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「としては」の使い方や例文、類語を解説(続き4)

それって、そのサッカーの試合でゴールを外してしまった選手がいかにも悔しそうなそぶりをしていたとか、くやしそうにふるまっていたのをこの話し手は感じ取っていたのでしょう。

また、「としては」という言葉でこの文章を伝えるのであれば、「私としては、もっと活躍したいと思っていた!」になります。

これは、「にしても」という言葉の意味合いと同じく、第3者の目線ではなく「その当事者の気持ちの目線を当事者が説明する」という点で、相違点がみられます。

また、「にしても」という言葉をもっとくだけた言い方にしたのが「にしたって」という言葉になるということを頭に入れておきましょう。

似ているので、わかりやすいのではないでしょうか?

にしろ

「あいつにしろ」「あの人にしろ」・・・なんてちょっと汚らしい言葉に感じられる「にしろ」という言葉ですが、この言葉も日常的に使っている人は多いのではないでしょうか。

「にしろ」というのは、その前の文章や相手が話したことを受けて「(Aさんもあのように思っているだろうけれど)あいつでも、そのように感じているんだよ」という意味合いで使うことができます。

前の文章を継続する、そして同じことを別の人が感じているという場面で使うことができる言葉になります。

では、今回特集している「としても」という言葉に置き換えると、どのようなニュアンスになるのでしょうか。

「(Aさんもあのように思っているだろうけれども)私としてもそのように感じました」という意味合いになります。

これも前の文章や前に話した人の気持ちをうけて、それを継続しているので同じ意味合いになりますね。

つまり「にしろ」=「としては」ということになるのです。

こんなにまでも日常的に使われる言葉で同じようなニュアンスを持っている言葉があることに驚きませんか?

といっても

「といっても」という言葉は、前の文章を受けて逆接(反対の意味)を伝えるために多く用いられる言葉になります。

例えば「あの人はゴールを決めた。

そうはいってもさ、あの人ってサッカーがへたくそだよね」なんて使います。

「といってもねぇ」なんていうときも、相手が話したことを否定する意味を込めて、その言葉を使うのではないでしょうか。

では「としては」に言い換えるとどうなるかチェックしておきましょう。

「私はゴールを決めた。私としては、それができたとしてもサッカーが苦手なんだ」という意味合いになります。

合致していますね。

「あの人はゴールを決めた。あの人としてはサッカーが苦手だ」というと意味が通じにくくなるので、やはり「としては」という言葉は第3者的な目線ではなく、その気持ちを感じた本人などが使う言葉であるということになります。

話は戻りますが「といっても」という言葉を本人の気持ちとして「としては」という言葉を使うのであれば、意味は同じになるので関連語ということができます。

といえども

これもひとつ前にご説明した「といっても」と同じように、前の文章や意見などをうけて反対の意味をのべる逆接として使うことのできる言葉になります。

例文で確認していきましょう。

「あの人はサッカーゴールを決めた。あの人といえども、それを想像することはできていなかっただろう」というのを「としては」で言い換えてみましょう。

「私はサッカーゴールを決めた。

私としては、それは想定していなかったことだった」ということになります。

つまり、「といえども」という逆接の意味で使うことのできる言葉というのは「としては」と同じ意味で使うことができるということになります。

「としては」の使い方・例文

これまでに「としては」という言葉の意味、そしてその言葉の理解を深めるためにその類語や関連語についてお伝えしてきましたね。

しっかりと理解することができたでしょうか?

これまでに間違った意味で使ってきた人にとっては「ああ、まだわからないかもしれない」なんて不安な気持ちを抱いているかもしれません。

そのように不安な気持ちを感じるのはおかしいことではないんですね。

むしろ、その不安な気持ちを大切にしてほしいのです。

どういうことかといいますと、あなたは納得できるまでに「としては」という言葉への理解を深めてほしいのです。

しかし、意味もその類語や関連後も確認したというのにこれからどうすればいいの?と思われることでしょう。

ずばり「としては」という言葉を使っている例文を確認してほしいのです。