みなさんの周りには、自分を犠牲にしてでも他人の為に行動する様な、自己犠牲精神の持ち主はいるでしょうか?

あるいは、自身が自己犠牲をしてしまう場合もあるでしょう。

今回はそんな“自己犠牲”に注目し、“自己犠牲をしてしまう人の21個の特徴と心理”と“我慢することに疲れた時の5個の治し方”をご紹介します。

自己犠牲に悩まされている人は、是非参考にしてみて下さい。

自己犠牲とは?

自己犠牲とは、何らかの目的や他者の為に、自分の時間・労力・身体・生命を捧げる(=犠牲)にする事です。

文学作品などでは、「自己犠牲は美徳」とか「自己犠牲は一種の愛の形」という扱われ方をする事も多いですが、自己犠牲には文字通り、犠牲や我慢が伴います。

中には、本当は嫌なのに、周りの人に迷惑を掛けたくなかったり、嫌われたくないなどの理由で、自分さえ我慢すればと自己犠牲に走ってしまう人も少なくありません。

すると我慢が限界に達して、それが爆発してしまう事も珍しくないのです…。

そのため、自己犠牲に悩まされている人は少なくないと言えます。

自己犠牲をしてしまう人の特徴と心理21個

ここからは、“自己犠牲をしてしまう人の特徴と心理21個”をご紹介していきます。

これで、自己犠牲をしてしまう人の気持ちが少しは分かるかもしれません。

自己犠牲をしてしまう人は、共感出来る点が多いかも?

ただしこの特徴は、全ての人に全ての事が当てはまる訳ではないので、そこは頭に入れておいて下さいね。

1.なんでも受け入れてしまう

自己犠牲をしてしまう人は素直なせいか、理不尽な事でも何でも受け入れてしまうところがあります。

だから、何かを犠牲にしなければ解決出来ない様な事が起こったり、無茶な頼みをされたとしても、「嫌だ」とか「無理だ」とは考えず、「問題を解決する為に行動するしかない」とか「頼まれたから引き受けるしかない」といった感じで納得してしまい、自己犠牲をしてしまう傾向がある様です。

物分かりが良過ぎる、とも言えるかもしれませんね。

2.疲れていても疲れていると言えない

自己犠牲をしてしまう人は、「疲れている」と周りに主張出来なかったり、疲れていてもそれを周りに隠して、平気な振りをするところがあります。

前者は、気が弱いタイプや大人しく感情表現が苦手なタイプに見られる特徴で、本当は疲れているのにそれを周りに伝えられず、仕方なく犠牲になるというパターンです。

後者は責任感が強い人に見られる特徴と言えるかもしれません。

責任感が強いせいで例え疲れていても、周りの期待に応えようと一生懸命になり、つい犠牲を払ってまで頑張り過ぎてしまうのです…。

もちろん、人の為に頑張るのは素晴らしい事ですが、出来ない事を引き受けたり、無理をしてまでやろうとするのは違いますよね?

「自分が解決しなくては!」「自分がどうにかしてみせる!」といった責任感は立派です。

しかし、それで自己犠牲をする機会が多くなってしまえば、疲れがピークに達して、心身共に壊れてしまう恐れもあるでしょう…。

3.嫌われたくない


「嫌われたくない」という理由から、自己犠牲をしてしまう人もいます。

「ここで自分が断れば嫌われてしまうのではないか…?」とか「自分が犠牲になれば、みんなは自分の事を好きになってくれるのではないか?」という考えがあるのです。

これは、自分に自信がないのが原因と言えるでしょう。

周りの人達に好かれる自信も嫌われない自信もないから、自分を犠牲にしてでも、相手や環境に合わせたり、無理にでも尽くそうとしてしまうのです。

4.自己評価が低過ぎる・自己否定感が強い

先程の「自信のなさ」とリンクしていますが、自己評価がやたら低かったり、自己否定感が強過ぎると、自分のダメなところを埋め合わせる為に自分を犠牲にしようとする人が出てきます。

これは、「自己犠牲をしている自分は、人の役に立っているはずだ」という間違った認識により、「自分を犠牲にすればダメな自分の価値を少しでも上げられる!」と思い込んでしまっている事が原因です。

こうなると、周りの人や状況が自分に我慢を強い様としている訳ではないのに、自ら犠牲になってしまう事も珍しくありません…。

別のパターンだと、自己評価が低過ぎたり自己否定感が強過ぎるせいで、「自分の事なんて別にどうでもいい…」と卑下し、自分の意思で行動する事を破棄してしまう人もいます。

その結果、周囲に流され自己犠牲となってしまうのです。

5.周りに認められたい

自己犠牲精神が特に強い人にありがちなのが、「周りに認められたい」という気持ちが強いという事。

自分を犠牲にして他人に奉仕する事で、他者から感謝されたり評価されたり、必要とされる事を望んでいるのでしょう。

そうやって自己肯定感を増やし、自分の存在価値を高めようとしているのです。

このタイプは、普段人にあまり褒められない人に多いかもしれません。

普通にしているだけでは褒められないから、犠牲を払って褒められる状況を自ら作り出しているのです。

本来ならば、人は生きてるだけで価値のある存在であり、例え誰かの役に立たなくても迷惑をかけても、存在価値には何の関係もないと言えます。

しかし、自己犠牲の精神を持つ人は特に、存在するだけの価値というのは、分からないかもしれませんね…。

確かに実際は、「誰からも必要とされていない」とか「自分は認められていない」と感じるとすごく辛いでしょう。

逆に、誰かに必要とされたり認められる実感を得れば、承認欲求が満たされ、モチベーションも上がるものです。

しかし感謝や評価などは、あくまで行動の結果であって、目的ではありませんよね?

自己犠牲だって本来は見返りを求めて行うものではありません。

自分の犠牲にみんなが気がつかなくても、目の前の状況を改善する為に行動するのが自己犠牲なのです。

「感謝されたい」「必要とされたい」といった理由で自己犠牲を払うのは、人の心を動かす為の取引に過ぎないのですが、残念ながら本人にはその自覚はないでしょう…。

しかし、この事実を受け入れられなければ、人から認められたいが故に自己犠牲を払うという行為も、なかなかやめられないと思います。

6.奉仕精神を持っている

奉仕精神を持っている人も自己犠牲をしやすいと言えるでしょう。

「奉仕する事で誰かが喜んでくれるのが嬉しい」とか「他人の幸せな姿を見る事が、自分の幸せに繋がる」という人は、「誰かの為になるなら、多少自分が損をしたり大変な思いをしても平気」だと思えるのです。

7.強く言えない

上でも少し触れましたが、自分の意見などを強く言えないタイプの人だと、本当は嫌なのに自己犠牲をせざるを得ない状況に陥ってしまうケースもあるでしょう。

人に対して強く言えないのは、その人の性格の問題だけでなく、周りの環境のせいとも考えられます。

特に高圧的な両親の下で育ってきた人や、そういう人達が近くにいる様な環境で過ごしてきた人は、自発的な行動に対して恐怖心を抱いている傾向があるのです。

これは、過去に自分の言動が親や周りの人に否定された経験がトラウマになっている可能性があると考えられるでしょう。

さらに、「親や周りの人達に従っていれば波風が立たない」と学んでしまうと、周囲の意向を叶える事に意識が向いてしまい、結果、自分がどうしたいかを考えたり、自分の意見を周りに伝える事がなくなってしまうのです。

あるいは、「自分の意見を伝える事はわがままである」とか「断れば悪人扱いをされてしまうかも…」などと思い込んでいると、なかなか本音を言えられないかもしれませんね。

8.周りの人が強く、言いくるめられてしまう

周りの人が強過ぎて逆らう事が出来なかったり、上手く言いくるめられてしまった結果、自己犠牲をする羽目になる人もいます。

動物も人間も昔から、身体が大きかったり、強く怖そうな者が常に上位に立ち、そうでない者達を支配してきました。

現代においては様々な基準で序列が決まっていますが、基本的な部分はそう変わっていません。

押しが強い人・迫力がある人・何事にも動じない人を見ると、無意識にその人の事を「自分より“格上”だ」と思ってしまう節があります。

同時に、押しに弱い人・大人しく控えめな人、繊細な人達の事を「“格下”だ」と判断してしまうところもあると言えるでしょう…。

そのせいで、周りに逆らえない様な気の弱い人は、自己犠牲をさせられる事もそうですが、他にもよく損をしてしまうタイプだと言えます。

周りの人達がやたら強いだけなら、何とかしてその人達と距離を置いた方が良いかもしれませんね。

9.話すことが得意ではない

話すのが得意でないと、自分の意見を上手く伝えられないのはもちろん、言葉でのコミュニケーションが面倒になってしまい、「自分が我慢すれば良いか…」と諦めモードになってしまう場合があります。

つまり話し下手な人にとっては、周りの人との話し合いで自分が犠牲になるのを避ける事より、我慢して犠牲になってしまった方がラクだと感じている訳ですね。

しかし、面倒を避ける為に自ら犠牲になる事がその人にとって普通の事になってしまうと、結果としては余計なストレスが溜まる事になります。

「面倒だから…」と我慢し続けるより、「嫌だ」「無理だ」と断ってしまった方が、確実に心への負担は少ないはずです。

10.言い争うことが嫌い

何かを犠牲にしなくてはならなくなった時、場合によっては、言い争いに発展してしまう事もあるでしょう。

そういった争いを好まない平和主義な人は、自ら犠牲になる事で争いを避け様とするところがあるかもしれません。

平和主義な人というのは、喧嘩や言い争いが少ない家庭で育ったケースが多く、周りの人達が衝突する事にも慣れていないのです。

ちなみに、言い争いが苦手な理由には、「周りの人達が衝突し合って傷付くのが嫌!」というパターンの他に、「自分が面倒な言い争いに巻き込まれるのは嫌!」というパターンもあると思います。

何だかんだ言って、人間は自分が一番可愛いところがあるので、自分を守る為に自己犠牲している部分もあるのでしょう…。

11.人に頼むことができない

人に頼む事が出来ずに、仕方なく自分が我慢する事になるケースもあるでしょう。

これは、上手くコミュニケーションが取れない人・人の痛みに敏感な人・優しい人・世話焼きな人などに見られるパターンです。

あるいは、「これを誰かに押し付けてしまえば、きっと後味が悪いだろう…」と考える様な、誰かが嫌な思いをしているのを見るのが耐えられない人とかも、身代わりになる場合があるかもしれませんね。

また、人の気持ちに敏感な優しい人というのは、自分の気持ちよりも、周りの人の気持ちの方が気になってしまい、みんなが「嫌だ」「面倒だ」と思う事を誰かに頼む事に気が引けてしまうのでしょう。

「みんなから無理矢理押し付けられたせいで、本当は嫌なのに断れないのではないか…?」とか「自分がもしあの人の立場だったら、絶対に嫌だろうな…」と考え、代わりに犠牲になってしまうのです。

12.人にやらせて変になるのが嫌

「人に任せて変になったり失敗するのは嫌!」とか「最終的に二度手間になったり、そのせいで時間が掛かるのは面倒…」といった理由から、結局自分でやる事になり、自己犠牲の様な形になってしまうケースもあるみたいです。

これは、他人の事が信じられなかったり、完璧主義な人に多いと言えます。

そういう人は、誰かに頼みたい気持ちはありつつも、「自分が思っている通りに仕事をこなしてくれるかが気になる」とか「他人に任せて失敗してしまった時に納得出来ない!」とか「結局、自分でやった方が上手くいきそうだし、失敗しても納得出来る」と考える訳です。

13.断れない


上で紹介した「強く言えない」とか「周りの人が強く、言いくるめられてしまう」というのと似ていますが、人から頼まれるとなかなか断れない人も自己犠牲をしなければならい羽目に遭う事が多いと言えるでしょう。

もちろん本人は、「自己犠牲なんてしたくない!」と思っている訳ですが、気が弱かったり優柔不断だったりすると、「お願い!」と頼まれた事に即座に断る事が出来ず、気付いたら自己犠牲をせざるを得ない状況に追い込まれてしまう事も少なくないのです…。

ただ、断るという行為はとても神経を使うものでもあります。

必死に頼まれれば断る際に心が痛むでしょうし、断る際に相手を傷つけたり不快な思いをさせない様にしないと、相手との関係が悪化したり面倒なトラブルが起こる恐れも出てくるのです。

さらに、しつこく何度もお願いされると、断り続けるよりも引き受けてしまった方が一時的に面倒が減るように感じる場合もあるでしょう。

14.誰もやってくれない

「誰もやってくれないから、仕方なく自分が犠牲になる」というパターンも少なくありません。

誰かが我慢して何かしらの行動を起こさなければ状況は何も変わりませんし、「誰かがやるのを待って時間を無駄にするくらいなら、自分が我慢してやっておこう」と思う人は多い様ですね。