情報が入っているかが勝負だと考えているのです。

しかし、そんな携帯に入っている人脈など、何の信頼関係もないペラッペラの関係のほうが圧倒的に多く、ただ携帯のメモリを埋めて満足しているに過ぎないのです。

とにかくいろんな人と繋がることに必死ですから中身なんてありません。

誰々のことを知っている、誰々とは友達なんだということを言いたいだけなのです。

もしこういう人が困ったとき、いざという時に手を差し伸べてくれる人が何人いるでしょうか?正直ほとんど皆無だと予想されます。

その程度の人脈なのです。

たしかに、世の中を渡っていくためには人脈は大切です。

しかし、それは自分の人生の目的や必要性にあった人脈が作られていくべきであって、誰でもいいから知り合ったらいいということではありません。

4、本やイベントに参加しただけで満足する

本屋に行くと自己啓発系の本がずらりと並んでいますが、意識高い系の人はこの自己啓発本が大好物です。

本を読んで自分ができる人間になったと錯覚し、そのくせその本に書いてあることを実際行動に移すかと言えば結局何もしません。

で、しばらく経つとまた次の自己啓発本を読み始めるということをループします。

また、どこの誰だか分からないような意識高い系の人が開いたセミナーに参加し、あたかも自分もイケてるというのをSNSでアピールします。

実際にそのセミナーをのぞいてみると全く盛り上がることもなく、数人の意識高い系人間が寄り集まって満足しているだけなのです。

5、意識高い系は言ってることが難しい


意識高い系はやたらと難しい単語を並べて話そうとします。

特に横文字を多投することで、あたかも自分が知的な人間、できる人間だということをアピールしたいのです。

意識高い系は簡単なことを難しいことのように話すのが得意ですから、全く無知な人にとっては難しいことをすらすら話すこの人は、できる人かもしれないという印象を与えるのかもしれませんが、わかっている人からすると、こんな簡単なことをなぜ複雑にして話すのか。

もっとシンプルに話してくれと思っているでしょう。

業界用語や横文字を使いたがる

意識高い系は本当に業界用語や横文字が大好きです。

「能力」と言えばいいのに、わざわざ「リテラシー」と言ってみたり。

普通の人なら簡単な日本語をわざわざ英語にして話されると聞いているほうはイラっとします。

ですが、情報弱者と呼ばれる人達にとっては横文字を並べられただけで少し圧倒されてしまう人もいるのでしょう。

しかし、話の内容と言えば薄っぺらい内容ということが多いです。

6、相手に評価されることを嫌う

意識高い系は自分の基準こそが正しいと考えているので、相手から評価されることを嫌います。

あんたに評価されなくとも俺はわかっているからとでも言いたいのでしょう。

それでいて自分は相手のことを評価したくて仕方ない。

それも自分の基準にあてはめて、あーでもないこーでもないと言って批評家気取りをしたいのです。

相手に客観的に評価されてしまうと自分が実は内容のない薄っぺら人間ということがバレてしまうので人からの評価を嫌うのかもしれません。

なんとか自分に対する正確な評価をされるのを先延ばしにして、生き延びたいのでしょう。

7、自己向上のためだけに行動する

自己を向上させるためだけに行動している人がいます。

目的も何もなくただ自己を向上させるために本を読んでみたり運動したりと。

しかし、どこへ向かいたいのか目標がないため意味のない行動になっています。

こういう人達は人生の目標とかには興味はなく、ともかく自分を向上させ人よりも能力を高くみせることが出来さえすれば満足するのだと思います。

しかしそんなことをしていても人生のどこかの時点で遅かれ早かれ、自分には何も中身がない人間だと気づくことになるでしょう。

自己を向上するために鍛錬することは非常に良いことです。

しかし、それが最終目的になっていたのでは本末転倒になります。

あくまでも人生の目標を達成するための手段としての自己向上であるべきだと思います。

8、スペックや学歴を気にする

意識高い系はやたらとスペックや学歴を気にします。

それはそうでしょう。

なぜなら意識高い系は人よりも少しでも有利に、上に立てる肩書、口実を常に探しているからです。

そしてそういったスペックや学歴という武器をまといながら上から目線で人に接したいのです。

しかし、実際にそういう人間と付き合ってみると、中身もなく残念な人が多いことは事実なのです。

こういった人は実利が伴わないと言いますか、表面上だけはつくろっている頼りない人間ということになるでしょう。

経営者としても、最初は能力が高そうだと思って使ってみたはいいけれど、全く結果を残せない使えない人間だと判断されるでしょう。

9、SNSで意識高い系の発言をする

意識高い系の人々にとって欠かせないのがSNSです。

ツイッターにFacebook、インスタグラムにブログと、ありとあらゆるSNSを使って自分を誇張します。

以前詐欺事件で捕まった女性は、高そうなアクセサリや豪華なディナーなどの写真を頻繁にアップし、自分が金持ちである、セレブであるということをアピールしていましたが、実際は全て嘘で、どこかからただ画像を引っ張ってきてただけだということがバレていました。

そのケースに限らず多くの人が見栄っ張りツイートをしたり、嘘画像をインスタグラムにアップして、自分はさもイケてる人間だということを主張しているのだと思います。

冷静に考えたら虚しいと思います。

なぜなら、それは自分ではないからです。

嘘の自分を演じ続けていても最後は必ず虚しさしか残らないのです。

10、「ビジネス=かっこいい」と思いがち

意識高い系の若者が総じて考えることは、会社員はかっこ悪い、しんどい。

自分でビジネスを立ち上げて商売をすることこそかっこいいし、楽しいと考えています。

まあたしかに自分で会社を起こして成功したら楽しいでしょうし会社員よりも儲かるでしょう。

しかし、そんな甘い考えで成功した人間などいないでしょう。

何の戦略もなく、ただかっこいいから、なんとなくビジネスを自分でやってみようなどと考えていると、後々取り返しがつかなくなることが考えられます。

こういった甘えた考えの若者が多いことから、毎年せっかく就職した会社をあっと言う間にやめてしまうということが起きているのだろうと思います。

意識高い系と意識高い人の違い


意識高い系の人と、本当に意識が高い人とは雲泥の差があります。

本当に意識が高い人というのは、ちゃんと自分の目標を持っていて、それに向かって高い意識で取り組んでいる人のことを指します。

無限実行を心がける

意識の高い人は言葉よりも行動が大切であることをよくわかっています。

ですから自分のやることをベラベラと人に公言したりなどしません。

何も言わずにやるべき事をきっちりやるのが意識が高い人です。

どんなにいい言葉を並べてみたところで、結果が伴わないと何の意味もありません。

それに、いちいち人に自分はこういうことをするんだと言わなくとも、意識が高い人はちゃんと自分をコントロールして自分の目標へ向かって着実に進める人なんだろうと思います。

誰にも頼まれていないのに自分から進んで仕事を見つけて実行できる人は意識を高く持っている証拠であり、こういう人しか出世することはありません。

いつまでも上からの支持を待っている人間ではだめです。

何事も自分のものにするには多くの努力が必要ですが、意識の高い人間は自分が努力していることを人に公言などしないです。

有言だけで満足してしまう

逆に意識高い系の人というのは、皆に公言するのが大好きで、何かをやる時にはまず公言ありきとなります。

そしてビックマウスをした後、それを達成するために努力をしているかと言えば、全くしていない。

皆にデカいことを言ったことで満足してしまっているのです。

こういった有言不実行の人は、人の信頼を一番失くす人だと思います。

自分を奮い立たせるために、大きな目標を皆の前で公言し、逃げられない状況を自分に課して頑張るという人もいますが、それは別に悪いことではありません。

有言だけで満足して何もしないという人が問題なのです。

有言実行というのは大変なことです。

公言したからには何が何でもやり遂げて結果を出さなければいけない。

しかし、意識高い系の人は結果なんて二の次で、声高らかに自分の夢や目標を語ることだけが目的となっています。

自分のためじゃなく、社会のために行動する

意識の高い人というのは決して自己中心的には行動しません。

周りの人も含め社会全体のために行動しているのです。

それは社会的なマナーを守ることはもちろんのこと、福祉活動や地域の活動に積極的に参加したり、困っている人を見たらためらわずすぐに助けてあげるなどの行動がとれます。

意識高い人はそうすることが、社会のためになって、やがては自分にも回りまわって恩恵が返ってくることをよく知っているのです。

逆に意識高い系の人間は、自分の利益になることばかり考えているので、いざという時に社会は助けてくれません。

人生なんてものは1人で成功することなど絶対にできないのだから、周りの人の助けが必ず必要になってきます。

そういう理解者を1人でも多く作るためには社会のために行動することは不可欠ではないでしょうか。

意識の高い人というのは、そういう仕組みというものがよく理解できているのです。

世界、人生とは全て回りまわっているもので、いいことも回りまわって返ってくるし、逆に人に邪見な態度をとっていると、それもいつか返ってくるのです。

お金も同じことで人のため、社会のために使うことでいつか自分に還元されることをわかっているのです。

自然な人脈を作る

意識の高い人というのは前述のように自分の中に高い目標、志がある人です。

ですから、その目標に向かう過程で出会う人、助け合える仲間などを自然な形で作っていけます。

そこに不自然な人脈はありません。

どういうわけか意識の高い者同士は引かれ合うように出会い、自分に必要な人とのつながりができるのです。

やはり類は友を呼ぶということでしょうか。

意識の高い人の携帯の電話帳に名前は入っているけれど、一生かけることのない人など入っていないのです。

逆に意識高い系の人というのは、とにかく名刺交換、連絡交換が好きで、誰でもいいから知り合いを増やしたいと思っています。

当然そんな関係はペラペラの薄い関係なので、携帯のメモリを消費する以外の何物でもありません。

ふと、自分の携帯の電話帳をのぞいてみると、数百件入っているにもかかわらず、実際に関りのあるという人間は数人しかいないというのが意識高い系の人の現実です。

自分を偽って演じているので、そんな人間と知り合いになったとしても、本当の自分の友達ではないので関係が続くはずがないのです。

意見は主張しない、尊重する

意識の高い人というのは、むやみやたらに自分の意見を周りに主張して押し付けるようなことはしません。

なぜならば自分の信念や生き方に自信を持っているので、わざわざ人に言ってまわる必要がないのです。

そして意識の高い人は他人の意見を聞く耳もちゃんと持っています。

人にはそれぞれ考え方や価値観があるので、それを尊重できるのです。

それとは反対に意識高い系の人間はやたらと自分の意見を主張し、自分こそが正しいんだと言わんばかりに他人を押さえつけにかかります。

そして、他人の考えや生き方を認めることもなく、自分の価値観に合わない人間は否定したり馬鹿にしたりするのです。

人間味のある行動や感情表現もする

意識の高い人というのは喜怒哀楽の表現が豊かです。

楽しい時には笑い、悲しい時には悲しむ、悔しい時には悔しがる。

そこには何の演技もなく自然な感情表現があります。

自分に正直に行動したり感情表現したりするので周りの人間も共感できるのです。

そういった人間味のあるところは大きな魅力となって人を惹きつける存在へとなっていきます。

反対に意識高い系の人は、自分をかっこ良く見せることしか考えていないので自然な感情表現ができません。

楽しいはずなのにブスッとしてみたり、悲しいはずなのに逆に笑ってみたりと。

非常に不自然なので周りは理解できません。

言葉はいつも下から発する

意識の高い人というのは非常に謙虚な人が多いと思います。

そういう人は自分の目指すところが高いので、自分はまだまだ途上な人間だという意識が強いのでしょうか。

誰からも、どんな状況からも学ぼうとする姿勢があります。

ですから、人と話す時にはへりくだって話すことが多く見られるのでしょう。

本当に力のある人間は、人を強い言葉で圧倒などしなくとも自分に確固とした自信がありますから、人に優しくなれるのではないでしょうか。

人に優しくできるには自分に余裕がないとなかなかできないことです。

逆に意識高い系の人間はすぐにマウントポジションを取りに行きたいので上から目線の尊大な態度になってしまいます。

話す口調も荒っぽかったり、断定口調になったりと、不快な喋り方が表面に出てきます。

周囲の目を気にしない

意識の高い人というのは周囲の目を一切気にしません。

何か新しいことをやるとなると、周りはあーでもない、こーでもないと批判してくるものですが、そんな批判には全く動じることもなく自分のやるべきことをきっちり遂行できるのです。

自分というものがしっかり確立され、自分が自分を信頼しているからこそ人の目が気にならないのです。

逆に意識高い系の人は、周囲の目ばかりを気にして生きているのd、周りの評判が少しでも悪くなると簡単に今までの生き方をころころ変えてしまう人です。

そして、結局自分が何がやりたいのかわからなくなってしまうのが意識高い系の特徴です。

意識高い人はすでに行動している

意識の高い人が一番重要視していることは、行動することです。

頭でいくらいいことを考えて、皆に話したところで、それが行動に移されなければ何の価値もありません。

ごちゃごちゃ言う暇があったら行動して、きっちり結果を出しましょうという考えを意識の高い人はもっています。

ですから、言葉よりも先にもう体を動かして行動しています。

例えば、部屋などがちらかっても全然片付けることができない人がたまにいますが、そういう人は、片付けたほうがいいことはわかっているんだけれど、体が実際動かない人です。

意識高い人はさっと動いて片付けることができます。

自分に自信をもっている

自分に自信を持つということは、何をやるにしても一番大切なことです。

自分を信頼できなくては何事も成すことなどできません。

意識の高い人は自分を100%信頼しているので自分に自信を持っています。

ですから周囲の評価に一喜一憂することはありません。

淡々と自分のやるべきことを遂行できる強さを持っています。

それは自分に対する自信からいているものだと思います。

逆に意識高い系の人は自分に自信がないからこそ、大きなことを人前で言ってみたり、人とは違うということをアピールしたがるのでしょう。

そういった言動というのは、自分に自信がない証拠だと思います。

意識高い系に対する周囲の意見

意識高い系人間に対しては、最近は非常に厳しい意見が多く見られます。

嘲笑の対象となるケースも多々見られ、周りから引かれる存在となっています。

その原因はやはり中身がないのに表面上だけできる人間に見せてやろうとする自意識過剰な姿が全く受け入れられていないことにあると思います。

理論武装しているつもりでも中身の無さが透けて見えるので聞いていて不愉快になってきます。

意識高い系の人に対する厳しい意見の数々を見ていきましょう。

裏が見えて痛い

意識高い系はいつも背伸びして頑張っているので、等身大の自分とは違う自分を演じています。

ですから時折無理ができなくなくなって素の自分が見え隠れすることがあり、そういうところが非常に痛々しく感じられます。

余裕のない者が背伸びしていることほど痛々しいことはありません。

表面をいくら頑張ってつくろってみたところで、必ず最後にはぼろがでて裏の顔がばれます。

それならば最初からありのままの自分で勝負したほうがどれだけいいでしょうか。

表裏がなくありのままで人に接しているからこそ、人からの理解が得やすく、自然な人脈も築いていけるのだと思います。

こういった事例を見ていると、いかに普段の生活から意識を高くもって行動していくことが大切かがわかります。

意識の高いふりをしていても、いつか必ずばれる時が来るということです。

人間関係を良好に保っていくためには、時には自分の本音を隠して、いい子になっておいたほうが場面もあります。

しかし、基本的な生き方、考え方は裏表のないものにしておくべきだと思います。

そこがぶれてしまう、そこで嘘をついてしまっているならば、人との信頼関係を築くのは難しくなるのではないでしょうか。

いつも上から目線で楽しくない

意識高い系人間が常にマウントポジションを取りにくるため、常に上から目線で接してきます。

こういう態度を常にとられて楽しい人間などいるはずもなく、皆を不快な気持ちにさせます。

ほとんどの意識高い系人間はそういった振る舞いをすることが、いかに自分の価値を下げているかということに気づいていません。

ただ、自分が上に立つことで満足している者がほとんどだと思います。

当然そんな人間と一緒にいても全く楽しくないので次第に人が寄り付かなくなってきます。

最後には孤立した存在になってしまうのですが、そこで自分の愚かさに気づいたとてもう手遅れで誰も自分の相手などしてくれなくなっているでしょう。

こういう人間に限って、本当の実力者を前にすると何も言えなくなってしまうことが多いです。

本当に力を持った人に対しては圧倒されて自分の愚かさをさらけ出すのが怖くなってしまうからです。

いずれにせよ、人を上から目線で見下そうとする卑しい気持ちを持っている限り、良いコミュニケーションなど築けるはずもなく、助け合うことのできる仲間も作ることはできないでしょう。

そんな人間と話していても全然楽しくないし、しらけるだけだからです。

話しがつまらない

意識高い系人間の話はとにかくつまらないことが多いです。

なぜか?半分が自分の自慢、残りが自分の主張、知識のひけらかし、他人の批判などで占められているからです。

これでは面白いわけがありません。

会話において自分のことばかり話している会話ほどつまらないものはありません。

相手の話も聞いて、それをもとに自分の会話も返す。

こういった言葉のキャッチボールがあってこそリズムも生まれ、心地よい楽しい会話というものが成立するのであって、自分の自慢を延々聞かされるのは苦痛以外の何物でもありません。

話す時にこういった人々が考えていることは、どうやって相手の上にたってやろうか、どうやって自分がすごいんだぞということを知らしめてやろうか、くらいしか考えていないので、話が面白くなるはずはないのです。

じっと聞いてあげるのもただただ苦痛でしかないし、否定したり話の腰を折ったりすると、意識高い系人間はプライドが物凄く高いので、喧嘩に発展しかねません。

ですから、賢明な人というのはこういった人間には近づかないのです。

言葉に信憑性がない

意識高い系の人というのは、難しい専門用語や横文字を並べ立てたりするのが好きなので話を聞いていても現実離れしていて信憑性がありません。

難しい言葉を知っていてそれを話す自分にどこか酔っているのだと思います。

ですから内容よりも自分の話で皆を圧倒できたらそれで満足なのでしょう。

皆が知らないような単語を並べているだけですから、そこに人が共感できる内容など何もなく話もよくわかりません。

そして、意識高い系の人は言葉だけで行動が伴わないので、益々話に信憑性がなくなってきます。

また、意識高い系人間は話を大きく盛る傾向もあります。

自分がした業績について、本当は大したことないのに、さも凄いことをやったんだと言わんばかりに話を大きくし始めます。

ありもしないような大きな話になっていくので話に信憑性など全くなくなってしまいます。

最初は誰か信じる者もいるかもしれませんが、何回も大風呂敷を広げるような話ばかり続くと誰も信じて聞く人はいなくなるでしょう。

しかし、こういう性格の人はいくら言ってもビックマウスをやめられない人が多いです。

また始まったと周りの人々が呆れるようになる人物、あなたの周りにもいるのではないでしょうか。

まとめ

意識高い系の人は世にあふれています。

なぜこんなにたくさんの意識高い系人間があふれているのか?それは自分に実力のない人が多くいるということの表れではないでしょうか。

自分に実力がないから、言葉や態度などで自分を大きく見せようとする。

人を圧倒しようとする。

しかし、それは上辺だけのことであって遅かれ早かれ化けの皮が剝がれることになります。

しかし、中には器用な人間もいて、自分がさも力を持っているかのように振る舞い、うまく周りの人間をだましながら世の中を渡っている人間もいるでしょう。

しかし、そんな人々も本当の実力者の前ではなすすべなく撤退するしかありません。

よく成れたとして二流でしょう。

逆に意識の高い人というのは、自分に自信があるのでむやみやたらに他人に主義主張をするようなことはありません。

あくまでも行動第一主義ですから、何も言わなくとも行動で、結果で示すことができます。

上辺だけの意識高い系人間ではなく、自分の人生に高い目標を持ち、それを目指して進んでいける意識の高い人間になりたいものです。

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