小説やエッセイなどで、「そこはかとなく不穏に感じられた」や「そこはかとない思いがした」などの文章を目にしたことがある人もいると思います。

この「そこはかとない」という言葉の意味を、あなたは知っていますか?

なんとなくというニュアンスで使われることの多いこの言葉は、きちんと意味を知っている人でなければなかなか使えない言葉でもあります。

あまり普段使いはされませんが、いざという時に使う機会があるかもしれませんので、意味や使い方を知っておくと良いでしょう。

意外と知られていない、「そこはかとない」という言葉についてご紹介します。

そこはかとないとは?

あなたは、「そこはかとない」や「そこはかとなく」という言葉を耳にしたことはありますか?口に出して使われることはほとんどなくても、文章として目にする機会はあると思います。

きちんと言葉の意味を理解した上で「そこはかとない」を使っている人もいれば、なんとなくの曖昧な使い方をしている人もいるでしょう。

また、社会に出てからもあまり頻繁に使われる言葉ではないため、意味を知らないままでこれまでの人生を過ごしてきたという人も少なくはないでしょう。

使う機会が少ないのであれば、いちいち意味や使い方など知らなくてもいいだろうと思うかもしれませんが、いざという時に意味を知っておかなければ、恥をかいたり戸惑ったりすることがあるかもしれません。

言葉の意味や使い方を、知らないよりは知っていた方が良いため、この機会に「そこはかとなく」という言葉について知識を深めておきましょう。

意味

「そこはかとない」は、「なんとなくあることが感じられるさま」や「どこがどうということではない」という意味です。

はっきり何かと明確に分からない、ぼんやりとした感覚を指す言葉ですので、そこに具体的な解説や細かい説明を求めたところで、きちんとした答えが返ってくることはまずないでしょう。

なんとなくの曖昧なものですので、ぼんやりと霞がかった感覚や雰囲気を表わしている言葉でもあります。

そのため、何かにつけて白黒ハッキリさせなければ気が済まないという人や、具体的な部分まできちんと把握しておきたいという人には嫌われやすい傾向がある言葉です。

一方で、常にぼんやりと、何となくの感覚で過ごしている人にとっては、これ以上ないほどに便利な言葉に思えることでしょう。

この「そこはかとない」という言葉は、漢字で書くと「其処は彼と無い」です。

「無い」という字は否定を表わしていますので、元々は「其処は彼と」という言葉だったということが分かります。

「其処は彼と」という言葉自体は、そのままでは「その場所、またはその部分はこうであると明示して」という意味になります。

これを噛み砕いた意味が「それについてははっきりと名言できる」となり、さらに簡単に言えば「はっきりとしている、明確だ」という意味になります。

「そこはかと」がはっきりしているという意味であり、そこに否定の「ない」と言葉を足したことによって、「そこはかとない」は「はっきりしていない」という否定的な意味を表わす言葉になったとされています。

所在や理由がはっきりしないが全体的にそうかんじられるさま


「そこはかとない」には、「はっきりした理由はないけれども、何となくそう感じた、または思った」という意味がありますので、明確な所在や理由というものは存在しません。

人には誰しも、はっきりとした理由があるわけではないけれども、なんとなくそう思えるといった感覚が存在します。

それを勘や、第六感だと表現する人もいますが、誰にでもこのように、「なんとなく」の感覚は存在します。

曖昧ではっきりしないため、他人からは分かりにくく、本人が主観的に感じているものでもあります。

それが全体的に感じられる場合に、「そこはかとなくそう感じる」などと表現することがあります。

例えば何とははっきり言えないけれども、なんとなく良い香りや良い雰囲気、場所などを示す際にも、「そこはかとない」という言葉を使って表現することがあるでしょう。

どこがどうということではない

「そこはかとない」という言葉には、はっきりとした理由は存在していません。

そのため、どこがどうということではなく、なんとなくそう感じたという表現をします。

物事をはっきりさせたい人や、何に対しても白黒はっきりさせたいという人にとっては、「そこはかとない」ものほど嫌だと思えるものはないでしょう。

何せどんなに細かく尋ねたとしても、「なんとなく」でしか返ってこないのですから、はっきりさせようとするだけ無駄というものでしょう。

「そこはかとない」感覚は、誰にでも備わっているものです。

しかし、例えば他者から自分に関係することに対して、「そこはかとなく」と表現されると、それをあまり好意的には思えない人もいるかもしれません。

例えばあなたの仕事振りについて、「そこはかとなく良いと思うよ。」と言われた場合、それはつまり「なにがいいとは言えないけど、なんとなく良い仕事振りだと思うよ。」と言われているということですので、言われた側は「そこはかとなく」モヤモヤしてしまうかもしれませんね。

とはいえ、実際にどこがどうとは言えないのですから、そのような表現になってしまうのでしょう。

とりとめもない

「とりとめもない」とは、「話の結論やまとまりがないこと」や「特に重要ではない、何でもないこと」などの意味があります。

「そこはかとない」の意味としては、後者が用いられています。

世の中の物事や出来事で重要とされるものには、常に明確な理由や原因、経緯などがあります。

因果関係や時系列などがはっきりしており、「○○だから○○になった」と、誰にでも分かりやすい理由が存在しています。

それは言い換えるなら、明確な理由や原因などがはっきりしていない物事は、たいしたことがないということになるでしょう。

はっきりとした理由も必要ないほどに何でもないことやとりとめのないことですので、世の中や自分の中で重要視されることもありません。

「そこはかとない」は個人の主観的な感覚を表わす言葉ですので、個人の感覚は、他人にとっては何でもないことでもあるのでしょう。

そのため、とりとめもないという意味でも用いられています。

際限がない

「際限」とは、物事の終わりや限界、きりなどを意味する言葉です。

そのため「際限がない」となると、終わりや限界がないという意味になります。

「そこはかとなく」という言葉は、物事や出来事、人物や現象などがはっきりしておらず、曖昧な状態を意味しますので、どんな物事や現象などにも際限がないともいえるでしょう。

一方で、際限があるものの場合、その内容もはっきりとしているため、具体的で分かりやすいものが多いです。

「そこはかとなく」は、何となくの感覚だからこそ何でもありで、どんなものにも例えることが出来ますし、表すことも出来ます。

まさに際限がない状態と言えます。

無限である


「そこはかとない」には、「無限である」という意味もあります。

無限とは限界がないことを示しますので、「際限がない」と同様の意味を持ちます。

「際限がない」の場合には、「際限」に否定の「ない」の言葉を足していますが、「無限」の場合には、その一言だけで限界やきりがないということを表わしています。

「そこはかとない」という言葉ははっきりとは言い表せない主観的な感覚を示していますので、そうした感覚には限界というものがありません。

実際に「そこはかとない」感覚を味わったことがある人であれば分かると思いますが、「なんとなく」という曖昧な感覚には、明確な線引きや価値観、感情などが存在しません。

嬉しいとも悲しいともつかず、良いとも悪いともはっきりしないけれども、「なんとなくこんな感じがする」という曖昧な感覚ですので、それには限界というものは存在しないのでしょう。

「そこはかとない」の類語や関連語

「そこはかとない」は、小説や雑誌などの中で、文章として見かけることがあります。

しかし実際に口に出す言葉としては、日常的に使われることはあまりないでしょう。

そのため、もしも自分が言葉の使い方を知っているからと、周りの人たちの前で「そこはかとなく〇〇だね~」などと言ったところで、その言葉の意味を知らない人が聞いたら、何を言っているのか理解出来ないことがあるかもしれません。

また、「あまり使われない言葉をわざわざ使って、知識が豊富なことをアピールしたいのか」と捻くれた見方をしてしまう人も、中にはいるかもしれません。

そうした誤解を防ぎたい場合には、例え「そこはかとない」という言葉を知っていても、あえて同じ意味の別の言葉で表現する必要があるでしょう。

では、「そこはかとない」に近い意味を持つ言葉や、関連する言葉にはどのようなものがあるのでしょうか?以下にご紹介していきます。

はっきりとはしないがある性質が感じられるさま

「そこはかとない」は、なんとなくの感覚を表わす言葉です。

はっきりと何とは言えないけれども、そこにある感覚を感じている時や、明確な表現が思いつかない場合に使うことが多いです。

例えば少し霊感がある人が、「姿は見えないけどそこに気配を感じる」と言うように、はっきりとした姿は見えないけれども、なんとなく気配や性質を感じられる場合に「そこはかとなく感じる」と表現することがあります。

そしてそのような、はっきりとはしないがある性質が感じられるさまを「そこはかとなく」以外の言葉で表現する際には、以下のような言葉を使う場合があります。

うっすらとした

「うっすら」は、「微かなさま」や「薄いさま」を意味します。

漢字で書くと「薄ら」で、形容詞の「薄い」の語幹「うす」に接尾語の「ら」を足したものが「うっすら」です。

例えば「靄の中で姿がうっすらと見える」や「うっすら霧がかかっている」など、微かに何かがあるさまを表現する際に使うことが多いです。

また、外見的なものだけでなく、例えば「取引先の会社からうっすら不満そうな気配を感じる」や「ポーカーフェイスの友人から、うっすら嬉しそうな様子が感じられた。」など、人の感情に対して「うっすら」という言葉を使うこともあります。

「うっすら〇〇な気配がする」という表現も、「そこはかとなく」と同じような意味になりますので、「そこはかとなく」を使わない場合にはこちらの言い方をすることが多いです。

どことなく

「どことなく」は、漢字で書くと「何処と無く」です。

「はっきりこうだと説明出来ないが、その雰囲気や印象などからそう感じるさま」という意味があり、「なんとなく」という言い方をすることも多いです。

「どことなく」も「なんとなく」も、例えば自分が見た風景や出来事、人などに対しては気軽に使うことが出来ますが、大事な話をしているような場面や、誰かに具体的な意見を求められた時などにその言い方をすると、トラブルが起こってしまう可能性があります。

例えば議論である2つのテーマに対して、どちらが良いかその理由も添えて発表して欲しいという流れになった時に、「自分はAの方が良いと思います。理由はなんとなく(どことなく)です。」と言おうものなら、周りの人たちにはいい加減だと思われてしまうでしょう。

ぱっと見の印象で、本心からなんとなくAの方が良いと感じたとしても、具体的な意見を求められた時には適当な理由でも良いので何かしら明確な理由を口に出す必要があります。

もしくは、「なんとなく」「どことなく」という言い方ではなく、「第六感でピンと来ました」のように、まだ聞こえの良い言い方をした方が良いでしょう。

「そこはかとなく」もそれと同じことが言えますが、「なんとなく」の方が聞こえは悪くなってしまうため、「どことなく」「なんとなく」は使う場面に注意しましょう。

ぼんやりした

姿形などがよく見えないさまや、物事が曖昧であるさまを表現する際には、「ぼんやりした」「ぼんやりしている」などと使うことがあります。

「そこはかとなく」に近い意味の言葉の中でも、とくに頻繁に用いられている言葉でもあるでしょう。

また、「そこはかとなく」とは異なる意味としても、「ぼんやり」という言葉は日常的に頻繁に使われています。

例えば「あの人は今日ぼんやりしているね」という使い方をする場合、ぼんやりの意味は「何もせず活気がないさま」となります。

また、呆気に取られているさまや、気の利かないさまなどを意味する言葉でもあり、そうしたさまざまな意味として使われる機会が多いことから、日常会話の中でも「ぼんやりとした」という言葉は耳にしたり口にしたりすることが多いのでしょう。

鮮明でない

「鮮明」とは、「色や形が鮮やかで、はっきりとしているさま」や「立場や態度が明確に表されているさま」という意味があります。

これが「鮮明でない」となると、色や形がはっきりしていなかったり、立場や態度が明確に表されていなかったりするという意味になります。

立場や態度がはっきりとしないという部分は「そこはかとない」の意味と共通するところがありますので、場合によっては「そこはかとない」ではなく、「鮮明でない」と表現することがあります。

不明確な

「不明確」は元々「明確」という言葉から成り立っています。

明確とは、「はっきりしていて疑う点もなく確かなさま」という意味ですので、「不明確」の場合は「はっきりしておらず、確かではないさま」という意味になります。

「不明確」という言葉を使う場面は、例えば会社のデータや数値などが不明だったりはっきりしていなかったりする時に、「データ内容が不明確なため確認作業が必要です」や「数値が不明確なので何とも言えない。」などと使われることが多いです。

一方で、人の気持ちや心情、気配などについて「不明確な」という言葉で表現することはあまりありません。

元々人の心情について触れる際には「明確」という表現をすることが少なく、「はっきりしている・していない」や「明瞭」「分かりやすい・分かりにくい」などの言葉で表現されることの方が多いため、あまり「明確・不明確」という言葉を使う機会がないのでしょう。

とはいえ、使ってはいけないというわけではありませんので、人の心情を表わす際にも用いることは出来ます。

連想される言葉

あなたは「そこはかとなく」という言葉を聞いた時、そこからどんな言葉を連想しますか?言葉の意味をきちんと理解している人であれば、「はっきりしない」や「曖昧な」などの言葉を思い浮かべることでしょう。

それら以外にも、いくつかの言葉を連想することが出来るでしょう。

一般的に「そこはかとなく」から連想されやすい言葉を以下にご紹介していきます。

わずかな

「わずか」は漢字で書くと「僅か」となり、「数量や度合い、価値や程度などがきわめて少ないこと」や「みすぼらしいさま、貧弱なさま」などの意味があります。

これらの意味の中でも、「視覚や聴覚に感じられる程度がごく少ないさま」が、最も「そこはかとなく」の意味として近いため、連想される言葉でもあります。

人は視覚や聴覚、触覚などで物事を感じ取ったり、判断したりします。

とくに視覚と聴覚によって日々多くの情報を得ていますので、それらから感じ取れる程度がごく少なくなってしまったとしたら、普段のようにさまざまな情報を得ることが出来なくなってしまうでしょう。

そうなると景色や心情、あらゆる出来事などに対してはっきりとは分からなくなってしまいますので、まさに「そこはかとなく」しか物事を判断出来なくなってしまいます。

人によってあらゆる物事や出来事、人との距離感や心情などを感じとる能力には差があります。

それが敏感な人は、常に周囲からたくさんの情報を得て、それにより自分で物事を判断しています。

しかしそれが鈍感な人の場合、他の人よりもあらゆることを感じとる能力が低いため、「そこはかとない」状態になる機会が多いことがあります。

安定しない

「安定」とは、「落ち着いていて変動の少ないさま」という意味です。

ですから、「安定しない」という否定形になると、意味も「落ち着いておらず、変動が多いさま」となります。

例えば綱渡りをする人が、きちんと安定しているのならふらつきも少なく、落ち着いて最後まで渡り切ることが出来るでしょう。

一方で、安定していなければぐらぐらと体が大きく揺れ動いて危なっかしく、最後まで渡り切るまでに途中で落ちてしまうかもしれません。

また、例えばころころと転職先を変える人の場合、仕事先が安定しないため、収入面でも変動が大きく、安定せずに不安の多い生活になってしまいます。

しかし仕事先がきちんと一箇所に決まっていれば、収入面も変動はそこまで大きくはありませんし、仮に増えたとしても減ることはほとんどないでしょう。

所生活も安定させることが出来ますので、気持ちも落ち着きやすいです。

「そこはかとない」という言葉は、何事もはっきりしていない状態を表しますので、不安定な状態だと言えるでしょう。

心もとなさ

「心もとなさ」は、「限りなく不安なさま」という意味です。

元々は「心もとない」という言葉で、最後の「い」が接尾語の「さ」によって体言化した形です。

「なんとなく不安」や「不安」よりも、さらに強い不安を指す言葉でもあります。

「限りなく」という言葉がついていることからも、「どんなに安心しようと思っても出来ないほどに不安だ」という意味合いの言葉になりますので、本当に不安な時に使うことが多いです。

例えば将来のことについては、どれだけ具体的な想像をしたり、計画を立てたりしても、必ずしもその通りに事が進めるとは限りません。

もしかしたら途中で挫折するかもしれませんし、上手くいかなくなって進む道を変更せざるを得なくなってしまうかもしれません。

きちんと確証が持てることでない限りは、どんなに安心しようと思ってもなかなか本心からは安心出来ないものです。

それが一抹の不安で済めば良いですが、不安が大きかったり強かったりすると、限りなく不安な気持ちになってしまうことでしょう。

それが「心もとなさ」を感じる瞬間でもあります。

そしてこの心もとなさは、はっきりと確証がない、明確化されていないことから生じる感情です。

そのため、どこがどうとははっきりしない「そこはかとない」という言葉と共通する部分があるでしょう。

思いなしか

「思いなしか」とは、「そう思うせいか」や「気のせいか」といった意味があります。

例えば「気のせいかあの子は元気がないようだ。」という言葉を、「思いなしかあの子は元気がないようだ。」と言い換えることが出来ます。

普段はあまり使われている言葉ではないので、言葉の意味や使い方に戸惑う人も少なくはないでしょう。

この「思いなしか」は、「なんとなくそんな気がする」といったニュアンスがありますので、はっきりとその理由までは分からない、説明出来ないことが多いです。

第六感のようなものですので、その点は「そこはかとなく」とよく意味が似ている言葉と言えるでしょう。

「思いなしか」を使う際には、その一言だけで使うことはまずありません。

同じ意味であっても、「気のせいか。」は一言だけで使うことがありますが、「思いなしか。」と一言だけで使うことはありませんし、耳にする機会もないでしょう。

「思いなしか」は、「思いなしか〇〇のようだ」のように、他の言葉と一緒に用いるのが基本です。

この点も「そこはかとなく」と通じるところがあるでしょう。

ほのめく

「ほのめく」は、「ほのかに見える」「かすかに目にとまる」「ほのかに香る」「それとなく言葉や態度に表れる」「ちらりと寄る・ちょっと顔を出す」などの意味があります。

さまざまな意味で使われていますが、一般的には「ほのかに〇〇だ」という形で使われていることが多いです。

「ほのめく」の一言だけでどのような様子かを表わしていますので、例えば「あの人がほのめいた。」と言えばそれは「あの人がちょっと顔を出した。」という意味になります。

しかし、あまり普段から「ほのめく」の言葉を使う機会はありませんので、誰かに「〇〇さんがほのめいた。」と言ったところで、相手にその意味が通じるとは限らないでしょう。

「ほのめく」は大半の意味が「そこはかとなく」と似ています。

そのため、例えば「そこはかとなく良い匂いがする。」と言うところを、「ほのかに良い匂いがする。」と言い換えることも出来ます。

しかし、「ほのかに」は「そこはかとなく」と同様に、口に出して普段使いをする言葉ではありませんので、文章の中で使うことの方が多いでしょう。

「そこはかとない」の使い方・例文

「そこはかとない」の意味や類語などが分かったところで、次は使い方を見ていきましょう。

せっかく意味が理解出来ても、それを上手く使うことが出来なければ、間違った言葉の使い方をしてしまうかもしれません。

正しく言葉を使うことで、相手にもその意味がきちんと伝わりますので、例文を見ながら実際の使い方について確認していきましょう。

そこはかとない恐怖と不安をおぼえた

これは、「なんとなく恐怖や不安な気持ちになった」という意味の例文です。

例えば家に帰った時に、朝とは家の中の様子がどこか違っているのに気づいたら、ぞっと背筋に寒気が走って、何とも言えない恐怖心をおぼえてしまうことでしょう。

泥棒が入った形跡もなく、誰かがいた気配もなく、けれどもなんとなく家の中の様子が朝家を出る前とは違っていたら・・得体のしれない恐怖心や不安感が心中に広がるでしょう。

そんな時に、「そこはかとない恐怖と不安をおぼえた」と使うことがあります。

そこはかとなく疲れた面持ちをしている

例えば会社で同僚に会った時、その同僚が何だか妙に疲れた顔をしていたということはありませんか?

振舞いや言動はいつも通りなのに、何があったのか表情は普段よりも少し暗くて、何となく疲れた様子に見える時、その同僚に対して「そこはかとなく疲れた面持ちをしている」と使うことがあります。

自分では同僚に何があったのか分かりませんし、聞いても教えてくれないかもしれません。

けれどもいつもの様子よりも、何となく疲れているような気配をうかがえた時に、このように使うことがあります。

そして同僚から実際に具体的な話を聞き、何故疲れた様子だったのかが分かった時に、初めて「ああなるほど」と納得した気持ちになり、そこはかとなかった感情は、きれいさっぱりとなくなってしまうでしょう。

「そこはかとない」感情は、その原因や理由がはっきりしない限りは、いつまでもそのもやもやが晴れることはないのです。

秋はそこはかとない悲しみを感じる

秋になると、何となく悲しい気持ちや寂しい気持ちになることがあります。

それはもしかしたら、徐々に涼しくなってくる風や秋の匂い、緑の葉が紅葉したり、枯れたりする景色を目にすることなどから、心に何ともいえない悲しみや寂しさの感情が沸き上がってくるからかもしれません。

しかし、はっきり「こういう理由だから悲しくなる」と自分では分からない場合に、「秋はそこはかとなく悲しみを感じる」と表現することがあります。

季節の移り変わりは、時に心を晴れやかに、穏やかにしますが、季節によっては物悲しい気もちにさせることがあります。

それらの風情を感じる心には、はっきりとした理由は必要ないのかもしれません。

あえて感覚を大切にして、明確な答えを出さずに「そこはかとなく」と表現する場面も必要なのかもしれませんね。

そこはかとなく書き綴ったら一冊の本になった

例えば毎日、その日にあった出来事をメモや日記に残していたとします。

今日は何が起こったのかを詳細に書くこともあれば、短く詩にして書き留めておくこともあるでしょう。

そうして毎日何気なく書き綴っていたら、いつの間にかそれが一冊の本になっていた時に、このように表現することがあります。

本にしようと自分で意識していたわけではなく、なんとなく毎日書いていた結果そうなったのですから、まさに「そこはかとなく」と表現出来るでしょう。

正しい意味を知って正しく使おう

「そこはかとなく」は、あまり普段使いをする言葉ではありません。

だからこそ、正しい意味が理解出来れば、自然と「使ってみたい」という気持ちになることもあるでしょう。

また、せっかく覚えたのですから、忘れないように機会を見つけて「そこはかとなく」を使っていくことで、いつでも自然とそれが使えるようになるでしょう。